フォルクスワーゲンサンタナの価格・スペック

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サンタナ

フォルクスワーゲンサンタナ
販売期間:1987年01月から1988年12月

新車価格:213万万円から288万万円(※最新情報は、公式サイトをご確認ください。)
前輪:185/70SR13
後輪:185/70SR13
(タイヤサイズ)
ホイール:/
馬力:91ps 13.8/3200
燃費:JC08モード:- 10・15モード:-km/L
エンジン型式:
車検費用(参考):(※最新情報は、車検の依頼先にてご確認ください。)
#買取相場 #売り方 #サンタナ

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フォルクスワーゲンサンタナとは

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フォルクスワーゲン・サンタナとは?

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フォルクスワーゲンサンタナの新車情報

フォルクスワーゲンサンタナの最新情報まとめ

フォルクスワーゲン・サンタナ

フォルクスワーゲン・サンタナ

サンタナ(Santana)は、ドイツのフォルクスワーゲンが生産する乗用車(セダン)である。

1980年から1988年まで生産されていたフォルクスワーゲンの乗用車・パサート(第2世代=B2型)の姉妹車であり、同モデルのセダン仕様に冠された名称である。「サンタナ」の名称はカリフォルニア州などアメリカ合衆国南西部やメキシコ合衆国で秋に強く吹く季節風の「サンタナ()」に由来し、主に南アメリカや日本、中国市場において用いられた。第2世代パサートからの派生車種は様々な名称で販売され、中国では現在まで製造・販売される「国民車」的存在となっており、ブラジルでも2006年まで製造・販売されていた。
1973年に発売されたフォルクスワーゲンの中型乗用車、パサートには、セダン、ワゴン(コンビ)、ハッチバックがあったが、1980年に移行した第2世代ではワゴンとハッチバックだけとなった。その際に、セダン型の後継モデルとして新たに独立したモデルがこの「サンタナ」である。第2世代のパサートとサンタナとは姉妹車の関係であり、いずれもアウディ・80(第2世代)とプラットフォームを共用していた。

縦置きエンジンを採用し、駆動方式は前輪駆動のみの中型4ドアセダンであった。

1981年より1984年まで西ドイツを含めたヨーロッパ諸国で販売された。5ドアハッチバック及びワゴン(ヴァリアント)であった姉妹車・パサートは1988年まで生産され、第3世代へと移行した。

パサート(第2世代)/サンタナは、ブラジルの現地法人である「フォルクスワーゲン・ド・ブラジル」でも現地生産・販売された。ブラジルでは、1984年2月にパサートの第1世代の後継車種としてサンタナが発売され、4ドアセダンに加えて2ドアセダンが存在した。1991年に、外観のみを第3世代パサートに似せた「新型サンタナ」に移行、2006年まで製造・販売されていた。

さらに、「フォルクスワーゲン・ド・ブラジル」とアメリカの「フォード・モーター」のブラジル法人との合弁会社である「アウトラチーナ」では、「フォード・デル・レイ」の後継車として、サンタナのフォード版である「ヴェルサイユ」を1995年まで生産していた。

フォルクスワーゲンと上海汽車の合弁会社であるフォルクスワーゲン上海(上海大衆汽車)社によって、サンタナ(中国語表記=桑塔納)は、セダンおよびワゴン(旅行車)の初代モデルが当時のスタイルのまま生産販売されていた。
最初はノックダウン生産により生産されたが、徐々に中国での国産部品が増え、90年代には六割の部品の国産化を達成する。
初期のサンタナはウィンカーが外側に装着されていたが、のちにバンパー部に移植され、ヘッドライトが外側に、フォグランプが内側に装着されるようになった。
1999年には「99新秀」と呼ばれる特別仕様車が発売され、パワーステアリングやパワーウィンドウ、アルミホイールや大径ブレーキ 、5速マニュアルミッションも搭載された。

翌年には「世紀新秀」と呼ばれる特別仕様車が発売された。前年登場した先述の「99新秀」をベースに、ABSやハイマウントストップランプを搭載。内装面もマイナーチェンジされた。。

また、ブラジルで発売されてい「Quabtam」という車両をベースにホイールベースを延長し、後部座席のスペースを広げた「サンタナ2000」が1995年から発売された(「2000」とあるが2000年に登場した前述の「世紀新秀」とは別モデル)。

プラットフォーム及びエンジンはサンタナと共通のため生産コストも安く、またレザーシートや集中ドアロック、油圧パワーステアリング、パワーウィンドウ等の安全・快適装備も搭載し、瞬く間に50万台の販売台数を築き上げた。

2004年の生産終了まで「時代超人」「自由沸点」等の特別仕様車も次々と登場。燃料噴射装置の進化もあり、最高出力は101HpにアップしたほかEUROⅢ排ガス基準をもクリアし、さらにボディも強化され、ABSも標準搭載されるなどさらなる安全性の向上と装備や機能の充実が図られた。また、オートマチックトランスミッション搭載車やサンルーフ搭載車も発売され、最高価格は18万人民幣に達したものの、2004年をもってサンタナ2000は生産終了となった。

サンタナ2000の生産終了の翌日、次世代モデルとなるサンタナ3000が発表された。「超越者」と名付けられ、デザインがより滑かになり、より先進感を人々に与えるデザインに刷新された。サンタナ3000は前モデルの2000より更に全長を10センチ伸ばし、後部座席の広さをアピール。また、エアバッグやABS、EDSやEBD等の安全装備も搭載し、強化されたボディと相まって安全性も高められた。
パワートレインは先代のキャリーオーバーとされたものの、エアークリーナー等の進化が図られた。
また、トランスミッションにシンクロメッシュを内蔵し、よりイージードライブが可能となった。

標準仕様のサンタナは2009年まで生産され、教習車やタクシーからパトカーに至るまで、中国の国民車の名に恥じず幅広く採用された。今日でもあらゆる型式のサンタナが健在である。

サンタナはドイツでいうパサートB2やアウディ80の兄弟車でもある。デザインはジウジアーロによる設計と考えられている。
なおジウジアーロはアウディ80(2代目)を設計している。
2012年10月、フルモデルチェンジ版となる2代目を発表。中国市場を主眼に置いたコンセプトとし、設計・開発はヴォルフスブルク工場で行われた。エンジンはいずれも新開発となる1.4Lと1.6Lの2種類のガソリンエンジンを用意する。

日本では1984年から、日産自動車によって神奈川県座間市にあった日産自動車座間工場でノックダウン生産・販売された。

1980年、当時積極的な国外展開戦略をとっていた日産自動車の社長石原俊は、フォルクスワーゲンとの全面提携を所望、その足掛かりとしてサンタナの製造・販売を提案した。翌1981年、大和証券の仲介によって同車のノックダウン生産に関する提携は成立したが、フォルクスワーゲンはそれ以上の業務提携拡大には関心を示さなかった。その後、日本におけるサンタナの販売は、当初合意された月産4,000-5,000台の計画に対して、生産を終了した1991年までの7年間の合計でも約5万台という不調に終わり、両社の関係も後退した。特にマイナーチェンジ後に起きたAT車の暴走事故ではその欠陥が指摘され、売り上げに大きな影響を与えた。

後継モデルとして1990年に発売されたパサート(第3世代)は、この経緯により当初日産によって取扱販売された。直後の1991年、フォルクスワーゲンは、日本での販売に関してトヨタ自動車と提携、日産との提携は解消された。



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