腹筋ローラー(アブローラー)についてです

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腹筋ローラー(アブローラー)についてです。 数ヶ月前から膝ころアブローラーをやっているのですが、終了後、百発百中かなりの頭痛が起きてしまいます。トレーニング中の頭痛は呼吸不足によるものが多いと知り、大袈裟なまでに深い呼吸をしていますが、一向に改善しません。 同じような症状のような方、もしくは改善出来た方がいらっしゃれば教えてください。 頭痛はするものの、かなり腹筋に効いてくれるので、出来れば諦めたくないです(汗)

力むので、相当な高血圧状態になっているのでしょう! 腹筋が割れる前に脳梗塞か脳卒中になる可能性があるので、アブローラーは行わないほうが賢明でしょう!

#汗

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元広島の藤井弘選手を知ってますか? 1963年 毎朝十時になると、ふとんを頭までかぶって寝ている藤井の上に一人娘の靖代(やすよ)ちゃんがのっかり「パパ」「パパ」とゆさぶる。
最近までの目ざまし役に夫人の宣子(たかこ)さんだったが、どうしても起きなかった。
そこで宣子さんが考えたのは靖代ちゃんを使うことだ。
「パパを起していらっしゃい」ママの伝令だ。
「靖坊のかわいい声で起こされては、いくら眠くても起きないわけにはいかない。
でも十時はちょっと早すぎるぞ」それまで寝たいだけ寝ていた藤井は、奥さんのからくりを見破ったときは強く抗議したそうだが、宣子さんは受けつけなかった。
「ナイターでも午前一時には床につけるでしょう。
そうすれば十時に起きても九時間は熟睡できるはずです。
それ以上は寝てもムダです」早起きが今シーズン好調のバッティング(十日現在三割八厘=五位、打点23=三位)に結びついた。
十時起床はキャンプから帰ってから始まったが、それからは欠かさず毎朝食事前のトレーニングをつづけている。
ぐっしょり汗をかくまで庭でバットの素振りだ。
「まだもうひとつピンとこないものがあるが、一応三割を打っていられるのは早起き、つまり素振りのおかげでしょう」器用な選手ではない。
からだが堅く練習を積み重ねて初めてエンジンのかかる方だ。
このことは自分でも承知している。
「足がおそく、守備もまずい。
自分の生きる道は打つことしかない。
そのためには人と同じ練習ではダメなんだ」公式戦の始まる前、白石監督から「もし、おまえが昨年の不振(二割三分)から抜け出せないなら、一塁は横溝を使う」といい渡された。
これまでチームの中心打者として働いてきた藤井に、この言葉はカチンときたようだ。
「よし、意地でもクリーンアップを打って、一塁はだれにも渡さないぞ。
そのためには打点をかせがなければダメだ。
ここ一発を打てる打者。
監督の信頼はそこから始まるんだ」ムクムクとファイトがわいてきた。
九日の対中日戦ダブルヘッダー第一試合で、六回板東の速球を左翼席へ2ランしてとどめを刺した。
試合後、一番先に藤井に握手を求めたのは白石監督だ。
「うまく打ったぞ」前半、毎回走者を出して不安定だった池田も脱帽した。
「藤井さん、どうもありがとう」藤井は満足そうだった。
「チームのために全力をつくせば、それが自分の成績にもつながるんだ。
昨年のいまごろは本塁打を八本打っていたが、打率の方はサッパリだった。
ことしはまだ五本だが、ツユがあければ長いのをとばす自信はある。
とにかく、ことしは自分の記録を更新するチャンスだ。
本塁打二十五本、打率二割八、九分が目標だ。
三十四年は本塁打が二十本だった。
打率の方は二割七分が最高だったが、何年だったかな・・・」そばで宣子さんがいう。
「それは結婚した年の三十六年ですよ。
私との約束をすぐ忘れるのもムリないわ。
きょうの約束も忘れているんでしょう」「いや、覚えているよ。
練習が終わってから、祭りにいくことだろう」十一日からの対国鉄四連戦にそなえて十日の広島の練習はたっぷり三時間。
藤井を見ながら白石監督はこういった。
「下半身の堅いのも、腰の回転が鈍いのも、だんだんよくなっている。
これからは本塁打も多くなるだろう。
もちろん打率はいまのままでいけるさ」

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元日本ハムのケキッチ投手を知ってますか? 1974年 「まだとても興奮している」来日初勝利を完投で飾ったケキッチは、突き出されたマイクに声をはずませた。
投球数157。
三振11、四球6つも荒れたピッチングではあったが、球威は最後まで落ちなかった。
基にやや気を抜いた半速球をホームランされたものの、あとはつまった当たりの右前打と、内野安打3本。
力でねじ伏せた完投だった。
このケキッチ、初先発した南海戦では、日本の蒸し暑さにやられて「体中の塩がみんな出てしまった」の珍妙なせりふを残して降板したが、この夜は涼しさに助けられて、あまり汗もかかずにさっぱりした表情。
「きょうは塩はいらなかった。
でも最終回、足にちょっとこむら返りが起こって痛かった。
イタイネ」と、覚えたての日本語で愛きょうをふりまいた。
アメリカから日本にくるまで、二週間ほど実戦から遠ざかっていたため、調子はいま一つだそうだが「これから投げ込めばもっとよくなる。
そうすればワンサイドで勝つことも出来るよ」と自信たっぷり。
初勝利の喜びに加えて、十九日にはマリリン夫人と、二人の子供たちが日本にやってくる。
ヤンキース在籍時代の一昨年、同僚のピーターソン投手とのスワッピングで話題になった夫人と子供たちだ。
「昨年、ベネズエラ、コロンビアと南米に行ったときには、家族をアメリカに置いたままだった。
今度は家族と一緒に日本を見れる。
ベリー・ハッピーね」と優しい気遣いを見せていた。

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元国鉄の村田元一投手を知ってますか? 1961年 マウンドをおりた村田はまるでプールからあがったようだ。
報道陣が「たいへんだったね、この暑さで・・・」と声をかけると村田はケロリとしていった。
「いい気分ですよ。
顔の汗ですか?暑さは気になりません。
だいたい暑い方がいいんですよ。
夏バテもしませんし、夏やせもしません。
だからぼくとしてはかせぎどきはシーズンはじめよりむしろ暑くなってからです」とひととは正反対なことをいった。
そしてしわくちゃのタオルをポケットからとり出して汗をふいた。
「はじめからリリーフを予定されていたんです。
四回ごろから出るつもりでいろと監督さんからいわれていたので、二回からピッチングをやっていました。
田所さんの調子がよかったのでウオームアップは十分できました。
それがよかったようです。
シュートがきまりましたね。
それに平岩さんのサインがすべて強気だったのも成功の理由だと思います。
今夜の勝ち星は平岩さんと半分半分ですよ」しきりに先輩の田所と平岩に感謝していた。
村田は二十二日にもリリーフで阪神に勝っている。
これで八月五日以来阪神から3勝を記録した。
藤村富美男氏は「村田の外角球は実によくのびていた。
それにコントロールがあった。
外角球もよかったが、それよりもシュートの切れがすばらしかった。
村田のシュートは打者の手もとで急に大きく変化するのでいくらねらっていてもかんたんには打てない。
阪神は結局その球にひっかかっていた。
その村田のよさを十分に発揮させた平岩の好リードも見のがせない」といっていた。

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元中日の権藤博投手を知ってますか? 1961年 試合前権藤は報道陣となごやかに話し合っていた。
「去年のいまごろはテレビで一生けんめい巨人を応援していたもんですよ。
広岡さんの大ファンでね」新人にありがちな無口なところもなくよくしゃべる。
石本コーチは「権藤は二日しか休んでいないのでムリは承知だが、きょうはぜひ勝ちたいので投げさせる」といっていた。
最後の打者広岡を一ゴロにとりベンチにかえる権藤をナインはもちろん、報道陣やカメラマンがとりまいた。
巨人から3勝目、それも連続2試合完封勝ちという新人ばなれした権藤は報道陣の応対になれたもの。
ヒタイにうっすらと光る汗を指先でこすりながら「前半はウエートがのらずあまりよくなかった。
四回高林、坂崎に打たれたのは真ん中高目に浮いた球でした。
だから一、三塁になってから慎重に投げれば点はとられないという自信がありました。
長島さんを投ゴロにとった球はまっすぐです。
きっと意表をついたからでしょう」とよどみなく答える。
「後半はスピードがのって球にのびが出てきた。
点をとってくれたから楽でしたね。
もう大丈夫だと思ったのは七回ごろ。
巨人ですか?さあ、わかりません。
とにかく一発屋が多いですね。
やはり巨人には力がはいりますよ。
最近のピッチングはほとんどストレートです。
フォークボールはあまり投げていません」だれかが「いまの調子ならフォークボールも必要ないね」というとニヤッと笑って「そうでもないですよ。
どうも・・・」といいながらロッカーへ引きあげていった。

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元東映の山本久夫選手を知ってますか? 1961年 東映のスコアラー宮沢氏のメモをみると山本(久)の項にはこんなことが書いてある。
「対南海戦では下手投げの投手に注意すること。
高目、胸もとに浮き上がる球に弱い。
強いコースは低目」七回同点の左中間エンタイトル二塁打も宮沢氏のスコアブックには真ん中寄り低目のシュートとメモしてあった。
報道陣にとりかこまれた山本(久)は「シュートです。
真ん中の低目かな?」と宮沢スコアラーと相談でもしたような答えをした。
12球、2-3後の球を打つまで三塁コーチス・ボックスの水原監督の姿を目で追いつづけていた山本(久)。
「監督さんからてっきりバントのサインが出ると思っていたんですよ。
それがなんにも出ないんでしょう。
ちょっと気になってね」バントのうまいことでは東映一という定評があるだけに、すぐピンときたそうだ。
「ずいぶんねばったじゃない?」という質問に「ニガ手の胸もとにくる球ばかりで意識してファウルするような余裕はありませんよ。
無我夢中でしたよ」といった。
自分でも12球もねばったことが不思議そうな表情。
だがこれは山本(久)の報道陣用の返事らしい。
六日の対南海戦の試合前、山本(久)はナインとこんなことを話していた。
「ぼくは南海より西鉄の方が試合をしていてこわい感じがするな。
南海相手の試合には重圧を感じないもの」山本(久)の腹の中にある根性の強さをチラリとみせた言葉だ。
カメラマンの注文でもう一人のヒーロー武井と並んだ山本(久)のユニホームは真っ黒。
泥と汗がこびりついている。
「おととい(6日)からずっと午前十時開始の二軍練習に参加していたんですよ。
打てないうえにエラーをしては監督さんやナインに申しわけないですからね」ナイターつづきのこのごろ就寝は午前零時になるというのに二軍選手と午前十時にはグラウンドに出て練習する努力の人でもある。
「これくらいあたりまえですよ。
エラーをしてがっかりするより、どれだけいいかわからない」というあたりリーグ№1の失策数がだいぶ頭にきているようだ。
ベンチの上からのび上がったファンの「久さん、よかったね」という声に二、三歩帰りかけた山本(久)は「たまにはこんなこともあっていいでしょう」といってニッコリ笑った。