当事リアルタイムで観ていた方にお聞きします

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匿名さんからの質問

当事リアルタイムで観ていた方にお聞きします。具志堅の強さは本物ですか? 13回の防衛を果たした具志堅さんの記録は、いまだ破られることなく日本記録を樹立したままです。 加えて派手なノックアウトを連発したこともあり、歴代の王者の中でも評価が高いように思います。 しかしながら、当事新たに造られた階級のため層が薄かったという意見もありますね。 デビュー当時はそんなに騒がれることもなく、フライ級であったなら厳しかっただろうという声が、具志堅さんのすぐ側から漏れていたようにも思います。 また、よく井上尚弥とも比較されますが、具志堅さん本人は、 『僕の頃はグローブが違ったから』 このように謙遜します。 具志堅さんと当時拳を交えた選手のレベルはどうだったのか等、リアルタイム世代の声をお訊きしたいです。 いまと比べて情報が乏しい時代ですので、なかなか難しいところもあるとは思いますが、いろんな意見を頂戴したいです。

menoさん、ロロさん、そしてjarianさん、お久しぶりです。私です(笑) 当時、具志堅用高は少年だった私には負ける姿が想像できない程の存在でした。 しかし、年々、ボクシングという競技に魅了されるにつれ、正直に申しますと、具志堅用高は正真正銘、無双だったのかという疑問が沸いてきたのも事実です。しかし、映像を見返す度に、jarianさんの仰る防衛を重ねるごとに強くなっていった。相手との力関係抜きに具志堅の充実ぶりが伝わってきます。素晴らしいパフォーマンスを発揮したボクサーだったのではないでしょうか。 確かに新設された最も軽い階級という事もあり、層の薄さは否めない部分もあり、その恩恵を受けた選手には違いないとは思います。 対戦相手の格からいけば、上位にくるのはリオス、ロペス、グスマン、バルガス。その後にマルカノ、ペドロサでしょうか。具志堅と挑戦者との力関係はロロさんの意見とほぼ一致します。 特にグスマンは一発の強打こそ怖かったですが、具志堅にとってはスローでやりやすかった相手に思えます。 menoさんの仰るグスマンのピークがどの時期だったのか分かりかねますが、戦前のグスマンのレコードは立派なものです。具志堅戦を境に凋落の一途ですから、具志堅戦がグスマンにとってキャリアのターニングポイントと言えるかもしれません。 ロペスは元フライ級王者ですが、すでにピークになかったと言われています。 ロロさんの仰るエウセビオのいとこだけは、後にJ・バンタム級でグスタボ・バラスに勝ち王座に就いています。不器用ですが、大柄で非常にタフな選手でした。 金平会長が惚れ込んだ逸材はフライ級では動きが重く、レフェリーの森田健氏は「J・フライ級が新設されれば世界は獲れる。しかしフライ級ではどうでしょうか?」と答えたそうで、元々、体重が増えずフライ級の体を作るのに苦労し、減量の心配があまりなかった具志堅には、現在と違って当日計量は大きかったと思います。やはり、当時の最軽量級・新設があったからこその選手で、まさしくJ・フライ級は具志堅の適正階級だったと言えると思います。 個人的に最盛期と思われる78〜79年はフライ級でもいけそうな感じがします。とは言っても当時のフライ級は強打のエスパダス、曲者ベツリオ・ゴンサレス、業師カント、朴賛希。 フライ級では体負けするシーンが目に浮かびます。 惜しむらくは、WBC王者になる前に具志堅に挑戦の話もあったサパタとの対戦が実現しなかった事でしょうか。 後々、攻略が厄介となる同じサウスポーで懐が深くディフェンスワークに長けた対抗王者。具志堅のパンチも易々とヒットしそうにないイメージですが、中島との初戦を見る限り、まだ若く成長段階にあったサパタ。KOは難しくとも終始具志堅が追いまくり判定をものにするイメージも湧きます。杭は叩けたと思われますし、後の具志堅の評価を確固たるものにできたと信じます。 もうグスマン戦から40年位たちましたが、具志堅のスピード豊かなショート連打は今、観ても熱くなります。 menoさんは、どんな印象をお持ちですか? ロロさんの話にありましたが、10月9日、10日と連日の王者誕生でした。 しかし、小林さんは翌月には王座を失ってしまいました(泣) ロロさん、具志堅の試合13試合も生観戦してるんですか。 羨ましい(笑)

#樹立

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みんなが知りたい質問

元南海の渡辺泰輔投手を知ってますか? 1966年 渡辺は対西鉄戦に過去二回登板したときより、きょうの方がはるかに球がおそかった。
それでいて西鉄を六安打の1点に押え込み、完投勝利を飾れたのは、ちゃんとした技術的な裏付けがあったからだ。
スピードに変化をつけた。
これが球の走らない渡辺を助けた最大の原因といえよう。
打者の手元にきたボールが鋭く縦ゆれしながらスーッと落ちる。
パームボールだ。
それが実にいいところに決まった。
内角にくるとシュートの感じでくい込み、外角にいくとカーブのように曲がって逃げる。
西鉄打者が手こずったのは直球でもなければシュートでもない。
全部このボールにひっかかって凡ゴロを打たされたのだ。
一番から九番まで必ず一球このボールを投げた。
とくにクリーンアップ、ピンチのときはほかの球と交互に投げるといったぐあいに多用した。
長打力のあるアギー、パーマを一、六回のピンチに迎えたときはその代表的なものである。
初回、アギーを見のがしの三振にしとめたときは一球目からパームボールを内角にほうってきた(ファウル)。
二球目の外角にシュート(ファウル)2-0と追い込むと、速い球で外角をついた(意識してボールにする)2-1から内角に投げた球は横に大きくゆれながらヒザもとでスーッと沈んだ。
バッターが投手の球を選ぶ場合、ボールと思って見のがすと、完全にウラをかかれて見のがしてしまう二つのケースがあるが、この夜の渡辺対西鉄打線は後者といっていいだろう。
身上とする速球が思うようにきまらず、苦しい状態にあるとき、それにかわる球をマスターしたのは、こんごの渡辺に大きな強みといえる。
一方完全試合を樹立した田中勉は南海に自信を持っていたはずだ。
しかし球威がない場合、それを補う球を持たないだけにピッチングが苦しくなる。
二回早くも球威のなさをまざまざとみせつけられた。
二死一、二塁で杉山にホームランされたボールなど、なんの変化もせずにスーッと内角へはいる絶好球。
田中勉とすれば、年をとった杉山には、とにかく内角に速球を、といった気持ちで投げたのだろうが、球威がなければ、こんなみじめな打たれ方をされるのだ。
調子が悪ければ、それなりにもっとくふうしたピッチングを会得してもらいたいものだ。