ケビン.シュワンツとウェイン.レイニーが80年代後半から90年代に活躍したライダーだと思うんですが 詳しく知っている方がいましたら教えてください

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匿名さんからの質問

ケビン.シュワンツとウェイン.レイニーが80年代後半から90年代に活躍したライダーだと思うんですが 詳しく知っている方がいましたら教えてください。

二人とも80年台後半から90年代にかけて活躍したライダーですね。 90年初頭頃が二人の絶頂期で、90/91/92年にレイニーが、93年にシュワンツが王者を獲得しています。 この頃は当代一を争う二人に加えて、一世代前の王者エディー・ローソン&ワインガードナー、次世代の王者候補ミック・ドゥーハン&ジョン・コシンスキーもいたのでテレビ中継などでは「6強」と呼ばれていました。 大変豪華な時代でした。 シュワンツとレイニーはともにアメリカ人。 年自体はレイニーがシュワンツより4つ上でしたが、アメリカ国内時代(AMAスーパーバイク)からのライバルでした。 シュワンツは当時ヨシムラスズキのライダーで、WGP500cc昇格以降もずっとスズキです。 レイニーはスーパーバイク時代はカワサキ・ホンダで、WGPに移ってからはアメリカの偉大な先輩・ケニー・ロバーツ率いるチームロバーツ、マシンはヤマハでした。 ライディングスタイルはシュワンツの方はレイトブレーキングと変幻自在のライン取りを駆使した接近戦を得意としており、混戦状態・マッチレース等には部類の強さを発揮しましたが、独走状態になると集中できないのかよく転んでいました。 レイニーはシュワンツとまるっきり正反対で、独走を得意とし、スタートを決めてそのまま独走というのが多かったです。 また、勝てないと分かったら順位をキープするなどの堅実さも兼ね備えており、その堅実さが3年連続王者獲得の原動力にもなっています。 この二人のバトルは最高でした。 89年の鈴鹿や91年のホッケンハイムなどは今でも語りぐさで、接近戦を得意とするシュワンツの勝利に終わりますが(これらのサーキットは最後の勝負所にシュワンツが得意とするシケインがあったのもキモ)、レイニーもシュワンツとの勝負は引くことが出来なかったようで、幾度となく名勝負を演じています。 レイニーの4年連続王者が掛かっていた93年。 この二人の王者争いが激しくなってきたまさにその最中(ランクトップだったシュワンツをレイニーがついに逆転したとき)、レイニーは第12戦イタリアグランプリで激しく転倒し、下半身不随となってしまいます。 このクラッシュでシュワンツ初戴冠が確実となりましたが、シュワンツは「彼の怪我が治るならタイトルはいらない」という言葉を残しています。 レイニーがいなくなってしまった94年。 シュワンツは精細を欠き、セカンドライダーのダリル・ビーティーにも遅れを取るようになりました。 ビーティーに道を譲るというシュワンツらしくない姿をさらした第3戦日本GPの後、シュワンツとレイニーは長い時間話し合い、シュワンツもGPから引退を決意したと言います。 引退時のシュワンツのポイントは奇しくも、彼の愛した番号「34」でした。 これで一つの時代が終わり、ミック・ドゥーハンの専制時代が始まることになります。

#ウェイン・レイニー

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貴方の知る、最高のライバル関係は? どんなスポーツでもかまいません。
貴方が最高だと思う、ライバル関係を理由・思い入れ・エピソードなどで教えて下さい。
私が最高だと思うライバル関係は2輪のGP500における、 「ウェイン・レイニーとケビン・シュワンツ」 です。
私はGPよりF1のほうが好きなのですが、この2人の戦いは セナとプロスト の比ではなかったですね。
何より素晴らしいと思うのは、どんなに激しく争っていても相手をコースアウト・リタイアさせるような事は絶対にせず、 抜かれたら抜き返せば良いという 「本当の意味での誇り・プライド」 を教えてくれたからです。
89年の日本GPはこの2人の全てが出ていると思うし、私が見た全てのモータースポーツのなかでも最高のレースなんです。
そしてシュワンツ悲願の初タイトルは、レイニーの再起不能という悲劇によって決まりました・・・。
本当に 「悲しい・虚しい」 タイトルになってしまったんです・・・。
翌年、念願のゼッケン1をつけた筈のシュワンツはレイニーの不在によって、まるで抜け殻・別人のようになってしまい、 その翌シーズン序盤で引退してしまいます・・・。
本当に映画・ドラマにできるようなストーリーだと思うし、相手の存在こそが自分の存在証明だったといえる関係でした・・・。