ジン・キニスキーと戦ったプロレスラーの中で手強かった相手は誰ですか?

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匿名さんからの質問

ジン・キニスキーと戦ったプロレスラーの中で手強かった相手は誰ですか?

ジン・キニスキーは何度か来日して、ジャイアント馬場や坂口征二らと激闘を繰り広げておりますし、米国ではNWAだけでなくAWAを戦場にしていたこともあって幅広く活躍しています。 「誰が手強かったか」を挙げるのは難しいのですが、私なりに分析してみたいと思います。参考になれば幸いです。 キニスキーが活躍した時代、米国での大きな団体には ①最大の団体 NWA(主な王者:ルー・テーズ、リック・フレアー、ハーリー・レイスなど) ②ミネアポリスのガニア帝国こと AWA(主な王者:バーン・ガニア、ニック・ボックウィンクル、カート・ヘニングなど) ③西海岸ロサンジェルスの WWA(主な王者:フレッド・ブラッシー、ザ・デストロイヤー、ボボ・ブラジルなど) ④東海岸ニューヨークの WWWF(主な王者:ブルーノ・サンマルチノ、ボブ・バックランド、ハルク・ホーガンなど) の4つがあります。キニスキーはこのうち3つの王者になっています。この記録を持つのは後にも先にも、なんとキニスキーだけです。 60~70年代には伝説級の選手が多数存在しましたが、誰もキニスキーのように3団体制覇はできませんでした(一つの団体にこだわって移籍しなかったこともありますが)。 特にNWAはルー・テーズを破って王座に君臨。AWAもバーン・ガニアを、WWAもディック・ザ・ブルーザーをそれぞれ破って王座についています。いずれも名選手が相手ですね。 日本ではジャイアント馬場から、力道山から続く日本マット・エースの証であるインターナショナル・ヘビー級王座を奪っています。 タイトル歴をざっと見ただけでも偉大な選手だということがわかりますね。 66年にテーズからNWA世界ヘビー級王座を奪取し、翌67年に前王者テーズから逆に挑戦された試合は、キニスキーをたいへん苦しめた試合でした(日本でDVDが販売されており、見ることができます)。 当時テーズは51歳。年齢的にこれがラストチャンスだと悟っていたのか、テーズは王座奪取に凄まじい執念を見せます。テーズより9歳下のキニスキーは辛うじて引き分けに持ち込み薄氷の防衛を果たします。 この試合でのテーズがキニスキーにとって最も手強く、しかも絶対に負けられなかった相手だったのではないでしょうか? 最強の挑戦者から王座を守ったことにより、69年にドリー・ファンクJrに敗れるまで長期政権を築くことができました。 ちなみにテーズはこのキニスキー戦が最後のNWA王座のタイトルマッチとなりました。 テーズ以外ではジャイアント馬場との激闘が有名です。 大阪球場で行われた、馬場のインター王座に挑戦した試合は、両者が真っ向からぶつかり合い、60分時間切れ引き分けとなりました。しかも興奮が収まらない両者は異例の5分間の延長戦まで戦い、それでも決着がつきませんでした。 馬場は自らのベストバウトに、この大阪球場での一戦を挙げています。 馬場とはその後も何度も戦い名勝負を繰り広げました。 馬場の引退試合(馬場が死去したためVTR編集による引退試合が東京ドームで行われました)でもキニスキーが相手に選ばれていることから、馬場にとって特別なライバルだったことが伺えます。 そういうわけで、馬場もキニスキーにとって「手強かった相手」になるのは間違いないと思われます。

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