メルセデス・ベンツ新型EクラスE63の評判・スペック

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メルセデス・ベンツ Eクラス E63

Eクラスのフロント外観(13年(H25)5月、MC時のフロント。写真は本国仕様の為、一部異なる場合があります)

Eクラスのリア外観(13年(H25)5月、MC時のリア。写真は本国仕様の為、一部異なる場合があります)

Eクラスの内装・インパネ(13年(H25)5月、MC時のリア。写真は本国仕様の為、一部異なる場合があります)

メーカー メルセデス・ベンツ
車種 Eクラス
グレード E63
販売期間 2014年04月から 2015年03月
価格 14,237,963円
エンジン エンジン: 直列4気筒DOHC
排気量: 1991cc
型式: CBA-212074
馬力: 211ps
トルク: 350(35.7)/4000
ミッション: 7AT バッテリー:
タイヤ 前輪: 245/45R17
後輪: 245/45R17
ホイールサイズ: /
駆動: FR
最小回転: 5.3m
タイヤサイズ
燃費 燃費(JC08): 9.5(km/L)
燃費(10•15): -
燃料: ハイオク
実燃費: から
ボディサイズ 高さ: 1440 車幅: 1870 全長: 4900
乗車定員 5人
評価・レビュー 外観: 0点
内観: 0点
スペック: 0点
エンジン: 0点
乗り心地: 0点
燃費: 0点
価格: 0点
中古車 5台
買取価格相場
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メルセデス・ベンツEクラスとは

メルセデス・ベンツの「Eクラス」は、1993年に初代モデルが登場して以来、高級セダンとして幅広いユーザーに支持されてきた車種です。価格帯はラグジュアリーカーとして相応しい範囲で、中古車市場でも人気が高く、中古価格はモデルや年式によって異なります。Eクラスはグレードによって異なりますが、基本的に高級感漂う内装と高性能エンジンが特徴です。排気量は2.0リットルから4.0リットルまで幅広く展開されており、燃費面でも優れた技術が投入されています。 Eクラスの中でも人気のモデルは、E350eなどのハイブリッドモデルです。これらのモデルは環境に優しいエンジンとパワフルな加速力を兼ね備えており、購入層からの支持も厚いです。馬力はそれぞれのモデルによって異なりますが、高い性能を誇るエンジンを搭載しているため、スポーティーな走りを楽しむことができます。 Eクラスのタイヤサイズもモデルによって異なりますが、一般的には17インチから20インチのサイズが選択可能です。これにより、乗り心地や走行性能をより一層引き立てることができます。また、Eクラスは安全面でも高い評価を受けており、先進的な安全装備が充実しています。 Eクラスの人気の秘密は、洗練されたデザインと高級感あふれる内装、高い走行性能、そして快適な乗り心地にあると言えます。また、メルセデス・ベンツの歴史と信頼性もあり、多くのユーザーから愛されています。 Eクラスは、高級クラスのセダンとしての地位を確立し、常に進化を続ける姿勢が評価されています。

より詳しいスペックやオプションの情報を見ることができます。

詳細項目 スペック
型式RBA-212036C
最小回転半径5.3m
駆動方式FR
全長×全幅×全高4.88m×1.86m×1.47m
ドア数4
ホイールベース2.88m
ミッション7AT
前トレッド/後トレッド1.58m/1.6m
AI-SHIFT-
室内(全長×全幅×全高)-m×-m×-m
4WS-
車両重量1700kg
シート列数2
最大積載量-kg
乗車定員5名
車両総重量-kg
ミッション位置コラム
最低地上高0.16m
マニュアルモード◯
標準色ブラック
オプション色オブシディアンブラック、テノライトグレー、イリジウムシルバー、パラジウムシルバー、ダイヤモンドホワイト、カバンサイトブルー、ポーラーホワイト、ドロマイトブラウン、コベリンブルー、ダイヤモンドシルバー、ヒヤシンスレッド
掲載コメント※コベリンブルー、ドロマイトブラウンは2013年夏以降、ヒヤシンスレッドは2013年秋以降のデリバリーとなります
エンジン型式274
環境対策エンジンH21年基準 ☆☆☆☆
種類直列4気筒DOHC
使用燃料ハイオク
過給器ターボ
燃料タンク容量80リットル
可変気筒装置-
燃費(JC08モード)15.5km/L
総排気量1991cc
燃費(WLTCモード) -
燃費基準達成H27年度燃費基準+20%達成車
最高出力211ps
最大トルク/回転数n・m(kg・m)/rpm350(35.7)/4000
福祉車両-
大型ガラスルーフ-
片側電動スライドドア-
サンルーフ-
両側電動スライドドア-
ルーフレール-
ドアイージークローザー-
Tバールーフ-
電動バックドア-
ルーフ系装備-
ディスチャージドランプ-
タルガトップ-
フロントフォグランプ-
ハードトップ-
リアフォグランプ◯
ソフトトップ-
ヘッドライトウォッシャー-
キャンバストップ-
フロントスポイラー-
メタルトップ-
リアスポイラー-
マグネシウムホイール-
ローダウン-
アルミホイール◯
UVカットガラス-
片側スライドドア-
プライバシーガラス-
両側スライドドア-
寒冷地仕様-
ステアリング位置右
ステアリングステアリングギア方式パワーアシスト付ラック&ピニオン式
ステアリングパワーステアリング◯
ステアリングVGS/VGRS-
サスペンション形式前3リンク式
サスペンション形式後マルチリンク式
高性能サスペンション-
タイヤサイズ前245/45R17
タイヤサイズ後245/45R17
ブレーキ形式前Vディスク式
ブレーキ形式後ディスク式
ソナー◯
駐車支援システム◯
センターデフロック◯
横滑り防止装置◯
トラクションコントロール◯
フロントカメラ-
LSD(リミテッドスリップデフ)◯
サイドカメラ◯
ダウンヒルアシストコントロール◯
バックカメラ◯
AYC(アクティブ・ヨー・コントロール)△
頸部衝撃緩和ヘッドレスト-
SH-4WD△
ABS-
ISOFIX対応チャイルドシート固定バー◯
ブレーキアシスト-
ビルドインチャイルド◯
アイドリングストップシステム-
バケットシートABS(◯)
ランフラットタイヤ◯
後退時連動式ドアミラー◯
エアサスペンション-
レインセンサー◯
ブレーキ系装備-
インテリジェントAFS-
衝突軽減装置◯
盗難防止装置-
ナイトビジョン◯
セキュリティアラーム-
レーンアシスト◯
ロードサービス△
車間距離自動制御システム◯
パワーウィンドウ-
オットマン機構△
フルフラットシート-
チップアップシート△
本革シート
電動サードシート◯
フロントベンチシート-
床下ラゲージボックス-
シートリフター-
エンジンスタートボタン-
シートポジションメモリー機能-
キーレスエントリー-
運転席パワーシート-
ETC△
フロント両席パワーシート-

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メルセデス・ベンツ Eクラスの知っておきたい情報

メルセデス・ベンツとは?
Eクラスとは?

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メルセデス・ベンツEクラスの新車情報

メルセデス・ベンツEクラスの最新情報まとめ

メルセデス・ベンツ・Eクラス

メルセデス・ベンツ・Eクラス

メルセデス・ベンツ・Eクラス(Mercedes-Benz E-Class )は、ドイツの自動車メーカーであるダイムラーがメルセデス・ベンツブランドで展開している、Eセグメントの乗用車である。セダン、ステーションワゴン、2ドアクーペおよびカブリオレの各車種を用意する。

メルセデス・ベンツの中核モデルで、その源流はSクラスを始めとする他のクラスよりも古くW136までさかのぼるといわれ、直接的な系統はW121となる。元々、モデル名を表す数字の後に付く「E」は、1950年代に現れた最新の燃料噴射技術から“Einspritzung”(ドイツ語で燃料噴射の意)の頭文字である。

1985年から1993年まではミディアムクラスの名称で販売されており、Eクラスと変更された後も位置付けは変わっていない。サイズはCクラスとSクラスの間に位置し、派生車種としてCLSクラスが存在する。セダンとステーションワゴンには「4MATIC」と呼ばれる四輪駆動モデルが設定され、降雪地域での需要に対応している。

2006年には日本におけるメルセデス・ベンツの最量販車種となり、9,639台が販売された。以下、Sクラス8,078台、Cクラス8,042台、Bクラス7,189台という販売状況であった。2007年以降は品質問題からCクラスに最量販車種の座を明け渡しており、2009年における販売台数は7,428台、Cクラス9,384台(統計情報:日本自動車輸入組合)であった。しかし主力モデルであることには変わりはなく、ドイツ本国ではタクシーの主力車種でもある。

アメリカ自動車保険業界の非営利団体である米国道路安全保険協会 (IIHS) が、2000年から2003年に起きた事故を調査した結果ではもっとも死亡率が低い車種であることが発表された。
一方で、同団体の1997-2000 models ではオーバーオールでA(平均)、Restraints/dummy kinematicsはP(劣る)、Side impact test resultsはA(平均)と判断された。2010年モデル以降は全項目でG(良好)となっているが、同時期のBMW・5シリーズやアウディ・A6も同様の評価であり、特に突出したものではない。またスモールオフセットについては評価されていない。

2006年8月〜2008年1月まで、日本国内で販売される乗用車としては唯一ディーゼルエンジンを搭載した車種を用意。日本では環境イメージの悪化から販売が途絶えていたが、2006年8月、3LのV型6気筒ディーゼルターボのE320 CDI アバンギャルドで復活した。ガソリン車と比べて大幅に燃費が向上しており、プレミアムガソリンと軽油の燃料費の違いもあって走行コストは半分程度となるものの、エンジンはガソリンより各部が頑丈でターボを装備することから価格は割高であった。

E320 CDIは従来のディーゼルエンジンに比べて環境負荷は大幅に低減していたものの、日本で2009年から施行されたポスト新長期規制に適合しておらず規制開始までの暫定販売とされたが、2008年モデルから排気系の改善が行なわれたことで同規制に準拠した。一方、世界でもっとも厳しいといわれる米国カリフォルニア州を始め、メイン州やマサチューセッツ州、ニューヨーク州、バーモント州など5州の排ガス規制を満たしていないことで、該当地域では販売不能の状態となった。

2009年度に登場した「ブルーテック」というモデルでは尿素SCRシステムを併用することにより、有害な窒素酸化物(NOx)の排出量が改善できるとされている。日本では2010年2月24日にE350のセダンとステーションワゴンのブルーテック アバンギャルドを発売、輸入AT車初のクリーンディーゼルエコカー免税車(自動車重量税と自動車取得税が100%免税)となった。

W123の後継車にあたる。「W124」は、初代Eクラスコード番号である。ボディは4ドアセダン、5ドアステーションワゴン、2ドアクーペ、2ドアカブリオレ、6ドアリムジンが存在した。多くのパーツを共用するW201型(190E)をそのまま大型化したデザインで、台形の小ぶりなテールランプが特徴。リアサスペンションは長らく続いたセミトレーリングアーム式から190E譲りのマルチリンク式に変更されている。フラッシュサーフェイス (外板の平滑化)が推し進められた結果、メルセデス市販車では史上初となる0.29のCd値となった。

日本への輸入が開始されたのは1986年。当時、日本ではバブル景気だったこともあって大量に輸入され、正規輸入車・並行輸入車ともにバラエティに富んでいる。例としては、ヤナセより1989年、1991年に発売された260Eのロングホイールベース車がある。これは定員8名の6ドアのリムジンであるが、単にホイールベースを延長したものではなく、メルセデス・ベンツ本社がホワイトボディ(車体構造を形作る段階のもの)より製作しリムジンの懸念材料である剛性低下を抑えていた。

「最善か無か」の時代に作られた最後のミディアム・クラスとして現在でも人気は高く、W124を中心に扱う中古車販売店も存在するが、生産終了から相当の年数が経過していることもあり良好な個体は減少している。

10年に渡り販売されたW124の後継として1995年に発売。フロントマスクでは楕円形の4灯式ヘッドライトが特徴。フロントサスペンションがW124のストラットからダブルウィッシュボーンに変更されたほか、ステアリングがボール&ナット式からラック&ピニオン式となった。

サイド・エアバッグをドア内蔵方式を採用し、ASRやESPも設定されるなど、さらなる安全性向上が図られている。室内も拡大され、後席の居住性が大幅に改善された。クーラーボックス機能付きコンソールボックス、フルオートエアコン(後席エアコン吹出口付き)に加えて、モデルライフの途中からはCD-ROMナビゲーションシステムや自動防眩ミラーの標準装備化など、快適装備も充実している。

先代に比べコストダウンされた内装や質感には批判が殺到していた。

2002年に登場。先代のデザインを踏襲しつつも大胆に傾斜した楕円形の4灯式ヘッドライトなどを特徴とし、よりエレガントな様相を持っているが、後期型はフロントグリルを中心によりスポーティーな印象を強めている。外観はキープコンセプトだが、新プラットフォームの採用で全幅と全高が20mmずつ拡大し、それぞれ1,820mm、1,450mmとなった。

欧州やアジア、アフリカなどでは、E200 コンプレッサーやE220 CDIなどの廉価版も存在するが日本ではE250以上のラインナップとなっていた。マイナーチェンジ後にオプションの標準装備化や追加装備が行われ、全体的に販売価格を上昇させた。

雨天時走行にディスクの水分の除去を行う機能やディスクとブレーキパッドの間隔を狭める機能などを備えた「SBC (Sensotronic Brake Control)」が装備されたが、センサ類やコネクターの接触不良に起因するトラブルが多発し、作動不良時に前輪2輪のみとなりアシストも働かなくなるため十分な制動力が得られないなど安全性に重大な問題があり大規模なリコールが2回行われた。2005年8月以降は信頼性が改善された「SBC」は、マイナーチェンジを機に廃止されたが、多くの顧客を失ったことにより、このモデル以降Eクラスの販売はCクラスに比べ順調とはいかなくなった。

2009年のデトロイトモーターショーで正式デビュー、日本では2009年6月にデリバリーが開始された。W210から採用され続けてきた楕円型4灯式ヘッドライトは斜め四角型のものへと変更されたが、不評のためマイナーチェンジで2灯式風に改められた。同年にはCLKの後継車種となるクーペ、翌年にはステーションワゴン、コンバーチブルモデルのカブリオレが順次導入された。デザイン的にCクラスと差別するためにリアフェンダーにはW121ポントン風のプレスラインが設けられたが、不評のためマイナーチェンジ時に廃止された。W211の不具合の影響とW212のデザインの失敗のために販売は好調なCクラスと比べて不調であった。

Sクラス (W221)から採用された、ナビゲーションやテレビ、ビデオ、オーディオ機能など、多彩な機能を直感的に操作できると謳われる「COMANDシステム」が新たに搭載された。なお、ナビゲーションは地上デジタル放送チューナー (日本仕様のみ)を搭載しDVDからHDDへと変更されている。

「ニーバック」を含めた9つのエアバッグのほか、「NECK PRO (ネックプロ) アクティブヘッドレスト」を始めとする4種類のアクティブセーフティ機構のほか、オプションではあるがSクラスから採用された「ナイトビューアシスト」の改良型である「ナイトビューアシストプラス」やメルセデス初搭載となる車線逸脱防止支援システムも設定するなど多彩な安全装備を誇る。
日本では2016年7月27日に公式発表され、「E200アバンギャルド」と「E200アバンギャルド スポーツ」は発表当日より販売を開始した(左記以外のグレードは発表当日より注文受付を開始、販売は同年10月より)。

W213(セダン)とS213(ステーションワゴン)では、「アバンギャルド(E200・E200 4MATIC・E220 d)」、「アバンギャルド スポーツ(E200・E220 d・E250・E350e・E350de)」、「エクスクルージブE400 4MATIC )」、「Mercedes-AMG(E43・E63・E63s)」の4モデルでそれぞれ異なる外観デザインを採用したほか、ヘッドライトは二重の眉に見立てた形状のフロントランプを備えた新型のLED式となり、「アバンギャルド」を除く全モデルには、インテリジェントライトシステムとアダプティブハイビームアシスト・プラスを備えた「マルチビームLEDヘッドライト」を搭載している。

2006年、model2007の発売PRの一環として、Eクラスによるパリ-北京間13,600kmを走破するイベントが、メルセデス・ベンツとして99年ぶりに開催された。33台のE320 CDI、E320 CDI 4MATICにより約1か月間かけて行われ、シベリアの凍土から砂漠、100kmを超える直線など、多い日は1日700km以上を走破した。ドライバーには、パリ・ダカールラリーで1981年、1984年、1986年と総合優勝を果たしたルネ・メッジなども参加した。サポートカーとしてGクラスやスプリンター(日本未販売)などが用いられている。その他、ドイツの石油販売会社であるARAL (アラール) とミシュランによるサポートが行われた。


メルセデス・ベンツ

メルセデス・ベンツ

メルセデス・ベンツ()は、ドイツのダイムラーが所有する乗用車、商用車のブランドである。

「メルセデス」とは、1899年当時、ダイムラー車のディーラー(販売代理店)を経営していたオーストリア=ハンガリー帝国の領事でありユダヤ系ドイツ人の富豪であるエミール・イェリネック()の娘()の名前である。イェリネックは自らが販売する自動車に、「ダイムラー」という硬い響きを避け当時流行していたスペイン風の響きを持つ名を冠した。この「メルセデス」ブランドは非常に有名になり、ダイムラーは1902年、「メルセデス」を商標登録した。

欧米では一般に「メルセデス」「メルセデス・ベンツ」と呼ばれるのに対して、日本では「ベンツ」と呼ばれることが多い。ただしメルセデス・ベンツ日本は広告で「メルセデス・ベンツ」と表記し、モータースポーツ記事の一部はチーム名に含まれる「メルセデス」を用いる。自動車評論家の徳大寺有恒や作家で評論家の五木寛之らの著書、一部自動車雑誌などでは、「メルツェデス」という表記を用いていることがある。

筆頭株主は浙江吉利控股集団のオーナーで富豪の李書福氏で、今回のBAICによる出資で、 中国勢のダイムラー持ち分比率は約15%。

1926年に、共にほとんど同時期に設立された世界最古の自動車会社であるベンツ&シー・ライニッシェ・ガスモトーレン・ファブリーク(1883年-1926年)とダイムラー・モトーレン・ゲゼルシャフト(1890年-1926年)、両社の1926年の合併により正式に「メルセデス・ベンツ」がスタートした。以降社名はダイムラー・ベンツ(1926年-1998年)、ダイムラー・クライスラー(1998年-2007年)、現在はダイムラー(2007年-)と変更されているがブランド名の変更はない。現在ドイツ、シュトゥットガルトを拠点に、乗用車と商用車の製造、販売を「メルセデス・ベンツ」で展開している。

日本では以前に輸入元であったヤナセの営業方針や宣伝などから、現在も高級車専門メーカーとの誤認が少なくないが、実際は欧州を中心に比較的安価な車種も多く製造している。乗用車のみならずバンやタクシー、大型バスやトラック、ダンプカーなどの営業車・商用車・各種作業車、救急車などの特殊な車両、軍用車両まで極めて幅広い種別の自動車を扱い、かつては通勤電車などの鉄道車両もグループ内で製造するなど、欧米ではボルボ、ルノーなどと同様の自動車総合メーカーとして認知されている。

Sクラスをはじめとする高級セダンやSUVは、高額所得者、政治家、セレブリティが嗜好するなど肯定的なイメージがあるとして知られる一方で、暴力団や威圧的で怖い人が乗る車、成金趣味の象徴でビバリーヒルズの歯医者の車、古今東西の独裁者達の愛車という否定的なイメージも存在する。冷戦時代は外交官の公用車としても普及し、西側の自動車会社にもかかわらず東側諸国の外交官の利用も多く、「ペルソナ・ノン・グラータ向けの車」と揶揄されることもあった。

日本では300万円台前半から販売されており、同クラスの日本車に比して高価格であるが、欧州ではタクシー用のEクラスをはじめ各車種で日本では発売されていないような廉価なグレードも存在し、多様な客層が利用する車として知られている。

2006年の販売台数クラス別世界ランキングで、1位は634~1530万円のEクラス、2位は1065〜3040万円のSクラス、3位は400〜1250万円のCクラス、4位は300〜385万円のBクラスである。日本と世界では販売価格が異なるので留意する必要がある。

カー・アンド・ドライバー誌が東京都港区にある国道246号・青山通りで行なっている車種別の通行数ランキングでは、トヨタ・カローラなどの日本メーカーの大衆車より多く、社有車・社用車としての登録が多いEクラスが1位の常連になっており、登録、使用本拠の地域的偏在も大きい。

バスやバン、特殊車両なども含めた商用車の主な市場は、ヨーロッパのほか、中東、アジア、ラテンアメリカ諸国などである。商用バン・スプリンターや、ミニバンであるVクラスの商用バージョンVitoは様々な仕様が存在しヨーロッパ各地で使用されているほか、北アメリカでは、スプリンターがバッジエンジニアリングを受け、クライスラーから「ダッジ・スプリンター」として販売されている例がある。

フランスのルノーからはカングーをベースとした小型商用車を「シタン」の名でOEM供給されている。

韓国の双竜自動車へは技術供与を行い、商用バンMB100をベースにイスタナを生産、MB100と共に東南アジア圏などで広く利用されている。日本ではダイムラー子会社のバスなどを三菱ふそうトラック・バスが販売、多目的商用自動車であるウニモグをワイ・エンジニアリングが販売している。

エンジンやトランスミッションを他社に供給するサプライヤーでもあり、かつてはポルシェやジャガーに自社製のATを供給していた。現在も日本で加藤製作所などの重機メーカーがメルセデス製ディーゼルエンジンを搭載した製品をラインナップしている。2014年5月 - 2019年7月までは日産自動車がメルセデス製ガソリンエンジンを搭載したスカイライン200GT-tをラインナップしていた。

社史についてはダイムラー・ベンツ、およびダイムラーを参照。
1886年にドイツの技術者、カール・ベンツによって創設された世界最古の自動車メーカーの一つ。1886年に世界初の自動車として初の特許を取得している。当時は自動車の有用性に気が付く者はなく、「交通の主役である馬を怖がらせる邪魔者」であった。

そうした中、妻のベルタ・ベンツは、夫の発明を世間に認めてほしいと考え1888年8月5日、夫が寝ている間に二人の息子と車に乗りマンハイムの町を出発した。当時の道は舗装されておらず、空気タイヤもまだ自転車用が発明されたばかりでその過酷さは余りあるものだった。ガソリンスタンドもなく、薬局でシミ抜き用のベンジンを購入してそれを給油しながら旅を続けた。やがて陽の暮れる頃106km離れたプフォルツハイムの町に到着する。車の回りには人々が集まり、ベルタたちに賞賛の声を送った。この時の速度(距離と時間)は、当時の馬車なら10頭以上の馬を乗り換えなければならないほどのもので、この成功により夫の発明は知られるようになり、妻は世界初の女性ドライバーとして自動車長距離旅行の歴史に名を残すことになる。

1920年代より当時ヨーロッパで盛んになっていたモータースポーツに積極的に参戦し、数々の好成績を収めその名声を確固たるものにした。

1926年にベンツとほとんど同時期にゴットリープ・ダイムラーが創設したダイムラーと合併する。
国家社会主義ドイツ労働者党の党首にしてドイツの指導者であったアドルフ・ヒトラーは、政権獲得後の1933年2月11日、国際ベルリンモーターショーにおける開会宣言で新時代の交通機関である自動車と自動車道路の建設に注目し、モータリゼーションを加速することが国家の防衛力を高めることになると説いた。これ以降政府は自動車税の撤廃、アウトバーン建設、国有鉄道にトラック輸送部門の新設等の政策を打ち出した。

ナチスは、党内に国家社会主義自動車軍団(NSKK)を設け、運転技能者育成を始める。ベンツは運転教官の派遣、教習車の無償提供、国家社会主義ドイツ労働者党機関への役員の派遣等で積極的に対応し、国家社会主義ドイツ労働者党の強力なバックアップにより、グランプリ・レース、ル・マン24時間やミッレミリアなどのレースで同じくバックアップを受けるアウトウニオンなどとともに活躍した。

1935年のドイツ再軍備宣言以降のドイツの軍備拡張を支える企業として、戦闘機のエンジンや軍用車両などの生産を行なった。1939年9月に勃発した第二次世界大戦中は軍需生産に集中して、連合軍の爆撃の標的になるなどして、ドイツの敗戦までの約6年間に壊滅的な損害を受ける。大戦中にユダヤ人や連合軍の捕虜を大量に強制労働者として使用したことから、戦後多額の賠償金を支払うことになった。
1950年代以降のドイツ経済の回復に合わせるように、有名な300SLや、ミッレミリアやル・マン24時間レースで大活躍した300SLRなどの数々の名車を送り出す。

1960年代後半に発売されたグロッサーベンツの再来でもあるW100やミディアム・クラス(現在のEクラス)や、1971年にデビューした3代目のメルセデス・ベンツ・SLクラス(R107/C107)、「サッコプレート」で有名なブルーノ・サッコの手によるW124(このモデルライフの途中からミディアムクラスが「E」クラスと呼ばれる)、ドイツのヘルムート・コール首相の専用車であったW126(クーペの「SEC」は「C126」)、アメリカのCAFE対策で生まれたW201(通称190E。現在のCクラスにつながる)、などのヒット作を市場に送り出し、高級車市場での存在感を持ち続けている。

これらのモデルのシートは、世界でも唯一の高品質で凝った構造と評されており、非常に快適なことで知られる。下からコイルスプリング、網状のスプリング(Sばね)、ウレタン製ダンパー、シュロ毛と馬毛で作られた通気性の良いクッション、ウール製の表皮(ベロア、ファブリック)で構成され、十分なサイズと調整機能(電動調整式が多い)があり、滑らず疲れにくく、耐久性も著しく高かった。

1980年以降、オプション装備としてのエアバッグ設定で先行するなど、自動車の安全向上に関わる実績がある。ジグザグ形状のゲート式ATシフトレバー(現在特許が切れて、多くの自動車メーカーにより模倣されている)、衝撃吸収三叉式構造ボディ、シートベルトテンショナー、レインランネル(雨水を窓に流さないボディ構造)、凹凸のあるテールランプ、衝突時に体を守るステアリングコラムとブレーキペダル、横滑り防止装置、グリップ式ドアハンドル、本体強度・取り付け強度共に高い独自のシート、伸縮しながら窓を拭くワイパー、2速発進および2速後退機能つきAT、安全性を徹底追求したシャシ、アウトバーンにおける高速度での事故に対応した車体剛性など。

2010年以降に順次発売されているメルセデス・ベンツ各車種は、ライトスイッチから「OFF」が廃止されており、「ON」と「AUTO」(自動点灯)の選択のみになっている。これは、夜間の点け忘れ及びトンネル内や夕暮れ時、悪天候時などの無灯火走行を、ドライバーではなく、車の側で確実に防止するという、メルセデス・ベンツ流の思想に基づく安全設計である。

メルセデス・ベンツが他社に先んじて採用したデザインや装備が、他社に大きな影響を与えていることがある。一例として、1998年に4代目Sクラスが世界初採用したドアミラー内蔵式の側面方向指示器は、世界中のメーカーが模倣および追随しており、2019年現在では多くの車種に標準装備されている。この装備は、安全性の向上に寄与し得るとの調査結果がある。

かつてメルセデス・ベンツは有名な「最善か無か(Das Beste oder nichts.)」の企業スローガンのもと、「全ての形に理由がある」と言われるほどの質実剛健さを持ち、妥協無き車造りを目指していた。しかしその結果としての高コスト体質・製品の高価格化も事実であり、1990年代中盤以降の自動車産業を取り巻く環境の変化(特にグローバリゼーションの進行)を前に、同社も生き残りのため利益率向上やコストダウンを目指すことになった。

しかし、それによってメルセデス・ベンツは、かつての名声を裏切るような、その品質や性能に疑問符を持たれる製品を市場に出してしまうことになる。

特に1997年に発売されたメルセデス・ベンツとして初のアメリカ工場(アラバマ州)で生産されたMクラスは、その低品質で「アラバマ・メルセデス」と酷評され、全世界におけるブランドイメージを大きく落とす結果になった。4代目Sクラス(W220)及び2代目Eクラス(W210)、3代目Cクラス(W203)が登場した際、古くからのメルセデス・ユーザーが代替した直後、乗り味や質感に強いギャップを感じ、早々に手放し、代わりにそれぞれの先代モデル(Sクラス:W140、Eクラス:W124、Cクラス:W202)やそれらの時代から作り続けられていたR129型SLクラスやW463型Gクラスを求める事態すら発生した。これらにより、1990年代後半には「最善か無か(Das Beste oder nichts.)」の理念のもとに製造された過去の車種が、一時的に中古車市場で品薄となり、装備や程度の良い車が新車よりも高値となる事例も発生した。

これらの問題に対してメルセデス・ベンツは、各車種のイヤーモデルごとに品質の改善を進め、1999年デビューの後期型Eクラス(W210)の品質改善、2002年の後期型Sクラスの品質改善や2000年代以降のモデルであるEクラスやSLクラス、SLKクラスなどでの初期設計からの品質改善などを進めた。

しかしEクラスやSLクラスで採用されたセンソトロニックブレーキは誤動作が多く国内外で数度のリコールとなり、長年トップクラスであったEクラスの販売はその後低迷し現在に至っている。

2005年以降のイヤーモデルでは、Sクラス(W221)の発売や最販車種であるEクラスの各種リコールによる問題部分の改善が進み、2010年代中盤に入ると、各モデルの品質や信頼性は高くなっている。

シート構造は従前のヤシ(シュロ)のクッション+金属ばね(以前のコイルばね、その後のSばね)を、現在では一般的な発泡ウレタンに変更しており、コストダウンと評されることもある。ただしホールディング能力や、プリテンショナー付きシートベルトとの親和性が高い点など、衝突を含めた安全性では新世代シートが勝るともいわれる。

なお、現在では、メルセデス・ベンツも再び「最善か無か(Das Beste oder nichts.)」のスローガンを使い、かつての理念の復活をアピールしている。2015年頃より日本国内の公式ホームページおよびテレビCMでも、同じ意味の英語「The best or nothing」を使い始めている。

1997年に登場したメルセデス・ベンツ・Aクラスを使い、スウェーデンの自動車雑誌「テクニケンス・ヴァルト」(Teknikens Värld)がエルクテスト(ヘラジカが突然進路上に現れたときそれを素早く回避するという設定で行う運転操作)を実施したところ、横転してしまい「メルセデス・ベンツにあるまじき失態」と世界中のメディアで報じられることになった。その後、メルセデス・ベンツは発売した全てのAクラスをリコールし、サスペンションの再調整やESPを装着するなどの改修を実施したものの、この事件が世界中で取り上げられたことと、同時期に発売されたMクラス、W220型Sクラスが、設計の悪さと低品質で酷評されたことで著しく評価を下げることになった。

2004年から2005年にかけて発生した、ボッシュ製SBC(センソトロニック・ブレーキ・コントロール)の2度に渡るリコールは、主力車種であるEクラスと、看板車種のSLクラスで発生し、ベンツにとっては大きな痛手となり、経営を極度に悪化させる原因になった。

このSBCは雨天時などの走行でブレーキディスクが濡れ、通常であれば制動力を損じてしまうようなケースでも意図的にブレーキパッドをブレーキローターに僅かに接触させ、摩擦熱でディスクを乾かしたり(鉄道車両では、「耐雪ブレーキ」などで以前から使われている制御)、アクセルペダルを放した瞬間、ブレーキングにそなえてブレーキパッドをブレーキローターに接触寸前まで近づけ、タイムラグを短縮するなど、ブレーキの応答性と能力を高めるものであるが、そのセイフティープロセスの要であるセンサ類やコネクタ類の不具合によりSBCが作動せず、前輪2輪のみに効き通常の約5倍の踏力を必要とする「バックアップモード」に入るというものであった。

2005年8月以降に発売されたEクラス、SLクラスでは、各種リコール対応により充分な信頼性の確保が行われたが、マイナーチェンジ後はこの装備がなくなっている。この年のアメリカでの信頼性調査でメルセデス・ベンツは37ブランド中29位、ジャーマン・オートモービル・グラブの顧客満足度調査では、33ブランドのなかで最下位になった。

2007年11月、ダイムラーは子会社である三菱ふそうトラック・バスが持つハイブリッド技術を流用したディーゼル・トラックを、2008年中を目処に同社のメルセデス・ベンツブランドから発売するとの計画を発表した(『産経新聞』2007年11月12日)。

2009年に、メルセデス・ベンツの乗用車としては初のハイブリッドカーである「S400 Hybrid」(W221)が追加された。このモデルはマイルド・ハイブリッド(ガソリンエンジン+モーター)であり、リチウムイオン二次電池を搭載した世界初の量産車である。Sクラスのハイブリッド仕様は、次のモデルであるW222にも継続され、ガソリンエンジン+モーターの「S400h」だけでなく、ディーゼルエンジン+モーターの「S300h」も追加された。これらのモデルは日本市場にも逐一導入されており、特にS300hについては、当時はクラス唯一のディーゼルエンジン搭載モデルであった。

2012年からはEクラスにもハイブリッドカーが追加された。3.5Lガソリンエンジン+モーターの「E400 Hybrid」、ディーゼルエンジン+モーターの「E300 BlueTEC Hybrid」である。「E400 Hybrid」は市場を限定し、日・米・中の3カ国のみに導入された。それに対し「E300 BlueTEC Hybrid」はヨーロッパのみならず世界市場に展開されたものの、日本市場へは導入されなかった。

プラグインハイブリッドカーは、CクラスとGLCクラス、Sクラスにそれぞれ「C350e」「GLC350e 」「S550e」として設定しており、日本へも導入している。その結果、メルセデス・ベンツは2016年時点において、日本で「ガソリン・ハイブリッド」「ディーゼル・ハイブリッド」「プラグイン・ハイブリッド」という3種類ものハイブリッドカーを同時にラインアップする、唯一の自動車ブランドとなっていた。なお、2018年現在、S300h・S400hともにモデル廃止となっており、新たに直列6気筒ガソリンエンジンに48Vマイルドハイブリッドを組み合わせた「S450」が新規導入されている。また、450系は2018年にモデルチェンジしたCLSクラスにも設定されており「CLS450」としてSクラスと同一のパワートレインが供給されている。

2019年9月2日、Cクラスに新たにプラグインハイブリッドとして「C350e」を新設定している。

メルセデス・ベンツの車体に輝くエンブレムは、合併前のダイムラー社が使用していたスリーポインテッド・スターとベンツ社の円形月桂冠とを併せデザインされたもので、3点にはそれぞれ「陸・海・空」の各分野でダイムラーベンツ社の繁栄が込められている。

メルセデス・ベンツのセダン、クーペ、オープンカーでは、銀色のボティカラーの人気が高い。理由のひとつとしてあげられるのが、「シルバー・アロー」の逸話である。1934年 - 1937年のグラン・エプルーブ(現在のF1世界選手権に相当)、グランプリ・レースは、後に「750kgフォーミュラ」と呼ばれることとなる、車重を750kg以下とするレギュレーションで実施されていた。1934年のニュルブルクリンクにおけるアイフェル・レンネン(アイフェルレース)前夜、車両重量規定をわずか1キログラムオーバーしてしまったメルセデス・チーム(監督はアルフレート・ノイバウアー)は、苦肉の策としてボディーの純白の塗装をすべて剥がすことを決断する。一晩かかって塗装を落としたアルミむき出しの銀色のボディーに、直接ゼッケンを貼り付けてレースに参戦、そしてこの車を駆るマンフレート・フォン・ブラウヒッチュが優勝する。以降メルセデス・ベンツのレーシングカーは銀色がトレードマークとなり、「シルバー・アロー」の愛称で呼ばれるようになり、モータースポーツにおけるドイツのナショナルカラーも、それまでの白色から銀色とされた。同時期に活躍した、アウトウニオンも同様に銀の塗装で「シルバー・フィッシュ」と呼ばれ、第二次世界大戦の勃発する1939年まで、シルバー・アローとシルバー・フィッシュのドイツ勢が、グランプリを席巻するのである。

2014年、近年の車種拡充にともない車名が複雑になっていることから、メルセデスベンツは車種の新しい命名方法を発表した。

これにより、2015年からこの命名方法に基づき、一部車種の車名が順次変更される。

既存のクラスである「A」「B」「C」「E」「S」をコアにし、その頭にSUVを意味する「GL」やロードスターを意味する「SL」、またはクーペの「CL」をつけ、各モデルバリエーションとする。そのため、SLKはSLCとなり(3代目SLクラスに存在した4シータークーペと同じ名称になる)、「ML」はGLE、「GL」はGLSと順次変更される。これでSUVやロードスターでも明確にクラスがわかるようになる。なお、CLAやGLAクラスは、すでに新しい命名方法に準じた車名となっており、変更はない。CLSは実際にはEクラス・ベースの車種だが、「EクラスとSクラスの中間に位置する4ドアクーペ」として、こちらも名称変更はない。

加えて、パワートレインの種類により、数字の最後にそれを表すアルファベットが付くことなり、圧縮天然ガス車は「c」、ディーゼル車は「d」、電気自動車は「e」、燃料電池車は「f」、ハイブリッドカーは「h」となる、四輪駆動車モデルは今まで通り「4MATIC」のサブネームが付く。
日本において、販売台数は日本自動車販売協会連合会2017年集計で68,215台、輸入車新規登録台数は市場占有率で1位、日本自動車輸入組合2016年集計の外国メーカー車モデル別順位は、Cクラスが16,560台で3位、Eクラスが13,262台で4位、CLAが7,430台で12位、GLCが5,579台で15位、Aクラスが5,396台で17位、GLAが3,997台で20位である。

ブランドの知名度を上げるため、日本国内限定のアンテナショップ「メルセデス・ミー(旧名称:メルセデス・ベンツコネクション)」の運営も行っている。

かつて正規ディーラーを担ったヤナセと、1990年代以降に整備されたシュテルングループ(現メルセデス・ベンツ店)が正規販売代理店である。

シュテルングループの販売店は、バブル景気末期の1980年代後半から1990年代前半にかけて一部の三菱ギャラン店で販売されたことから三菱系ディーラーのほかに、トヨタや日産など日本車ディーラーが経営するところもある。

並行輸入はいくつかの輸入業者が扱い、正規輸入ディーラーにない車種やオプションの組み合わせなども可能である。ドイツ本国仕様、英国仕様、北米仕様、UAE仕様など、仕向地も出処も様々である。

メルセデスオーナーの満足度向上とメルセデス車の耐久性例示を目的に、走行距離が10万キロ、20万キロ、30万キロ、50万キロ、100万キロを超えた時、または、10年、15年、20年、25年、30年を超えた時にはオーナーの申告により、それぞれ赤、青、黒、ゴールドの記念エンブレムと証明書がメルセデス本社より交付される。2000年ころを機に一度消滅したが近年復活している。

正規販売店で新車を購入した場合、3年間の無料保障と故障や事故時に「24時間ツーリングサポート」を提供する。1998年4月から、AMGとGクラスは6月以降、日本でも開始された。

一般的な故障のほかにワイパーブレード、オイル、ブレーキパッド、ブレーキディスクなど一部の消耗品も無料交換の対象で、車検整備にかかる費用及び車検取得に必要な諸費用は含まれない。

欧米の正規代理店で購入できる車種と日本国内の正規代理店から購入できる車種は、販売戦略や電波法などの関連法規により装備や内装などに相違がみられる。安全装備とは関連がない部分だが、過去、ナンバープレート取り付けの部分が欧米仕様のままの横長で、日本のナンバープレートの比率と合っていない状態が、90年代中盤まで続いた。

広く販売されており新車売価に比して廉価であるが、現行モデルは売価の下落は大きくない。

正規輸入ディーラーとしてコマツ、シュテルンおよびその他ディーラーでの取り扱いが行われていたが、ダイムラー・クライスラーと三菱ふそうトラック・バスとの関係の強化に伴い、2006年までに日本における輸入販売事業から撤退した。

ウェスタン自動車(メルセデス・ベンツ日本総代理店)によって1985年に輸入され、1986年に宮城野観光バスに導入されたものが最初である。その後、日の丸自動車興業や岐阜バスなどで導入された。

当初はほとんどが貸切バスとしての導入であるが、当時の日本急行バスは名神ハイウェイバス名古屋 - 神戸線を中心に「ベンツ特急」と銘打って昼行高速バスへ投入した。

1993年に西日本鉄道などへ導入された2台を最後に新車の輸入は途絶えていたが、2006年に東京都内の新規貸切バス事業者亜希プロが、イギリスで使用されていたスーパーハイデッカー「トゥーロ」の中古車を2台輸入し、のちに1台が日の丸自動車グループに売却されている。

路線バス車両は、大阪市交通局が「赤バス」と通称される小型コミュニティバスにメルセデス・ベンツ・スプリンター(T1N)を13台導入した事例が最初である。2007年末に神奈川中央交通が連節バスのメルセデス・ベンツ・シターロを導入している。
様々な特殊パーツを装備できるウニモグを、ワイ・エンジニアリングが販売している。
メルセデス・ベンツのチューニング部門であり、メルセデス・ベンツの上級高性能モデルやスポーティーなパーツに冠されるブランドでもある。工場はドイツのアファルターパッハ(Affalterbach )にある。元は独立したチューナーであるAMGだったが、1999年にダイムラー・クライスラー(当時)に吸収され、さらに2014年からは「メルセデスAMG」(Mercedes-AMG )としてメルセデス・ベンツのサブブランドとされている。「究極のハイパフォーマンスを追求するモデル」と位置付けられている。

かつてドイツの高級車メーカーとして存在し、2002年から2012年にかけてメルセデス・ベンツ・ブランドから独立した最高級車として製造販売されていたマイバッハは、2015年に「メルセデス・マイバッハ」(Mercedes-Maybach )としてサブブランド化されている。こちらは上記メルセデスAMGとは対照的に「究極のエクスクルーシブ」と銘打たれている。

1920年代以前
1930年代
1940年代
1950年代
1960年代
1970年代
1980年代
1990年代
2000年代