いすゞPAネロの価格・スペック

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PAネロ

いすゞPAネロ
販売期間:1990年05月から1994年12月

新車価格:159万万円から207万万円(※最新情報は、公式サイトをご確認ください。)
前輪:185/60R14
後輪:185/60R14
(タイヤサイズ)
ホイール:/
馬力:140ps 14.5/5600
燃費:JC08モード:- 10・15モード:-km/L
エンジン型式:
車検費用(参考):(※最新情報は、車検の依頼先にてご確認ください。)
#買取相場 #売り方 #PAネロ

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いすゞPAネロの売れ筋アイテム

いすゞPAネロとは

「いすゞ」が誇る車種「PAネロ」は、1969年から1972年まで製造されたクーペ型のスポーツカーです。価格は当時の日本で約62万円という比較的高価な位置づけで、高級スポーツカーとしての存在感を放っていました。PAネロには「PA90」と「PA20」の2つのグレードがあり、エンジンは1.6リッターと2.0リッターの2種類が用意されていました。1.6リッターエンジン搭載車の最高出力は112馬力で、2.0リッターエンジン搭載車は135馬力を発揮しました。燃費面では、1.6リッターエンジン車は7~8km/L、2.0リッターエンジン車は6~7km/Lとなっており、当時のスポーツカーとしては標準的な値でした。タイヤサイズは13インチで、車体の小型軽量化や加速性能向上に貢献していました。 PAネロの特徴としては、その斬新なデザインと優れたハンドリングが挙げられます。流線型のボディと尖ったノーズ、短いオーバーハングが特徴的で、スポーティーで洗練された外観を演出しています。また、操縦安定性やコーナリング性能に優れ、ドライビングを楽しむことができる扱いやすさも魅力的でした。これらの特徴は、PAネロが当時からスポーツカーファンに支持される要因となったのです。歴史的に見ても、PAネロはいすゞのスポーツカーとして一定の地位を築き上げ、多くの愛好家から高い評価を受け続けています。 PAネロの人気の秘密は、それが持つ独自の魅力と性能にあると言えます。独創的なデザインや優れたハンドリング性能は、多くのユーザーにとって満足感をもたらす要素であり、スポーツカーとしての本来の楽しさを体験することができます。また、当時の高級スポーツカーとしての価値も加わり、洗練されたルックスとパフォーマンスを兼ね備えたPAネロは多くの車好きにとって憧れの的でした。 以上のように、いすゞのPAネロは、独自のデザインと優れた性能が融合したスポーツカーとして、当時から愛され続けてきた車種です。その洗練された外観と振る舞いの良さは、多くの車好きの心を魅了し、一定の評価を得ています。


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いすゞPAネロの新車情報

いすゞPAネロの最新情報まとめ

いすゞ・PAネロ

いすゞ・PAネロ

PAネロ(ピー・エー ネロ)は、いすゞ自動車が生産しヤナセが販売した小型乗用車である。

アメリカにおいて、ゼネラルモーターズのGEO (ジオ)チャンネルの“ストーム”として販売していた3代目ジェミニベースのクーペモデルを、日本国内向けに若干の仕様変更を施して1990年5月より販売した(発売自体は国内のいすゞ・ジェミニクーペよりも早い)。ボディは基本的には3代目ジェミニのクーペおよびハッチバックモデルと共通であるが、フロントとリアのデザインが変更されている。

生産は国内外向け全てのモデルがいすゞ自動車・藤沢工場で行われていた。

1980年代初め、当時ゼネラルモーターズ (GM) の傘下であったいすゞはGMのシボレーディビジョン向けにジェミニ(JT150/190系)を供給していた。その後次期モデル(JT151/191系)に移行するにあたり、ゼネラルモーターズの要望によりGMブランドへの供給を前提とした開発を行う事となる。これにはジェミニの販売が北米市場である程度成功していたことと、当時需要の増していた小型車を生産する必要に迫られていたGMが内製での開発費を抑えるためにグループ企業に開発させるという目的があったことに加え、シボレーのサイドが高級車コルベット、普及車カマロに続く廉価なスペシャルティカーを誕生させたかったという経緯があるといわれる。

開発に際しては、従来いすゞの乗用車のデザインはベレット以降はイタルデザイン(ジョルジェット・ジウジアーロ)に委託していたのだが、上記の経緯によりJT151/191系ジェミニはGMデザインが基本コンセプトを提案している。これらによりJT151/191系ジェミニのメインマーケットは北米市場を主眼に置くこととなり、セダンと平行して開発されていたクーペモデル(ストーム)からデザインが行われ、展開されることとなった。シボレーの姉妹ブランドであるジオ向けへの供給を前提としていたこともあり、ストームの基本デザインは日本車離れしたカマロ風のアクの強いフロントデザインを持つこととなる。なお、この原案から製品デザインに仕上げたのが現金沢美術工芸大学教授の浅野隆である。デザインコンセプトは「カプセルフォルム」の具体化であった。

ストームの北米での販売成績は当時の湾岸戦争危機による原油高の影響から来た小型車ブームの波に乗ったためかなりの好調で、多い月では月販1万台を超えるほどであり、年間を通じても約9万台の販売を達成、輸入車としては異例のベストセラーとなっている。機構に意欲的な試みが導入されていることもあって、スポーツコンパクトカーとしても人気を博し、改造車の雑誌(ターボマガジン等)などにも度々登場していた。1992年には1,800ccの「4XF1」エンジンを搭載し、リトラクタブル・ヘッドライトを廃したマイナーチェンジも行われた(このマイナーチェンジ版のフロントフェイスは、日本国内で唯一回のみ、1992年の東京モーターショーにて展示された「ジェミニ・ウィザード」で披露されている)。

北米での販売好調なのを受け、カナダでもストームの販売要望が上がったほどであった(結局カナダへは1992年からシボレー系列で販売が開始された。また、ポンティアック系列にはストームの代替として2代目ピアッツァベースのアスナ・サンファイアが供給された)。

その後も販売は好調であったが、1993年のいすゞ自動車の乗用車生産撤退に伴い1994年12月に生産が打ち切られることとなった。

1980年代末、いすゞが輸入車ディーラーであるヤナセへの専売モデルとして供給していたピアッツァ・ネロはモデル末期を迎えていた。専売モデルを次世代型へと移行させるに当たり、ヤナセは当時いすゞと縁の深かったゼネラルモーターズとの関係を従来より深めるため、いすゞが北米向けGMブランドへ供給する予定であったストームについて、開発時から国内でヤナセにおいて少数販売することで合意する。PAネロはピアッツァ・ネロの後継として、このストームを日本市場向けに微調整したモデルとして誕生した(PAネロのリアサイドガラスには「PIAZZA Vi Augura Successo」の文字が入っていた)。

だが1年後にはいすゞから正式なピアッツァの後継モデルが発売され、それに対してもヤナセ専売の2代目ピアッツァ・ネロが設定され、ヤナセにて併売されることとなる(しかもこの2代目ピアッツァはストームがベースとなっている)。以降は3代目ジェミニの派生車種として認知されるようになった。PAネロと2代目ピアッツァとはシャーシは同じでデザインラインは似ているものの、エンジンや各パーツの多くに違いがある。
※ピアッツァ・ネロとPAネロは全く別の車である。

PAネロのベースモデルはアメリカ仕様のストームに準じており、サスペンションはジェミニに比べ乗り心地重視でバネレートが低い物が採用され、シートはストームGSiの物がそのまま採用されたりなど変更点は少ない。日本向け仕様への独自の変更点は、クラスタースイッチの構成変更、オートエアコン、パワーウインドウの装備、AT用の電子制御切り替え装置の搭載により燃費重視のギア比設定「エコノミーモード」、ATの1 - 4速をミッションに見立て、各速でギア比を固定した「マニュアルモード」の追加となっている(ストーム前期型のATは3速のみ)。逆にストームでは標準装備となっていたエアバッグやリアトレイはオプション設定となった。

デビュー当初は3ドアクーペボディに1,600ccDOHCエンジンを搭載した「1.6X/1.6S」(1991年よりそれぞれ160X/160Sへ変更、型式名:JT191F)のみであったが、同年11月に3ドアハッチバックモデルが追加される。

1991年2月にクーペ、ハッチバックそれぞれのボディにストームには設定のなかった1,600ccDOHCターボエンジンを搭載した4WD車の「イルムシャー160R」仕様(型式名:JT191S)と1,500ccSOHCエンジン搭載車「150J」(型式名:JT151)がラインナップされる。

また、限定車として1991年5月にハンドリング・バイ・ロータス(前輪駆動の自然吸気エンジン)(200台)が、1992年5月にはイルムシャー160F(こちらも前輪駆動の自然吸気エンジン、100台)がそれぞれ発売されている。

しかし、いすゞの販売店ではなくヤナセのディーラー網で販売されていたためか知名度も低く、モデルチェンジも行われないまま、いすゞ自動車の小型乗用車生産撤退に伴い1994年12月に生産を終了した。元々の想定月販目標が300台とあまり高くなかったこともあり、北米でのヒットとは裏腹に国内での総生産台数はわずか3,000台弱に留まった。

駆動方式は前輪駆動だが、イルムシャーR仕様車は4WD(LSDを利用したトルク可変機構付)となっている。エンジンは1,500ccSOHC(4XC1型)、1,600ccDOHC(4XE1型)、同インタークーラーターボ付(4XE1-T型、イルムシャーR専用)の3種類。

サスペンションは四輪独立操架で、前輪がマクファーソンストラットコイル、後輪には4WSの一種であるニシボリック・サスペンションを装備する。ステアリングはパワーステアリング付ラックアンドピニオン式。変速機構は5MTと電子制御4AT(イルムシャーRは5MTのみ設定)で、ブレーキは前後輪ともサーボ付きディスクブレーキとなっている。