ロータスエスプリの価格・スペック

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エスプリ

ロータスエスプリ
販売期間:2000年01月から2003年12月

新車価格:1180万万円から1180万万円(※最新情報は、公式サイトをご確認ください。)
前輪:235/40ZR17
後輪:285/35ZR18
(タイヤサイズ)
ホイール:/
馬力:350ps 400(40.8)/4250
燃費:JC08モード:- 10・15モード:-km/L
エンジン型式:
車検費用(参考):(※最新情報は、車検の依頼先にてご確認ください。)
#買取相場 #売り方 #エスプリ

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ロータスエスプリの売れ筋アイテム

ロータスエスプリとは

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ロータスエスプリのグレード一覧

V8-SE
V8-SE
2000年01月〜2003年12月
5MT235/40ZR17
車種 エンジン タイヤ 燃費 中古車 評価•レビュー ボディサイズ


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ロータス・エスプリとは?

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ロータスエスプリの新車情報

ロータスエスプリの最新情報まとめ

ロータス・エスプリ

ロータス・エスプリ

エスプリ(Esprit )は英国のロータスが生産していたスーパーカーである。
それまでの従来のロータスのライトウェイトスポーツカー路線からスーパースポーツカーに路線を広げようと開発された車である。
デザインはイタルデザイン創業者であるジョルジェット・ジウジアーロが担当し、スーパーカーらしいウエッジシェイプに仕上げられている。
スーパーカーでは異例の生産期間は1976年から2004年まで28年間に渡ったご長寿モデルである。
ロータスがライトウェイトスポーツからスーパースポーツ路線へ変更したモデルである。

コーリン・チャップマンは1970年代前半にロータス・エリートを主力としていて売り上げ不振に陥ったことから、景気変動の影響を受けにくい上級市場を目指すようになり、1970年にロータスシリアルナンバー79、プロジェクトナンバーM70をスタートさせた。

1971年ジュネーヴショーでコーリン・チャップマンはジョルジェット・ジウジアーロと知り合い、デザイナーとして迎えることになった。

ジョルジェット・ジウジアーロ率いるイタルデザインは1972年11月にコンセプトモデルを発表した。フロントウインドシールドにまで平面ガラスを用いたスタイリングは、まさにジウジアーロの真骨頂である。この時点ではマセラティのシャシに乗っていたが、その後ジョルジェット・ジウジアーロから研究用にロータス・ヨーロッパのコンポーネントを提供するよう要請があった。しかしロータスはロータス・ヨーロッパでなく16バルブの907型エンジン搭載を前提としたシャシを送付した。これを元に描かれたスケッチを見てコーリン・チャップマンは即座に量産化へゴーサインを出し、1975年9月にプロトタイプが完成した。

1975年10月にはほぼ生産型に近い形でロータス・ヨーロッパの後継車としてパリサロンに発表され、「もっともエキサイティングで魅力的な、市販のイギリスのスポーツカーとしてはジャガーEタイプ以来のもの」と絶賛された。

1976年の初代モデルから、2004年の最終モデル“V8アニバーサリー”生産終了まで、28年間にわたり1万台以上が生産された。

1976年に、初代モデルが発売された。S1は後にS2が発表されて遡り呼称されるようになったもので、この時点では特に呼称はない。タイプナンバー79、プロジェクトナンバーM70。

コンセプトモデルではアルミニウム製であったボディは、エラン以降のロータス車と同様にFRPボディに変更された。この変更に合わせて、スタイリングも同時期の同じイタルデザイン作品のマセラティ・ブーメランで発表されていたエッジを強調する細部モチーフを汲んで変更を受けている。ロータスのFRP成型と言えば、トヨタともパテント契約したロータス特許の真空吸引成型法VARIが有名だが、エスプリのボディに同製法が採用されるのは1988年のニューシェイプ以降であり、この当時のエスプリのボディはハンドレイアップで成型されている。そのため樹脂硬化時のムラによるボディ面の歪が大きく、また個体重量差は100kg近くもあった。

鋼板を溶接したバックボーン・フレームにミッドに搭載されるエンジンは元BRMのエンジニアであったトニー・ラッドが開発しすでにエリートで使用されていた907型エンジンで、シリンダーを45度倒したロータス自製の内径φ95.28mm×行程69.10mmで1,971cc水冷直列4気筒DOHCである。160hp/6,200rpm、19.4kgm/4,900rpm。

トランスミッションはちょうど製造中止となってシトロエンが長期間供給することを約束したシトロエン・SM用5速MTを使えることになった。シフトリンケージもSM用を流用し、コストは高くなったもののミッドシップ車としては異例に良い感触となった。

メーターはヴェリア製。ステアリングはロータス・エリートから流用されたノンパワーのラック・アンド・ピニオン。フロントサスペンションはオペル・アスコナから流用したダブルウィッシュボーン、リアはトレーリングアーム。ブレーキはオペル・アスコナから流用しロータス初となった4輪ディスクでサーボ付き。当初前輪6J14+195/60HR14、後輪7J14+205/70HR14であったが、その後前輪6J14+205/60VR14、後輪7J14+205/70VR14に変更された。

アメリカを主市場として想定していたため安全性にも気をくばり、助手席にはスカットル下部で左右を頑強なビームで結び、それに複雑な断面を持ったジュラルミンバリアがマウントされている。エンジンベイと操縦席の仕切りには防音性にも優れる船舶用19mm厚プライウッドパネルが使用された。

これらにより新世代のリアルスポーツとして人気を得、生産台数は994台。

1978年にはマイナーチェンジを受けたS2が登場した。

外観上の変更点はフロントスポイラーの追加、サイドシルのブラックペイント化、エンジン冷却のためリアクォーターにエアインテークを追加、スピードライン製ホイールが冷却性を向上した4本スポークに変更されフロント7J、リア7.5Jに幅広化、リアライトに大型であるローバー・3500用を採用等である。

インテリアもより豪華になり、スイッチはロッカーアームからスライド式に変更されて数が増え、エアコンがオプション設定され、シート形状が若干変更されてコノリーレザー仕様をオプションで選択できるようになった。

エンジンのオーバーヒートに対応するためリアホイールハウスにファンが追加され、サイレンサーとテールパイプがアルミニウム製になったが、エンジン自体に大きな変更はない。

イギリス国内のみの限定車として、1978年のF1世界選手権でコンストラクターズチャンピオン獲得を記念するJPSカラーの限定車が100台存在する。これを含め1980年1月までに980台が生産された。

1980年3月ジュネーヴ・ショーにてターボエスプリが正式に発表された。タイプナンバーは82、プロジェクトナンバーはM72。わずかに車高が上げられてバンパー高さ規制をクリアし、アメリカへも輸出販売することができるようになった。

最初の100台は当時のF1チーム・ロータスのメインスポンサー『ESSEX』のカラーリングを纏った限定モデルとして登場した。1981年4月から市販された量産モデルとはリアバンパーに『LOTUS』のモールドがない、リアクォーターにエアインテークがない等細部で異なる。

エンジンは910型で、内径φ95.28mm×行程76.20mmで2,173cc。デロルト製40DHLAツインキャブレター、ギャレット・エアリサーチ(現アライドシグナル)製T3型ターボチャージャーを備え圧縮比7.5で210hp/6,000rpm、27.6kgm/4,000rpm。

トランスミッションは引き続きSM用を流用するが最終減速比が低くされている。ブレーキはフロントのディスク径が10.5inに拡大された。ホイールはマーレBBS製で前輪は7J195/60VR15、後輪は235/60VR15。

同時期にプロジェクトナンバーM71としてV型8気筒エンジン搭載モデルも開発されていたが、重量がかさんでしまうことから市販化は見送られた。

1986年に発表された1987年型からギャレット製T3型ターボチャージャーに水冷式のインタークーラーが組み合わされ圧縮比8.0、215hp/6,000rpm、30.5kgm/4,250rpmを発揮する910S型エンジンとなった。

1980年5月エンジンが912型に変更された。エスプリターボの910型エンジンからターボを取ったような構成で内径φ95.28mm×行程76.20mmで2,173cc、圧縮比9.4で163hp/6,500rpm、23.0kgm/5,000rpm。日本にも欧州仕様と共通のデロルト製DHLA45Eのツインキャブが輸入された。
1981年4月ターボエスプリのシャシにノンターボの912型エンジンを積んだS3が発表された。

タイプナンバーは85となった。

Cd値は0.41。

ジウジアーロがデザインした中では最も熟成され完成度が高いエスプリとなった。

1986年に発表された1987年型から圧縮比10.9、172hp/6,500rpm、2.5kgm/5,000rpmの912S型エンジンに変更された。
1987年秋ロンドンショーでHCとターボHCが発表された。デザインは大きく変更されたがメカニズムの根幹に変更はなかったためタイプナンバーは引き続きノンターボが85、ターボが82。

それまでの鋳鉄製シリンダーライナーをニカシルコーティングを施したマーレ社製のアルミ製部品へ変更し、燃焼室内の冷却向上により圧縮を高めることに成功。エンジンはノンターボが912S型で圧縮比10.9、172hp/6,500rpm、22.5kgm/5,000rpm。ギャレット製T3型ターボチャージャーに水冷式のインタークーラーが組み合わされた910S型となり圧縮比8.0、215hp/6,000rpm、30.5kgm/4,250rpm。HC(ハイコンプレッションの略)として売り出したが、実際には1986年に発表された1987年型から変更済みであった。それまで鋳鉄ライナーとアルミブロックの熱膨張差を吸収するために設けられていた大きな冷間時クリアランスが解消し、始動直後のディーゼルエンジンのような振動騒音が抑えられた。

従来のジウジアーロデザインに比べやや丸みを帯びた「ニューシェイプ」と呼ばれるボディはロータスのピーター・スティーブンスによるものであり、Cd値がノンターボで0.36、ターボで0.35に向上した。また真空吸引成型VARIの採用によりスチールプレス製と遜色のない滑らかなボディが実現している。

トランスミッションは構造変更認可が困難な北アメリカ仕様を除きアルピーヌ・V6ターボ用5速MTに刷新された。

HC/ターボHC発売後すぐにボッシュKジェトロニックを装備したHCPIが追加された。230hp/6,500rpm、30.1kgm/4,000rpm。

なおこの後最終型を除きテールランプはトヨタのカローラレビン(AE80系)から流用した。最終型ではエリーゼと共通の丸型テールランプへ変更されている。

1990年モデルで追加された。

電子制御マルチポイント燃料噴射装置を装備し265hp/6,500rpm、36.0kgm/3,900rpm。

スポーツ300発売までトップモデルであり、1993年まで販売されていた。

1992年のバーミンガムショーで発表された。エスプリベースのIMSA用レーサー、X180をベースに開発されたホモロゲーションモデルで、従来の直列4気筒2.2リットルをベースとしながら302hp/6,500rpm、38.9kgm/3,900rpmを出した。車両重量は1,215kg。

1993年のル・マン24時間レースにも出場、決勝では熱対策のために前フードを外して走っていた。

1993年のジュネーヴ・ショーで発表された。

265hp/6,500rpm、36.1kgm/3,900rpm。

内外装とも変更を受け、特にリアスポイラーの形状変更と17inホイールが目立つ。エスプリとしては初めてパワーステアリングを標準装備した。

1996年、4気筒とは別系統として、3.5リットルV型8気筒ツインターボエンジンを搭載した“V8”が登場。最高出力350PSを発揮した。
ラグジュアリーモデルはSE、スポーツモデルはGTとなる。

その後、4気筒モデルは“S4”→“GT3”と、8気筒モデルは“GT350”→“アニバーサリー”と進化を遂げながら併売され、“ファイナル ラン エディション”を最後に2004年に生産終了となった。


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