メルセデス・ベンツ新型SLクラスSL55の評判・スペック

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メルセデス・ベンツ SLクラス SL55

SLクラスのフロント外観(06年(H18)11月、MC時の5.4 SL55のフロント)

SLクラスのリア外観(06年(H18)11月、MC時の5.4 SL55のリア)

SLクラスの内装・インパネ(06年(H18)11月、MC時の5.4 SL55のリア)

メーカー メルセデス・ベンツ
車種 SLクラス
グレード SL55
販売期間 2006年11月から 2007年12月
価格 18,000,000円
エンジン エンジン: V型6気筒SOHC
排気量: 3724cc
型式: DBA-230472
馬力: 245ps
トルク: 350(35.7)/4500
ミッション: 5AT バッテリー:
タイヤ 前輪: 255/45R17
後輪: 255/45R17
ホイールサイズ: /
駆動: FR
最小回転: 5.1m
タイヤサイズ
燃費 燃費(JC08): -
燃費(10•15): 7.4km/L
燃料: ハイオク
実燃費: から
ボディサイズ 高さ: 1295 車幅: 1830 全長: 4540
乗車定員 2人
評価・レビュー 外観: 5点
内観: 5点
スペック: 5点
エンジン: 5点
乗り心地: 5点
燃費: 4.5点
価格: 4点
中古車 1台
買取価格相場
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メルセデス・ベンツSLクラスとは

メルセデス・ベンツが誇る高級スポーツカー、「SLクラス」は、1954年の初代モデル登場以来、その洗練されたデザインと卓越した技術力で世界中の車好きを魅了し続けています。高い品質と快適性を兼ね備えたSLクラスは、常に最先端のテクノロジーと最高級の素材を駆使して造られています。 SLクラスは、数々のモデルが発売されており、その価格帯はモデルや装備により異なりますが、基本的には高級車市場をリードするラグジュアリーな価格設定となっています。グレードによって搭載されるエンジンや装備が異なりますが、どのモデルも高性能で魅力的です。 エンジンは排気量が異なるものの、高出力かつスムーズな走りを実現しています。燃費面でも優れており、長距離ドライブでも快適な走行が可能です。また、SLクラスの特徴としては、スポーティーな外観と高級感溢れるインテリアが挙げられます。 SLクラスの人気の秘密は、その高級感とスポーティーさ、そして快適性が見事に融合されている点にあります。さらに、歴史あるブランドであるメルセデス・ベンツが手がけるスポーツカーということもあり、世界中で多くのファンを持つ人気モデルです。 SLクラスは、走行性能に定評があり、どのモデルも高い評価を受けています。その信頼性と快適性から、長年にわたり多くの愛好者から支持され続けています。時代を超えて愛されるSLクラスは、メルセデス・ベンツの誇る一大シンボルとなっています。

より詳しいスペックやオプションの情報を見ることができます。

詳細項目 スペック
型式GH-230467
最小回転半径5.1m
駆動方式FR
全長×全幅×全高4.54m×1.83m×1.3m
ドア数2
ホイールベース2.56m
ミッション5AT
前トレッド/後トレッド1.56m/1.55m
AI-SHIFT-
室内(全長×全幅×全高)-m×-m×-m
4WS-
車両重量1730kg
シート列数1
最大積載量-kg
乗車定員2名
車両総重量-kg
ミッション位置フロア
最低地上高0.13m
マニュアルモード◯
標準色-
オプション色-
掲載コメント-
エンジン型式112M37
環境対策エンジン-
種類V型6気筒SOHC
使用燃料ハイオク
過給器-
燃料タンク容量80リットル
可変気筒装置-
燃費(10.15モード)7.4km/L
総排気量3724cc
燃費(WLTCモード) -
燃費基準達成-
最高出力245ps
最大トルク/回転数n・m(kg・m)/rpm350(35.7)/4500
福祉車両-
大型ガラスルーフ-
片側電動スライドドア-
サンルーフ-
両側電動スライドドア-
ルーフレール-
ドアイージークローザー-
Tバールーフ-
電動バックドア-
ルーフ系装備-
ディスチャージドランプ◯
タルガトップ-
フロントフォグランプ◯
ハードトップ-
リアフォグランプ◯
ソフトトップ-
ヘッドライトウォッシャー-
キャンバストップ-
フロントスポイラー-
メタルトップ電動
リアスポイラー-
マグネシウムホイール-
ローダウン-
アルミホイール◯
UVカットガラス-
片側スライドドア-
プライバシーガラス-
両側スライドドア-
寒冷地仕様-
ステアリング位置左
ステアリングステアリングギア方式不明
ステアリングパワーステアリング◯
ステアリングVGS/VGRS-
サスペンション形式前不明
サスペンション形式後不明
高性能サスペンション-
タイヤサイズ前255/45R17
タイヤサイズ後255/45R17
ブレーキ形式前Vディスク式
ブレーキ形式後ディスク式
ソナー◯
駐車支援システム-
センターデフロック◯
横滑り防止装置-
トラクションコントロール◯
フロントカメラ-
LSD(リミテッドスリップデフ)-
サイドカメラ◯
ダウンヒルアシストコントロール-
バックカメラ◯
AYC(アクティブ・ヨー・コントロール)-
頸部衝撃緩和ヘッドレスト-
SH-4WD-
ABS-
ISOFIX対応チャイルドシート固定バー-
ブレーキアシスト-
ビルドインチャイルド-
アイドリングストップシステム-
バケットシートABS(◯)
ランフラットタイヤ-
後退時連動式ドアミラー◯
エアサスペンション-
レインセンサー-
ブレーキ系装備-
インテリジェントAFS-
衝突軽減装置-
盗難防止装置-
ナイトビジョン◯
セキュリティアラーム-
レーンアシスト-
ロードサービス-
車間距離自動制御システム◯
パワーウィンドウ-
オットマン機構-
フルフラットシート-
チップアップシート-
本革シート
電動サードシート◯
フロントベンチシート-
床下ラゲージボックス-
シートリフター-
エンジンスタートボタン-
シートポジションメモリー機能-
キーレスエントリー-
運転席パワーシート-
ETC◯
フロント両席パワーシート-

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メルセデス・ベンツ SLクラスの知っておきたい情報

メルセデス・ベンツとは?
SLクラスとは?

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メルセデス・ベンツSLクラスの新車情報

メルセデス・ベンツSLクラスの最新情報まとめ

メルセデス・ベンツ・SLクラス

メルセデス・ベンツ・SLクラス

メルセデス・ベンツ・SLクラス(Mercedes-Benz SL-Class )は、ドイツの自動車メーカーであるダイムラーがメルセデス・ベンツブランドで展開しているクーペ、カブリオレ、クーペカブリオレタイプの高級スポーツカーである。

SLクラスは2シーターオープンスポーツの最高峰に位置づけられ、下位にはSLKクラスが存在する。5代目はEクラスのプラットホームをベースとしている。

「SL」はドイツ語で軽量スポーツカーを意味する「Sport Leicht (シュポルト・ライヒト)」の頭文字に由来する。

初代は1952年にル・マン24時間耐久レースを制覇した「300SL」(W194)をベースに、軽量クーペまたはカブリオレとして発展した。しかし、2代目(W113)より高級車・高性能車としての性格を強め、ラグジュアリー性や快適性を重視するコンセプトが現在に至るまで貫かれている。

4代目(R129)まではソフトトップを採用し、その上から装着するハードトップをオプションで販売していたが、その重さや大きさゆえに脱着は容易にできないものであった。しかし、5代目(R230)よりSLKクラスにも搭載されている「バリオルーフ」(電動格納式ハードトップ)を備え、クーペカブリオレとなる。

現在、メルセデス・ベンツが販売する車種の中で最も長い歴史をもっている。

また、「SL55 AMG」が2001年・2002年シーズンの、「SL63AMG」が2008年・2009年シーズンのF1セーフティカーを担当した。
300SL、190SLに続く第2世代のSLとして1963年のジュネーヴ・モーターショーで機械式燃料噴射装置(ボッシュ製)付き2.3L 直6SOHCエンジンを積んだ230SLがデビューした。
車の性格としてはスポーツ性の高い300SLよりもツーリングカー的な要素の強い190SLに近いもので、自社製4速ATやパワーステアリングも用意されていた。
しかしながら、レーシングドライバー並みの腕前をもつ技術担当重役ルドルフ・ウーレンハウトが運転する230SLは、レーサーのマイク・パークス()が運転する3Lエンジン搭載のフェラーリ250GTが47.3秒で周回したサーキットを47.5秒で走るという実力ももっていた。
スタイリングは当時のダイムラー・ベンツのデザイナーであったフランス人のポール・ブラック(Paul Bracq )によるもので、「パゴダ・ルーフ」と称される屋根の中央が左右より低い逆反り形状になっているのが特徴である。(この屋根の形状は次の3代目 R107にも引き継がれる)

車体形状は、
の3種類があった。

1967年、機械式燃料噴射装置付き2.5L 直6SOHCエンジンを積み、後輪もディスクブレーキ化した250SLへ移行。

1968年、機械式燃料噴射装置付き2.8L 直6SOHCエンジンを積んだ280SLへ移行。

高まる環境への配慮や安全性能の向上を目指して、1971年に後継モデルである3代目 R107へと移行する。

生産台数は230SLが19,831台、250SLが5,196台、280SLが23,885台である。

モータースポーツの分野では、1963年のスパ・ソフィア・リエージェ・ラリーにてオイゲン・ベーリンガー( )の運転する230SLが優勝している。

1971年に登場。シャシーコンポーネンツはミッドサイズのW114から転用され、エンジンはSクラス用のユニットを搭載している。着脱可能なハードトップ/ソフトトップを持つ2シーターのSLのほか、ホイールベースを10インチ(254mm)延長し、4シーター・クーペとしたSLC(C107)が登場している。後者は生産終了となったSクラスクーペ(W111/112)の後継モデルとしての役割も兼ねていた。
R107系は1971年から1989年までの長きに渡って生産され、総生産台数は237,000台に上る。このうち約2/3はアメリカ(主に西海岸)で販売された。これらは先代モデルに比べ大きく、重く、豪華になったことで、SLの頭文字は300SL(W198)時代の「シュポルト・ライヒト」から「スポーツ・ラグジュアリー」に変わったことを意味していた。

1971年4月に350SLが、同年10月には350SLCが生産を開始。なお、アメリカ仕様は発売当初の1972年モデルを350SL/SLCとして販売しているが、450用の4.5リッターエンジンを搭載している(1973年モデルから450SL/SLCに改称)。1973年3月より欧州地域でも450SL/SLCを発売。1974年7月には石油ショックに対応したモデルとして280SL/SLCを前倒しで追加。

1977年9月には高性能版450SLC 5.0を追加している。搭載されるエンジンは450系をベースにストロークを延長した5リッターのユニットでシリーズ最強の240馬力を発生させる。これは同じ馬力ながらも後の500系とは違う専用ブロック(鋳鉄製)である。450SLC 5.0についてはボディにもいくつかの改良が見られ、トランクリッドが軽量タイプに変更されるほか、フロント/リアには大型のスポイラーが装備されている。

1980年には大規模なマイナーチェンジが行なわれ、V8エンジンがW126と同じ新開発の軽量アルミブロック・ユニットに変更された。これに伴い350、450、450 5.0の各V8モデルは380SL/SLCおよび500SL/SLCとなる(M110/直6DOHCエンジンの280系は継続)。同時にATも3速から4速に改良されている(350の欧州仕様はデビュー時より4速AT)。しかしながらSLCは1981年にSクラスクーペ(C126)が登場するとその役目を終え生産を終了。SLCの総生産台数は62,888台であった(うち450SLC 5.0は1,636台、500SLCは1,133台)。残ったSLシリーズ(ロードスター)のうち、アメリカ市場向けのモデルは厳しい排ガス規制に合わせてV8エンジンに改良が施され、排ガスのクリーン化にともない大幅なパワーダウンを余儀なくされる圧縮比の低減(9.0:1→8.3:1※380SL)を行った。

1986年には最後のビッグ・マイナーチェンジを行い、280SLは新しい直6OHCエンジン(M103)の300SLに、380SLはトルクをアップさせた420SL(欧州仕様のみで、米国では560SL)に置き換えられた。エンジンに型式変更がない500SLも出力が向上している。同時に外装はエアスポイラーが付加(オプション)され、アルミホイールが14インチから15インチの新デザイン(通称マンホール型)に改められている。これはパワーアップによりブレーキローター/キャリパーが大型化されたためによる。なお、サスペンション・ジオメトリーの見直しも行なわれ、アームの変更によるトレッドの拡大も行われた。

1989年に後継のR129系へモデルチェンジを果たし、メルセデス・ベンツ最長の18年間に渡る生産にピリオドを打った。その1989年に登場するゲレンデヴァーゲン(Gクラス)(W463)は2017年現在も生産を続け、R107系の記録を超えているが、厳密にはオーストリアのシュタイア・プフの生産車両なので、ダイムラー・ベンツ製の乗用車という観点では未だこの記録は破られていない。最終生産車の500SL(アストラル・シルバー色)はドイツ・シュトゥットガルトのメルセデス・ベンツ・ミュージアムに保管されている。

日本仕様車はウエスタン自動車(現ヤナセ)より輸入され、外装はヨーロッパ仕様の物と同一であるが、1970年代の度重なる排ガス規制によりエンジンはアメリカ仕様と同様に大幅なパワーダウンを余儀なくされた。
初年度の1972年には350SLと350SLCを導入。翌1973年には450SL/450SLCに置き換えられる。1981年の380SEC導入に伴いSLCの販売が終了し、450SLは380SLとなる。そして1986年より380SLに代わり560SLを導入している。なお、560SLはアメリカ、日本、オーストラリアのみで販売され、本国を含む欧州地域では販売されていない。
1978年からのWRCにおいて過酷であったマディラウンドであるサファリラリーからはサビエスト・ザサダ、ジョギンダ・シン、アンドリュー・コーワン、トニー・フォークスらによるGr.2の280Eが選出され、スポットであってもポイントゲットしていたが

1979年のサファリ、ラリー・コートジボワールにおいてダイムラー地元ディーラーセミワークス体制でビヨン・ワルデガルド、ハンヌ・ミッコラ、ヴィック=プレストン・ジュニアといったワークス掛け持ち勢がスポット的に加わりはじめ、Gr.4エントリーとしてATトランスミッションである450SLC5.0とこれまでの280Eの2グループ体制とし、サファリではミッコラ、コーワン、ワルデガルドが2、4、6位に入る。コートジボワールでは450SLC4台体制で挑み、1~4位を独占する。
1980年、ポルトガルからほぼ地元ディーラーチームでGr.4の450SLC、Gr.2の500SLCが起用され、出場ラウンドを増やすと年間マニファクチャラーランクではフォードに次ぐ4位に入っている。中でも、最終戦、コートジボワールではGr.4勢を500SLCが食って1、2位に入っているのを見てもわかる通り、当時のポテンシャル的には大排気量SOHC車ということもありこの時期、レギュレーションで制限されていた中排気量DOHC勢であるメーカーワークス勢を脅かす相当高い位置に君臨していた。

1989年、18年ぶりにフルモデルチェンジし、4代目が登場。幌には電動ソフトトップを採用する。車両の傾きを感知した際に起き上がり搭乗者を保護するロールオーバーバーがこのモデルから装備された。

機構的にはV型エンジンを搭載できるようにW201を拡幅し構造を強化したものである。日本には5.0L V8エンジンを搭載した「500SL」が導入された。価格は1380万円で左ハンドル仕様のみ。

1991年、「500SL」に右ハンドル仕様を追加するとともに1631万円に値上げした。

1992年、6.0L V12エンジンを積む「600SL」を追加。1993年、「600SL」をベースにAMGによってチューニングされたエンジンを搭載する「600SL 6.0 AMG」を追加。

1994年、マイナーチェンジ。モデル名が変更となり、それまで排気量を表す数字の後ろに付いていた「SL」が数字の前に付けられる。同時に直6モデルの「SL320」を追加。全車に5速ATを採用。

1996年、「SL500」をベースにAMGがチューンした6.0L V8エンジンを搭載する「SL500 6.0 AMG」を追加。

1998年、「SL320」の直6エンジンがV6エンジンに置き換えられ、「SL500」のエンジンも新型の5.0L V8となる。同時に「SL500 6.0 AMG」を廃止し、新たにボアアップした5.5L V8を積む「SL55 AMG」が登場。

また、「SL73 AMG」を追加。このモデルはSLクラス史上最も強力な自然吸気エンジンであるAMG製の7.3L V12を搭載する。
「SL73 AMG」は全世界で50台ほど製造された。

2001年、12年にわたる生産を終了し、5代目(R230)へと移行する。

2001年、フルモデルチェンジし、5代目に移行。このモデルより、SLKクラスに先行装備されたバリオルーフ(電動格納式ハードトップ)が装備され、よってこれまでのソフトトップおよびデタッチャブルハードトップは廃止となった。日本では10月に「SL500」のみが先行発売される。

2002年、AMGモデルの「SL55 AMG」を追加。AMG製のエアロパーツ、アルミホイール、強化ブレーキとスポーツサスペンションを装備。

2003年、V6エンジンモデルの「SL350」とV12エンジンモデルの「SL600」を追加。

2004年、「SL55 AMG」にF1セーフティカーの技術をフィードバックし、さらなるチューニングを施した「パフォーマンスパッケージ」を設定。「SL500」に7速AT(7G-TRONIC)を採用。同時にSクラスにも搭載されている6.0L V12ツインターボエンジンを積むAMGモデル「SL65 AMG」を追加。

2006年11月、マイナーチェンジ。「SL350」には新世代の3.5L V6エンジン(272)と7速ATが搭載され、「SL550」には新世代の5.5L V8エンジン(273)が搭載された。また、「SL600」とAMGモデル「SL55 AMG」のエンジンの出力とトルクが若干向上している。

2008年5月、マイナーチェンジ。フロントマスクの変更が行われ、丸目4灯からつり目のヘッドライトに変更された。テールランプは前モデルとほとんど変わらない意匠となった。新機能としては可変ステアリング機構であるダイレクトステアシステムの採用、ヘッドレストから温風が吹き出すエアスカーフが採用された。また、「SL55 AMG」が廃止され新たに「SL63 AMG」が追加された。2008年10月、「SL65 AMG」をベースとして、同クラスの特徴であるバリオルーフを廃止してクローズドボディに変更し、カーボン素材のボンネットなどを採用することで軽量化を図った「SL65 AMG Black Series」を追加。搭載エンジンは「SL65 AMG」と同じであるが、専用のインタークーラーやエグゾーストシステムにより大幅に出力を向上させている。日本では2009年春頃から配車開始となるが、少量生産品であり日本向けは12台である。

2010年4月、「SL350」をベースに、ブラックとクローム/シルバーのコントラストを際立たせた限定11台の特別仕様車「SL350 Night Edition」を発売。カラーは「オブシディアンブラック」と特別仕様車のために開発されたマットブラックペイント「designoマグノナイトブラック」の2色を用意するが、「designoマグノナイトブラック」は日本国内では1台しか販売されないため申し込み受付を行ない、希望者多数の場合は抽選となる。

2011年8月、「SL350」・「SL550」をベースに、チタニウムグレーペイント19インチAMG5スポークアルミホイール、ハイグロスドアハンドル、SLRデザインシフトノブ、専用インテリアトリムなどを施し、上質感とスポーティーさを一層高めた特別仕様車「SL350 Grand Edition」・「SL550 Grand Edition」を発売。オプションには「SL63 AMG パフォーマンスパッケージ」に採用されているチタニウムグレーペイント19インチ AMG5ツインスポークアルミホイールを特別採用した「AMGスポーツパッケージ」を設定。併せて、メーカーオプション設定のディストロニックの大幅値下げ(35.7万円→25万円)を実施した。
2011年12月に発表され、日本では2012年3月18日に発表された。メルセデス量産車初のオールアルミモノコックボディとなった。当初はSL350ブルーエフィシェンシー、SL500ブルーエフィシェンシー、SL63AMGが導入され、同年8月29日には最上級グレードのSL 65 AMGが導入された。


メルセデス・ベンツ

メルセデス・ベンツ

メルセデス・ベンツ()は、ドイツのダイムラーが所有する乗用車、商用車のブランドである。

「メルセデス」とは、1899年当時、ダイムラー車のディーラー(販売代理店)を経営していたオーストリア=ハンガリー帝国の領事でありユダヤ系ドイツ人の富豪であるエミール・イェリネック()の娘()の名前である。イェリネックは自らが販売する自動車に、「ダイムラー」という硬い響きを避け当時流行していたスペイン風の響きを持つ名を冠した。この「メルセデス」ブランドは非常に有名になり、ダイムラーは1902年、「メルセデス」を商標登録した。

欧米では一般に「メルセデス」「メルセデス・ベンツ」と呼ばれるのに対して、日本では「ベンツ」と呼ばれることが多い。ただしメルセデス・ベンツ日本は広告で「メルセデス・ベンツ」と表記し、モータースポーツ記事の一部はチーム名に含まれる「メルセデス」を用いる。自動車評論家の徳大寺有恒や作家で評論家の五木寛之らの著書、一部自動車雑誌などでは、「メルツェデス」という表記を用いていることがある。

筆頭株主は浙江吉利控股集団のオーナーで富豪の李書福氏で、今回のBAICによる出資で、 中国勢のダイムラー持ち分比率は約15%。

1926年に、共にほとんど同時期に設立された世界最古の自動車会社であるベンツ&シー・ライニッシェ・ガスモトーレン・ファブリーク(1883年-1926年)とダイムラー・モトーレン・ゲゼルシャフト(1890年-1926年)、両社の1926年の合併により正式に「メルセデス・ベンツ」がスタートした。以降社名はダイムラー・ベンツ(1926年-1998年)、ダイムラー・クライスラー(1998年-2007年)、現在はダイムラー(2007年-)と変更されているがブランド名の変更はない。現在ドイツ、シュトゥットガルトを拠点に、乗用車と商用車の製造、販売を「メルセデス・ベンツ」で展開している。

日本では以前に輸入元であったヤナセの営業方針や宣伝などから、現在も高級車専門メーカーとの誤認が少なくないが、実際は欧州を中心に比較的安価な車種も多く製造している。乗用車のみならずバンやタクシー、大型バスやトラック、ダンプカーなどの営業車・商用車・各種作業車、救急車などの特殊な車両、軍用車両まで極めて幅広い種別の自動車を扱い、かつては通勤電車などの鉄道車両もグループ内で製造するなど、欧米ではボルボ、ルノーなどと同様の自動車総合メーカーとして認知されている。

Sクラスをはじめとする高級セダンやSUVは、高額所得者、政治家、セレブリティが嗜好するなど肯定的なイメージがあるとして知られる一方で、暴力団や威圧的で怖い人が乗る車、成金趣味の象徴でビバリーヒルズの歯医者の車、古今東西の独裁者達の愛車という否定的なイメージも存在する。冷戦時代は外交官の公用車としても普及し、西側の自動車会社にもかかわらず東側諸国の外交官の利用も多く、「ペルソナ・ノン・グラータ向けの車」と揶揄されることもあった。

日本では300万円台前半から販売されており、同クラスの日本車に比して高価格であるが、欧州ではタクシー用のEクラスをはじめ各車種で日本では発売されていないような廉価なグレードも存在し、多様な客層が利用する車として知られている。

2006年の販売台数クラス別世界ランキングで、1位は634~1530万円のEクラス、2位は1065〜3040万円のSクラス、3位は400〜1250万円のCクラス、4位は300〜385万円のBクラスである。日本と世界では販売価格が異なるので留意する必要がある。

カー・アンド・ドライバー誌が東京都港区にある国道246号・青山通りで行なっている車種別の通行数ランキングでは、トヨタ・カローラなどの日本メーカーの大衆車より多く、社有車・社用車としての登録が多いEクラスが1位の常連になっており、登録、使用本拠の地域的偏在も大きい。

バスやバン、特殊車両なども含めた商用車の主な市場は、ヨーロッパのほか、中東、アジア、ラテンアメリカ諸国などである。商用バン・スプリンターや、ミニバンであるVクラスの商用バージョンVitoは様々な仕様が存在しヨーロッパ各地で使用されているほか、北アメリカでは、スプリンターがバッジエンジニアリングを受け、クライスラーから「ダッジ・スプリンター」として販売されている例がある。

フランスのルノーからはカングーをベースとした小型商用車を「シタン」の名でOEM供給されている。

韓国の双竜自動車へは技術供与を行い、商用バンMB100をベースにイスタナを生産、MB100と共に東南アジア圏などで広く利用されている。日本ではダイムラー子会社のバスなどを三菱ふそうトラック・バスが販売、多目的商用自動車であるウニモグをワイ・エンジニアリングが販売している。

エンジンやトランスミッションを他社に供給するサプライヤーでもあり、かつてはポルシェやジャガーに自社製のATを供給していた。現在も日本で加藤製作所などの重機メーカーがメルセデス製ディーゼルエンジンを搭載した製品をラインナップしている。2014年5月 - 2019年7月までは日産自動車がメルセデス製ガソリンエンジンを搭載したスカイライン200GT-tをラインナップしていた。

社史についてはダイムラー・ベンツ、およびダイムラーを参照。
1886年にドイツの技術者、カール・ベンツによって創設された世界最古の自動車メーカーの一つ。1886年に世界初の自動車として初の特許を取得している。当時は自動車の有用性に気が付く者はなく、「交通の主役である馬を怖がらせる邪魔者」であった。

そうした中、妻のベルタ・ベンツは、夫の発明を世間に認めてほしいと考え1888年8月5日、夫が寝ている間に二人の息子と車に乗りマンハイムの町を出発した。当時の道は舗装されておらず、空気タイヤもまだ自転車用が発明されたばかりでその過酷さは余りあるものだった。ガソリンスタンドもなく、薬局でシミ抜き用のベンジンを購入してそれを給油しながら旅を続けた。やがて陽の暮れる頃106km離れたプフォルツハイムの町に到着する。車の回りには人々が集まり、ベルタたちに賞賛の声を送った。この時の速度(距離と時間)は、当時の馬車なら10頭以上の馬を乗り換えなければならないほどのもので、この成功により夫の発明は知られるようになり、妻は世界初の女性ドライバーとして自動車長距離旅行の歴史に名を残すことになる。

1920年代より当時ヨーロッパで盛んになっていたモータースポーツに積極的に参戦し、数々の好成績を収めその名声を確固たるものにした。

1926年にベンツとほとんど同時期にゴットリープ・ダイムラーが創設したダイムラーと合併する。
国家社会主義ドイツ労働者党の党首にしてドイツの指導者であったアドルフ・ヒトラーは、政権獲得後の1933年2月11日、国際ベルリンモーターショーにおける開会宣言で新時代の交通機関である自動車と自動車道路の建設に注目し、モータリゼーションを加速することが国家の防衛力を高めることになると説いた。これ以降政府は自動車税の撤廃、アウトバーン建設、国有鉄道にトラック輸送部門の新設等の政策を打ち出した。

ナチスは、党内に国家社会主義自動車軍団(NSKK)を設け、運転技能者育成を始める。ベンツは運転教官の派遣、教習車の無償提供、国家社会主義ドイツ労働者党機関への役員の派遣等で積極的に対応し、国家社会主義ドイツ労働者党の強力なバックアップにより、グランプリ・レース、ル・マン24時間やミッレミリアなどのレースで同じくバックアップを受けるアウトウニオンなどとともに活躍した。

1935年のドイツ再軍備宣言以降のドイツの軍備拡張を支える企業として、戦闘機のエンジンや軍用車両などの生産を行なった。1939年9月に勃発した第二次世界大戦中は軍需生産に集中して、連合軍の爆撃の標的になるなどして、ドイツの敗戦までの約6年間に壊滅的な損害を受ける。大戦中にユダヤ人や連合軍の捕虜を大量に強制労働者として使用したことから、戦後多額の賠償金を支払うことになった。
1950年代以降のドイツ経済の回復に合わせるように、有名な300SLや、ミッレミリアやル・マン24時間レースで大活躍した300SLRなどの数々の名車を送り出す。

1960年代後半に発売されたグロッサーベンツの再来でもあるW100やミディアム・クラス(現在のEクラス)や、1971年にデビューした3代目のメルセデス・ベンツ・SLクラス(R107/C107)、「サッコプレート」で有名なブルーノ・サッコの手によるW124(このモデルライフの途中からミディアムクラスが「E」クラスと呼ばれる)、ドイツのヘルムート・コール首相の専用車であったW126(クーペの「SEC」は「C126」)、アメリカのCAFE対策で生まれたW201(通称190E。現在のCクラスにつながる)、などのヒット作を市場に送り出し、高級車市場での存在感を持ち続けている。

これらのモデルのシートは、世界でも唯一の高品質で凝った構造と評されており、非常に快適なことで知られる。下からコイルスプリング、網状のスプリング(Sばね)、ウレタン製ダンパー、シュロ毛と馬毛で作られた通気性の良いクッション、ウール製の表皮(ベロア、ファブリック)で構成され、十分なサイズと調整機能(電動調整式が多い)があり、滑らず疲れにくく、耐久性も著しく高かった。

1980年以降、オプション装備としてのエアバッグ設定で先行するなど、自動車の安全向上に関わる実績がある。ジグザグ形状のゲート式ATシフトレバー(現在特許が切れて、多くの自動車メーカーにより模倣されている)、衝撃吸収三叉式構造ボディ、シートベルトテンショナー、レインランネル(雨水を窓に流さないボディ構造)、凹凸のあるテールランプ、衝突時に体を守るステアリングコラムとブレーキペダル、横滑り防止装置、グリップ式ドアハンドル、本体強度・取り付け強度共に高い独自のシート、伸縮しながら窓を拭くワイパー、2速発進および2速後退機能つきAT、安全性を徹底追求したシャシ、アウトバーンにおける高速度での事故に対応した車体剛性など。

2010年以降に順次発売されているメルセデス・ベンツ各車種は、ライトスイッチから「OFF」が廃止されており、「ON」と「AUTO」(自動点灯)の選択のみになっている。これは、夜間の点け忘れ及びトンネル内や夕暮れ時、悪天候時などの無灯火走行を、ドライバーではなく、車の側で確実に防止するという、メルセデス・ベンツ流の思想に基づく安全設計である。

メルセデス・ベンツが他社に先んじて採用したデザインや装備が、他社に大きな影響を与えていることがある。一例として、1998年に4代目Sクラスが世界初採用したドアミラー内蔵式の側面方向指示器は、世界中のメーカーが模倣および追随しており、2019年現在では多くの車種に標準装備されている。この装備は、安全性の向上に寄与し得るとの調査結果がある。

かつてメルセデス・ベンツは有名な「最善か無か(Das Beste oder nichts.)」の企業スローガンのもと、「全ての形に理由がある」と言われるほどの質実剛健さを持ち、妥協無き車造りを目指していた。しかしその結果としての高コスト体質・製品の高価格化も事実であり、1990年代中盤以降の自動車産業を取り巻く環境の変化(特にグローバリゼーションの進行)を前に、同社も生き残りのため利益率向上やコストダウンを目指すことになった。

しかし、それによってメルセデス・ベンツは、かつての名声を裏切るような、その品質や性能に疑問符を持たれる製品を市場に出してしまうことになる。

特に1997年に発売されたメルセデス・ベンツとして初のアメリカ工場(アラバマ州)で生産されたMクラスは、その低品質で「アラバマ・メルセデス」と酷評され、全世界におけるブランドイメージを大きく落とす結果になった。4代目Sクラス(W220)及び2代目Eクラス(W210)、3代目Cクラス(W203)が登場した際、古くからのメルセデス・ユーザーが代替した直後、乗り味や質感に強いギャップを感じ、早々に手放し、代わりにそれぞれの先代モデル(Sクラス:W140、Eクラス:W124、Cクラス:W202)やそれらの時代から作り続けられていたR129型SLクラスやW463型Gクラスを求める事態すら発生した。これらにより、1990年代後半には「最善か無か(Das Beste oder nichts.)」の理念のもとに製造された過去の車種が、一時的に中古車市場で品薄となり、装備や程度の良い車が新車よりも高値となる事例も発生した。

これらの問題に対してメルセデス・ベンツは、各車種のイヤーモデルごとに品質の改善を進め、1999年デビューの後期型Eクラス(W210)の品質改善、2002年の後期型Sクラスの品質改善や2000年代以降のモデルであるEクラスやSLクラス、SLKクラスなどでの初期設計からの品質改善などを進めた。

しかしEクラスやSLクラスで採用されたセンソトロニックブレーキは誤動作が多く国内外で数度のリコールとなり、長年トップクラスであったEクラスの販売はその後低迷し現在に至っている。

2005年以降のイヤーモデルでは、Sクラス(W221)の発売や最販車種であるEクラスの各種リコールによる問題部分の改善が進み、2010年代中盤に入ると、各モデルの品質や信頼性は高くなっている。

シート構造は従前のヤシ(シュロ)のクッション+金属ばね(以前のコイルばね、その後のSばね)を、現在では一般的な発泡ウレタンに変更しており、コストダウンと評されることもある。ただしホールディング能力や、プリテンショナー付きシートベルトとの親和性が高い点など、衝突を含めた安全性では新世代シートが勝るともいわれる。

なお、現在では、メルセデス・ベンツも再び「最善か無か(Das Beste oder nichts.)」のスローガンを使い、かつての理念の復活をアピールしている。2015年頃より日本国内の公式ホームページおよびテレビCMでも、同じ意味の英語「The best or nothing」を使い始めている。

1997年に登場したメルセデス・ベンツ・Aクラスを使い、スウェーデンの自動車雑誌「テクニケンス・ヴァルト」(Teknikens Värld)がエルクテスト(ヘラジカが突然進路上に現れたときそれを素早く回避するという設定で行う運転操作)を実施したところ、横転してしまい「メルセデス・ベンツにあるまじき失態」と世界中のメディアで報じられることになった。その後、メルセデス・ベンツは発売した全てのAクラスをリコールし、サスペンションの再調整やESPを装着するなどの改修を実施したものの、この事件が世界中で取り上げられたことと、同時期に発売されたMクラス、W220型Sクラスが、設計の悪さと低品質で酷評されたことで著しく評価を下げることになった。

2004年から2005年にかけて発生した、ボッシュ製SBC(センソトロニック・ブレーキ・コントロール)の2度に渡るリコールは、主力車種であるEクラスと、看板車種のSLクラスで発生し、ベンツにとっては大きな痛手となり、経営を極度に悪化させる原因になった。

このSBCは雨天時などの走行でブレーキディスクが濡れ、通常であれば制動力を損じてしまうようなケースでも意図的にブレーキパッドをブレーキローターに僅かに接触させ、摩擦熱でディスクを乾かしたり(鉄道車両では、「耐雪ブレーキ」などで以前から使われている制御)、アクセルペダルを放した瞬間、ブレーキングにそなえてブレーキパッドをブレーキローターに接触寸前まで近づけ、タイムラグを短縮するなど、ブレーキの応答性と能力を高めるものであるが、そのセイフティープロセスの要であるセンサ類やコネクタ類の不具合によりSBCが作動せず、前輪2輪のみに効き通常の約5倍の踏力を必要とする「バックアップモード」に入るというものであった。

2005年8月以降に発売されたEクラス、SLクラスでは、各種リコール対応により充分な信頼性の確保が行われたが、マイナーチェンジ後はこの装備がなくなっている。この年のアメリカでの信頼性調査でメルセデス・ベンツは37ブランド中29位、ジャーマン・オートモービル・グラブの顧客満足度調査では、33ブランドのなかで最下位になった。

2007年11月、ダイムラーは子会社である三菱ふそうトラック・バスが持つハイブリッド技術を流用したディーゼル・トラックを、2008年中を目処に同社のメルセデス・ベンツブランドから発売するとの計画を発表した(『産経新聞』2007年11月12日)。

2009年に、メルセデス・ベンツの乗用車としては初のハイブリッドカーである「S400 Hybrid」(W221)が追加された。このモデルはマイルド・ハイブリッド(ガソリンエンジン+モーター)であり、リチウムイオン二次電池を搭載した世界初の量産車である。Sクラスのハイブリッド仕様は、次のモデルであるW222にも継続され、ガソリンエンジン+モーターの「S400h」だけでなく、ディーゼルエンジン+モーターの「S300h」も追加された。これらのモデルは日本市場にも逐一導入されており、特にS300hについては、当時はクラス唯一のディーゼルエンジン搭載モデルであった。

2012年からはEクラスにもハイブリッドカーが追加された。3.5Lガソリンエンジン+モーターの「E400 Hybrid」、ディーゼルエンジン+モーターの「E300 BlueTEC Hybrid」である。「E400 Hybrid」は市場を限定し、日・米・中の3カ国のみに導入された。それに対し「E300 BlueTEC Hybrid」はヨーロッパのみならず世界市場に展開されたものの、日本市場へは導入されなかった。

プラグインハイブリッドカーは、CクラスとGLCクラス、Sクラスにそれぞれ「C350e」「GLC350e 」「S550e」として設定しており、日本へも導入している。その結果、メルセデス・ベンツは2016年時点において、日本で「ガソリン・ハイブリッド」「ディーゼル・ハイブリッド」「プラグイン・ハイブリッド」という3種類ものハイブリッドカーを同時にラインアップする、唯一の自動車ブランドとなっていた。なお、2018年現在、S300h・S400hともにモデル廃止となっており、新たに直列6気筒ガソリンエンジンに48Vマイルドハイブリッドを組み合わせた「S450」が新規導入されている。また、450系は2018年にモデルチェンジしたCLSクラスにも設定されており「CLS450」としてSクラスと同一のパワートレインが供給されている。

2019年9月2日、Cクラスに新たにプラグインハイブリッドとして「C350e」を新設定している。

メルセデス・ベンツの車体に輝くエンブレムは、合併前のダイムラー社が使用していたスリーポインテッド・スターとベンツ社の円形月桂冠とを併せデザインされたもので、3点にはそれぞれ「陸・海・空」の各分野でダイムラーベンツ社の繁栄が込められている。

メルセデス・ベンツのセダン、クーペ、オープンカーでは、銀色のボティカラーの人気が高い。理由のひとつとしてあげられるのが、「シルバー・アロー」の逸話である。1934年 - 1937年のグラン・エプルーブ(現在のF1世界選手権に相当)、グランプリ・レースは、後に「750kgフォーミュラ」と呼ばれることとなる、車重を750kg以下とするレギュレーションで実施されていた。1934年のニュルブルクリンクにおけるアイフェル・レンネン(アイフェルレース)前夜、車両重量規定をわずか1キログラムオーバーしてしまったメルセデス・チーム(監督はアルフレート・ノイバウアー)は、苦肉の策としてボディーの純白の塗装をすべて剥がすことを決断する。一晩かかって塗装を落としたアルミむき出しの銀色のボディーに、直接ゼッケンを貼り付けてレースに参戦、そしてこの車を駆るマンフレート・フォン・ブラウヒッチュが優勝する。以降メルセデス・ベンツのレーシングカーは銀色がトレードマークとなり、「シルバー・アロー」の愛称で呼ばれるようになり、モータースポーツにおけるドイツのナショナルカラーも、それまでの白色から銀色とされた。同時期に活躍した、アウトウニオンも同様に銀の塗装で「シルバー・フィッシュ」と呼ばれ、第二次世界大戦の勃発する1939年まで、シルバー・アローとシルバー・フィッシュのドイツ勢が、グランプリを席巻するのである。

2014年、近年の車種拡充にともない車名が複雑になっていることから、メルセデスベンツは車種の新しい命名方法を発表した。

これにより、2015年からこの命名方法に基づき、一部車種の車名が順次変更される。

既存のクラスである「A」「B」「C」「E」「S」をコアにし、その頭にSUVを意味する「GL」やロードスターを意味する「SL」、またはクーペの「CL」をつけ、各モデルバリエーションとする。そのため、SLKはSLCとなり(3代目SLクラスに存在した4シータークーペと同じ名称になる)、「ML」はGLE、「GL」はGLSと順次変更される。これでSUVやロードスターでも明確にクラスがわかるようになる。なお、CLAやGLAクラスは、すでに新しい命名方法に準じた車名となっており、変更はない。CLSは実際にはEクラス・ベースの車種だが、「EクラスとSクラスの中間に位置する4ドアクーペ」として、こちらも名称変更はない。

加えて、パワートレインの種類により、数字の最後にそれを表すアルファベットが付くことなり、圧縮天然ガス車は「c」、ディーゼル車は「d」、電気自動車は「e」、燃料電池車は「f」、ハイブリッドカーは「h」となる、四輪駆動車モデルは今まで通り「4MATIC」のサブネームが付く。
日本において、販売台数は日本自動車販売協会連合会2017年集計で68,215台、輸入車新規登録台数は市場占有率で1位、日本自動車輸入組合2016年集計の外国メーカー車モデル別順位は、Cクラスが16,560台で3位、Eクラスが13,262台で4位、CLAが7,430台で12位、GLCが5,579台で15位、Aクラスが5,396台で17位、GLAが3,997台で20位である。

ブランドの知名度を上げるため、日本国内限定のアンテナショップ「メルセデス・ミー(旧名称:メルセデス・ベンツコネクション)」の運営も行っている。

かつて正規ディーラーを担ったヤナセと、1990年代以降に整備されたシュテルングループ(現メルセデス・ベンツ店)が正規販売代理店である。

シュテルングループの販売店は、バブル景気末期の1980年代後半から1990年代前半にかけて一部の三菱ギャラン店で販売されたことから三菱系ディーラーのほかに、トヨタや日産など日本車ディーラーが経営するところもある。

並行輸入はいくつかの輸入業者が扱い、正規輸入ディーラーにない車種やオプションの組み合わせなども可能である。ドイツ本国仕様、英国仕様、北米仕様、UAE仕様など、仕向地も出処も様々である。

メルセデスオーナーの満足度向上とメルセデス車の耐久性例示を目的に、走行距離が10万キロ、20万キロ、30万キロ、50万キロ、100万キロを超えた時、または、10年、15年、20年、25年、30年を超えた時にはオーナーの申告により、それぞれ赤、青、黒、ゴールドの記念エンブレムと証明書がメルセデス本社より交付される。2000年ころを機に一度消滅したが近年復活している。

正規販売店で新車を購入した場合、3年間の無料保障と故障や事故時に「24時間ツーリングサポート」を提供する。1998年4月から、AMGとGクラスは6月以降、日本でも開始された。

一般的な故障のほかにワイパーブレード、オイル、ブレーキパッド、ブレーキディスクなど一部の消耗品も無料交換の対象で、車検整備にかかる費用及び車検取得に必要な諸費用は含まれない。

欧米の正規代理店で購入できる車種と日本国内の正規代理店から購入できる車種は、販売戦略や電波法などの関連法規により装備や内装などに相違がみられる。安全装備とは関連がない部分だが、過去、ナンバープレート取り付けの部分が欧米仕様のままの横長で、日本のナンバープレートの比率と合っていない状態が、90年代中盤まで続いた。

広く販売されており新車売価に比して廉価であるが、現行モデルは売価の下落は大きくない。

正規輸入ディーラーとしてコマツ、シュテルンおよびその他ディーラーでの取り扱いが行われていたが、ダイムラー・クライスラーと三菱ふそうトラック・バスとの関係の強化に伴い、2006年までに日本における輸入販売事業から撤退した。

ウェスタン自動車(メルセデス・ベンツ日本総代理店)によって1985年に輸入され、1986年に宮城野観光バスに導入されたものが最初である。その後、日の丸自動車興業や岐阜バスなどで導入された。

当初はほとんどが貸切バスとしての導入であるが、当時の日本急行バスは名神ハイウェイバス名古屋 - 神戸線を中心に「ベンツ特急」と銘打って昼行高速バスへ投入した。

1993年に西日本鉄道などへ導入された2台を最後に新車の輸入は途絶えていたが、2006年に東京都内の新規貸切バス事業者亜希プロが、イギリスで使用されていたスーパーハイデッカー「トゥーロ」の中古車を2台輸入し、のちに1台が日の丸自動車グループに売却されている。

路線バス車両は、大阪市交通局が「赤バス」と通称される小型コミュニティバスにメルセデス・ベンツ・スプリンター(T1N)を13台導入した事例が最初である。2007年末に神奈川中央交通が連節バスのメルセデス・ベンツ・シターロを導入している。
様々な特殊パーツを装備できるウニモグを、ワイ・エンジニアリングが販売している。
メルセデス・ベンツのチューニング部門であり、メルセデス・ベンツの上級高性能モデルやスポーティーなパーツに冠されるブランドでもある。工場はドイツのアファルターパッハ(Affalterbach )にある。元は独立したチューナーであるAMGだったが、1999年にダイムラー・クライスラー(当時)に吸収され、さらに2014年からは「メルセデスAMG」(Mercedes-AMG )としてメルセデス・ベンツのサブブランドとされている。「究極のハイパフォーマンスを追求するモデル」と位置付けられている。

かつてドイツの高級車メーカーとして存在し、2002年から2012年にかけてメルセデス・ベンツ・ブランドから独立した最高級車として製造販売されていたマイバッハは、2015年に「メルセデス・マイバッハ」(Mercedes-Maybach )としてサブブランド化されている。こちらは上記メルセデスAMGとは対照的に「究極のエクスクルーシブ」と銘打たれている。

1920年代以前
1930年代
1940年代
1950年代
1960年代
1970年代
1980年代
1990年代
2000年代