東京都内で個人タクシーをされているみなさまにお伺いいたします

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匿名さんからの質問

東京都内で個人タクシーをされているみなさまにお伺いいたします。 これは聞いた話しですが、プリウス、プリウスαの車両は個人タクシーで使うと5年ぐらいしか持たないと聞きました。 本当にそうなのでしょうか。 燃料はレギュラーガソリンという設定にしておきます。 実際のところ、個人タクシーで使うと耐久性の方は、いかほどのものなのでしょうか。

耐久性はメンテナンス次第ですよ。 タクシーは常時メンテナンスしているので100万キロ走る車もあるとか。 5年と言うのは、耐久性というより税金の問題があるからじゃないでしょうか。 個人タクシーは言うまでもなく個人事業主で、税申告は自分ですることになります。 タクシー会社に勤めているのなら、税申告も会社でしてくれますし自分の乗るタクシーも会社が貸してくれます。 個人タクシーの場合、仕事で人を乗せて走るタクシーも自分で購入しなければなりません。 この場合、タクシー用に購入したプリウスは経費で落とせることになります。車がないとタクシー営業はできませんので、必要経費と見なされるのです。そして、収入から経費を引くことによって見かけ上の収入が減り税金が安くなるのです。 詳しく述べるとキリがありませんので、簡単に言いますと。 例えば、個人タクシーで年収600万円とします。プリウスが車体購入費とタクシーへの改造費も含めて300万円だったとします。 本来なら、600万円全部に税金がかかるところ、タクシーの購入代金を差し引くことによって収入が減ったものと見なされ税金が安くなるのです。 税金計算では、一般的に車の場合5年間使うとして、毎年収入から減額できます。 改造費込み300万円のプリウスだとすると、毎年60万円の経費。 600万円収入があるのに、一年分の車体+改造費用を差し引いて540万円の収入しかないと計算されるのです。 収入が600万円で計算するのと540万円で計算するのとでは、どちらが税金が安くなるかわかるでしょう。収入が低い方が税金が安いのです。例え、税金が数万円程度安くなっただけでも、ちりも積もれば山となるで侮れない収入になります。 しかし5年を過ぎてしまえば、もう使い切ったものと見なされ(車がないと見なされる)、毎年60万円の減額は適用されません。 この場合、600万円の高い税金がかかります。 じゃあどうするか? 答えは簡単。買い換えればいいのです。 古いプリウスを処分して、また新しい車を買う。 また300万円の車を買えば、また5年間60万円ずつ収入が減ったものとして税金が安くなります。 物を大切に使い続ける精神は大切でしょう。 しかし、個人タクシーにおいては大事に長く使うと税金上損します。 車が古いと車検や保険も高くつきます。 さらには、プリウスは環境税が適用され新車から5年間は自動車税が安くなるのです。 車も新しくなり使いやすくなり綺麗な車で客にも喜んで乗ってもらえる。 買い換えない手はありませんよね。 使い続けなければならない車です。どんなに大切に使ってもいずれ壊れて高くつくより早めに何度も買い換える。 その期限が5年なのです。 そういうことじゃないでしょうか。

#タクシー

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みんなが知りたい質問

長距離車通勤、雪の日の対策は? 地方の公共交通機関で乗組員のやり繰りをする仕事をしています。
通常シフト制の勤務で、早番だと午前2時に起床、3時に家を出て朝4時出社で、始発の為に準備しています。
現在は職場から35km、交通量の無い夜中は法定速度越えの巡航速度で、下道で約1時間の道のりと、長距離通勤の部類に入ります。
二輪駆動の軽自動車、スタッドレスは履いています。
バイパスや市街地の4~5車線ある大通り(都市高速の下を延々と這っていく)が殆どです。
坂や急カーブは殆どありません。
さて、今週末平地でも雪が降る予報で、私の早番出勤日が積雪の予報が出ています。
雪の日に出社するのは初めてで、一体何時に家を出れば良いのか悩んでいます。
(雪道運転もド素人です) 上記のような状況に鑑みた場合、定時に出社するにはどのような対策が必要でしょうか? (事前にやっておく準備、当日何時間前に出て、雪道運転中の速度や注意点など) 尚、会社に仮眠室は無いので前日入りは不可、車で仮眠も軽なので厳しいです。
地方都市で近くにホテルもなく、早朝で電車バスも不可、タクシー代も出ず。
シフト制なので急に都合良く有給で休んで穴を開けるのは御法度。
近くに引っ越しなさいと言う極論はご遠慮ください。
アドバイス頂けましたら幸いです。
よろしくお願い致します。

みんなが知りたい質問

元広島の興津立雄選手を知ってますか? 1966年 強いチームにいたらもっと人気の出る選手だ。
1㍍81の長身に男らしいマスクがのっている。
成績の方も毎年のようにベスト・テンに顔を出す。
三十八年前半には桑田とホームラン王を争ったほどだ。
だがその年の後半、元横綱の朝潮やタクシーの運転手がよくかかる脊ツイ分離症にかかりドロ沼に落ち込んだ。
一時は再起もあやぶまれたくらいだった。
だから寒さがにが手だ。
五月とはいえ新潟地方はまだキャンプのような寒さ。
市内の宿舎を出るとき、興津はスタイルのことはかまわずモモヒキをはいて防寒対策を怠らなかった。
試合後はコートのエリを立てていたが、決勝2ランの話になるとニッコリ。
「二球カーブできたのでこんどはシュートでくるやろうと思っていた。
ヤマが当たったね。
真ん中から外角へ沈むようなシュートやった。
風を計算して、うまく打ちあげばはいるとは思っていた」地方球場での試合には公式戦用球場にはない色々な条件がからまる。
産経もこの風を考えていなかったわけではない。
試合前の打撃練習で岡本らが左翼席へたてつづけにたたき込むのを見た飯田監督は「この風が勝負をきめるな」といった。
その予測が広島の二本の二ランにつながってしまったのは皮肉だった。
「去年も金沢(対巨人戦)でよく打ったし、ワシはどうもドサ回りに強いらしいな。
調子?まだ本物じゃない。
腰の方はもうだいぶいいんだが、寒いとやはりこたえるね。
早くモモヒキなどはかずに野球ができるような季節になってくれればいいんだがな」最後にバスへ乗り込む興津を初めて見た新潟の女性ファンが「ハンサムね」とささやいた。

みんなが知りたい質問

元中日の井手峻投手を知ってますか? 1967年 吉江代表がベンチにかけ込み、井手をだきかかえた。
木下広報課長は特別にタクシーの用意をし、ゆっくりインタビューに答えられるようにはからった。
周囲の方が興奮している。
「長かったなあ。
ほんとうによかった。
おめでとう」と吉江代表。
東大から二人目のプロ選手とさわがれたストーブ・リーグ。
卒業試験でキャンプ参加が不可能になったときは、中日は村野コーチを臨時捕手として東京に送り込み、東大の駒場球場で試験のあいまにピッチングをやらせた。
「球威不足」という屈辱的なレッテルをはられたのは入団直後だった。
プロの威力に自分からも恐れをなし、サラリーマンになっていた方がよかった、と深刻に悩んだ。
「小川のほかに勝てる投手はいない。
ほかの投手は魂のないピッチング・マシンだ」という周囲の声が井手に球威を与えたのかもしれない。
八月下旬からは休日なしの特訓でしぼられつづけてきた。
松原、土井を三振にとったのはフォークボール。
大学時代にはもっていなかった武器だ。
出ては打たれていたところ、あみだした苦心の策がやっと生きてきた。
直球とカーブだけでは押えられないという忠告から生まれた新兵器だ。
「よかった」が初勝利のただひとつの感想。
喜びより好奇の目に耐えぬいて「ホッとした」のが本心らしい。
「ことしはもう勝てないと思っていた。
堅い守りにささえられたおかげです」大学でわずか4勝、プロにはいってからウエスタン・リーグで1勝しただけで、勝利の快感はポツリ、ポツリとしかやってこないのだ。
ベンチで大声で声援をつづけた近藤コーチは「カーブがよくなってきた。
初めて使わせたフォークを決め球にしていくよう指導したい。
進歩してきています」とうれしそう。
終盤投げあった先輩の大洋・新治(今季初登板)とカメラマンの注文で堅い握手。
「オレもまだ投げる。
お互いにがんばろう」との励ましの言葉にうなずいていた。
合宿での生活をある選手は「自由奔放に楽しく、しかし礼儀正しくやっている」という。
深夜まで名古屋の町で同僚と飲むことおある。
十一日の東京移動日は、三週間以上もなかった久しぶりの完全休養日。
婚約している藤森美弥子さんが東京には待っている。