ジープ新型グランドチェロキーリミテッド 4WDの評判・スペック

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ジープ グランドチェロキー リミテッド 4WD

グランドチェロキーのフロント外観(17年(H29)3月、MC時のフロント。仕様はグレードにより異なります)

グランドチェロキーのリア外観(17年(H29)3月、MC時のリア。仕様はグレードにより異なります)

グランドチェロキーの内装・インパネ(17年(H29)3月、MC時のリア。仕様はグレードにより異なります)

メーカー ジープ
車種 グランドチェロキー
グレード リミテッド 4WD
販売期間 2019年10月から 販売中
価格 5,654,545円
エンジン エンジン: V型6気筒DOHC
排気量: 3604cc
型式: DBA-WK36TA
馬力: 290ps
トルク: 347(35.4)/4000
ミッション: 8AT バッテリー:
タイヤ 前輪: 265/60R18
後輪: 265/60R18
ホイールサイズ: /
駆動: 4WD
最小回転: 5.7m
タイヤサイズ
燃費 燃費(JC08):
燃費(10•15):
燃料: レギュラー
実燃費: 5.74から 7.79
ボディサイズ 高さ: 1805 車幅: 1935 全長: 4835
乗車定員 5人
評価・レビュー 外観: 4.45点
内観: 3.81点
スペック: 4.44点
エンジン: 4.38点
乗り心地: 4.59点
燃費: 2.28点
価格: 4.45点
中古車 台
買取価格相場
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ジープグランドチェロキーとは

ジープが誇るSUVの中でも人気の高い車種、「グランドチェロキー」について詳細に解説していきます。グランドチェロキーは1992年に初代モデルが発売された、歴史あるジープのメインストリームモデルです。そのクラシカルで力強いデザインとオフロード性能の高さが、多くの愛好家を魅了しています。 まず、グランドチェロキーの価格帯ですが、新車の価格はグレードや装備によって異なりますが、一般的には中から高い価格帯に位置しています。高い品質や走行性能を求めるユーザーに支持されている一台といえます。 グランドチェロキーは様々なグレードがラインアップされており、豊富な選択肢から自分にあった仕様を選ぶことができます。エンジンに関しては大排気量のV型エンジンを搭載し、優れたパワーとトルクを発揮します。特にオフロード走行においてはその力強い性能が活かされます。 燃費面では、グランドチェロキーはSUVとしては優れた燃費性能を持っており、長距離走行でも安定した燃費を維持することができます。また、走行安定性や乗り心地の良さも特筆すべき点です。高速道路や悪路での走行でも安心感のある運転が可能です。 さらに、グランドチェロキーの魅力の一つとしては、そのスムーズな走行性能だけでなく、都会の街中から自然の山道まで幅広いシーンで活躍できる汎用性の高さが挙げられます。様々な道路状況に対応し、快適なドライブを楽しむことができます。 タイヤサイズに関しても、グランドチェロキーはタフなオフロード走行にも耐えうるサイズのタイヤを装備しており、どんな道でも力強く走り抜けることが可能です。その頼もしい走行性能が多くのユーザーから支持されている秘密です。 これまでの歴史を通して、グランドチェロキーはジープブランドの象徴として、常に進化を続けてきました。その信頼性や高い走行性能、快適さから多くのユーザーに愛され続けており、今後もジープの代表車種としてさらなる進化を遂げていくことでしょう。グランドチェロキーは、ジープの伝統を受け継ぎながら、新たな時代においても輝き続ける存在と言えます。

より詳しいスペックやオプションの情報を見ることができます。

詳細項目 スペック
型式DBA-WK36TA
最小回転半径5.7m
駆動方式4WD
全長×全幅×全高4.84m×1.94m×1.81m
ドア数5
ホイールベース2.92m
ミッション8AT
前トレッド/後トレッド1.63m/1.64m
AI-SHIFT-
室内(全長×全幅×全高)-m×-m×-m
4WS-
車両重量2200kg
シート列数2
最大積載量-kg
乗車定員5名
車両総重量2475kg
ミッション位置フロア
最低地上高0.21m
マニュアルモード◯
標準色ブライトホワイトクリアコート、グラナイトクリスタルメタリックC/C
オプション色ダイアモンドブラッククリスタルパールC
掲載コメント-
エンジン型式G
環境対策エンジン-
種類V型6気筒DOHC
使用燃料レギュラー
過給器-
燃料タンク容量93リットル
可変気筒装置-
燃費(JC08モード)9.6km/L
総排気量3604cc
燃費(WLTCモード) -
燃費基準達成-
最高出力290ps
最大トルク/回転数n・m(kg・m)/rpm347(35.4)/4000
福祉車両-
大型ガラスルーフ△
片側電動スライドドア-
サンルーフ△
両側電動スライドドア-
ルーフレール◯
ドアイージークローザー-
Tバールーフ-
電動バックドア◯
ルーフ系装備-
ディスチャージドランプ◯
タルガトップ-
フロントフォグランプ◯
ハードトップ-
リアフォグランプ◯
ソフトトップ-
ヘッドライトウォッシャー◯
キャンバストップ-
フロントスポイラー-
メタルトップ-
リアスポイラー◯
マグネシウムホイール-
ローダウン-
アルミホイール◯
UVカットガラス-
片側スライドドア-
プライバシーガラス◯
両側スライドドア-
寒冷地仕様-
ステアリング位置右
ステアリングステアリングギア方式-
ステアリングパワーステアリング◯
ステアリングVGS/VGRS-
サスペンション形式前ダブルウィッシュボーン
サスペンション形式後マルチリンク式
高性能サスペンション-
タイヤサイズ前265/60R18
タイヤサイズ後265/60R18
ブレーキ形式前Vディスク式
ブレーキ形式後ディスク式
ソナー◯
駐車支援システム◯
センターデフロック◯
横滑り防止装置◯
トラクションコントロール◯
フロントカメラ-
LSD(リミテッドスリップデフ)◯
サイドカメラ◯
ダウンヒルアシストコントロール◯
バックカメラ◯
AYC(アクティブ・ヨー・コントロール)◯
頸部衝撃緩和ヘッドレスト-
SH-4WD◯
ABS◯
ISOFIX対応チャイルドシート固定バー◯
ブレーキアシスト-
ビルドインチャイルド◯
アイドリングストップシステム-
バケットシートABS(◯)
ランフラットタイヤ-
後退時連動式ドアミラー◯
エアサスペンション-
レインセンサー◯
ブレーキ系装備-
インテリジェントAFS-
衝突軽減装置◯
盗難防止装置◯
ナイトビジョン◯
セキュリティアラーム-
レーンアシスト-
ロードサービス◯
車間距離自動制御システム◯
パワーウィンドウ◯
オットマン機構◯
フルフラットシート-
チップアップシート◯
本革シート
電動サードシート◯
フロントベンチシート-
床下ラゲージボックス-
シートリフター-
エンジンスタートボタン-
シートポジションメモリー機能分割可倒
キーレスエントリー-
運転席パワーシート-
ETC◯
フロント両席パワーシート-

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ジープ グランドチェロキーの知っておきたい情報

ジープとは?
グランドチェロキーとは?

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ジープグランドチェロキーの新車情報

ジープグランドチェロキーの最新情報まとめ

ジープ・グランドチェロキー

ジープ・グランドチェロキー

グランドチェロキー (Grand Cherokee) は、ジープブランドで販売されるクライスラーのSUVである。

米国ミシガン州のジェファーソン北組み立て工場で製造されているが、ヨーロッパ向けの車両はオーストリアのマグナ・シュタイア(グラーツ工場)によって製造される。

1992年の北米国際オートショーで発表され、翌1993年に販売開始。当初は1980年代の後半に発売される予定であったが、クライスラーのCEOのリー・アイアコッカにより試作車の再開発が命じられたため、1993年にフォード・エクスプローラーの対抗車種として発売された。

エンジンは、AMCの直列6気筒 4Lエンジンが搭載され、さらに1996年からはAMCのパワーテックエンジンに変更された。さらに、V型8気筒エンジンは、5.2Lマグナムエンジンが搭載され、1998年には4.9Lマグナムエンジン搭載モデルも用意された。また、欧州仕様車には、VMモトリ製直列4気筒 2.5Lの425 OHVディーゼルエンジンも搭載された。

また、駆動方式は四輪駆動と後輪駆動が用意され、4WDシステムは、セレック・トラック4WDと、クォドラ・トラックフルタイム4WDが採用され、1996年まではコマンド・トラックパートタイム4WDも採用された。

1993年モデルには、V8 5.2Lエンジンを搭載したグランドチェロキーの上級モデルを、ジープ・グランドワゴニアとして台数限定で販売した。

1996年、マイナーチェンジ。外観については、フロントグリル、バンパーなどが変更され、フォグランプが装備された。また、デュアルエアバッグが新たに装備され、フェンダー部の車名書体が、AMCのものから、クライスラーのものに変更された。また、AMCの直6 4Lエンジンも改良された。

1999年、発売。ダイムラー・クライスラーが発足してからのモデルだが、初代モデルから127種類の部品が流用された。

ポルシェのエンジニアリングによって、軽量化と堅牢化が施された。またスペアタイヤの位置が、荷室のサイドから床下に変更された。

直6エンジンは、初代に続きAMCの4.0Lのパワーテックエンジンだが、インテークマニホールド及びエキゾーストマニホールドが改良され若干パワーアップされた物が搭載された。V8エンジンは2種類とも設計の新しいパワーテックエンジンに変更された。トランスミッションは、自社製の42REおよび45RFE 4速オートマチックトランスミッションと、545RFE 5速オートマチックトランスミッションが組み合わせられ、マニュアルトランスミッションは廃止された。四輪駆動システムでは、新たにクォドラ・ドライブIIがオプションで設定された。

内装も全面的に刷新され、リアドアが大型化されるんど後部座席の乗員スペースが拡大された。

同年、VMモトリとデトロイトディーゼルによって共同開発された直列5気筒 3.1Lディーゼルターボエンジンが、欧州およびオーストラリア市場向け車両に搭載された。

2002年、メルセデス・ベンツの直列5気筒 2.7L OM647型ディーゼルエンジンを、欧州向け車両に搭載。

2004年モデルではフェイスリフトが行われ、フロントグリルの形状などが変更されたが、同年にフルモデルチェンジが行われた。また、2004年には、このモデルの生産終了にあたり、生産設備が中国の北京ジープ(北京吉普汽車)に売却され、2006年から中国で販売が開始された。なお、中国仕様車には、直6 4.0Lおよび、V8 4.7Lエンジンが搭載される。

2004年に2005年モデルとして発売。四輪駆動システムは、クォドラ・ドライブIIを採用し、リアシート用DVDプレーヤーも設定された。

NVHが改善され、さらに、ジープでは初めてオンロード性能が謳われたモデルでもある。これは、ジープの購入層の増加を狙ったものであるが、オフロード性能は一部後退した。

エンジンは、V型6気筒 3.7 Lパワーテックエンジンと、V型8気筒 4.7 Lパワーテックエンジンが搭載され、V型8気筒 5.7 L ヘミエンジンがオプションで設定された。また、2006年モデルからは、V型8気筒 6.1 Lヘミエンジンも搭載された。さらに、欧州、南アメリカ、オーストラリアでは、メルセデス・ベンツの、V型6気筒 3.0 L OM642型コモンレールターボディーゼルエンジンが搭載され、北米でも2007年から搭載された。

2007年には、フランスのアルデシュ県で開かれたユーロ・キャンプ・ジープにおいて、ヨーロッパデビューを果たした。

また、日本では2005年7月9日に発売された。

2008年モデルでは、フェイスリフトが行われ、ヘッドランプの下部も円状になった。

また、2009年モデルでは、5.7 Lヘミエンジンが改良された。

2009年4月のニューヨーク国際オートショーにて、4代目が発表され、翌2010年に2011モデルとして発売が開始された。

ダイムラー・クライスラー時代に開発がスタートした関係で、プラットフォームなどのハードウェアの約30%をメルセデス・ベンツ・Mクラス(3代目、W166型)と共用。同時に、ダイムラーから技術関与を受ける最後の車両でもある。従来同様、仕向け地により左右ハンドルの両仕様が用意され、グローバルに展開される。
それによってSUVからクロスオーバーSUVとなった。
新設計の4WDシステム「クォドラトラックII」や「セレクテレインシステム」の採用などに加え、ジープ初のエアサスペンションとリヤにマルチリンクを備えた4輪独立懸架式サスペンションを採用したことで、オンロードでの性能も大幅に向上。

エンジンはV8/5.7L・HEMIや6.4L・HEMIの設定もあるが、販売の主力となるモデルは可変バルブ機構を備えた3.6LのV6・DOHCに換装された。最高出力286PS、最大トルク35.4kg-mを発生するこのユニットは、従来の4.7L・V8をパワーで55PS上回る一方、約10%の燃費向上を果たしている。トランスミッションは5ATを継承。

インテリアは各パーツの精度を向上させるとともに、カーゴルームの拡大やフロントやリアドアの開口角度を拡大。いずれも既存ユーザーの意見を形にした。リアシートリクライニング機能の採用については日本のユーザーの意見を反映させたものである。

なお、このモデルは廃止となったコマンダーの客層を補完する役割も担っている。

2011年2月23日 日本仕様が発表された(発売開始は3月12日)。

マイナーチェンジ(2014)



ジープ

ジープ

ジープ(英語:Jeep)は、FCA US LLC(フィアット・クライスラー・オートモービルズ:FCAの米国法人)傘下の四輪駆動車のブランドである。

第二次世界大戦中の1940年にアメリカ陸軍の要請により開発着手され、翌1941年から実戦投入開始された小型四輪駆動車がその元祖である。第二次大戦において連合国軍の軍用車両として広く運用され、高い耐久性と悪路における優れた走行性能で軍事戦略上でも多大な成果を挙げた。アメリカ軍欧州戦域総司令官を務めたドワイト・D・アイゼンハワーは、“第二次世界大戦を勝利に導いた兵器”として、「原子爆弾」「C-47輸送機」「バズーカ」、そしてジープを挙げている。

その高性能は小型四輪駆動車の有用性を世界各国で広く認知させ、第二次大戦後に軍用・民生用を問わず同種の四輪駆動車が世界的に普及する端緒となり、「ジープ」は単なるブランドに留まらず、その優れた設計と名声から民生のクロスカントリーカーや小型軍用車両の代名詞となった。

Jeepという名称の由来には諸説ある。General Purpose(万能)、もしくはGovernment-use(政府用)のGとホイールベース 80インチの車両を表す識別符号のPからきた符号GPからジープと命名されたという説や、漫画『ポパイ』に登場するほとんど何でもできる奇妙な動物「ユージン・ザ・ジープ」からとったという説がある。明確な起源は判然としないが、すでに1941年にはこの通称が用いられ始めていた記録がある。

ジープの名称は自然発生的なものであったが、第二次大戦後、製造メーカーの社によって商標登録された。その後は製造メーカーの合併や買収などで商標権は転々とし、2015年時点ではFCA US LLCの保有するブランドとなっている。第二次大戦型のオリジナル・ジープからデザインモチーフなどを引用したのみの現行モデルに至るまでその名称は継承されている。

アメリカ陸軍は、モータリゼーションの先進国らしく自動車の導入に早くから取り組んでいただけでなく、第一次世界大戦時には四輪駆動トラック「ジェフリー・クワッド」(Jeffery Quad)を制式採用するなど、世界各国の軍隊でもいち早く四輪駆動自動車のメリットに着目していた。このため1930年代には大型・中型の軍用四輪・六輪駆動トラックの開発・量産化を強力に推進した。しかし、偵察・連絡といったより軽快な機動性が求められる用途では、オートバイやサイドカーなどを利用しつつも、1930年代に至っても小型四輪自動車の本格導入には及ばないまま、第二次世界大戦期を迎えた。

1940年、アメリカ陸軍需品科はポーランド侵攻におけるドイツ軍の(Kfz.1の制式名が付けられた、複数メーカー製の)小型軍用車輌の活躍に注目し、同年7月に135社の自動車製造会社に大まかな設計要件を伝え、四輪駆動の小型偵察車開発計画に応札することを緊急要請した。

要求されたサイズは「四輪駆動、3人乗り、660ポンド(≒300kg)積み、可倒式フロントガラス付、ホイールベース75インチ(191cm)で85lb⋅ft (115N⋅m)以上のエンジンで駆動」と相当にコンパクトであったが、ホイールベース条件はのち80インチ(203cm)に延長された。しかしこれに重ねて課せられた諸々の要求スペック(特に車重)が厳しかったうえ、49日間で試作車を完成、75日で増加試作車70台を完成させよという、通常なら到底不可能な日程条件が付いていた。要求スペックには「地雷を踏んでタイヤ4本のうち2本を失った場合でも、スペアタイヤを含めた残り3本で100 km の走行が可能であること」「車載工具ですべての修理が可能であること」という条件が入っていたという。

あまりの条件の厳しさにゼネラルモーターズもフォード・モーターも応えられず、アメリカでは主流から外れた小排気量の小型車に関するオーダーでもあったため、オファーに応じたのは中・小型車メーカーの社と、元来小型車メーカーで経営不振に喘いでおり、延命手段を必要としていた社のみ、しかもウィリスは開発時間と条件の厳しさから途中で入札を取りやめるという始末であった。

開発参入を図ったバンタムの当時の設計チーフは、デューセンバーグやスタッツといった往年の高性能・高級車メーカーに勤めた経験もあったハロルド・クリストであったが、彼が率いる既存の小さな開発チームだけでは十分な設計能力を欠いていた。このため招聘されたのが、社外のフリーランス設計者カール・K・プロブストで、7月17日から彼とクリストを中心に突貫作業で開発が始められた。開発チームはいきなり2日間でプロトタイプの設計図面を仕上げ、もう1日でコスト計算まで完了させ、まず7月22日の入札締め切りに間に合わせた。

プロブストは、軍の提示した条件から部分的に逸脱することも辞さず、頑丈で悪路に強い四輪駆動小型軍用車の促成設計を目指した。問題は車両重量で、軍の提示した当初のスペックは自重1,275ポンド(≒585kg)という、要求された走行性能や荷重を配慮すると絶対実現不能な値であった(30年後に開発された民生用自動車である初代スズキ・ジムニーですら600kgである)。プロブストはこれをあっさりと無視し、自重1トン弱(2,000ポンド級)で現実的な車両開発を目論んだが、結果としては賢明であった。

シンプルなはしご型フレームに、前後とも縦置きリーフ・スプリングで吊られたリジッド・アクスルを備える単純堅牢な構造とし、社外のエンジン専業メーカーであるコンチネンタル製の小型車用サイドバルブ水冷直列4気筒1.8L・45PSエンジンを搭載、簡易なオープンボディを架装した。この基本構成は以後の第二次世界大戦型ジープに踏襲されることになる。エンジンに限らず、小型車用の汎用部品を多用して開発期間の短縮が図られた。四輪駆動車に不可欠な副変速機(トランスファー)は大手部品メーカーのスパイサーに発注、メインギアボックスはワーナー・ギアの汎用品、その他駆動系はスチュードベイカーの既存モデル「チャンピオン」のパーツが流用された(スパイサーはウィリス/フォードでのジープ生産が本格化してからも四輪駆動用パーツ供給の任を負っている)。

バンタム最初の試作車はわずか2か月足らずの期間で9月21日に完成、9月23日の納入期限最終日に自走でメリーランド州ボルチモアの陸軍補給基地へ到着、納入された。その後1か月に及ぶ過酷なトライアルによって、基本性能の高さが確認された。

これによって増加試作車の生産が計画されたが、弱小企業であるバンタム社の生産能力を危惧した陸軍は設計図をウィリス・オーバーランド社とフォード・モーター社にも公開し、改良を命じた。2次試作車はバンタム、ウィリス、フォードの競作となった。バンタム社は自社プロト車の改良型を、また、ウィリスは「クァッド」(QUAD)、フォードは「ピグミー」(Pygmy)と称するプロトタイプをそれぞれ11月中に開発、提示。各車ともバンタムの原型に近似していたが、重量超過問題はウィリスもフォードも解決しようがなく、結局は軍が自重制限を2,160ポンド(≒981kg)に大幅緩和して、強度確保を重視した設計に転換できることになった。

3社はそれぞれ1,500台の増加試作車を発注され、バンタム社は40BRC、ウィリス社はウィリスMA、フォード社もフォード・GPと呼ばれるプロトタイプを緊急生産した。なお、従前はフェンダー上に配置されていたヘッドランプをボンネット内にフロントグリルと共に配置した機能的デザインはフォードGPが起源で、フォードではさらに金網のグリルに替えて鋼板打ち抜きプレス(縦長のグリル穴が9箇所並ぶ)もデザイン、以後のジープの独特な容貌を形成する端緒となった。1941年上半期に3社合わせて数千台規模の四輪駆動試作車がヨーロッパ戦線やロシア戦線で実戦投入され、詳細に評価された。7月、3社の試作車中でもっとも強力で性能が優れていると評価されたウィリスMAがトライアルの勝者となり、これに改良を加えたMBが正式採用される。フロントデザインはフォードGPの案が取り入れられた(フォードが戦後に四輪駆動車生産から撤退したため、その間にジープの設計は、フォードデザインのフロントグリルも含めてウィリスが自社デザインとして登録してしまっている)。ウィリスMA・MBのパワーユニット「ウィリス・L134」、通称「ゴー・デヴィル」(Go Devil)エンジンは、バンタムのコンチネンタルと同クラスのロングストローク型・3ベアリング4気筒サイドバルブで、1937年からのウィリス小型乗用車用ユニットを原型に、同社チーフエンジニアでエンジン設計のベテランであったバーニー・ルース(Delmar Gerle Barney Roos)らが強化改良したものであった。

1942年から同一仕様のウイリスMB、フォード・GPWの生産が始まる。フォードは絶大な大量生産能力を買われてウィリスと完全互換・同一仕様での製造を委託されたものである。ただし、全ての部品に社名の頭文字であるFの字が見られる1942年型(スクリプトフォード)には、車体後部に大きく社名がプレスされている、シャシのクロスメンバーがMBより一本少ない、最前部クロスメンバーの作りが異なるなど、互換性を残す範囲での独自設計となっていた。バンタムは企業規模が小さいため、ジープ生産からは外され、より生産量の少ない大型の軍用車生産を割り当てられた(戦後、同社は倒産した)。

以後、第二次世界大戦終戦までに膨大な台数のMB・GPWが生産されることになる。

同年中に日本陸軍が比島作戦にてバンタムMk II(BRC-60)を鹵獲、内地に持ち帰る。日本陸軍はジープより4年ほど先行して軽四輪駆動車の九五式小型乗用車(くろがね四起)を採用しており、の九四式六輪自動貨車などにも見られるように四輪駆動車の悪路走破性自体には深い理解を示していたが、くろがね四起は余りにも小型過ぎてサイドカーの九七式側車付自動二輪車を代替できる程度の車格しかなく、悪路での走行性は高かったもののジープのような軽トラック的な貨物輸送にはやや性能が不足していた。これより大型の九三式六輪乗用車(後2軸駆動)や九八式四輪起動乗用車は当時の市販車両で一般的であったフェートン型であり、戦闘指揮車としては十分であったがやはり貨物の輸送にはあまり向いておらず、くろがね四起と1.5トン積みの九四式や3トン積みの一式六輪自動貨車などの後2軸駆動六輪トラック、あるいは四輪駆動の二式四輪起動貨車との間に、不整地輸送任務において大きなギャップが存在していた。そんな中、陸軍は鹵獲したBRC-60の性能に着目し、これをリバースエンジニアリングするようトヨタ自動車に命じた。その試作に当たっては戦地での敵味方の誤認を防ぐため「外見がジープに似てはいけない」という要求も課され、機能性がそのまま外見に表れるジープと同じ性能を違う外見で実現するためにトヨタの森本真佐男技師は大変に苦心した末、最終的にヘッドランプを中央1灯とするフロントフェイスにすることでこの要求をクリア、1944年8月にトヨタ呼称AK10型として試作車5台が出揃い、御殿場で試験された。その結果、四式小型貨物車として陸軍に直ちに制式採用されるが、極度の資材欠乏と労働力低下、日本本土空襲の混乱などから量産が間に合わず、ジープのような活躍の記録はない。また、このAK10型と戦後のトヨタ・ジープ、のちのランドクルーザーとの設計面での直接的なつながりもなく、トヨタ自身もジープ/ランドクルーザーの直接の母体はや、KCY型をベースに水陸両用トラックとしたスキ型4輪駆動水陸両用車であるとしているが、トヨタの技術者たちはAK10型の試作の経験で四輪駆動車の基礎的な技術を学び、その残存部品もトヨタ・ジープの開発に当たって大いに参考にされたという。
第二次世界大戦中から(Willys)社はジープの商標を登録して所有、終戦後も他の大手自動車メーカーが6気筒以上の大型乗用車生産に続々復帰する中、小型車メーカーで商品力のあるモデルを持たなかったウィリスは、ジープおよびこれをベースにした汎用モデルを民生向けに市販した。ジープの戦場での活躍は戦時中から報道され、復員した兵士たちからもその悪路踏破力や多機能性は広く民間に伝わっていた。また工業デザイナーのブルックス・スティーヴンス(Brooks Stevens)の提案に基づくクローズド・ボディモデルも成功を収め、民生用ジープは戦後のアメリカ市場で、既存の乗用車やトラックとは異なる新たな市場開拓を成し遂げた。

ウィリス・オーバーランド社を1953年にカイザー(Kaiser)が買収し、社名をウィリス・モーターズ・インコーポレーテッドとして子会社化。1963年にはカイザー自体が社名を「カイザー=ジープ・コーポレーション」とした。

カイザー=ジープ社は1970年にはアメリカン・モーターズ(AMC)に買収される。AMCは1980年にはルノー傘下に入り1987年にはAMCがクライスラー社に吸収され、クライスラー社も1998年にダイムラー・ベンツと合併しダイムラー・クライスラーとなった。

2007年にダイムラー・クライスラーはクライスラー部門を米投資会社サーベラス・キャピタル・マネジメントに売却したが、2009年に連邦倒産法第11章を申請し、フィアットが株式を取得。2014年にフィアットの完全子会社となり現在はフィアット・クライスラー・オートモービルズ(FCA)の一部門・ブランドである。FCAでは、グローバルブランドの位置づけで積極的な世界展開が図られている。2017年に中華人民共和国の自動車メーカーである長城汽車がジープの買収に意欲を示したと報道されるも、長城汽車は「不確実」であるとして現時点の進展はないとした。