ランボルギーニムルシエラゴLP640 eギア 4WDの評判・スペック

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ランボルギーニ ムルシエラゴ LP640 eギア 4WD

ムルシエラゴのフロント外観(07年(H19)1月、一部改良時の6.5 LP640のフロント)

ムルシエラゴのリア外観(07年(H19)1月、一部改良時の6.5 LP640のリア)

ムルシエラゴの内装・インパネ(07年(H19)1月、一部改良時の6.5 LP640のリア)

メーカー ランボルギーニ
車種 ムルシエラゴ
グレード LP640 eギア 4WD
販売期間 2007年05月から 2008年03月
価格 32,025,000円
エンジン エンジン: V型12気筒DOHC
排気量: 6496cc
型式: ABA-BE537
馬力: 640ps
トルク: 660(67.3)/6000
ミッション: 6AT バッテリー:
タイヤ 前輪: 245/35ZR18
後輪: 335/30ZR18
ホイールサイズ: /
駆動: 4WD
最小回転: -m
タイヤサイズ
燃費 燃費(JC08): -
燃費(10•15): -km/L
燃料: ハイオク
実燃費: から
ボディサイズ 高さ: 1135 車幅: 2058 全長: 4610
乗車定員 2人
評価・レビュー 外観: 0点
内観: 0点
スペック: 0点
エンジン: 0点
乗り心地: 0点
燃費: 0点
価格: 0点
中古車 台
買取価格相場
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ランボルギーニムルシエラゴとは

ランボルギーニが2001年から2010年まで生産していたスーパーカー、「ムルシエラゴ」は、そのダイナミックなデザインと圧倒的な性能で数々の自動車愛好家を魅了しました。価格は製造時期や仕様によって異なりますが、当時の市場価格は数百万ドルにも上る高級車でした。グレードはベースモデルの「ムルシエラゴ」に加え、高性能モデルの「LP640」や限定モデルの「LP670-4 SV」などが展開されました。 ムルシエラゴの特徴の一つは、搭載されるエンジンであり、排気量は6.2リットルで、最高出力は640馬力以上を誇ります。その威力を活かし、最高速度は340km/h以上に達し、0-100km/h加速はわずか3.4秒という驚異的なパフォーマンスを誇ります。また、燃費はスーパーカーとしては標準的な値で、燃費よりもパワーとスピードに重点を置いた設計となっています。 ムルシエラゴは、その独特のステルス戦闘機を彷彿させる外観や上昇するドア、スポイラーなどの空力パーツが特徴的です。内装も豪華で、高級素材を使用し、スポーティかつ快適な空間を提供しています。また、カーボンファイバーやアルミニウムを多用した軽量ボディは、優れた操縦性とダイナミックな走行を可能にしています。 人気の秘密は、その圧倒的なパフォーマンスと個性的なデザインにあります。ムルシエラゴは、ランボルギーニの中でも特にスポーティかつ洗練されたモデルとして、多くのファンを魅了しました。さらに、歴史あるランボルギーニのブランドイメージや限定生産モデルの希少性も、ムルシエラゴの人気を後押ししました。 「ムルシエラゴ」は、ランボルギーニの伝統と革新が融合した一台であり、スーパーカー愛好家にとっては夢のような存在と言えるでしょう。その圧倒的な性能と個性的なデザインは、未だに多くの人々を魅了し続けています。

より詳しいスペックやオプションの情報を見ることができます。

詳細項目 スペック
型式ABA-BE537
最小回転半径-m
駆動方式4WD
全長×全幅×全高4.61m×2.06m×1.14m
ドア数2
ホイールベース2.67m
ミッション6AT
前トレッド/後トレッド1.64m/1.7m
AI-SHIFT-
室内(全長×全幅×全高)-m×-m×-m
4WS-
車両重量-kg
シート列数1
最大積載量-kg
乗車定員2名
車両総重量-kg
ミッション位置コラム
最低地上高-m
マニュアルモード◯
標準色ネロ アルデバラン、ロッソ アンドロメダ、ジアッロ エブロス、ビアンコ イシス、アランシオ イシュター、ブルー ノヴァ、ネロ ぺガソ、ブルー ヘラ、グリジオ アブロン、アズーロ アクアリウス、グリジオ アンタレス、ヴェルデ ドラコ、グリジオ テレスト
オプション色ジアッロ オリオン、ヴェルデ イサカ、アランシオ アトラス、オロ アドニス、ヴィオラ オフェリア
掲載コメント-
エンジン型式-
環境対策エンジン-
種類V型12気筒DOHC
使用燃料ハイオク
過給器-
燃料タンク容量100リットル
可変気筒装置-
燃費(10.15モード)-km/L
総排気量6496cc
燃費(WLTCモード) -
燃費基準達成-
最高出力640ps
最大トルク/回転数n・m(kg・m)/rpm660(67.3)/6000
福祉車両-
大型ガラスルーフ-
片側電動スライドドア-
サンルーフ-
両側電動スライドドア-
ルーフレール-
ドアイージークローザー-
Tバールーフ-
電動バックドア-
ルーフ系装備-
ディスチャージドランプ◯
タルガトップ-
フロントフォグランプ-
ハードトップ-
リアフォグランプ-
ソフトトップ-
ヘッドライトウォッシャー◯
キャンバストップ-
フロントスポイラー-
メタルトップ-
リアスポイラー◯
マグネシウムホイール-
ローダウン-
アルミホイール◯
UVカットガラス-
片側スライドドア-
プライバシーガラス-
両側スライドドア-
寒冷地仕様-
ステアリング位置不明
ステアリングステアリングギア方式パワーアシスト付ラック&ピニオン式
ステアリングパワーステアリング◯
ステアリングVGS/VGRS-
サスペンション形式前ダブルウィッシュボーン
サスペンション形式後ダブルウィッシュボーン
高性能サスペンション-
タイヤサイズ前245/35ZR18
タイヤサイズ後335/30ZR18
ブレーキ形式前Vディスク式
ブレーキ形式後Vディスク式
ソナー◯
駐車支援システム-
センターデフロック◯
横滑り防止装置-
トラクションコントロール-
フロントカメラ-
LSD(リミテッドスリップデフ)-
サイドカメラ-
ダウンヒルアシストコントロール-
バックカメラ◯
AYC(アクティブ・ヨー・コントロール)-
頸部衝撃緩和ヘッドレスト-
SH-4WD-
ABS-
ISOFIX対応チャイルドシート固定バー-
ブレーキアシスト-
ビルドインチャイルド-
アイドリングストップシステム-
バケットシートABS(◯)
ランフラットタイヤ-
後退時連動式ドアミラー-
エアサスペンション-
レインセンサー-
ブレーキ系装備-
インテリジェントAFS-
衝突軽減装置-
盗難防止装置-
ナイトビジョン-
セキュリティアラームカーボンセラミックブレーキ(△)
レーンアシスト-
ロードサービス-
車間距離自動制御システム◯
パワーウィンドウ-
オットマン機構-
フルフラットシート-
チップアップシート-
本革シート
電動サードシート◯
フロントベンチシート-
床下ラゲージボックス-
シートリフター-
エンジンスタートボタン-
シートポジションメモリー機能-
キーレスエントリー-
運転席パワーシート-
ETC◯
フロント両席パワーシート-

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ランボルギーニ ムルシエラゴの知っておきたい情報

ランボルギーニとは?
ムルシエラゴとは?

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ランボルギーニムルシエラゴの新車情報

ランボルギーニムルシエラゴの最新情報まとめ

ランボルギーニ・ムルシエラゴ

ランボルギーニ・ムルシエラゴ

ムルシエラゴ(Murciélago )は、イタリアの自動車メーカーランボルギーニが2001年から2010年にかけて製造したスーパーカー。「ムルシエラゴ」はスペイン語で「コウモリ」の意味。イタリア語での発音は「ムルチェラゴ」に近いが、稀に「ムルシエラゴ(ムルスィェラゴに近い)」と発音されることもある。

ムルシエラゴは、ランボルギーニがアウディ傘下に入った後に発売された最初の新車種であり、ディアブロの後継車種となるフラッグシップ・スポーツカーである。2001年のフランクフルトモーターショーで一般向けに発表され、同年9月から市販された。車名は、過去のランボルギーニ車の伝統にならって19世紀に実在した伝説的な闘牛の名前に由来する。スタイリングは当時ランボルギーニのデザイン部長であったルク・ドンカーヴォルケが担当した。

後に発表された「ガヤルド」に比べ、親会社であるアウディ社の影響が少ないモデルとの評価がある。例えばガヤルドはアルミ製スペースフレームに、アウディの設備を利用して設計されたエンジンを搭載する仕様であるが、本車種はアウディに買収される以前に設計したディアブロの構造的特徴の多くを受け継いでいる。

ボディは角断面を持つ鋼管スペースフレームによって組まれ、外部からの応力をほぼすべてシャシーによって負担する構造をもっている。シャシーの大部分はスチール製であるが、フロアパネルと一部の補強用補助構造体などはカーボンファイバーが使用されている。また、ボディパネルにもカーボンファイバーを用いられているが、ルーフと左右のドアにはスチール素材を使っている。これらの最先端素材を多用したことで、ディアブロより全長が約100mm延長されているにも関わらず、乾燥重量はほぼ同水準の1,650kgとなっている。

ディアブロには後輪駆動と四輪駆動の両系統のモデルが用意されていたが、ムルシエラゴには四輪駆動のみとされている。ムルシエラゴの四輪駆動は比較的簡易な構造を持つビスカス式センターデフをもつものであり、動作制御もディアブロが姿勢を崩した時に効果を発揮する仕様に対し、通常でも前輪にも積極的に駆動力を配分するものに変更されている。

車名をあらわすエンブレムが装着されていない代わりに、ドアのサイドシル部分にMURCIELAGOのロゴが刻まれている。ドアの開口部はシザードアの上昇量が増やされ、開口部も広く取られたことにより、ディアブロに比べ乗降性が向上している。

搭載エンジンは新規設計されたものではなく、ディアブロから引継ぎとなるアルミダイキャスト、60°バンクを持つ水冷V型12気筒DOHCエンジンの発展型を搭載する。このエンジンはカウンタックからディアブロを経てムルシエラゴまで基本構造を受け継ぐ設計であり、ディアブロの最終生産型である「6.0」のものに基本ストロークを延長し、排気量は6.2Lとしている。またディアブロのエンジンと比較して、素材見直しによるムービングパーツの軽量化も行われている。出力は580hp(約588PS)、トルク66.3kg·mとされている。このエンジンの感触について福野礼一郎は「古典的なエンジン」「いかにも内燃機らしい豪快な回り方」と評している。

パワートレインの配置もカウンタックからディアブロを経て受け継いだもので、運転席と助手席の後ろに置かれたエンジンの出力は、運転席と助手席の間のセンタートンネルに置かれたトランスミッションを経由した上で後輪に伝えられている。しかし、ディアブロ以前にはオイルパンを貫通していたドライブシャフトをディファレンシャルギアごと車体右側にずらして設置し、潤滑方式をドライサンプにすることによって、エンジンの搭載位置を50mm下げている。また、トランスミッションも従来の5速から6速に変更され、後に「eギア(e-gear)」と呼ばれるセミオートマチックトランスミッションが追加された。

アメリカ環境保護局とエネルギー省が毎年発表する燃費ワースト・ランキング2010年では、本車種のMT仕様が市街地燃費3.4km/L、高速燃費5.53km/Lとワースト1位に選ばれている。またセミオートマチック仕様も3位に選ばれている。なお、ランボルギーニは4年連続1位となった。
2001年のフランクフルトモーターショーで発表。

2004年3月、ジュネーヴモーターショーにてムルシエラゴ・ロードスターを発表。

2006年3月、ジュネーヴモーターショーにてムルシエラゴ LP640を発表し、翌月から予約を開始。また、同月に生産2,000台を達成。同年11月のロサンゼルス・オートショーにはLP640のロードスターバージョンも発表。

2010年2月に生産4,000台を達成。同年11月に生産終了。総生産台数は4,099台。後継車種はアヴェンタドール。

6.2(2001年~2006年)

ロードスター(2004年~2006年)
LP640(2006年~2010年)

LP640 ロードスター(2006年~2010年)
レヴェントン(2007年~2009年)

LP670-4 スーパーヴェローチェ(2009年~2010年)

レイター・エンジニアリングが開発した。世界4台。ジュネーブモーターショーでロードバージョンが発表されたマシン。日本にも1台輸入され、公道仕様ナンバー取得をしていた。(現在は売却され、海外に輸出されたとも。)


ランボルギーニ

ランボルギーニ

ランボルギーニ(Lamborghini)は、イタリアの高級スポーツカーメーカーである。正式名称はヌオーヴァ・アウトモービリ・フェルッチオ・ランボルギーニ SpA(Nuova Automobili Ferruccio Lamborghini SpA)。1999年以降フォルクスワーゲングループに属する。

本社、製造工場、ランボルギーニミュージアムはボローニャ県サンターガタ・ボロニェーゼにある。

創業者であるフェルッチオ・ランボルギーニは、第二次世界大戦後、イタリアにトラックが不足していることに目を付け、軍が放出するトラックを民生向けに改造し販売することで富を得た。大戦中、ロドス島にて兵器のメンテナンスに当たっていた彼の経験が活かされるかたちとなった。1947年、当時から自動車好きであった彼は、これを元手に小さなチューニングショップを開いた。

1948年、彼は友人と共にミッレミリアに参戦した。車両はフィアット・トポリーノで、自作のOHVヘッドが載せられていた。しかし途中で友人が運転を誤り、レストランに突っ込んでしまう。この際、彼は友人と共に車外に投げ出され、大ケガを負った。後に彼がレース界から距離を置くようになったのは、この経験が一因であるとされている。

その後、彼はトラックに続いてトラクターの自社開発に取り組み、1949年にランボルギーニ・トラットリーチ SpAを設立した。当初はただ同然で手に入れた軍放出車両のモーリスエンジンを用いた一般的なものであったが、後に自ら開発した排気熱で軽油を気化するイン・パボリザトーレというシステムを使って高性能なトラクターを作った。これは当時高価であったガソリンをエンジンの始動と暖気に使うだけで済み、後は安価な軽油で充分に動かせたため、大ヒットに繋がった。また1960年にはランボルギーニ・ブルチアトーリ SpAを設立し、ボイラーとエアコンの製造販売を手掛け、これも成功を収めた。

巨万の財を築いた彼はエキゾチックカーを収集するようになる。しかし、どの車も暑すぎたり、スピードが十分でなかったり、狭すぎたりしたため、フェルッチオを満足させるものではなかった。のちにエキゾチックカーの生産に乗り出したフェルッチオは、「助手席に座るレディのメイクアップが(汗で)落ちないような快適な車を作りたい」と語ったという。やがて彼は富の象徴、フェラーリのオーナーとなるが、当時のフェラーリにはクラッチに決定的欠陥があった。所有するフェラーリの度重なるクラッチ故障に頭を痛めた彼は、自社のトラクター工場でフェラーリを修理することを思いつく。いざクラッチを分解してみると、使われていたのはなんと自社のトラクター用パーツと同型のボーグ&ベック製のクラッチ板であり、しかも全く同一のパーツにフェラーリはトラクター用の十倍の値段を付けていた。

元々は優秀なメカニックでもあった彼は、クラッチ修理と同時にフェラーリに装着されていたウェーバー製のダウンドラフト型キャブレターをサイドドラフト型の物に改め、シリンダーヘッドをオリジナルのSOHCから当時は市販のフェラーリに採用されていなかったDOHCに改造した。完成した車は公道でのテスト走行中の新型フェラーリを「カモ」にできるほど速かったという。

既存のエキゾチックカーに少なからず不満を抱いていた彼は、これがきっかけで自動車ビジネスに乗り出す決意をしたといわれる。前述のフェラーリのパーツに見られるような高額な価格設定に触れ、「この商売は儲かる」と踏んでもいた。フェルッチオはこのとき、有望なビジネスモデルとして高級車業界を見ており、スポーツカーへの愛情とその財力を背景にアウトモービリの創設を決意した。

この1963年トリノショーに出品された350GTVは非常に目を引く独創性にあふれたフランコ・スカリオーネのデザインによるボディラインを持ち、性能面や上質なインテリア等で一定の評価を得たが、居住性やGTとしての使い勝手で酷評を受ける。
この評を受けてすぐにフェルッチオは根本的な改修を指示、翌年カロッツェリア・トゥーリングにより手直しを受けたボディを纏った市販車としての第一号350GTをロールアウト。ここに市販車メーカーとしてのアウトモービリ・ランボルギーニの歴史は幕を上げた。

当初こそ、伝統のあるマセラティやフェラーリを引き合いに出されてはトラクターメーカーとしての出自を揶揄されたが、翌年に後継の400GTがロールアウトされる頃になると独創的なスタイルと快適性の高次での両立がエグゼクティブの間で話題となり、350GTは130台以上、400GTでは250台以上、当時の超高級GTとしては非常に良好なセールスを記録している。この後1966年のランボルギーニ・ミウラ、1971年のランボルギーニ・カウンタック(クンタッシ)とあまりにも有名な名車を次々と送り出し、押しも押されもせぬ世界的スーパースポーツの代名詞ともいえるブランドとなった。

トラクターの他にヘリコプターも作ったが、認可が下りず、結果的に、プロトタイプの2台しか現存していない。

イタリア・モデナにあるトニーノ・ランボルギーニ・ムゼオにフェルッチオが関わったランボルギーニ製品が展示されている。
2006年の総納車台数は2,087台、2007年では2,580台、2015年の年間世界販売台数が3,245台だった。
現在の正規輸入販売はアウディ・ジャパンの事業部として2001年に設立された「ランボルギーニ・ジャパン」(Automobili Lamborghini Japan、東京都・世田谷区)が行っている。ランボルギーニ・ジャパンの設立以降は本格的に正規ディーラー網を整備し、サービス品質の向上や全店統一CIの導入などにより、日本でのブランド再構築を進めている。

2006年の年間販売台数は、176台(統計資料、JAIA日本自動車輸入組合)。2007年3月には、ランボルギーニ大阪を経営する光岡自動車の顧客情報がインターネット上に公開されてしまう事件が起きた。
ちなみに、ランボルギーニトラクターも日本国内で販売されており、かつてフェラーリの輸入元であったコーンズの関連会社である株式会社コーンズエージーが販売を行っている。

エンブレムにちなみ、ほとんどが闘牛に関連した車名である。

かつては創業者のフェルッチオが「レースには出ない」ことを社是としていた。これは「当時のフェラーリがレースを本業として市販車はそのための資金稼ぎと位置づけ、ユーザーをないがしろにしていたことに対し反発したため」「フェルッチオの息子が反対を押し切る形でレースに夢中になっており、刺激しないため」「フェルッチオ自身がレース中の事故により大ケガを負った経験によるもの」など様々な説があったが、会社から正式なアナウンスは出ていない。

クライスラー傘下に入った後の1989年、ラルースチームへのエンジン供給の形で、F1グランプリ参戦を開始した。

1990年に、メキシコで結成されたチーム「グラスF1」向けにF1マシンを含めて製作を行っていた。エントリーが認められたものの、グラスF1設立を提言したメキシコ人の富豪が資金を持ち逃げしたこともあり、資金が底をつき参戦困難となった。これによる参戦キャンセルによる違約金支払を回避するために、ランボルギーニが実質的なワークス・チーム、モデナに再編成して参戦した。しかし、マウロ・フォルギエリが設計したマシンは時代遅れもはなはだしいもので、目立った成績をあげることはなく、同年に撤退した。エンジンのレイアウトはV12で、独特な高音の排気音であり、それについては同じV12エンジンを搭載したフェラーリへの評価を上回るものだった。

1993年にはエンジンを再設計し大幅にパワーアップ(親会社のクライスラー名義)、翌年のエンジン供給を考慮して、コスワースHBエンジンの非力さに苦しみ、ルノーエンジンに匹敵するパワーのあるエンジンを求めていたマクラーレンがテストを実施したものの、マクラーレンはプジョーとの提携を選び、この結果ランボルギーニはF1を去ることとなった。テストでステアリングを握ったのはミカ・ハッキネンで、同時に彼がランボルギーニエンジン搭載車の最後のドライバーとなっている。

なお鈴木亜久里が日本グランプリで日本人としてはじめて3位入賞を飾ったローラ・LC90もランボルギーニ製ユニットを搭載していた。
SUPER GTには、JLOC(Japan Lamborghini Owner's Club)より、全日本GT選手権の初期から参戦している。当初は漫画家の池沢さとしがドライバーを務めた。参戦時のマシンはカウンタックだったが、1995年~2004年にディアブロ、2004年からはムルシエラゴ、2007年からガヤルド、2016年からウラカンにて参戦している。これにランボルギーニも全面的に協力しており、このレースのためにディアブロ以降のマシンをワンオフ作成している。2005年からはGT300クラスにエントリーし2006年第1戦にて初優勝した。ランボルギーニがFIAの国際格式レースで優勝したのはこれが初めてのことだった。

ランボルギーニのレース部門である。各国のサーキットを転戦するワンメイクレース「ブランパン・スーパ-・トロフェオ」シリーズは、2009年にヨーロッパで始まり、2012年にはアジアで、翌年から北米でも開催されている。

同社の歴史的モデルに関するレストアや鑑定を行う部門として2015年春に新設。
記念すべき最初のプロジェクトでレストアされたのは、シャシーナンバー「4846」を与えられたグリーンの1971年式「ミウラSV」である。

ポロ・ストリコのアーカイブ専門部署。歴代モデルについて使用されたパーツやその技術に至るまで、全てをデジタル化しアーカイブしている。

2006年に開始され、2013年から規模を拡張。同社のモデルを個別にカスタマイズしたいという顧客に対応するスタジオである。
ランボルギーニ製造施設内に設置された同スタジオでは、新車購入時にカラーリングやインテリアトリムなどを思い通りに仕上げたいという顧客の要望に応えるため、エキスパートスタッフが個別対応する。