メルセデス・ベンツ新型SクラスS65 ロングの評判・スペック

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メルセデス・ベンツ Sクラス S65 ロング

Sクラスのフロント外観(13年(H25)10月、FMC時のフロント。写真は本国仕様の為、一部異なる場合があります)

Sクラスのリア外観(13年(H25)10月、FMC時のリア。写真は本国仕様の為、一部異なる場合があります)

Sクラスの内装・インパネ(13年(H25)10月、FMC時のリア。写真は本国仕様の為、一部異なる場合があります)

メーカー メルセデス・ベンツ
車種 Sクラス
グレード S65 ロング
販売期間 2013年10月から 2014年03月
価格 29,629,630円
エンジン エンジン: V型8気筒DOHC
排気量: 5461cc
型式: CBA-222179C
馬力: 387ps
トルク: 530(54)/4800
ミッション: 7AT バッテリー:
タイヤ 前輪: 255/45R18
後輪: 255/45R18
ホイールサイズ: /
駆動: FR
最小回転: 6m
タイヤサイズ
燃費 燃費(JC08): -
燃費(10•15): 6.7km/L
燃料: ハイオク
実燃費: 4.76から 9.07
ボディサイズ 高さ: 1500 車幅: 1915 全長: 5295
乗車定員 5人
評価・レビュー 外観: 4.5点
内観: 4.5点
スペック: 4.75点
エンジン: 4.5点
乗り心地: 4.25点
燃費: 3.33点
価格: 3.25点
中古車 1台
買取価格相場
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メルセデス・ベンツSクラスとは

「メルセデス・ベンツ」が誇る高級車「Sクラス」は、1960年代に誕生し、現在も同社のフラッグシップモデルとして世界中で愛されています。価格は高額でありながら、その品質や快適性、最新テクノロジーが融合した高級車として、多くの人々から支持されています。 Sクラスは、各グレードで異なる価格帯に位置し、豊富なオプションが用意されています。エンジンにはV6やV8、さらにはV12エンジンも選択でき、排気量は3.0リットルから6.0リットルまで幅広いラインナップが揃っています。高い馬力と優れた燃費効率も特徴であり、走行性能においても優れた性能を誇っています。 また、Sクラスはスポーティなデザインと豪華な内装が特徴であり、乗員と乗り心地の快適さを追求した造りとなっています。安全面においても最新の安全装備が標準装備されており、乗員の安全性を確保しています。 Sクラスの人気の秘密は、高級車ならではの快適性や高い品質、最新テクノロジーの搭載などが挙げられます。また、歴史あるメルセデス・ベンツのブランドイメージや伝統を受け継ぎながら、常に最新の技術を取り入れ、ユーザーの期待を上回る仕上がりを実現しています。 Sクラスは、優れた走行性能と快適性、高い安全性能を兼ね備えた高級車として、車好きの方々から絶大な支持を受けています。その洗練されたデザインや最新テクノロジーの導入など、常に進化を続けるSクラスは、メルセデス・ベンツの誇る名車として確固たる地位を築いています。

より詳しいスペックやオプションの情報を見ることができます。

詳細項目 スペック
型式DBA-221171
最小回転半径6m
駆動方式FR
全長×全幅×全高5.21m×1.87m×1.49m
ドア数4
ホイールベース3.04m
ミッション7AT
前トレッド/後トレッド1.61m/1.61m
AI-SHIFT-
室内(全長×全幅×全高)-m×-m×-m
4WS-
車両重量2060kg
シート列数2
最大積載量-kg
乗車定員5名
車両総重量-kg
ミッション位置コラム
最低地上高0.15m
マニュアルモード◯
標準色オブシディアンブラック、アラバスターホワイト、タンザナイトブルー、カーネリアンレッド、トラベルティンベージュ、キューバナイトシルバー、イリジウムシルバー、エメラルドブラック、アンドラダイトグリーン、フリントグレー、アンドライトグレー
オプション色-
掲載コメント-
エンジン型式273
環境対策エンジンH17年基準 ☆☆☆☆
種類V型8気筒DOHC
使用燃料ハイオク
過給器-
燃料タンク容量90リットル
可変気筒装置-
燃費(10.15モード)6.7km/L
総排気量5461cc
燃費(WLTCモード) -
燃費基準達成-
最高出力387ps
最大トルク/回転数n・m(kg・m)/rpm530(54)/4800
福祉車両-
大型ガラスルーフ-
片側電動スライドドア-
サンルーフ◯
両側電動スライドドア-
ルーフレール-
ドアイージークローザー◯
Tバールーフ-
電動バックドア-
ルーフ系装備-
ディスチャージドランプ◯
タルガトップ-
フロントフォグランプ◯
ハードトップ-
リアフォグランプ◯
ソフトトップ-
ヘッドライトウォッシャー◯
キャンバストップ-
フロントスポイラー-
メタルトップ-
リアスポイラー-
マグネシウムホイール-
ローダウン-
アルミホイール◯
UVカットガラス-
片側スライドドア-
プライバシーガラス-
両側スライドドア-
寒冷地仕様-
ステアリング位置右
ステアリングステアリングギア方式不明
ステアリングパワーステアリング◯
ステアリングVGS/VGRS-
サスペンション形式前不明
サスペンション形式後不明
高性能サスペンション-
タイヤサイズ前255/45R18
タイヤサイズ後255/45R18
ブレーキ形式前Vディスク式
ブレーキ形式後ディスク式
ソナー◯
駐車支援システム△
センターデフロック◯
横滑り防止装置◯
トラクションコントロール◯
フロントカメラ-
LSD(リミテッドスリップデフ)◯
サイドカメラ◯
ダウンヒルアシストコントロール-
バックカメラ◯
AYC(アクティブ・ヨー・コントロール)-
頸部衝撃緩和ヘッドレスト-
SH-4WD-
ABS-
ISOFIX対応チャイルドシート固定バー◯
ブレーキアシスト-
ビルドインチャイルド◯
アイドリングストップシステム-
バケットシートABS(◯)
ランフラットタイヤ◯
後退時連動式ドアミラー◯
エアサスペンション-
レインセンサー-
ブレーキ系装備-
インテリジェントAFS-
衝突軽減装置◯
盗難防止装置◯
ナイトビジョン◯
セキュリティアラーム-
レーンアシスト◯
ロードサービス-
車間距離自動制御システム◯
パワーウィンドウ◯
オットマン機構-
フルフラットシート-
チップアップシート△
本革シート
電動サードシート◯
フロントベンチシート-
床下ラゲージボックス-
シートリフター-
エンジンスタートボタン-
シートポジションメモリー機能-
キーレスエントリー-
運転席パワーシート-
ETC◯
フロント両席パワーシート-

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メルセデス・ベンツ Sクラスの知っておきたい情報

メルセデス・ベンツとは?
Sクラスとは?

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メルセデス・ベンツSクラスの新車情報

メルセデス・ベンツSクラスの最新情報まとめ

メルセデス・ベンツ・Sクラス

メルセデス・ベンツ・Sクラス

メルセデス・ベンツ・Sクラス(Mercedes-Benz S-Class )は、ドイツの自動車メーカーであるダイムラーがメルセデス・ベンツブランドで展開している高級乗用車である。Fセグメントに属し、同ブランドのフラグシップモデルである。現行モデルにおいては、セダンおよびクーペ(Sクラスクーペ)、リムジン(メルセデス・マイバッハ・Sクラス)を用意し、さらに、メルセデス・ベンツとしては44年ぶりとなるラグジュアリー4シーターオープンモデルとしてカブリオレ(Sクラスカブリオレ)が2016年6月2日に発表された。

下位にEクラスが存在し、ダイムラーの販売する車種では上位にマイバッハが存在する。Sクラスをベースとした派生モデルとしてクーペがある。このクーペは、かつてCLクラスの呼称を与えられていた。

元々、メルセデス・ベンツブランドの最高峰に位置していたため、従来はショーファードリブンカー(運転手による運転)を強く意識したパッケージングであったが、2002年により高額なマイバッハが登場したことにより、Sクラスはオーナードリブンカーとしての色彩を強くすることとなった。

2006年、日本においては8,078台が新規登録された。これは、メルセデス・ベンツのモデルの中ではEクラス(9,639台)に次ぐ第2位である。以下、Cクラス(8,042台)、Bクラス(7,189台)が続く(統計情報、日本自動車輸入組合)。ただし、当年はW221型デビュー直後の新車効果と、Cクラス(W203系)がモデル末期だったことを考慮する必要がある。

Sクラスがフラグシップモデルに位置することから、「Sクラス」の呼称が用いられる以前のメルセデス・ベンツの以下の車種は、Sクラスの源流であると考えられる。

タイプ220 (W187) は、1951年のフランクフルトモーターショーで初公開された。第二次世界大戦後の復興初期は多気筒型のメルセデス乗用車の系譜が途絶えており、西ドイツ市場の中級6気筒車のシェアは戦後いち早く生産再開したオペル・カピテーンに蚕食されていた。その対抗車として開発されたW187は、戦前以来唯一生産の続いていたメルセデスで4気筒モデルの170V(W136シリーズ)をベースに、シャーシ・ノーズを延長して埋め込み式ヘッドライトを採用、6気筒エンジン搭載型とした過渡的モデルである。搭載されたエンジンは新たに開発された2,195ccのSOHC直列6気筒(直6)エンジンで82HPの高出力を発揮し最高速度140km/hを可能にした(当時のカピテーンは2.5L級だが出力58HPに留まり、メルセデスの優位性が際だった)。ボディは4ドアセダン、2ドアクーペ、2ドアカブリオレがラインナップされていた。

タイプ300 (W186/W188/W189) は、1951年のフランクフルトモーターショーでタイプ220 (W187) と同時にデビューした。急造車のタイプ220とは異なり、当初から大型高級乗用車として新設計されたニューモデルであるが、デザインは戦前形と戦後式の完全なフルワイズボディの間を行く折衷的なものであった。3連キャブレターを装備した3L・SOHC直列6気筒エンジンを搭載し、最高出力115HP、最高速度160km/hの高性能を達成した。ボディは4ドアセダン、2ドアクーペ、2ドアカブリオレの他、リムジンがラインナップされていた。戦後のメルセデス最初のフラッグシップモデルで、その性能と高い品質により、同社が世界の高級車市場に復帰したことを示す記念碑的な存在となった。改良を受けながら1950年代を通じて長期生産され、輸出市場でも大きな成功を収めた。また、その先進的なパワーユニットは、高性能スポーツカー・300SL(W198)系開発のベースともなった。4ドアモデルは(リムジンも含め)西ドイツの初代連邦首相コンラート・アデナウアーに公私に渡って愛用されており、「アデナウアー」の異名でも知られている。

1955年にデビュー。丸みを帯びたボディ形状から“Ponton(ポントン)”と、日本では、”ダルマベンツ”と呼ばれた。エンジンは2.2L直6で、ボディは4ドアセダン、2ドアクーペ、2ドアコンバーチブルがラインナップされていた。

1958年には、後期型のW128が登場し、1961年まで製造された。

W111は1959年にデビュー。米国製キャデラックなどに影響を受けたとされる、後部のテールフィンから“Fintail(フィンテール)”と呼ばれた。エンジンは2.2L直6で、ボディは先代と同じ4ドアセダン、2ドアクーペ、2ドアコンバーチブルだった。

1961年に、エアーサスペンションと3L直6のエンジンを搭載したW112が追加される。1965年、後継のW108が発売されることに伴い、W112のセダンの生産終了。次いで1968年、W111のセダンも生産終了するが、クーペ、コンバーチブルは改良を受け、1971年まで継続生産された。

なお、同じプラットホームを持つW110があるが、こちらはEクラスの系統とする説が有力になっている。

W112のリムジンの後継モデルで、W108/W109の原型となったモデル。

1965年にデビュー。スタイルは、一見キープコンセプトのようにも見えるが、W111の特徴であったテールフィンがなくなり、現代的なスタイルになった。このモデルから、2種類のホイールベースが用意されるようになる。W109の300SELはロングホイールベースを示すLが末尾につく。

W108はコイルスプリングサスペンション仕様に対し、W109はエアーサスペンション仕様である。

ボディはセダンのみで、クーペとコンバーチブルは先代のW111/W112 (Fintail) が継続生産のため、ラインナップにはない。エンジンは直6の3Lと2.5Lが用意された。1967年、当時の最上級モデルであるメルセデス・ベンツ・600に搭載されていた6.3リッターV8気筒の「M100」エンジンをそれより700kg以上も軽い300SELの車体に載せた300SEL 6.3が追加され、ベンツのフラグシップモデルとなった。
年次改良では、1968年に直6の2.5Lが2.8Lとなり、モデル末期までにW109のエンジンは全てV8に変更されている。
300SEL 6.3(W109)の登場により軽量な点を当時レースエンジン開発会社で設立間もないAMGが目をつけ、この車の耐久レース仕様を製作。6.3リッターエンジンを6.8リッターにスープアップする為、インテークバルブの大口径化、カムシャフトとロッカーアームとピストンをAMG製のものに交換すること等により、その性能は428ps/62kgmにまで高められ、1971年スパ・フランコルシャン24時間レースに初出場しクラス優勝、総合2位を獲得した。この成功により、AMGのもとにはよりパワーを求めるメルセデス・オーナーが殺到。やがてAMGは正式なワークス・チームとしての活動を経る事となる。
W108/W109の後継であるW116は1972年に登場した。このW116から「Sクラス」と名付けられた。前モデルのW108/W109と大きく変わったのが、外見のデザインである。特に、ヘッドライトはW108/W109が縦目のヘッドライトだったのに対し、W116は現在の乗用車と同じような横長の異型ヘッドライトを採用している。ターンシグナルレンズは大型化されている。

エンジンは2,800ccの直6、3,500ccと4,500ccのV8に加え、戦後最大級となる6,900ccのV8エンジンがラインナップされていた。この他米国とカナダ向けの3,000cc直5ターボディーゼルエンジンもあった。

安全面では交通事故の衝撃から乗員を守るパッセンジャーセルをはじめ、リア車軸上に設置されたフューエルタンク、運転者の傷害を軽減する4本スポーク・ステアリングなどの採用がある。さらに1978年にはボッシュ製の電子制御ABS(前輪)のオプションが新たに設定された。

全世界で473,035台売れ、歴代SクラスではW126・W222・W220の次に売れたモデルとなっている。

1979年9月にフランクフルトモーターショーで初公開された。側面には「サッコプレート」と呼ばれる大型のプロテクターが付き、他車のデザインにも少なからず影響を与え、流行のスタイルとなった。ドアサッシュはボディと同色に塗られ、メッキモールディングが施されている。歴代モデルでは、最長の12年間の長きにわたって製造・販売された。

主な安全機構に、エアバッグや衝突時にシートベルトを巻き上げる「シートベルトプリテンショナー」がある。500SELには「ハイドロニューマチックサスペンション」がオプション設定される。オートマチックトランスミッションは4速となった。

初期のエンジンラインナップは、直6の2.8L、V8の3.8L、同5L、直5ターボディーゼルの3Lであった。

年次改良では直6の2.8Lが3Lに、V8の3.8Lが4.2Lに、同じくV8の5Lが5.6Lに排気量アップされ、直5ターボディーゼルの3Lは6気筒化された後、3.5Lに排気量アップしている。

他国の初期仕様は本国仕様とパワーの差が大きかったため、並行輸入車を買い求めるオーナーも少なくなかった。

全世界のW126の総販売台数は818,063台。12年間販売されたためであるが、年間の販売台数に換算しても歴代トップの売れ行きである。

フロントマスクは先代のデザインを継承しつつも、傾斜のきついスラントノーズとなり、W126の気品さとは一味違う、押し出しのある力強いデザインとなった。センターピラーはブラックアウトされ、ドアサッシュはボディと一体化したフラッシュサーフェス構造となり、空気抵抗の軽減を図っている。サイドウィンドウは2重となった。大きく重くなった車体は、欧州の環境保護団体から攻撃されたために販売は好調とは言えなかった。

1994年の後半にマイナーチェンジが実施され、モデル名表記が変更され、従来の500SELから、S500等となった。外装面では、従来アンバー色だったフロントターンシグナルレンズがクリア化された。ただし、米国仕様の場合、灯火規定で一部がアンバー色となっている。テールレンズのデザインも変更された。V12エンジン車のグリルは、目の細かいグリルに変更されている他、車体の軽量化も図られた。

W140の発売当初、欧米ではV12エンジンは人気がなく低排気量エンジンが好まれた。EクラスがW210にモデルチェンジするまでは、同じ価格帯のEクラスとSクラスを比較した場合、Sクラスの下位モデルを選ぶ傾向が多かった。

全世界の総販売台数は406,532台であった。

販売面で不振だった先代モデルの反省により、大幅にコンセプトを見直したモデルである。ボディサイズはW140より一回り小さくなり、フロントマスクは小さめのラジエターグリルと丸みを帯びたヘッドランプで、威圧感を与えないフレンドリーな外観となっている。重量増の一因となっていた二重窓の空気層がなくなって窓が薄くなり、ドアはプレスドアとなっている。室内は、W140に比べ広くなっている。

装備面では「ナビゲーションシステム」の導入や、余分な燃料消費を抑えるため、シリンダーを一部カットする「アクティブシリンダー」の採用などがある。また、Sクラスでは初の四輪駆動車である「4MATIC」が登場した。

W220は高額な車種であるにもかかわらず、先代モデルより親しみやすいデザインとサイズになったため、総生産台数が48万5,000台と、販売面では好調だった。
S500後期型で世界初の電子制御7速AT、7Gトロニックが登場したが初期のモデルはEGSカプラーを起因とする故障が多かった。

W221は、2005年9月のフランクフルトモーターショーでデビュー。日本では、同年10月より販売を開始した。

先代のW220の反省からよりぜいたくに、Sクラスらしい品格を取り戻している。ボディサイズは拡大されたが、前後が絞られサイズの割にはやや小ぶりに見える、オーナードリブンカーを意識したデザインになっている。大きめのキャビンと短めのトランクリッドは世界のトレンドに沿ったものとなった。

先代モデルと違い、センターコンソールからシフトレバーがなくなりコラムシフトとなる。

新設計の3.5L V6 M272エンジンと5.5L V8 M273エンジンは、パワーアップと低燃費化が図られている。このほか5.5L V12ツインターボエンジンもラインナップされる。ディーゼルエンジンの設定もあるが、日本仕様にはない。

尚、V6とV8には電子制御7速ATの7Gトロニックが採用されたが、V12は許容トルクの関係で最終型まで5速のままであった。

W222は2013年5月15日に発表され、同年8月23日に日本でも発表された。日本では同年10月より受注が開始され、11月上旬から顧客へ順次納車された。

ヘッドライトを含め、すべてLEDが使われている。先代モデルよりも直立した大型のグリルと、クーペを思わせる流れ出る優雅なルーフラインが特徴。
「マジックボディコントロール」がオプションで用意される。フロントガラスに付いているステレオカメラで路面の凸凹を即座に判断し、サスペンションのダンパーを制御することが可能。

ドイツ本国では、3リッターV型6気筒ディーゼルターボエンジンの「S350 BLUETEC」が用意されるが、日本では導入されない。2.2リッター直列4気筒ディーゼルエンジン+モーターモデルについては2015年8月27日に「S 300 h」として日本でも導入されることとなった。

ボディータイプは、ショートホイールベースモデルとロングホイールベースモデルの2種類がある。また、2014年にはこのモデルに追加される形で、いったん生産終了されていたマイバッハがメルセデスのサブブランド「メルセデス・マイバッハ」として復活している。
ガソリンエンジンは、V6 3.5リッターは直噴化され出力向上と燃費の両立を、
V8は先代の5.5リッターからダウンサイジングされ4.7リッターとなったが、ツインターボ化され出力は逆に向上している。

V12に関してはSOHCのままではあるが、排気量は5.5リッターから6.0リッターとなり、W211の時代には許容トルクの問題で難しいとされていた7Gトロニックとの組み合わせが実現している。

W222後期モデルからはV12を除くモデルで、最新の9速AT 9Gトロニックが採用され更に動力性能と燃費を高い次元で両立した。



メルセデス・ベンツ

メルセデス・ベンツ

メルセデス・ベンツ()は、ドイツのダイムラーが所有する乗用車、商用車のブランドである。

「メルセデス」とは、1899年当時、ダイムラー車のディーラー(販売代理店)を経営していたオーストリア=ハンガリー帝国の領事でありユダヤ系ドイツ人の富豪であるエミール・イェリネック()の娘()の名前である。イェリネックは自らが販売する自動車に、「ダイムラー」という硬い響きを避け当時流行していたスペイン風の響きを持つ名を冠した。この「メルセデス」ブランドは非常に有名になり、ダイムラーは1902年、「メルセデス」を商標登録した。

欧米では一般に「メルセデス」「メルセデス・ベンツ」と呼ばれるのに対して、日本では「ベンツ」と呼ばれることが多い。ただしメルセデス・ベンツ日本は広告で「メルセデス・ベンツ」と表記し、モータースポーツ記事の一部はチーム名に含まれる「メルセデス」を用いる。自動車評論家の徳大寺有恒や作家で評論家の五木寛之らの著書、一部自動車雑誌などでは、「メルツェデス」という表記を用いていることがある。

筆頭株主は浙江吉利控股集団のオーナーで富豪の李書福氏で、今回のBAICによる出資で、 中国勢のダイムラー持ち分比率は約15%。

1926年に、共にほとんど同時期に設立された世界最古の自動車会社であるベンツ&シー・ライニッシェ・ガスモトーレン・ファブリーク(1883年-1926年)とダイムラー・モトーレン・ゲゼルシャフト(1890年-1926年)、両社の1926年の合併により正式に「メルセデス・ベンツ」がスタートした。以降社名はダイムラー・ベンツ(1926年-1998年)、ダイムラー・クライスラー(1998年-2007年)、現在はダイムラー(2007年-)と変更されているがブランド名の変更はない。現在ドイツ、シュトゥットガルトを拠点に、乗用車と商用車の製造、販売を「メルセデス・ベンツ」で展開している。

日本では以前に輸入元であったヤナセの営業方針や宣伝などから、現在も高級車専門メーカーとの誤認が少なくないが、実際は欧州を中心に比較的安価な車種も多く製造している。乗用車のみならずバンやタクシー、大型バスやトラック、ダンプカーなどの営業車・商用車・各種作業車、救急車などの特殊な車両、軍用車両まで極めて幅広い種別の自動車を扱い、かつては通勤電車などの鉄道車両もグループ内で製造するなど、欧米ではボルボ、ルノーなどと同様の自動車総合メーカーとして認知されている。

Sクラスをはじめとする高級セダンやSUVは、高額所得者、政治家、セレブリティが嗜好するなど肯定的なイメージがあるとして知られる一方で、暴力団や威圧的で怖い人が乗る車、成金趣味の象徴でビバリーヒルズの歯医者の車、古今東西の独裁者達の愛車という否定的なイメージも存在する。冷戦時代は外交官の公用車としても普及し、西側の自動車会社にもかかわらず東側諸国の外交官の利用も多く、「ペルソナ・ノン・グラータ向けの車」と揶揄されることもあった。

日本では300万円台前半から販売されており、同クラスの日本車に比して高価格であるが、欧州ではタクシー用のEクラスをはじめ各車種で日本では発売されていないような廉価なグレードも存在し、多様な客層が利用する車として知られている。

2006年の販売台数クラス別世界ランキングで、1位は634~1530万円のEクラス、2位は1065〜3040万円のSクラス、3位は400〜1250万円のCクラス、4位は300〜385万円のBクラスである。日本と世界では販売価格が異なるので留意する必要がある。

カー・アンド・ドライバー誌が東京都港区にある国道246号・青山通りで行なっている車種別の通行数ランキングでは、トヨタ・カローラなどの日本メーカーの大衆車より多く、社有車・社用車としての登録が多いEクラスが1位の常連になっており、登録、使用本拠の地域的偏在も大きい。

バスやバン、特殊車両なども含めた商用車の主な市場は、ヨーロッパのほか、中東、アジア、ラテンアメリカ諸国などである。商用バン・スプリンターや、ミニバンであるVクラスの商用バージョンVitoは様々な仕様が存在しヨーロッパ各地で使用されているほか、北アメリカでは、スプリンターがバッジエンジニアリングを受け、クライスラーから「ダッジ・スプリンター」として販売されている例がある。

フランスのルノーからはカングーをベースとした小型商用車を「シタン」の名でOEM供給されている。

韓国の双竜自動車へは技術供与を行い、商用バンMB100をベースにイスタナを生産、MB100と共に東南アジア圏などで広く利用されている。日本ではダイムラー子会社のバスなどを三菱ふそうトラック・バスが販売、多目的商用自動車であるウニモグをワイ・エンジニアリングが販売している。

エンジンやトランスミッションを他社に供給するサプライヤーでもあり、かつてはポルシェやジャガーに自社製のATを供給していた。現在も日本で加藤製作所などの重機メーカーがメルセデス製ディーゼルエンジンを搭載した製品をラインナップしている。2014年5月 - 2019年7月までは日産自動車がメルセデス製ガソリンエンジンを搭載したスカイライン200GT-tをラインナップしていた。

社史についてはダイムラー・ベンツ、およびダイムラーを参照。
1886年にドイツの技術者、カール・ベンツによって創設された世界最古の自動車メーカーの一つ。1886年に世界初の自動車として初の特許を取得している。当時は自動車の有用性に気が付く者はなく、「交通の主役である馬を怖がらせる邪魔者」であった。

そうした中、妻のベルタ・ベンツは、夫の発明を世間に認めてほしいと考え1888年8月5日、夫が寝ている間に二人の息子と車に乗りマンハイムの町を出発した。当時の道は舗装されておらず、空気タイヤもまだ自転車用が発明されたばかりでその過酷さは余りあるものだった。ガソリンスタンドもなく、薬局でシミ抜き用のベンジンを購入してそれを給油しながら旅を続けた。やがて陽の暮れる頃106km離れたプフォルツハイムの町に到着する。車の回りには人々が集まり、ベルタたちに賞賛の声を送った。この時の速度(距離と時間)は、当時の馬車なら10頭以上の馬を乗り換えなければならないほどのもので、この成功により夫の発明は知られるようになり、妻は世界初の女性ドライバーとして自動車長距離旅行の歴史に名を残すことになる。

1920年代より当時ヨーロッパで盛んになっていたモータースポーツに積極的に参戦し、数々の好成績を収めその名声を確固たるものにした。

1926年にベンツとほとんど同時期にゴットリープ・ダイムラーが創設したダイムラーと合併する。
国家社会主義ドイツ労働者党の党首にしてドイツの指導者であったアドルフ・ヒトラーは、政権獲得後の1933年2月11日、国際ベルリンモーターショーにおける開会宣言で新時代の交通機関である自動車と自動車道路の建設に注目し、モータリゼーションを加速することが国家の防衛力を高めることになると説いた。これ以降政府は自動車税の撤廃、アウトバーン建設、国有鉄道にトラック輸送部門の新設等の政策を打ち出した。

ナチスは、党内に国家社会主義自動車軍団(NSKK)を設け、運転技能者育成を始める。ベンツは運転教官の派遣、教習車の無償提供、国家社会主義ドイツ労働者党機関への役員の派遣等で積極的に対応し、国家社会主義ドイツ労働者党の強力なバックアップにより、グランプリ・レース、ル・マン24時間やミッレミリアなどのレースで同じくバックアップを受けるアウトウニオンなどとともに活躍した。

1935年のドイツ再軍備宣言以降のドイツの軍備拡張を支える企業として、戦闘機のエンジンや軍用車両などの生産を行なった。1939年9月に勃発した第二次世界大戦中は軍需生産に集中して、連合軍の爆撃の標的になるなどして、ドイツの敗戦までの約6年間に壊滅的な損害を受ける。大戦中にユダヤ人や連合軍の捕虜を大量に強制労働者として使用したことから、戦後多額の賠償金を支払うことになった。
1950年代以降のドイツ経済の回復に合わせるように、有名な300SLや、ミッレミリアやル・マン24時間レースで大活躍した300SLRなどの数々の名車を送り出す。

1960年代後半に発売されたグロッサーベンツの再来でもあるW100やミディアム・クラス(現在のEクラス)や、1971年にデビューした3代目のメルセデス・ベンツ・SLクラス(R107/C107)、「サッコプレート」で有名なブルーノ・サッコの手によるW124(このモデルライフの途中からミディアムクラスが「E」クラスと呼ばれる)、ドイツのヘルムート・コール首相の専用車であったW126(クーペの「SEC」は「C126」)、アメリカのCAFE対策で生まれたW201(通称190E。現在のCクラスにつながる)、などのヒット作を市場に送り出し、高級車市場での存在感を持ち続けている。

これらのモデルのシートは、世界でも唯一の高品質で凝った構造と評されており、非常に快適なことで知られる。下からコイルスプリング、網状のスプリング(Sばね)、ウレタン製ダンパー、シュロ毛と馬毛で作られた通気性の良いクッション、ウール製の表皮(ベロア、ファブリック)で構成され、十分なサイズと調整機能(電動調整式が多い)があり、滑らず疲れにくく、耐久性も著しく高かった。

1980年以降、オプション装備としてのエアバッグ設定で先行するなど、自動車の安全向上に関わる実績がある。ジグザグ形状のゲート式ATシフトレバー(現在特許が切れて、多くの自動車メーカーにより模倣されている)、衝撃吸収三叉式構造ボディ、シートベルトテンショナー、レインランネル(雨水を窓に流さないボディ構造)、凹凸のあるテールランプ、衝突時に体を守るステアリングコラムとブレーキペダル、横滑り防止装置、グリップ式ドアハンドル、本体強度・取り付け強度共に高い独自のシート、伸縮しながら窓を拭くワイパー、2速発進および2速後退機能つきAT、安全性を徹底追求したシャシ、アウトバーンにおける高速度での事故に対応した車体剛性など。

2010年以降に順次発売されているメルセデス・ベンツ各車種は、ライトスイッチから「OFF」が廃止されており、「ON」と「AUTO」(自動点灯)の選択のみになっている。これは、夜間の点け忘れ及びトンネル内や夕暮れ時、悪天候時などの無灯火走行を、ドライバーではなく、車の側で確実に防止するという、メルセデス・ベンツ流の思想に基づく安全設計である。

メルセデス・ベンツが他社に先んじて採用したデザインや装備が、他社に大きな影響を与えていることがある。一例として、1998年に4代目Sクラスが世界初採用したドアミラー内蔵式の側面方向指示器は、世界中のメーカーが模倣および追随しており、2019年現在では多くの車種に標準装備されている。この装備は、安全性の向上に寄与し得るとの調査結果がある。

かつてメルセデス・ベンツは有名な「最善か無か(Das Beste oder nichts.)」の企業スローガンのもと、「全ての形に理由がある」と言われるほどの質実剛健さを持ち、妥協無き車造りを目指していた。しかしその結果としての高コスト体質・製品の高価格化も事実であり、1990年代中盤以降の自動車産業を取り巻く環境の変化(特にグローバリゼーションの進行)を前に、同社も生き残りのため利益率向上やコストダウンを目指すことになった。

しかし、それによってメルセデス・ベンツは、かつての名声を裏切るような、その品質や性能に疑問符を持たれる製品を市場に出してしまうことになる。

特に1997年に発売されたメルセデス・ベンツとして初のアメリカ工場(アラバマ州)で生産されたMクラスは、その低品質で「アラバマ・メルセデス」と酷評され、全世界におけるブランドイメージを大きく落とす結果になった。4代目Sクラス(W220)及び2代目Eクラス(W210)、3代目Cクラス(W203)が登場した際、古くからのメルセデス・ユーザーが代替した直後、乗り味や質感に強いギャップを感じ、早々に手放し、代わりにそれぞれの先代モデル(Sクラス:W140、Eクラス:W124、Cクラス:W202)やそれらの時代から作り続けられていたR129型SLクラスやW463型Gクラスを求める事態すら発生した。これらにより、1990年代後半には「最善か無か(Das Beste oder nichts.)」の理念のもとに製造された過去の車種が、一時的に中古車市場で品薄となり、装備や程度の良い車が新車よりも高値となる事例も発生した。

これらの問題に対してメルセデス・ベンツは、各車種のイヤーモデルごとに品質の改善を進め、1999年デビューの後期型Eクラス(W210)の品質改善、2002年の後期型Sクラスの品質改善や2000年代以降のモデルであるEクラスやSLクラス、SLKクラスなどでの初期設計からの品質改善などを進めた。

しかしEクラスやSLクラスで採用されたセンソトロニックブレーキは誤動作が多く国内外で数度のリコールとなり、長年トップクラスであったEクラスの販売はその後低迷し現在に至っている。

2005年以降のイヤーモデルでは、Sクラス(W221)の発売や最販車種であるEクラスの各種リコールによる問題部分の改善が進み、2010年代中盤に入ると、各モデルの品質や信頼性は高くなっている。

シート構造は従前のヤシ(シュロ)のクッション+金属ばね(以前のコイルばね、その後のSばね)を、現在では一般的な発泡ウレタンに変更しており、コストダウンと評されることもある。ただしホールディング能力や、プリテンショナー付きシートベルトとの親和性が高い点など、衝突を含めた安全性では新世代シートが勝るともいわれる。

なお、現在では、メルセデス・ベンツも再び「最善か無か(Das Beste oder nichts.)」のスローガンを使い、かつての理念の復活をアピールしている。2015年頃より日本国内の公式ホームページおよびテレビCMでも、同じ意味の英語「The best or nothing」を使い始めている。

1997年に登場したメルセデス・ベンツ・Aクラスを使い、スウェーデンの自動車雑誌「テクニケンス・ヴァルト」(Teknikens Värld)がエルクテスト(ヘラジカが突然進路上に現れたときそれを素早く回避するという設定で行う運転操作)を実施したところ、横転してしまい「メルセデス・ベンツにあるまじき失態」と世界中のメディアで報じられることになった。その後、メルセデス・ベンツは発売した全てのAクラスをリコールし、サスペンションの再調整やESPを装着するなどの改修を実施したものの、この事件が世界中で取り上げられたことと、同時期に発売されたMクラス、W220型Sクラスが、設計の悪さと低品質で酷評されたことで著しく評価を下げることになった。

2004年から2005年にかけて発生した、ボッシュ製SBC(センソトロニック・ブレーキ・コントロール)の2度に渡るリコールは、主力車種であるEクラスと、看板車種のSLクラスで発生し、ベンツにとっては大きな痛手となり、経営を極度に悪化させる原因になった。

このSBCは雨天時などの走行でブレーキディスクが濡れ、通常であれば制動力を損じてしまうようなケースでも意図的にブレーキパッドをブレーキローターに僅かに接触させ、摩擦熱でディスクを乾かしたり(鉄道車両では、「耐雪ブレーキ」などで以前から使われている制御)、アクセルペダルを放した瞬間、ブレーキングにそなえてブレーキパッドをブレーキローターに接触寸前まで近づけ、タイムラグを短縮するなど、ブレーキの応答性と能力を高めるものであるが、そのセイフティープロセスの要であるセンサ類やコネクタ類の不具合によりSBCが作動せず、前輪2輪のみに効き通常の約5倍の踏力を必要とする「バックアップモード」に入るというものであった。

2005年8月以降に発売されたEクラス、SLクラスでは、各種リコール対応により充分な信頼性の確保が行われたが、マイナーチェンジ後はこの装備がなくなっている。この年のアメリカでの信頼性調査でメルセデス・ベンツは37ブランド中29位、ジャーマン・オートモービル・グラブの顧客満足度調査では、33ブランドのなかで最下位になった。

2007年11月、ダイムラーは子会社である三菱ふそうトラック・バスが持つハイブリッド技術を流用したディーゼル・トラックを、2008年中を目処に同社のメルセデス・ベンツブランドから発売するとの計画を発表した(『産経新聞』2007年11月12日)。

2009年に、メルセデス・ベンツの乗用車としては初のハイブリッドカーである「S400 Hybrid」(W221)が追加された。このモデルはマイルド・ハイブリッド(ガソリンエンジン+モーター)であり、リチウムイオン二次電池を搭載した世界初の量産車である。Sクラスのハイブリッド仕様は、次のモデルであるW222にも継続され、ガソリンエンジン+モーターの「S400h」だけでなく、ディーゼルエンジン+モーターの「S300h」も追加された。これらのモデルは日本市場にも逐一導入されており、特にS300hについては、当時はクラス唯一のディーゼルエンジン搭載モデルであった。

2012年からはEクラスにもハイブリッドカーが追加された。3.5Lガソリンエンジン+モーターの「E400 Hybrid」、ディーゼルエンジン+モーターの「E300 BlueTEC Hybrid」である。「E400 Hybrid」は市場を限定し、日・米・中の3カ国のみに導入された。それに対し「E300 BlueTEC Hybrid」はヨーロッパのみならず世界市場に展開されたものの、日本市場へは導入されなかった。

プラグインハイブリッドカーは、CクラスとGLCクラス、Sクラスにそれぞれ「C350e」「GLC350e 」「S550e」として設定しており、日本へも導入している。その結果、メルセデス・ベンツは2016年時点において、日本で「ガソリン・ハイブリッド」「ディーゼル・ハイブリッド」「プラグイン・ハイブリッド」という3種類ものハイブリッドカーを同時にラインアップする、唯一の自動車ブランドとなっていた。なお、2018年現在、S300h・S400hともにモデル廃止となっており、新たに直列6気筒ガソリンエンジンに48Vマイルドハイブリッドを組み合わせた「S450」が新規導入されている。また、450系は2018年にモデルチェンジしたCLSクラスにも設定されており「CLS450」としてSクラスと同一のパワートレインが供給されている。

2019年9月2日、Cクラスに新たにプラグインハイブリッドとして「C350e」を新設定している。

メルセデス・ベンツの車体に輝くエンブレムは、合併前のダイムラー社が使用していたスリーポインテッド・スターとベンツ社の円形月桂冠とを併せデザインされたもので、3点にはそれぞれ「陸・海・空」の各分野でダイムラーベンツ社の繁栄が込められている。

メルセデス・ベンツのセダン、クーペ、オープンカーでは、銀色のボティカラーの人気が高い。理由のひとつとしてあげられるのが、「シルバー・アロー」の逸話である。1934年 - 1937年のグラン・エプルーブ(現在のF1世界選手権に相当)、グランプリ・レースは、後に「750kgフォーミュラ」と呼ばれることとなる、車重を750kg以下とするレギュレーションで実施されていた。1934年のニュルブルクリンクにおけるアイフェル・レンネン(アイフェルレース)前夜、車両重量規定をわずか1キログラムオーバーしてしまったメルセデス・チーム(監督はアルフレート・ノイバウアー)は、苦肉の策としてボディーの純白の塗装をすべて剥がすことを決断する。一晩かかって塗装を落としたアルミむき出しの銀色のボディーに、直接ゼッケンを貼り付けてレースに参戦、そしてこの車を駆るマンフレート・フォン・ブラウヒッチュが優勝する。以降メルセデス・ベンツのレーシングカーは銀色がトレードマークとなり、「シルバー・アロー」の愛称で呼ばれるようになり、モータースポーツにおけるドイツのナショナルカラーも、それまでの白色から銀色とされた。同時期に活躍した、アウトウニオンも同様に銀の塗装で「シルバー・フィッシュ」と呼ばれ、第二次世界大戦の勃発する1939年まで、シルバー・アローとシルバー・フィッシュのドイツ勢が、グランプリを席巻するのである。

2014年、近年の車種拡充にともない車名が複雑になっていることから、メルセデスベンツは車種の新しい命名方法を発表した。

これにより、2015年からこの命名方法に基づき、一部車種の車名が順次変更される。

既存のクラスである「A」「B」「C」「E」「S」をコアにし、その頭にSUVを意味する「GL」やロードスターを意味する「SL」、またはクーペの「CL」をつけ、各モデルバリエーションとする。そのため、SLKはSLCとなり(3代目SLクラスに存在した4シータークーペと同じ名称になる)、「ML」はGLE、「GL」はGLSと順次変更される。これでSUVやロードスターでも明確にクラスがわかるようになる。なお、CLAやGLAクラスは、すでに新しい命名方法に準じた車名となっており、変更はない。CLSは実際にはEクラス・ベースの車種だが、「EクラスとSクラスの中間に位置する4ドアクーペ」として、こちらも名称変更はない。

加えて、パワートレインの種類により、数字の最後にそれを表すアルファベットが付くことなり、圧縮天然ガス車は「c」、ディーゼル車は「d」、電気自動車は「e」、燃料電池車は「f」、ハイブリッドカーは「h」となる、四輪駆動車モデルは今まで通り「4MATIC」のサブネームが付く。
日本において、販売台数は日本自動車販売協会連合会2017年集計で68,215台、輸入車新規登録台数は市場占有率で1位、日本自動車輸入組合2016年集計の外国メーカー車モデル別順位は、Cクラスが16,560台で3位、Eクラスが13,262台で4位、CLAが7,430台で12位、GLCが5,579台で15位、Aクラスが5,396台で17位、GLAが3,997台で20位である。

ブランドの知名度を上げるため、日本国内限定のアンテナショップ「メルセデス・ミー(旧名称:メルセデス・ベンツコネクション)」の運営も行っている。

かつて正規ディーラーを担ったヤナセと、1990年代以降に整備されたシュテルングループ(現メルセデス・ベンツ店)が正規販売代理店である。

シュテルングループの販売店は、バブル景気末期の1980年代後半から1990年代前半にかけて一部の三菱ギャラン店で販売されたことから三菱系ディーラーのほかに、トヨタや日産など日本車ディーラーが経営するところもある。

並行輸入はいくつかの輸入業者が扱い、正規輸入ディーラーにない車種やオプションの組み合わせなども可能である。ドイツ本国仕様、英国仕様、北米仕様、UAE仕様など、仕向地も出処も様々である。

メルセデスオーナーの満足度向上とメルセデス車の耐久性例示を目的に、走行距離が10万キロ、20万キロ、30万キロ、50万キロ、100万キロを超えた時、または、10年、15年、20年、25年、30年を超えた時にはオーナーの申告により、それぞれ赤、青、黒、ゴールドの記念エンブレムと証明書がメルセデス本社より交付される。2000年ころを機に一度消滅したが近年復活している。

正規販売店で新車を購入した場合、3年間の無料保障と故障や事故時に「24時間ツーリングサポート」を提供する。1998年4月から、AMGとGクラスは6月以降、日本でも開始された。

一般的な故障のほかにワイパーブレード、オイル、ブレーキパッド、ブレーキディスクなど一部の消耗品も無料交換の対象で、車検整備にかかる費用及び車検取得に必要な諸費用は含まれない。

欧米の正規代理店で購入できる車種と日本国内の正規代理店から購入できる車種は、販売戦略や電波法などの関連法規により装備や内装などに相違がみられる。安全装備とは関連がない部分だが、過去、ナンバープレート取り付けの部分が欧米仕様のままの横長で、日本のナンバープレートの比率と合っていない状態が、90年代中盤まで続いた。

広く販売されており新車売価に比して廉価であるが、現行モデルは売価の下落は大きくない。

正規輸入ディーラーとしてコマツ、シュテルンおよびその他ディーラーでの取り扱いが行われていたが、ダイムラー・クライスラーと三菱ふそうトラック・バスとの関係の強化に伴い、2006年までに日本における輸入販売事業から撤退した。

ウェスタン自動車(メルセデス・ベンツ日本総代理店)によって1985年に輸入され、1986年に宮城野観光バスに導入されたものが最初である。その後、日の丸自動車興業や岐阜バスなどで導入された。

当初はほとんどが貸切バスとしての導入であるが、当時の日本急行バスは名神ハイウェイバス名古屋 - 神戸線を中心に「ベンツ特急」と銘打って昼行高速バスへ投入した。

1993年に西日本鉄道などへ導入された2台を最後に新車の輸入は途絶えていたが、2006年に東京都内の新規貸切バス事業者亜希プロが、イギリスで使用されていたスーパーハイデッカー「トゥーロ」の中古車を2台輸入し、のちに1台が日の丸自動車グループに売却されている。

路線バス車両は、大阪市交通局が「赤バス」と通称される小型コミュニティバスにメルセデス・ベンツ・スプリンター(T1N)を13台導入した事例が最初である。2007年末に神奈川中央交通が連節バスのメルセデス・ベンツ・シターロを導入している。
様々な特殊パーツを装備できるウニモグを、ワイ・エンジニアリングが販売している。
メルセデス・ベンツのチューニング部門であり、メルセデス・ベンツの上級高性能モデルやスポーティーなパーツに冠されるブランドでもある。工場はドイツのアファルターパッハ(Affalterbach )にある。元は独立したチューナーであるAMGだったが、1999年にダイムラー・クライスラー(当時)に吸収され、さらに2014年からは「メルセデスAMG」(Mercedes-AMG )としてメルセデス・ベンツのサブブランドとされている。「究極のハイパフォーマンスを追求するモデル」と位置付けられている。

かつてドイツの高級車メーカーとして存在し、2002年から2012年にかけてメルセデス・ベンツ・ブランドから独立した最高級車として製造販売されていたマイバッハは、2015年に「メルセデス・マイバッハ」(Mercedes-Maybach )としてサブブランド化されている。こちらは上記メルセデスAMGとは対照的に「究極のエクスクルーシブ」と銘打たれている。

1920年代以前
1930年代
1940年代
1950年代
1960年代
1970年代
1980年代
1990年代
2000年代