日産セフィーロ3.0 30 Sツーリングの評判・スペック

日産セフィーロ 3.0 30 Sツーリングの燃費・価格・馬力・歴代モデルなど基本スペックを全て調べることができます😏


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日産 セフィーロ 3.0 30 Sツーリング

セフィーロのフロント外観(94年(H06)8月、FMC時の2.5 25エクシモのフロント)

セフィーロのリア外観(94年(H06)8月、FMC時の2.5 25エクシモのリア)

セフィーロの内装・インパネ(94年(H06)8月、FMC時の2.5 25エクシモのリア)

メーカー 日産
車種 セフィーロ
グレード 3.0 30 Sツーリング
販売期間 1994年08月から 1996年12月
価格 2,995,000円
エンジン エンジン: V型6気筒DOHC
排気量: 2987cc
型式: E-HA32
馬力: 220ps
トルク: 28.5/4400
ミッション: 4AT バッテリー: 標 準:55D23L(※例外有) 寒冷地:80D26L
タイヤ 前輪: 205/65R15
後輪: 205/65R15
ホイールサイズ: (F)6Jx15+40/(R)6Jx15+40
駆動: FF
最小回転: 5.3m
タイヤサイズ
燃費 燃費(JC08): -
燃費(10•15): 9.5km/L
燃料: ハイオク
実燃費: 5.04から 10.5
ボディサイズ 高さ: 1410 車幅: 1770 全長: 4760
乗車定員 5人
評価・レビュー 外観: 0点
内観: 0点
スペック: 0点
エンジン: 0点
乗り心地: 0点
燃費: 0点
価格: 0点
中古車 台
買取価格相場
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日産セフィーロとは

日産が製造したセフィーロは、1988年に初代が登場し、2008年の生産終了まで2代にわたって販売されたセダンタイプの車種です。セフィーロは、日本国内市場向けに開発され、日本国内のみならず海外でも人気を博していました。 セフィーロの価格帯はグレードや仕様によって異なりますが、中古市場では10万円から数十万円程度で購入することができる場合もあります。主なグレードには、エクシーダやメディスト、アウトバーンなどがあり、それぞれが異なる装備やパフォーマンスを持っています。 エンジンには、排気量が2.0リットルから3.0リットルのV型6気筒エンジンが搭載されており、燃費や馬力はグレードや年式によって異なります。一般的なグレードでは、燃費は10km/L前後、馬力は150馬力から200馬力程度となっています。 セフィーロの特徴としては、優れた乗り心地と快適な装備が挙げられます。特に、高速巡航時の静粛性や乗り心地の快適さがセフィーロの魅力として知られています。また、使い勝手の良い室内空間や充実した安全装備も、セフィーロを選ぶ理由の一つと言えるでしょう。 セフィーロの人気の秘密は、そのバランスの取れた性能と快適性、信頼性の高さにあります。日産の技術力と品質管理によって生み出されたセフィーロは、長年にわたり多くのユーザーに支持され続けてきました。 セフィーロの歴史は、1988年の初代登場から始まり、2008年まで2代にわたって生産されてきました。時代と共に進化を遂げながらも、セフィーロは常にユーザーのニーズに応え続けるクルマとして愛されてきました。 これらの特徴や魅力が詰まったセフィーロは、車好きの方々にとっては注目すべき車種の一つであり、その走りと快適性を存分に楽しむことができるでしょう。

より詳しいスペックやオプションの情報を見ることができます。

詳細項目 スペック
型式E-HA32
最小回転半径5.3m
駆動方式FF
全長×全幅×全高4.76m×1.77m×1.41m
ドア数4
ホイールベース2.7m
ミッション4AT
前トレッド/後トレッド1.52m/1.5m
AI-SHIFT-
室内(全長×全幅×全高)2.08m×1.48m×1.17m
4WS-
車両重量1370kg
シート列数2
最大積載量-kg
乗車定員5名
車両総重量1645kg
ミッション位置フロア
最低地上高0.16m
マニュアルモード-
標準色ダークグレーパール、ホワイト、ダークグリーンパール、ラズベリーレッドパール、ホワイトパール3コートパール、ディープブルーパール、ムーンストーンパープルツートンメタリック
オプション色-
掲載コメント-
エンジン型式VQ30DE
環境対策エンジン-
種類V型6気筒DOHC
使用燃料ハイオク
過給器-
燃料タンク容量70リットル
可変気筒装置-
燃費(10.15モード)9.5km/L
総排気量2987cc
燃費(WLTCモード) -
燃費基準達成-
最高出力220ps
最大トルク/回転数kg・m/rpm28.5/4400
福祉車両-
大型ガラスルーフ-
片側電動スライドドア-
サンルーフ△
両側電動スライドドア-
ルーフレール-
ドアイージークローザー-
Tバールーフ-
電動バックドア-
ルーフ系装備-
ディスチャージドランプ-
タルガトップ-
フロントフォグランプ◯
ハードトップ-
リアフォグランプ-
ソフトトップ-
ヘッドライトウォッシャー-
キャンバストップ-
フロントスポイラー◯
メタルトップ-
リアスポイラー◯
マグネシウムホイール-
ローダウン-
アルミホイール◯
UVカットガラス-
片側スライドドア-
プライバシーガラス-
両側スライドドア-
寒冷地仕様△
ステアリング位置右
ステアリングステアリングギア方式パワーアシスト付ラック&ピニオン式
ステアリングパワーステアリング◯
ステアリングVGS/VGRS-
サスペンション形式前ストラット式
サスペンション形式後マルチリンク式
高性能サスペンション-
タイヤサイズ前205/65R15
タイヤサイズ後205/65R15
ブレーキ形式前Vディスク式
ブレーキ形式後ディスク式
ソナー◯
駐車支援システム-
センターデフロック△
横滑り防止装置-
トラクションコントロール-
フロントカメラ-
LSD(リミテッドスリップデフ)-
サイドカメラ-
ダウンヒルアシストコントロール-
バックカメラ-
AYC(アクティブ・ヨー・コントロール)-
頸部衝撃緩和ヘッドレスト◯
SH-4WD-
ABS-
ISOFIX対応チャイルドシート固定バー-
ブレーキアシスト-
ビルドインチャイルド-
アイドリングストップシステム-
バケットシートABS(△)
ランフラットタイヤ-
後退時連動式ドアミラー-
エアサスペンション-
レインセンサー-
ブレーキ系装備-
インテリジェントAFS-
衝突軽減装置-
盗難防止装置-
ナイトビジョン-
セキュリティアラーム-
レーンアシスト-
ロードサービス-
車間距離自動制御システム-
パワーウィンドウ-
オットマン機構-
フルフラットシート-
チップアップシート-
本革シート
電動サードシート◯
フロントベンチシート-
床下ラゲージボックス-
シートリフター-
エンジンスタートボタン-
シートポジションメモリー機能-
キーレスエントリー-
運転席パワーシート-
ETC△
フロント両席パワーシート-

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日産 セフィーロの知っておきたい情報

日産とは?
セフィーロとは?

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日産セフィーロの新車情報

日産セフィーロの最新情報まとめ

日産・セフィーロ

日産・セフィーロ

セフィーロ(CEFIRO)は、日産自動車が生産、発売していたセダンである。日本国内での販売期間は1988年から2003年。
初代モデルはスカイライン・ローレルとシャーシを共通するFR(後輪駆動)車。2代目以降はFF(前輪駆動)となり、2代目にはステーションワゴンの設定もあった。

これらは後継車であるティアナの海外輸出のネーミングで使用していたが、現在は使用していない。

発売数週間前からの、中沢新一・和田勉・斉藤由貴出演のティザー広告を経て1988年9月1日に発売。糸井重里考案の「くうねるあそぶ。」のキーワードが話題になった。当時S13型シルビアのオプションパッケージなどでしか採用例のなかったプロジェクターヘッドランプを標準で採用した斬新なフロントマスクが特徴的であった。流麗なデザインながらボディ形状はプレスドアを採用した4ドアセダン(その代わり後席窓ガラスの開口面積が小さい)で、1989年5月にモデルチェンジしたスカイライン、1989年1月にモデルチェンジしたローレルとは基本コンポーネンツを共有する姉妹車。マルチリンク式のリアサスペンションを持ち、駆動方式はFR。発売当初はDUET-SS装着車を除いてマニュアルトランスミッションが選択可能、エンジンは2LのRB20系エンジン3種(EGI付SOHCのE、EGI付DOHCのDE、EGI付DOHCターボのDET)を搭載。RB20DEは無鉛プレミアムガソリン仕様、RB20DETはR31スカイラインに搭載の180psから205psにパワーアップした仕様であった。生産工場は、当時、姉妹車のスカイライン・ローレルなどを生産していた村山工場と、サニー・プレセアなどを生産していた座間工場であった。

初期のキャッチコピーは「33歳のセダン。」であり、当時のDINKs層、つまり20代から30代の男性を主なターゲットにした販売戦略が取られていた。ユーザーが自らの嗜好に沿ってエンジン、サスペンション、トランスミッション、内装生地、内装色、外装色などを組み合わせて注文できるセミオーダーメード方式「セフィーロ・コーディネーション」を導入。発売当時の組み合わせは810通りあった。組み合わせた仕様の詳細はセンターコンソールボックスのふたの内側に貼られた仕様書で確認できる。なお、メカニズムの仕様による価格差は存在しても、快適装備類に差異はほぼ存在しない。外装には特に表記されないもののエンジンとサスペンションの組み合わせを表現する名前があり、RB20E搭載車には「タウンライド」RB20DE搭載車は「ツーリング」RB20DET搭載車は「クルージング」、超音波センサー付き電子制御サスペンションDUET-SS装着車には「コンフォート」、4輪操舵システムHICAS-II装着車に「スポーツ」の名前がつけられていた。CMや広告写真にはHICAS-II装着のRB20DE搭載車「スポーツツーリング」が多く使われた。

同時期に登場したシーマ、16年ぶりに復活したスカイラインGT-R、1990年に登場したプレセア、プリメーラ、アベニールとともにバブル期の

1989年8月、スエード調人工皮革「エクセーヌ」を内装に採用した特別仕様車「エクセーヌセレクション」を、ラグジュアリーグレード「コンフォート」系に設定。
1990年1月、標準車のRB20DETターボエンジン搭載グレードのクルージングをベースとし、日産の特装車専門の子会社オーテックジャパンで、エアロパーツ、エンジンチューン、コノリーレザー製本革シート、オリジナル品の本革巻ステアリング、ブリヂストン・ポテンザ(タイヤ)、PIAA製アルミホイールなど、チューニングを施した「オーテックバージョン」が追加設定され、1990年8月にマイナーチェンジされた中期型以降も引続き設定されていた。

しかしながら、直接的なライバル車であるトヨタ・マークII/チェイサー/クレスタの販売攻勢や、斬新で尚且つ奇抜なフロントフェイスの好みが分かれた事などもあり、大きな話題性の割に人気が低迷気味になり、1990年8月、最初のマイナーチェンジで中期型になったのを機に、前期型で設定されていたセミオーダーメード方式の「セフィーロ・コーディネーション」が廃止され、保守層を対象としヘッドランプをオーソドックスなフォグランプ内蔵異型角型2灯式ハロゲンタイプに改めたNA車専用の「Nシリーズ」なども追加された。R32型スカイラインGT-R(GTS-4)に搭載の4WDアテーサE-TSシステムとR32型スカイラインと共通の4輪マルチリンクサスペンションを移植しRB20DETと組み合わせた、国内向けセフィーロでは最初で最後の4WDモデル「アテーサクルージング」(後期ではSE-4)の追加も試みられた。CM出演者は井上陽水から仲谷昇に変更。

1991年8月、全車にサイドインパクトドアビーム採用等の安全対策の向上及び、断熱グリーンガラスを採用。運転席SRSエアバッグシステムのメーカーオプション設定。同時に、タウンライドNとツーリングをベースにエクセーヌシート、シルバーポリッシュアルミロードホイールを特別装備したSVシリーズを発売。

1992年5月、再度のマイナーチェンジの後期型では2,500ccのRB25DE搭載モデルの追加があり、同時に全車5速ATのみとなり、バンパーの大型化で3ナンバー化される。新グレードとして、本革/エクセーヌ混成シート、C33ローレルと同素材のマホガニー材の本木目ATフィニッシャー、スーパーファインコーティング、シルバーポリッシュアルミロードホイールを装備した「25SE-Mセレクション」を追加。

平成の始めごろから、警察の捜査用覆面パトカーとして大量採用されていた。

姉妹車のスカイラインやローレルと共用する部品が多く、手軽にチューニングでき4ドアで実用性に優れることからチューニングカー、特にFRということもあってドリ車のベースとして一部に人気を博した。程度のよいMT車は希少であったため、AT車をベースにMTに載せ替える改造も行われ、この流れは後のシルビアなどにも行われていく。

海外輸出販売も好調で、これまでのローレルに代わり、東南アジア・オセアニアでは「セフィーロ」、中東とラテンアメリカでは「ローレルアルティマ」のネーミングで売られていた。日本国内仕様との違いは、フロント部のロゴマーク(国内向けはセフィーロのロゴであるのに対して海外向けは日産のロゴマーク)が異なるのとメーターが220km/h(日本向けは180km/h)対応であること。また、ローレルアルティマには専用のRB24Sエンジンが搭載されていた。

通常、日産の新規車種では車両型式の末尾は「0」から始まるようになっているが、「A30」は3代目グロリア(タテグロ)で既に使用されていたため「A31」から始まっている。

1994年7月、生産終了。在庫対応分のみの販売となる。

1994年8月、2代目と入れ替わる形で販売終了。販売終了前月までの新車登録台数の累計は14万1278台。

1994年8月24日、マキシマとの統合により従来型のFRから一転、FFとなった。生産が日産追浜工場に移管された。エンジンは国内車種第一号となった新開発のV6横置きのVQエンジンが搭載され2,000ccのVQ20DE、2,500ccのVQ25DE(日本のみ)、3,000ccのVQ30DEが設定された。

グレード構成はディッシュタイプのアルミホイールや足踏み式パーキングブレーキ(MT除く)、クロームグリルなどを装備したラグジュアリー志向の「エクシモ(含イニシア)」と、スポーク形状のアルミホイールやリヤトランクスポイラー、エアロパーツ、レバー式サイドブレーキ、カラードグリルなどを纏ったスポーティー志向の「Sツーリング」の2シリーズ構成とした。運転席SRSエアバッグを全車に、ABSを上級グレードに標準装備(それ以外ではオプション)とし、安全性を訴求するとともに各デバイスの低価格化への礎を築くきっかけとなった。J30型マキシマ譲りの広い室内、シンプルかつクリーンなエクステリア、それにしなやかな乗り心地を披露するリヤマルチリンクビームサスペンション(B14型サニーと基本構造は同じ)を採用したことも功を奏し、A32型は販売的にも日産のアッパーミドルクラスセダンとしては大成功を収めた。また、ブラウン内装や助手席側エアバッグなどを装備した「デュアルセレクション」ならびに「デュアルセレクションII」もモデル途中に発売されて人気に拍車をかけた。また、CMは40代夫婦をターゲットにしたものになっていた。

1996年1月、特別仕様車「デュアルセレクション」を設定。25エクシモ/20エクシモをベースに運転席&助手席エアバッグやABS、本革巻きステアリングなどを装備する。
1996年5月、オーテックジャパン扱いの「エアロセレクション」を発売。「Sツーリング」ならびに「25Sツーリング」をベースに専用前後エアロバンパー、サイドパネル、リヤスポイラー、専用アルミホイール(R33型スカイラインと同デザインの16インチ)などを装備。

1997年2月、マイナーチェンジ。全車にABSとフロント両席エアバッグが標準装備となった。ファインビジョンメーター(上級グレード)やマルチリフレクター式ヘッドライト(Sツーリング系はブラックインナー、エクシモ系はクロームインナー)ならびにマルチリフレクター式リヤコンビネーションレンズを採用し、ドアトリムとパワーウインドーの形状を変更、センタークラスターの木目調パネルの面積を拡大するなど高級感の向上が図られた(反面、リヤの番号表示灯が2個→1個となり、灰皿のクローム加飾が廃止されるなどコストダウンも敢行された)。上級グレードにSRSサイドエアバッグを標準装備するなど安全面の向上も図られた。同時に、Sツーリングに装着されるアルミホイールが15インチから16インチにサイズアップされた。この改良を機に新グレード「25SツーリングJ」と「20エクシモG」が追加され、ほどなくしてオーテックジャパン扱いのエアロセレクションもベースモデルに沿った改良を施され、再登場した。モデル途中、ブラウン内装やインフィニティ・I30と同形状のグリルなどを採用した「ブラウンセレクション」も発売され話題を呼んだ。後期CM出演者は、中山美穂・桃井かおり・西村知美。

1997年6月、国内市場専用のセフィーロワゴン(WA32型)登場。歴代で唯一のワゴンモデルである。

1998年 韓国のルノーサムスン(当時の三星自動車)が「SM5」という名称でライセンス生産を開始。

1998年1月、小改良。セダンの25SツーリングJ、イニシアが廃止される。

1998年5月、セフィーロ誕生10周年記念モデル「10th ANNIVERSARY」を発売。セダン・ワゴンそれぞれに設定され、後者は本革&ウッドのコンビステアリングや専用デザインのアルミホイールなど通常のモデルにはオプション設定すらない装備が奢られた。

1998年11月、セダンの生産終了。在庫対応分のみの販売となる。

1998年12月、セダンはA33型にフルモデルチェンジし、販売終了。(ワゴンはWA32型が継続生産された)販売終了前月までの新車登録台数の累計は6万6120台。

2000年8月、ステージア・プリメーラワゴン・アベニールに統合される形でワゴンを販売終了(セフィーロワゴンはセドリックワゴン/グロリアワゴンの受け皿でもあった)。

2代目以降はFFになったため、リヤサスペンションの特性上、4WDの製作が難しかったため後継車ティアナが出るまでFFのみであった。

A32型は当時の日産の世界戦略車種として位置づけられ、北米へは「マキシマ」や「インフィニティ・I30」、ヨーロッパやロシアへは1995年より「マキシマQX」として投入されるなど、世界各国で広く発売されていた。また、台湾の裕隆汽車公司でもA32型セフィーロの現地生産を行っていた。

尚、海外仕様のAT車で足踏み式パーキングブレーキを採用したのはSM5のV6モデルのみで、それ以外は国内仕様のSツーリングと同じサイドレバー式を採用した。

台湾のセフィーロは日本におけるセドリックと同等に位置づけられる高級車(A32型セフィーロは台湾で継続生産されていたY30型セドリックの後継車種)であり、最上級グレードの名称は当時のセドリックと同じく「ブロアムVIP」であった。外観については前期は日本仕様とほぼ同じだが、後期については大型バンパーや専用リヤガーニッシュ、大型フロントグリルを用いる改良を受けている。

1998年12月22日、A33型にモデルチェンジ。ワゴンはWA32型が継続生産。内外装デザインはイルカをモチーフとして取り入れた。キャッチコピーは「イルカに乗ろう」。他社に先駆けユニバーサルデザインを多く取り入れている。搭載するエンジンはV型6気筒DOHC VQ25DD型直噴およびVQ20DE型リーンバーンの2機種。グレード体系は先代A32系同様、エクシモ系とSツーリング系の2系統を持つ。

2000年1月、オーテックジャパンによる特別仕様車「AUTECH(オーテック)」を発売。

2000年3月、ヨーロッパ向け「マキシマQX」を第70回ジュネーブモーターショーに出品。

2001年1月29日、マイナーチェンジ。海外向け車種のインフィニティI30と同様の前後バンパーの変更により全長がセフィーロ史上最長の4,920mmに延長された。同時に日本国内では法制上不要なサイドマーカーも装備された。エクシモのアルミホイールを16インチにサイズアップし、グリルを新意匠のものに変更するとともに、初代以来続いていた(CEFIROの)頭文字「C」と末尾文字「O」をモチーフにしたマークを廃止、代わりに日産のCIエンブレムをセットした。また、これを機にSツーリングは廃止されエクシモ系のみとなった。同時にオーテック扱いの「AUTECH」は名称を「AX」に変更。コスト削減の一環からサンルーフ、レーダークルーズコントロール、アクティブヘッドレストの設定を廃止。

2002年1月、特別仕様車「NAVIエディション」を追加。エクシモ/25エクシモをベースに、DVD方式のTV/ナビゲーションシステム(6.5インチワイド液晶モニター)と上質感のある木目本革コンビステアリング、本革巻シフトノブを装備し、お求めやすい価格とした特別仕様車である。

2002年8月、平成12年排出ガス規制に適合しない2,500cc車が廃止され、2,000ccのみとなる(5MTも廃止)。「エクシモNAVIエディション」を追加。VQ20DEの出力もリーンバーンからストイキに変更され、レギュラーガソリンに対応したことで160ps→150psとなった。

海外仕様のAT車で足踏み式パーキングブレーキを採用したのは台湾・タイ仕様のA34(後述)、インフィニティ・Iで、それ以外は国内仕様前期のSツーリングと同じサイドレバー式を採用した。

2003年2月、前月で販売を終了したローレルとの統合により、国内市場向けモデルの生産終了。在庫対応分のみの販売となる。

2003年3月、在庫対応分が完売し販売終了。2008年末までの新車登録台数の累計は5万7225台後継車はティアナ。

ただし、タンチョン・モーター・マレーシアSDN.BHDなどでは引き続き生産、カタールやサウジアラビアなどではマキシマの名前で生産されていた。また、台湾においては日本での生産が終了した後もフロントマスクを大幅に変更したものが「A34型」として発売されていた。

前期・後期ともに警察の覆面パトカーとして納入されている。

スペイン語で「そよ風」「地中海に春をもたらす西風」の意味で、英語のzephyr(ゼファー)と語源が共通する。この意味としてのスペイン語céfiroではセにアクセントがあり、セフィロと発音する方が近く、フィーと伸ばすことはない。

発売された直後の1988年、初期のCMキャラクターに井上陽水を起用。最初期のCMは、林の中の道を走るセフィーロを後ろからカメラが追いかけ、併走した瞬間セフィーロの助手席に座っていた陽水がパワーウインドウを下げてカメラに向かって「みなさんお元気ですか?失礼します」と話しかけるものであった。これはこれで話題になったのだが、その放映を開始して間もなく昭和天皇が下血するなど体調を崩したため国内は一気に自粛ムードとなり、このCMも放映中止が真剣に検討された。ただ発売直後でありそういうわけにもいかず、苦肉の策として、映像はそのままCMソングの音量を上げて「みなさんお元気ですか?失礼します」の部分は消音したバージョンが放映されたことから、これがまた話題となった。後に陽水がセフィーロのそばでホースで散水する新バージョンのCMが急遽制作され、1988年12月以降はこれを使用した。ちなみに当初は陽水本人に運転させようと検討していたが、彼が運転免許を持っていないことが判明したため、助手席に座っていた。陽水はこの車のCMに1990年頃まで出演しており、彼はずっと助手席に座っていた。CM放映終了後、陽水は1991年、42歳の時に免許を取得した。


日産自動車グローバル本社

日産自動車グローバル本社

日産自動車グローバル本社(にっさんじどうしゃグローバルほんしゃ、)は、神奈川県横浜市のみなとみらい地区にある日産自動車の本社ビル。

横浜市西区高島1丁目1番1号、みなとみらい地区北部の66街区に位置する。

日産自動車の前身となる自動車工業株式会社は1933年に横浜市神奈川区にて、前身企業2社の合併により設立された。以降一時期を除き1968年まで横浜市に本社を置いていたが、同年に本社を東京都中央区銀座に移転した。本館と新館に分断され非効率な上、本館は築40年と老朽化が進んだため、本社機能の移転を検討した。

創業の地であり、追浜工場や日産車体など事業所や関連会社が多くある神奈川県が選定された。2007年1月に着工、竣工は当初の予定から1年前倒しされ2009年4月である。なお、竣工式は同年8月2日に行われた。

ルノーの日本法人であるルノー・ジャポン株式会社は同社屋内にある。

なお、日産自動車の商業登記上の本店は、この本社ビルではなく、横浜工場のある神奈川区宝町2番地である。

みなとみらい線新高島駅から近く、横浜駅(東口方面)へも、帷子川を渡るはまみらいウォークと地下街横浜ポルタを介して徒歩で移動できる。当ビル2階はNISSANウォークとして、深夜の一部時間帯を除いて開放され(後述)、横浜駅とみなとみらい地区を結ぶ動線の一部となっている(前述のはまみらいウォークと接続しており、新高島駅方面や富士ゼロックスR&Dスクエア、京急グループ本社とはみなとみらい歩道橋で接続している)。また、1階は日産グローバル本社ギャラリー (NISSAN GALLERY) として、新型車や日産自動車の歴史に関する展示が行われている(帷子川側に屋外展示スペースもあり)。

建物の外観デザインは船の帆をイメージしており、一部丸みを帯び段違いのような形状となっている。外観の特徴として白いルーバーは、夏季は直射日光を遮断し、冬季は部屋の奥まで光を導く効果がある。建物中央にはボイド(吹き抜け)が設けられ、自然換気ができる構造を取り入れた。オフィスフロアには、南側と北側で1層ずつずらした2層の吹き抜けが設けられ、採光や社員同士のコミュニケーションに役立てられている。低層部の屋上には屋上緑化のほか約40kWの太陽電池が設置され、電気自動車向け充電システムに供給される。

2011年に第52回BCS賞を受賞したほか、第1回かながわ地球温暖化対策大賞、第55回神奈川建築コンクール優秀賞、第37回東京建築賞最優秀賞を受賞している。

当ビル2階を貫く歩行者通路で、はまみらいウォークとみなとみらい歩道橋の間に位置する。横浜駅東口方面よりはまみらいウォークを渡って来た場合、みなとみらい地区(中央地区)の玄関口に当たる。利用(通行)可能時間は以下の通りで、概ね鉄道の始発から終電時間に合わせている。

国道1号および首都高速神奈川1号横羽線の高架を挟んで反対側には、かつて日産横浜オフィスが置かれていた旧日産横浜ビル(現:横浜東口ウィスポートビル、1991年4月竣工)がある。現在では日産自動車の総合研究所および日産横浜倶楽部などが入居している。