トヨタ新型ヴィッツ1.0 ジュエラの評判・スペック
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トヨタ ヴィッツ 1.0 ジュエラ
ヴィッツのフロント外観(フロント)
ヴィッツのリア外観(リア)
ヴィッツの内装・インパネ(リア)
| メーカー | トヨタ |
| 車種 | ヴィッツ |
| グレード | 1.0 ジュエラ |
| 販売期間 | 2012年05月から 2014年03月 |
| 価格 | 1,214,286円 |
| エンジン |
エンジン:
直列3気筒DOHC 排気量: 996cc 型式: DBA-KSP130 馬力: 69ps トルク: 92(9.4)/3600 ミッション: CVT バッテリー: 標 準:LN0 寒冷地:LN0 |
| タイヤ |
前輪:
165/70R14 後輪: 165/70R14 ホイールサイズ: (F)5Jx14+39/(R)5Jx14+39 駆動: FF 最小回転: 4.5m タイヤサイズ |
| 燃費 |
燃費(JC08):
20.8(km/L) 燃費(10•15): - 燃料: レギュラー 実燃費: 11.57から 18.02 |
| ボディサイズ | 高さ: 1500 車幅: 1695 全長: 3885 |
| 乗車定員 | 5人 |
| 評価・レビュー |
外観:
3.91点 内観: 3.15点 スペック: 3.46点 エンジン: 3.51点 乗り心地: 3.63点 燃費: 3.79点 価格: 3.48点 |
| 中古車 |
30台 買取価格相場 車を売る |
トヨタヴィッツとは
トヨタが生産するコンパクトカー、ヴィッツは、1999年に初代モデルが誕生し、現在も多くのファンに支持されている人気車種だ。ヴィッツは、エントリーモデルから上級グレードまで幅広いラインナップを展開しており、シンプルなデザインと使い勝手の良さが特徴だ。価格帯も手ごろで、初めての車としても人気が高い。 ヴィッツの中でも特に人気の高いグレードは、「GRスポーツ」シリーズであり、スポーティーな外観と走行性能が魅力だ。GRスポーツに搭載されるエンジンは1.5リットル直列4気筒で、パワフルな走りを実現している。また、燃費性能も優れており、普段使いからツーリングまで幅広いシーンで活躍することができる。 ヴィッツの人気の秘密は、そのコンパクトなボディに秘められた広い室内空間と快適な乗り心地にある。都市部での取り回しやすさと、高速道路での安定感を両立させており、幅広いドライバーから支持されている。また、信頼性の高いトヨタブランドならではの品質と、アフターサポートも充実しているため、長く愛用することができる。 ヴィッツの車種の歴史を振り返ると、初代から最新モデルまで、常に進化を続けてきたことが伺える。そのため、古くからのファンだけでなく、新たな顧客層も取り込んでいる。時代のニーズに合わせたアップデートを重ね、走りの楽しさや快適性を追求してきたことが、ヴィッツが数多くのユーザーに支持される理由の一つと言える。 ヴィッツは、コンパクトカーとしての実力と使い勝手の良さ、そしてトヨタブランドの信頼性が融合した魅力的なモデルである。日常の移動からツーリングまで幅広いシーンで活躍し、多くのドライバーに支持されている人気車種である。より詳しいスペックやオプションの情報を見ることができます。
| 詳細項目 | スペック |
|---|---|
| 型式 | DBA-KSP130 |
| 最小回転半径 | 4.5m |
| 駆動方式 | FF |
| 全長×全幅×全高 | 3.89m×1.7m×1.5m |
| ドア数 | 5 |
| ホイールベース | 2.51m |
| ミッション | CVT |
| 前トレッド/後トレッド | 1.49m/1.47m |
| AI-SHIFT | - |
| 室内(全長×全幅×全高) | 1.94m×1.39m×1.25m |
| 4WS | - |
| 車両重量 | 970kg |
| シート列数 | 2 |
| 最大積載量 | -kg |
| 乗車定員 | 5名 |
| 車両総重量 | 1265kg |
| ミッション位置 | フロア |
| 最低地上高 | 0.14m |
| マニュアルモード | - |
| 標準色 | シルバーメタリック、ブラックマイカ、ローズメタリックオパール、スーパーレッドV、ライトブルーマイカメタリック、ダークブラウンマイカメタリック |
| オプション色 | ホワイトパールクリスタルシャイン、ダークレッドマイカ、ブルーマイカメタリック、チェリーパールクリスタルシャイン、オレンジマイカメタリック、イエロー、グレイッシュブルーマイカメタリック |
| 掲載コメント | - |
| エンジン型式 | 1KR-FE |
| 環境対策エンジン | H17年基準 ☆☆☆☆ |
| 種類 | 直列3気筒DOHC |
| 使用燃料 | レギュラー |
| 過給器 | - |
| 燃料タンク容量 | 42リットル |
| 可変気筒装置 | - |
| 燃費(JC08モード) | 20.8km/L |
| 総排気量 | 996cc |
| 燃費(WLTCモード) | - |
| 燃費基準達成 | H27年度燃費基準達成車 |
| 最高出力 | 69ps |
| 最大トルク/回転数n・m(kg・m)/rpm | 92(9.4)/3600 |
| 福祉車両 | - |
| 大型ガラスルーフ | - |
| 片側電動スライドドア | - |
| サンルーフ | - |
| 両側電動スライドドア | - |
| ルーフレール | - |
| ドアイージークローザー | - |
| Tバールーフ | - |
| 電動バックドア | - |
| ルーフ系装備 | - |
| ディスチャージドランプ | △ |
| タルガトップ | - |
| フロントフォグランプ | △ |
| ハードトップ | - |
| リアフォグランプ | - |
| ソフトトップ | - |
| ヘッドライトウォッシャー | - |
| キャンバストップ | - |
| フロントスポイラー | - |
| メタルトップ | - |
| リアスポイラー | - |
| マグネシウムホイール | - |
| ローダウン | - |
| アルミホイール | - |
| UVカットガラス | ◯ |
| 片側スライドドア | - |
| プライバシーガラス | ◯ |
| 両側スライドドア | - |
| 寒冷地仕様 | △ |
| ステアリング位置 | 右 |
| ステアリングステアリングギア方式 | パワーアシスト付ラック&ピニオン式 |
| ステアリングパワーステアリング | ◯ |
| ステアリングVGS/VGRS | - |
| サスペンション形式前 | ストラット式 |
| サスペンション形式後 | トーションビーム式 |
| 高性能サスペンション | - |
| タイヤサイズ前 | 165/70R14 |
| タイヤサイズ後 | 165/70R14 |
| ブレーキ形式前 | Vディスク式 |
| ブレーキ形式後 | ドラム式 |
| ソナー | ◯ |
| 駐車支援システム | - |
| センターデフロック | ◯ |
| 横滑り防止装置 | △ |
| トラクションコントロール | △ |
| フロントカメラ | - |
| LSD(リミテッドスリップデフ) | △ |
| サイドカメラ | - |
| ダウンヒルアシストコントロール | - |
| バックカメラ | - |
| AYC(アクティブ・ヨー・コントロール) | - |
| 頸部衝撃緩和ヘッドレスト | - |
| SH-4WD | - |
| ABS | - |
| ISOFIX対応チャイルドシート固定バー | △ |
| ブレーキアシスト | - |
| ビルドインチャイルド | - |
| アイドリングストップシステム | - |
| バケットシート | EBD付きABS(◯) |
| ランフラットタイヤ | ◯ |
| 後退時連動式ドアミラー | ◯ |
| エアサスペンション | - |
| レインセンサー | - |
| ブレーキ系装備 | - |
| インテリジェントAFS | - |
| 衝突軽減装置 | - |
| 盗難防止装置 | - |
| ナイトビジョン | - |
| セキュリティアラーム | - |
| レーンアシスト | - |
| ロードサービス | - |
| 車間距離自動制御システム | △ |
| パワーウィンドウ | - |
| オットマン機構 | - |
| フルフラットシート | - |
| チップアップシート | - |
| 本革シート | |
| 電動サードシート | ◯ |
| フロントベンチシート | - |
| 床下ラゲージボックス | - |
| シートリフター | - |
| エンジンスタートボタン | - |
| シートポジションメモリー機能 | 分割可倒 |
| キーレスエントリー | - |
| 運転席パワーシート | - |
| ETC | - |
| フロント両席パワーシート | - |
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トヨタ ヴィッツの知っておきたい情報
ヴィッツとは?
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トヨタヴィッツの新車情報
トヨタヴィッツの最新情報まとめトヨタ・ヴィッツ
ヴィッツ(Vitz)は、トヨタ自動車が販売していた1.0L - 1.5Lクラスのハッチバック型乗用車である。日本国内では一貫して新旧ネッツ店でのみ取り扱われていた看板車種の一つであった。
国内では「ヴィッツ」、国外では「ヤリス」と名を区別されていたが2020年2月10日発売の4代目から、車名が日本国内・国外ともに「ヤリス」に統一された。
スターレットの事実上の後継車にあたり、欧州ではBセグメント(初代を除く)に、北米ではサブコンパクトカーに分類される。初代から欧州でも生産・販売されており、現在日産・キャシュカイに次いで欧州で売れている日本車となっている。2017年時点での世界販売台数は52万台で、トヨタ車の中ではカムリやプリウスを凌いで5番目に売れる世界戦略車であるが、一方で日本と欧州だけでその9割を売り上げるという特殊な市場構成となっている。
初代型の登場した1999年当時の日本では、デミオやマーチにロゴといったコンパクトカーも存在したものの、基本的には作り込みより価格の安さに重きが置かれていた。また世間では従来からのセダンに加え、新たに誕生したミニバンやクロスオーバーSUVなどが人気を占めていた。
しかしヴィッツはギリシャ人デザイナーのソティリス・コヴォスによる革新的なデザインや室内空間の広さ、衝突安全性能、環境性能の高さで従来のセダンの購入層をも魅了し、国内外で爆発的なヒットを記録。5ドアコンパクトカーブームを引き起こし、世界のコンパクトカー市場に大きな影響を与えた。その意味でも、これらの車種は日本だけでなく「世界の小型車を変えた存在」として現在でも評価が高い。
ホットハッチとしての需要も高く、ディーゼルターボ用ユニットと大容量ラジエーターを「RS」に装着した『ヴィッツRSターボ Powered by TRD』、1.8Lスーパーチャージャーを備える『ヴィッツGRMN』のような過激なものも公式に発売されている。またモータースポーツでもWRC(世界ラリー選手権)でチャンピオンとなった他、ヴィッツ限定のワンメイクレース「ネッツカップヴィッツレース」、同じくワンメイクラリー「TRDヴィッツチャレンジ」(現TGRラリーチャレンジ)が開催されるなど、プロから初心者まで幅広く親しまれる車種となっている。
当初のラインナップは1.0L 直列4気筒DOHC16バルブ1SZ-FE型 (70PS) のモデルのみのリッターカーである。フォード・Kaらが属するAセグメントの市場に登場した。1999 - 2000日本カー・オブ・ザ・イヤーをプラッツ・ファンカーゴとともに受賞(トヨタとしては初の3連覇となった)。欧州カー・オブ・ザ・イヤーも受賞。それまで販売台数で上位にあったカローラ(セダン)を上回る販売台数となり、日本国内外に影響を与える車になった。
インテリアはエクステリアと同様に丸みを帯びた斬新なデザインであり一部グレード、タコメーター仕様を除きデジタルセンターメーターが搭載された。当時としては珍しくインパネには灰皿らしきケースが存在するがコインケースとなっている。
中国の天津一汽夏利汽車に技術供与され、威姿 (Vizi) として発売していたが、 2012年6月生産終了(搭載エンジンは1SZ・8A)。
オプション設定でカラーコーディネートパッケージがある。
日本国内での月間販売目標は1万台と発表された。欧州でも2代目ヤリスとして発売。また、今回のモデルからは北米でもヤリスハッチバックとして販売されている。
プラットフォームを刷新し、ボディサイズが一回り大きくなり、全幅は5ナンバーサイズとしてはほぼ上限の1,695mmとなった。また、衝突安全性が大きく強化され、衝突試験速度を従来の50km/hから衝突時のエネルギーがおよそ2割増える55km/hに引き上げている。日本仕様のエンブレムには“N”をかたどった物を採用。以降ネッツ店で専売となる車種にも採用されている。日本向け仕様と台湾向け仕様は5ドアのみ。日本国外仕様には引き続き3ドアが設定される。
エンジンは前輪駆動車にはダイハツ工業製造の1.0L直列3気筒DOHC12バルブ1KR-FE型エンジン、および1.3L直列4気筒DOHC16バルブ2SZ-FE型エンジン、自社製造の1.5L直列4気筒ローラー・ロッカーアーム式DOHC16バルブ1NZ-FE型エンジンを、四輪駆動車には自社製造の1.3L直列4気筒DOHC16バルブ2NZ-FE型エンジンをそれぞれ設定。また、欧州仕様では1.8Lの2ZR-FE型エンジンや1.4Lディーゼルターボの1ND-TV型エンジン、中国仕様では1.6Lの4ZR-FE型エンジンの設定もある。トランスミッションはトルクコンバータ付CVTを基本にスポーティグレードの「RS」には5速MTも設定、四輪駆動車は従来形のトルコン付遊星歯車ギアの4速ATのみとなる。
一部グレードには「スマートエントリー&スタートシステム」を設定。これはスマートキーを携帯することにより、ドアハンドルやスイッチで施錠・開錠ができるスマートエントリーと、プッシュボタン式エンジンスイッチのスマートスタートをサポートする。メーター類はアナログ仕様のみとなっているが、ヤリスにはデジタルメーター仕様もある。
アウタードアハンドルは初代のフラップ式からグリップ式に変更となった。また、前期型に限っては電波時計が装着されていたが、後期型では電波時計ではなくなっている。
「RS」は前輪駆動1.5Lとなり、また、欧州および北米でも「TS」として販売された。日本仕様にはディスチャージヘッドランプが標準装備されたが、欧州仕様のヤリスにはハロゲンヘッドランプのみを設定。
初代後期型に続いて、グレードに応じてLEDリアコンビランプ(制動灯のみ)が設定されていたが、3代目からは全グレードで標準装備となった。
また2011年には、欧州市場において、ダイハツに5代目シャレードとしてOEMされ、2013年1月まで販売された。なお、このモデルはダイハツの欧州販売最終モデルで、シャレードの販売終了をもって、ダイハツは欧州市場から撤退した。
台湾市場においては、2014年3月時点でも当代が販売されていた。
Cd値0.285の優れた空力性能を実現し、低燃費と高速走行における走行安定性を実現した。全長は先代に比べ拡大し、1994年から1999年にかけて生産されていたL50型ターセル3ドア/コルサ3ドア/カローラIIとほぼ同じサイズとなったものの、2代目と同様に全幅1,695mmの5ナンバーサイズを保ち、最小回転半径を4.5m(「U」は4.7m、「RS」は5.6m)に抑えた。先代に引き続き、日本仕様は5ドアのみ、3ドアは日本国外仕様にのみ設定(ただし、後述する「Vitz GRMN Turbo」は例外)される。なお、5ドアと3ドアとではボディ後方のサイドウィンドウのデザインが異なる。
前席にはホールド性の高い新骨格のシートを採用。後席は全長の拡大により室内長も拡大されたことで足元のスペースが拡がり快適性を向上。インテリアでは初代・2代目で採用されていたセンターメーターを廃止してオーソドックスなアナログメーターに変更(「F」・「Jewela」はタコメーター非搭載)し、また、「U」・「RS」のインパネおよびドアトリムの一部にはソフトパッドを採用。そのほか、フロントドアガラスには高性能UV吸収剤を使用したことで紫外線を約99%カットし、手袋や日焼け止めを使用した時と同等の効果が得られる世界初の「スーパーUVカットガラス」を採用。
エンジンは1.3L車がダイハツ工業と共同開発し、Dual VVT-iを採用した1NR-FE型に変更(1.0L車・1.5L車は先代に搭載されていたエンジンを踏襲)、また1.3L・前輪駆動車にはToyota Stop & Start Systemと呼ばれる、常時噛み合い式のスターターモーターとワンウェイクラッチを使用し、エンジンの再始動時間を従来より短縮したアイドリングストップ機構搭載車を設定。26.5km/L(10・15モード燃費)の優れた低燃費を実現した。欧州仕様では先代に引き続き、1.4Lディーゼルターボエンジンも設定している。トランスミッションは5速MTが選択できる「RS」を除く全車でCVTのみの設定となり、燃費も向上。欧州仕様には6速セミATの設定もある。四輪駆動車は「平成17年基準排出ガス75%低減レベル(☆☆☆☆)」と「平成22年度燃費基準+15%」を、1.5L車は「平成22年度燃費基準+25%」をそれぞれ達成した。
なおリアのナンバープレート位置が初代・2代目のバンパー上からバックドア上に移動となり、2代目ラクティスと同様に、フロントワイパーが効率性重視のためシングルワイパーに変更され、助手席シートベルト非着用警告灯(現在は運転席警告灯と兼用)および前席のアジャスタブルシートベルトアンカーを廃止、また、車体色に関してはおよそ10年ぶりにスーパーホワイトII(色番号・040、「Jewela」を除く)が復活した。
スポーティードレスアップシリーズ「G's」は、「RS」をベースとして外装に専用デザインのバンパー・フロントグリル・大型マフラー・フロントLEDイルミネーションビームを装備し、ヘッドランプとリアコンビネーションランプにブラック加飾が施された。インテリアもシートが「G's」のロゴ入り専用表皮へと張り替え、インパネパネルとドアトリムにカーボン調の加飾が施され、ペダルは滑り止め防止ゴム付きのアルミ製へと変更されている。ボディはロッカーフランジの溶接スポット増しと前部補強ブレースで強化し、さらにアンダーボディへ空力パーツを追加して空力性能を適正化、そこへG's専用チューニングを施したサスペンションと高剛性・軽量設計の17インチアルミホイール & 205/45R17タイヤ(ブリヂストン・ポテンザRE050A)を組み合わせて足回りを強化し、操縦安定性とハンドリング性能を高めた。なお、当車種は「G's」モデルにおいて唯一のマニュアル・トランスミッション設定車となっていた。
2017年9月に「G's」に替わるスポーティードレスアップシリーズとして設定された「GR SPORT」は、外観は「Functional MATRIX」グリルと専用エンブレム(前後、サイド)を装備。内装には「GR」ロゴ入りの専用スポーティシートと専用スタートスイッチを装備し、ドアトリムやフロントシートなどに専用加飾やシルバーステッチを施した。また、ヴィッツ「GR SPORT」専用装備として専用チューニングサスペンションを装備し、スポット打点を追加。さらに、「GR SPORTGR」では、ザックス製ショックアブソーバーやブレースが追加され、10速スポーツシーケンシャルシフトマチック(CVT車のみ)、アルミペダル、小径ステアリングホイールを装備。なお、「G's」の場合同様に「GR」シリーズでは唯一となる5速MTが設定(2017年9月時点)されており、「GR SPORT」にはガソリン車に加え、ハイブリッド車も設定される。また、「GR SPORT」は「GR」シリーズで唯一の型式指定での登録となる。
グレード体系は2代目とは様変わりし、専用ボディカラーや内装色を設定し、メッキ加飾を施して華やかさを表現した「Jewela(ジュエラ)」を新設するとともに、既存グレードはベーシックグレードの「F」、本革巻ステアリング&シフトノブや快適温熱シートなどを標準装備し、高い質感と快適性を追求した上級グレードの「U」、専用デザインのエクステリアや専用スポーツシート、7速スポーツシーケンシャルシフトマチック&パドルシフトまたは5速マニュアルが選べるスポーツグレード「RS」の全4グレードに整理された。また、「F」の1.0L車には装備内容を簡素化(乗用車全体的に見ても珍しい手動式リアウィンドゥガラスなど)したビジネスユーザー向けの「Mパッケージ」、「RS」には装備内容を簡素化して価格を引き下げた「Cパッケージ」がそれぞれ設定されている。2代目後期型に標準装備されていたSRSサイドエアバッグ&カーテンシールドエアバッグが全車メーカーオプションとなったにもかかわらず、車両本体価格は上昇した。特に1.5L車の車両本体価格は、2代目と比較して大幅に値上げされた。
なお、2014年4月のマイナーチェンジ後は2010年12月販売型のグレード体系を引き継ぐが、「SMART STOPパッケージ」は1.3Lの前輪駆動全グレードに標準設定とし、「RS」のMT車を除く1.0L車・1.5L車全グレードにも新たに設定した。「RS」に設定されていた「Cパッケージ」は廃止された。SRSサイドエアバッグ&カーテンシールドエアバッグについては引き続き、全車メーカーオプション扱いである。
2017年1月のマイナーチェンジではスポーティーグレードの「RS」が廃止され、ハイブリッド車の設定に伴って「U」の1.5L車も廃止(これにより、「U」は1.3L専用グレードとなる)。ハイブリッド車は非ハイブリッド車(ガソリン車)と共通のグレード体系とし、「HYBRID F」・「HYBRID Jewela」・「HYBRID U」が設定され、「HYBRID U」には「Sportyパッケージ」も設定される。この「Sportyパッケージ」は非ハイブリッド車の「U」にも設定される。SRSサイドエアバッグ&カーテンシールドエアバッグは2010年12月販売型・2014年4月改良型に続き、全車メーカーオプション設定となる。なお、この改良によって国内仕様からMTの設定が一旦消滅したが、2017年9月に「RS」「RSG's」に替わるスポーツカーとして設定された「GR SPORT」「GR SPORTGR」にMTが設定され、8か月ぶりに復活した。
北米仕様は日本仕様とは異なり、5ドアと3ドアの2種類で展開される。エンジンは1.5Lの1NZ-FE型のみ搭載され、グレードはベーシックグレードの「L」(カナダでは「CE」)、クルーズコントロール、キーレスエントリーなどを装備した中級グレードの「LE」、16インチアルミホイール、4輪ディスクブレーキ、スポーツサスペンションなどを装備したスポーティグレードの「SE」という構成で、「SE」は5ドアのみの設定となる。装備に関しては運転席・助手席エアバッグ、運転席・助手席サイドエアバッグ、カーテンエアバッグのほか、運転席・助手席シートクッションエアバッグ、運転席ニーエアバッグの合計9つのエアバッグ、VSC&TRC、タイヤ空気圧警告灯などが全車で標準装備される。
なお、4ドアセダンのグレード「iA」は、マツダのメキシコ工場で製造されるマツダ・デミオ(現・MAZDA2)のOEMである。
2017年6月マイナーチェンジ。
北米仕様と同様、5ドアと3ドアの2種類で展開される。運転席・助手席エアバッグ、運転席・助手席サイドエアバッグ、カーテンエアバッグのほか運転席ニーエアバッグの合計7つのエアバッグ、VSC&TRC、アイドリングストップ機構、ガラスルーフ、レインセンサーワイパーなどが装備されている。2012年6月に登場したハイブリッド仕様(NHP130L)にはさらにヒルスタートアシストなどが装備される。
2017年3月マイナーチェンジ。日本仕様と同じデザインだが、リアフォグランプの位置が異なる。
「Vitz」は、英語の「Vivid」(鮮やかな)とドイツ語の「Witz」(機知)を掛け合わせた造語である。
「Yaris」は、ギリシャ神話の美の女神「カリス(Charites)」の単数形「Charis」からの造語である。
日本国外では「YARIS」(ヤリス)の名称で販売されている。なお、初代はカナダ・オーストラリアでは「ECHO」(エコー)、中国では「Vizi」(威姿)を名乗っていたが、2・3代目は国内を除いて全てヤリスハッチバックに統一された。さらに国外では姉妹車であるベルタが初代ヤリスセダン(中国・東南アジアでは2代目ヴィオス)を名乗り、さらに中国・東南アジア市場専売のヴィオスも3代目より北米市場・オセアニア市場に限りヤリスセダンの名で販売される。同じく姉妹車のファンカーゴはヤリスヴァーソを名乗っている。
日本では「ヤリス」という言葉の持つ響きがあまり好ましくないため、「Vitz」という名称となった(初代発売当時のdriver誌の記事より)。逆にイギリス英語使用圏では「Vitz」の読みが「Bit(s)=「わずか」「噛んだ(過去形)」」に聞こえてしまうため、日本のみ「Vitz」、日本国外では「ヤリス」、という住み分けがなされている。このように 地域ごとに異なる名称が与えられているが、その影響としてヒュンダイ・ゲッツの日本名が、開発コードの「TB」とされたということがある(「ゲッツ」の名称を用いている欧州では名称がヴィッツではなく「ヤリス」であるために問題はなかったが、日本市場では「ヴィッツ」と「ゲッツ」ということで名前が似てしまう点が現代側の名称変更の理由のひとつとして挙げられている)。
同車発売より前から愛知県豊田市中心部にヴィッツ豊田タウンという商業施設がある。
スポーツコンバージョンモデル「G's」よりさらにハードなチューニングが施される本格的なチューニングカーブランドの「GRMN」において、「iQ GRMN」「iQ GRMN Supercharger」に続く第3弾として「ヴィッツ GRMNターボ」が企画され、2013年に200台が限定販売された。
ボディ剛性を確保するため、日本市場では導入されない3ドア仕様車(豪州・英国市場向け)をベースに車体の前後アンダーボディへ専用開発の補強ブレースを装着した上でGRMN専用チューニングのサスペンションを組み込み、ADVICS製のGRMN専用対向4ポットキャリパーの採用でブレーキを強化し、さらにホイールハブを標準の4ホールからラクティスと同じ5ホール(PCDは100mm)へと変更し、強化型ロアアームを採用することでサスペンション全体の剛性を高めている。駆動方式はFFのみの設定で車両車重は1070㎏である。
エンジンは「RS」の1.5Lエンジン(1NZ-FE型)をベースとしてターボチャージャーを組み合わせることで最大出力は32kW(43PS)向上させ112kW(152PS)/6000rpmに、最大トルクは206Nm(21.0kgm)/4000rpmに引き上げられており、エンジンのチューニングに加えてVSCやABSなども専用のチューニングを施して「走る・曲がる・止まる」といった基本性能を大幅に向上させている。
トランスミッションは5速マニュアルトランスミッションのみである。
外装は「GRMN」のロゴがプレスされた専用の外板が与えられるほか、専用エアロパーツ(フロントバンパー&ヘッドランプレンズはヤリス・ハイブリッド前期モデル、リアバンパーはG'sからの流用となる)とBBS製鍛造17インチアルミホイール(同社の市販品「RF」をベースにしたGRMN専用開発品)に215/45R17タイヤ(ブリヂストン・ポテンザRE050A)を組み合わせる。
内装はトヨタ紡織製のGRMN専用スポーツシートとGRMN専用アナログメーターに加えて本革巻き3本スポークステアリングホイール(レッドステッチ付)などを装備し、後部の軽量化のために一体可倒式リアシートを採用した。ボディカラーは「スーパーホワイトII」と「ブラックマイカ」の2色である。
同年8月25日より専用サイトにて先着順による商談受付を行い、商談は、スポーツカー「TOYOTA 86」の発売と同時に設けられ、カスタマイズやチューニング等に精通した「マスタースタッフ」を常駐させている「AREA 86」設置店舗のネッツ店にて行われ、限定200台はすべて完売した。
トヨタがWRCに復帰した2017年の、フランクフルトモーターショーにてヤリスGRMNの発売が正式発表。日本向けは「ヴィッツGRMN」の名で、フロントマスクも「GR」風の四角いグリルに変更されている。ヤリスGRMNは400台、ヴィッツGRMNは150台の限定生産。
エンジンは2ZR-FE型1.8L直列4気筒ガソリンエンジンをロータスがチューニングし、スーパーチャージャーで過給。最大出力は212hp/6800rpm、最大トルクは25.5kgm/5000rpmを発生する。トランスミッションは6速MT(歴代ヴィッツで唯一の6速MT搭載車でもあった)のみ、駆動方式は前輪駆動。車両重量は1,135kgで、パワーウェイトレシオは5.35kg/hp。0~100km/h加速6.3秒、最高速230km/h(リミッター作動)のパフォーマンスを実現する。
トルセンLSDを装備し、サスペンションやボディも強化。ブレーキローター径はフロントが275mm、リアが278mmと大径化。17インチのBBS製軽量ホイールに、ブリヂストン「ポテンザRE050」の205/45R17サイズタイヤを組み合わせている。
TOYOTA GAZOO Racingは、2017年から復帰する世界ラリー選手権(WRC)に、WRカー規定の下に改造したヤリスWRCを採用。2戦目ラリー・スウェーデンで早くも勝利を挙げると、2年目の2018年には5勝をマークしてマニュファクチャラーズチャンピオンを獲得した。翌年2019年にはオイット・タナク/マルティン・ヤルヴェオヤ組が6勝をマークし、セバスチャン・オジェ/ジュリアン・イングラシア組の7連覇を阻止してドライバーズ/コ・ドライバーズチャンピオンとなっている。
地域選手権ではキャロッセ(クスコ)や豪州法人がAP4規定(アジアパシフィックラリー選手権の規定)に合わせたヴィッツを開発し、2017年JSR(日本スーパーラリーシリーズ)、2019年豪州ラリー選手権のドライバーズチャンピオンを獲得。また南アフリカのラリー選手権でも現地法人が独自にスーパー2000規定のヤリスを開発し、2015年および2016年にマニュファクチャラーズタイトルを獲得するなど、ラリーのベース車両として広く活躍している。なお南アのヤリスは日本に輸入され、2018年公開のラリー映画『OVER DRIVE』で主人公たちのチームのマシン『ヤリスSCRS』として使用されているほか、JSR第2戦には撮影で使用されたものが実際に競技車両として参戦した。
市販車無改造規定下においても、小回りや信頼性の高さ、アフターパーツの多さ、参戦可能なカテゴリの手広さなどから高い人気を集めている。またドイツのトヨタ・モータースポーツ有限会社(TMG)は、入門者向けにグループR1規定のヤリスのラリーカーを販売している。
全日本ラリー選手権でも多くのエントラントがヴィッツを採用している。二輪駆動車クラスでは天野智之/井上裕紀子夫婦が2008年から継続して使用。2010年〜2014年にJN2クラスでヴィッツRS、2015年にJN5クラスでヴィッツGRMNターボ、2016年〜2018年にはJN3クラスでヴィッツRS、2019年にはJN5でヴィッツGRをそれぞれドライブし、同期間全てでドライバー及びコ・ドライバータイトルを獲得(2013年のみ川名賢/井上裕紀子組、2014年と2017年は全勝)する圧倒的な強さを見せている。イベント総合結果でも、JN3でありながら上位クラスのJN4・JN5全車を上回ることがある。
同じく全日本ラリーではスポーティなCVTを開発するため、豊田自動織機とTOYOTA GAZOO Racingはラリー用にチューニングしたCVTを搭載したヴィッツをJN3クラスに参戦させており、2017年にはランキング2位の好成績を収めている。なおこのラリーで鍛えられたCVTは、市販車のヴィッツGRに10速シーケンシャルシフト付きCVTというかたちでフィードバックされている他、2018年からプライベーターにも供給をしている。
2018年途中からTOYOTA GAZOO RacingはヴィッツGRMNもJN5クラスにエントリーさせて海外のグループR勢と激しく争っており、2019年にJN5が改称したJN2クラスのチャンピオンを獲得した。なおこの年の選手権はJN6、JN5と合わせてヴィッツが3クラスを制覇している。
サーキットでは、スーパー耐久のST-5クラスで2010年から2012年に、2代目ヴィッツが3連覇を達成している。
モータースポーツのエントリー向け車両としてもよく使用されている。
サーキットでは2000年に日本初のナンバー付き車両によるワンメイクレースとしてヴィッツレースが発足。北海道、東北、関東、関西、西日本の5地区と、TOYOTA GAZOO Racingフェスティバル(TGRF)でのグランドファイナル戦で構成されており、20年近く経った現在も多数のレース入門が参加している。
2002年にはサーキットに続き、入門者向けラリーカテゴリの「ニュースタイルワンメイクラリー TRDヴィッツチャレンジ」が発足。2012年には他のトヨタ車も含む「TRDラリーチャレンジ」、2016年にはTOYOTA GAZOO Racingが公認し「TGRラリーチャレンジ」へと発展して現在に至っている。現在同シリーズには、ヴィッツ専用のクラスが2つ存在する。
東京都では、以前はネッツトヨタ東京、ネッツトヨタ多摩、ネッツトヨタ東都で取扱っていたが、2019年4月1日の販売チャネル制度廃止に伴い、東京都内の全販売店(トヨタモビリティ東京、カローラ店系列のトヨタ西東京カローラ、ネッツ店系列のネッツトヨタ多摩とネッツトヨタ東都)で取り扱うようになった。
トヨタ自動車のモータースポーツ
では、活動の歴史について記述する。レクサス、サイオン、GRなどの同社のブランドや豊田自動織機などトヨタグループの企業の活動に関してもここで述べる。
活動の最大の特徴は、ジャンルを問わない幅広さである。1960年代から今日に至るまで、プロトタイプカー・ツーリングカー・GT・ラリー・フォーミュラカー・オフロード・ストックカー・ダートオーバル・ドラッグレース・ヒルクライム、ドリフトなどあらゆる四輪競技に競技者あるいは支援者の形で関わり、数多の勝利とタイトルを収めてきた。
世界選手権においてはWRCで3度、WECで1度マニュファクチャラーズタイトルを獲得。また北米ではデイトナ500、インディ500、デイトナ24時間、セブリング12時間、パイクスピーク・ヒルクライム、バハ1000といった主要レース全てで総合優勝したことがあり、インディカー、NASCAR、IMSA、フォーミュラ・ドリフトなどシリーズ戦でもマニュファクチャラーズチャンピオンにも輝いた。
自らもドライバーとしてニュルブルクリンク24時間レースなどに参戦する豊田章男が社長に就任して以降は、トヨタのモータースポーツ活動はTOYOTA GAZOO Racing(TGR)のブランドのもとに「もっといいクルマづくり」「クルマファンづくり」の象徴として市販車開発とも強く関連づけられるようになった。その姿勢の原点として、創業者である豊田喜一郎の言葉が引用されている。
1960年代の体制はトヨタ自動車工業(自工)とトヨタ自動車販売(自販)の2系列に分かれていた。自工では第一回日本グランプリをきっかけに、自工・自販・ダイハツ・ヤマハ発動機・日本電装(現デンソー)のレース好きが集まる第7技術部(通称「ナナギ」)が発足。第7技術部は市販車の改造に加えてスポーツプロトタイプを開発し、ワークス格の「チーム・トヨタ」が日本グランプリなどの主要イベントに参戦した。自販はトヨペットサービスセンター特殊開発部(通称「綱島」)がツーリングカーのチューニングを行い、若手ドライバー主体のセミワークス的な活動を行った。
1971年にはワークス活動からクラブチームのTMSC-Rを支援するセミワークスに切り替えたが、オイルショックの影響で1974年に国内のレース活動を休止する。一方で海外では世界ラリー選手権 (WRC) に参戦する「トヨタ・チーム・ヨーロッパ (TTE) 」への支援を継続した。
2000年には富士スピードウェイを買収し、約200億円を投じて近代化改修を行い、2007年と2008年にはF1日本グランプリを開催。2012年からはWECを招致している。
なお1981年にレース活動を再開してからは、系列3部門が各地域のモータースポーツ活動を担当した。これらの部門の統括は従来本社のモータースポーツ部 (MSD) が担当していたが、2014年の組織改編でMSDは「モータースポーツユニット開発部」と名称を変更して技術系の業務に専念することになり、マーケティングについてはトヨタ全体のマーケティングを担当するトヨタモーターセールス&マーケティング(TMSM)に移管され分裂。
しかし2015年には組織改編で再びモータースポーツ活動全般の機能をトヨタ本社に集約することになり、新たに設けられた「モータースポーツ本部」が開発・マーケティングの双方を統括、「GAZOO Racing」の統一名称で活動を行うことになった。
1957年(昭和32年)、オーストラリア1周ラリーに招待され、クラウンで出場して完走、総合47位(外国賞3位)となった。これがトヨタのモータースポーツ活動の原点であるとされる。
その後、1973年(昭和48年)から1999年(平成11年)まで世界ラリー選手権(WRC)にトヨタ・チーム・ヨーロッパ (TTE) がカローラレビン、セリカ、スープラで参戦していた。1975年(昭和50年)の1000湖ラリー(フィンランド)での、カローラレビンによるWRC初制覇に始まり、TA64型セリカで1984年(昭和59年)、1985年(昭和60年)、1986年(昭和61年)とサファリラリー3連覇を達成した。
1988年(昭和63年)、WRC王座獲得を目指すべくツール・ド・コルス(フランス)でグループA規定のST165型セリカをデビューさせ、当時最強を誇っていた王者ランチアに挑み、熾烈な戦いを繰り広げることになる。そして1990年(平成2年)、ついにランチアを打ち破ってカルロス・サインツ/ルイス・モヤ組が日本車初のドライバーズチャンピオンを獲得する(スペイン人としても初)。またST185型セリカにスイッチした1992年(平成4年)にもサインツはチャンピオンになる。
1993年(平成5年)には日本の自動車メーカーとして初めてマニュファクチャラーズタイトルを獲得(ドライバーズとの2冠)、1994年(平成6年)も続けてダブルタイトルを制覇した。1994年(平成6年)のサンレモ・ラリーでは、ユハ・カンクネン/ニッキー・グリスト組により、ST185型セリカに変わってST205型セリカがデビューした。
1995年(平成7年)はST205の開発がうまくいかず、わずか1勝と苦戦。そしてラリー・カタルーニャでエンジンの吸気量を制限するリストリクターに意図的に細工を施すという行為が発覚した。エアリストリクターが装着されたトランペット状の部品単体では問題ないが、エンジンに取り付けると吸気の負圧でパーツがスライドして隙間ができ、その隙間から空気を吸入しパワーを上げるというものだった。国際自動車連盟 (FIA) は1995年(平成7年)シーズンのドライバー及びマニュファクチャラーの全ポイント剥奪と1996年終了までの出場停止処分を発表した。トヨタ側はこの処分を重く受け止め、さらに一年間活動を自粛したが、後にトヨタ復帰を願う声を受けて1997年の終盤にテストを兼ねて参戦を再開した。
このときセリカ譲りの3S‐GTEエンジンを搭載した、よりコンパクトなカローラWRCへとスイッチしており、このWRカーはすぐにタイトルを争う戦闘力を発揮。1998年(平成10年)はオリオールに加えて、サインツがフォードから移籍。サインツが開幕戦で優勝を飾るなど2勝をマークし、マニュファクチャラーズランキング2位でシーズンを終えた。最終戦はサインツがタイトルまであとわずか数百メートルというところでエンジンブローという悲劇的なものだった。
1999年(平成11年)は優勝こそチャイナ・ラリーのみだったもののコンスタントに上位入賞を繰り返し、5年ぶり3度目のマニュファクチャラーズタイトルを獲得。しかし、サンレモラリーの直前にTTEはWRC撤退とF1参戦を発表、27年にも及ぶ日本最大のマニュファクチャラーのラリーへの挑戦は7度のタイトルと43度の勝利を持って幕を閉じた。
2015年(平成27年)1月30日にトヨタはWRCへの復帰を表明し、2017年(平成29年)からヤリスWRCで参戦開始。シャーシ開発とオペレーションをトミ・マキネン・レーシング、エンジン開発はTMGが担当する。開幕前はマシン開発の遅れが懸念されていたが、フォルクスワーゲンから移籍してきたヤリ=マティ・ラトバラ/ミイカ・アンティラ組が復帰初戦ラリー・モンテカルロで2位表彰台、2戦目のラリー・スウェーデンで早くも優勝を果たした。2018年には後半にオィット・タナック/マルティン・ヤルヴェオヤ組が3連勝を達成して終盤にマニュファクチャラーズランキング首位に浮上し、そのままタイトルを手中に収めた。
2018年終了時点の通算成績はドライバーズタイトル4回、マニュファクチャラーズタイトル4回、勝利数50勝である。
1983年にカール・ウェルズのPPI(Precision Preparation, Inc.)を支援する形で、北米のラリーレイド及びクローズドで開催されるオフロードレースに参戦。初年度でのドライバー・メーカータイトルを獲得した。以降1984年から1999年までオフロード界を席巻し、のマニュファクチャラーズタイトルを11連覇した。その後もタンドラ・タコマがトラックを用いたオフロードレースで現在に至るまで圧倒的な活躍を見せ、MTEG、、などの各団体で圧倒的な数の総合タイトルをさらっていった。また1992年と1999年にはバハ1000で総合優勝を果たしている。
北米以外では、1995年からはトヨタ車体がTLC(チーム・ランドクルーザー)を組織してランドクルーザーでダカールラリーに挑戦しており、市販車無改造のディーゼル部門において1996年から2018年までの21回の開催中、6連覇を3度含む18回のクラス優勝を手にしている。
2012年からは南アフリカ法人のトヨタが改造したハイラックスで最高峰クラスに挑戦、2019年に8台体制を敷いてきたMINIのワークス勢を破ってナッサー・アル=アティヤ/マシュー・バウメル組が念願の総合優勝を果たした。。このハイラックスはクロスカントリーラリー・ワールドカップにも参戦しており、2016・2017年にアル=アティヤ/バウメルによってドライバー・チームタイトルを獲得している。
耐久性の高いトヨタ車はプライベーターチームの間でも人気があり、ランドクルーザー、ハイラックス、スターレット、カリーナ、カローラレビンなどが古くから参戦した。1982年には久保田勝/内田正洋組がカリーナ1500で市販車無改造・2輪駆動・バギー・マラソンの4部門において優勝するという快挙を成し遂げた。
また2017年のダカールは、四輪車部門79台のうち36台がトヨタ車という人気ぶりであった。
ヴィッツの生産を担当している豊田自動織機がチームを組織して、ヴィッツによるラリー活動を行っている。同社の社員でもある天野智之/井上裕紀子組が猛威を振るい、同チームは9年連続でクラスチャンピオンを獲得している。
また「凄腕技能養成部」を編入したTOYOTA GAZOO Racingが2015年から参戦し、スポーツCVTの研究やヴィッツGRMNによる挑戦をしている。
トヨタが初めてスポーツプロトタイプのレースに参加したのは1966年(昭和41年)の第3回日本グランプリである。ただしマシンは市販前の2000GTで純粋なレーシングカーではなく、プロトタイプカーのポルシェ906やプリンスR380に後れを取っていた。
トヨタは1967年の第4回日本グランプリを欠場して、翌1968年(昭和43年)に自社初のプロトタイプレーシングマシン、3リッターV型8気筒エンジン搭載のトヨタ・7をデビューさせる。5月の'68日本グランプリでは日産・R381に敗れたものの、その他のレースで勝利を収める。日産が日本グランプリ以外に消極的であったのに対して、トヨタは耐久レースに積極的に参戦したため「耐久のトヨタ」と呼ばれた。
翌1969年(昭和44年)には5リッターV型8気筒エンジンを搭載するトヨタ・7の第2期モデルが登場する。このマシンもデビュー戦の7月の富士1000kmで勝利を収め、続く8月のNETスピードカップも日産R381を破り優勝。また11月の第2回日本Can-Amも制するが、肝心の10月の日本グランプリでは6リッターV型12気筒エンジンを搭載する日産・R382の前にまたも涙を飲んだ。
翌年に向けてトヨタは日本初の5リッターV型8気筒エンジンにターボチャージャーを装着した第3期モデルのトヨタ・7を開発するが、日産が1970年の日本グランプリの欠場を表明したため、トヨタも欠場することとなる。トヨタの目は世界に向けられ、トヨタ・7ターボでのCan-Amへの挑戦を決意するが、それが決定したまさにその日、鈴鹿サーキットでトヨタ・7ターボをテスト中の川合稔が事故死、これによりトヨタ・7のプロジェクトは白紙にされてしまう。以降1980年代までトヨタはプロトタイプカーのレース活動を中断することになる。
1975年(昭和50年)にはシグマ・オートモーティブ(SARDの前身)にエンジンを供給し、シグマ・MC-75がル・マン24時間レースに参戦した。また、1973年にマツダのロータリーエンジンを搭載したシグマ・MC-73のリアウィングには「TOYOTA」のスポンサーロゴが書かれている。
1982年(昭和57年)に世界耐久選手権(WEC)の日本ラウンド (WEC-JAPAN) が初開催されると、童夢とトムスが共同開発したグループCカー、トムス童夢・セリカCにWRC用エンジンをベースにした4気筒ターボエンジンを供給した。
1983年(昭和58年)から始まる全日本耐久選手権(1987年(昭和62年)より全日本スポーツプロトタイプカー耐久選手権=JSPC)にも参戦。童夢とトムスの共同開発によるトムス・83C(1983年) - 88C(1988年(昭和63年))を経て、8気筒ターボエンジンを新開発し、88C-V(1988年) - 92C-V(1992年(平成4年))を送り込む。1987年(昭和62年)からはトヨタの名を冠した「トヨタチームトムス」として参戦を開始。TRDが開発を主導することになり、マシン名も「トムス」から「トヨタ」となり、オイルショック以降中断していたワークス活動の事実上の再開となった。
1985年(昭和60年)からはル・マン24時間レースにも参戦を開始し、1989年にはイギリスのトムスGBを拠点として世界スポーツプロトタイプ選手権 (WSPC) にもフル参戦する。ル・マンには1990年(平成2年)まではターボエンジン車で参戦し、1992年、1993年には当時のF1と同じ規定で造られた自然吸気3.5リッター10気筒エンジンを搭載したTS010で参戦。1992年のスポーツカー世界選手権 (SWC) 第1戦のモンツァで、日本人の小河等が優勝している。同年のル・マンでは関谷正徳が日本人で初めて総合2位表彰台に上がった。
1993年にはサードの93C-VがC2クラス優勝を獲得している。1994年にはサードが92C-Vを改造した94C-Vで出場、しかしポルシェ962CをGTとして改造した掟破りとも言えるダウアー962GTの前にまたも2位に終わる(LMP1/C90クラス優勝)。1995・1996年には続けてサードがスープラでGT1クラスに参戦したが、クラス8位・15位に終わった。
1998年(平成10年)から1999年(平成11年)にかけては、TTEを中心に開発したToyota GT-One (TS020)でル・マンに参戦。マシン性能は他社に比べて優れていたが、マシントラブルのために最高成績は1999年の総合2位止まりに終わる(LMGTPクラス優勝)。
その後10年以上はF1参戦のため途絶えていたが、2012年にハイブリッドエンジンを搭載するTS030 HYBRIDで、ル・マン24時間を含むFIA 世界耐久選手権に復帰。オペレーションはTMGとオレカがジョイントして行うことになった。日本人ドライバーとして石浦宏明が参戦する予定であったが、腰を痛めていたこともあり中嶋一貴が代わりに参戦、そのままレギュラーとなった。
TS030はル・マンでは途中首位を奪うシーンもあったものの、2012年は2車ともリタイヤ、翌2013年のル・マンは2位と4位に終わった。しかしWECでは活躍し、2012年のFIA 世界耐久選手権6戦と2013年のFIA 世界耐久選手権全8戦の計14戦中5勝を挙げた。
2014年からはトヨタ初の四輪駆動LMP1であるTS040 HYBRIDを投入した。ル・マンでは中嶋一貴が日本人で初めてPPを獲るものの、豪雨でのクラッシュとマシントラブルで3位に終わった。一方WECでは全8戦に出場し5戦で優勝したことによりマニュファクチャラーズランキングとドライバーズランキング(トヨタ2車が同点優勝)の両方で悲願のスポーツカーの世界選手権タイトル獲得を果たした。
2015年は、大量の開発費を投入してル・マンで5秒ものタイムゲインをしたポルシェ・アウディについていくことができず、良いところ無く一年を終えている。
2016年はル・マンで勝利することのみを主眼に置いたTS050を、突貫で開発し一年前倒しで投入。その甲斐あってル・マンでは終始有利な展開で進めたが、残り数時間で2位争いをしていた小林可夢偉がスピンし、ポルシェに2位を盤石にされる。さらに残り6分でトップ快走中の中嶋一貴のマシンに駆動系トラブルが発生、ホームストレート上にストップし、ル・マン制覇の悲願は露と消えた。またWECでは苦戦を強いられたが、富士では戦略とこの年デビューした小林可夢偉の頑張りによって2秒差でアウディから逃げ切って約二年ぶりの勝利を挙げた。
2017年のル・マンは三台体制となり、3台目に前年スーパーフォーミュラ王者の国本雄資がエントリーした。ル・マンでは小林可夢偉がコースレコードを更新する走りで予選ポールポジションを奪取。決勝も最初の6時間を1-2体制でレースを支配したものの、3台ともトラブルに見舞われた。特にトップを快走していた7号車のトラブルは、夜間のSC中のピット出口の赤信号で止まっていたところ、マーシャルと同じ橙色のレーシングスーツを着たアマチュアドライバーが応援のためにサムアップしに来たのを、発信可の合図と勘違いした結果起きたという信じられないアクシデントによるものだった。結局この年は8号車が総合8位(クラス2位)に入るにとどまった。WECシリーズを通してはル・マン以降は劣勢であったもののその後挽回し、タイトルには届かなかったが、優勝回数でポルシェを上回った。
2018年のル・マンはTS050二台体制で出場し、セバスチャン・ブエミ、フェルナンド・アロンソ、中嶋一貴の8号車が優勝、小林可夢偉らの7号車が2位となり、20回目の挑戦にして初めてル・マン総合優勝を成し遂げた。日本メーカーとしてはマツダ(マツダ・787B)以来27年ぶり2度目、日本人ドライバーとしては荒聖治(チーム郷、アウディ・R8)以来14年ぶり3度目のル・マン総合優勝であり、日本メーカーの車両に日本人ドライバーが搭乗して優勝するのは初めてであった。
1968年SCCAに2000GTが参戦したのが、トヨタの北米スポーツカー初参戦となる(年間クラス4位)。その後はトヨタ・7での北米進出を目論んだが、前出の通り頓挫した。
1981年にIMSAのGTUクラスにセリカを投入。1983年にはダン・ガーニー率いるオール・アメリカン・レーサーズ (AAR) と提携し、1985年にGTOクラス初優勝を経て、1987年に日本メーカーとして初めてGTOクラスタイトル獲得した。
1989年よりIMSA最高クラスのGTPクラスにステップアップ。1991年にはトヨタの2.1リッター直4ターボエンジン(3S-G改)を搭載するイーグル・マークIIIを投入。ライバルが戦意喪失して撤退するほどの勝ちまくりぶりで、1992年と1993年にドライバーズ(ファン・マヌエル・ファンジオ2世)とマニュファクチャラーズタイトルを連覇、1993年デイトナ24時間レースと1992・1993年セブリング12時間レースでも勝利を収めた。なお1993年のタイトルは全戦全勝で収めている。
2004年から2009年にもレクサスのエンジンを供給する形でグランダムのロレックス・スポーツカーシリーズに参戦、チップ・ガナッシとともにデイトナ24時間を3連覇、2008年のドライバーズタイトルを獲得している。
ニュルの耐久レースに始めて参戦したのは、1973年のセリカ1600GTが初であった。6時間耐久であったこのレースには、後に豊田章男の人生の師となる成瀬弘もドライバーとして参戦していた。ピットのガレージを用意してもらえず、傘をさして屋外で作業するなど過酷な環境の中2リットルクラスで優勝(総合6位)し、会場から拍手が巻き起こった。なおこのセリカは同年スパ24時間にも参戦し、クラス優勝(総合9位)を獲得している
2005年にはハイブリッドカーのレクサス・RX400hで参戦。完走させることに成功した。
2007年にはTeam Gazooとして当時のトヨタ副社長である豊田章男が社員だけで構成されたチームを率いて、SP3クラスにアルテッツァRS200二台で参戦。当初は「トヨタ」を名乗ることが許されなかったというが、豊田が社長に就任してからも差別化のためかあえて「トヨタ」を名乗らずに活動を続けた。なお、現在も用いられている黒と赤の「GR」のロゴは2010年から使われている。
2008年には発売前のLFAがSP8クラスに参戦。以降2009~2011年にLFAの2台体制で参戦、2010年にクラス優勝した。なお、このとき同じピットであったアストンマーティンのCEO・ベッツと章男は親交を深め、2012年のVLNのコラボレーション参戦や、トヨタ・iQをベースにしたアストンマーティン・シグネットの誕生が実現している。
2012~2013年はLFAを1台に減らし、代わりにこの年発売となった86を2台採用した。2013年にLFAがSP8、86がSP3クラスで優勝を飾った。
2014年はLFA、86各1台に加えてLFAの特別仕様車「LFA Code X」がSP-PROクラスに参戦。3クラス全ての参戦車両がクラス優勝を収めた。
2015年はLFA Code XとレクサスRCの二台体制で、LFA Code Xが前年に引き続きクラス優勝した。
2016年はレクサス・RCとRC-Fに加え、2005年以来となるSUVのC-HR Racingが参戦。これに市販車C-HRの開発責任者も乗り込み、燃料計算のミスなどはあったものの完走。半年後の発売に向けて実りあるテストになった。
2017年はSP3TクラスにRC一台のみで参戦。スバル・WRX、アウディTT RS2との三つ巴の戦いの中、スバルを上回るクラス2位を獲得した。
2018年はSP-PROクラスに研究開発目的のレクサス・LCを投入。トラブルに見舞われながらも完走を果たした。
フォーミュラにおけるトヨタは、1974年にイタリアのノバ社がチューニングしたトヨタ2T-GエンジンがヨーロッパのF3界を席巻したことに始まる。特にイギリスF3では9年連続でチャンピオンエンジンになる強さを見せた。このエンジンは日本にも逆輸入され、1979年から始まった全日本F3選手権でも他メーカーを圧倒した。そのため中嶋悟が1978年にイギリスF3に参戦した際もトヨタエンジンを用いている。
1980年代にはトムスがチューニングした3S-GEエンジンが登場し、こちらもライバルの無限を圧倒して多くのタイトルを獲得している。またマカオGPでも通算7勝を挙げる活躍を見せており、1983年にアイルトン・セナがマカオGPを制したときのマシンもトヨタエンジンを搭載していた
。全日本F3へのエンジン供給は現在まで続いており、最もチャンピオンを輩出しているエンジンとなっている。また1989年から2005年までフォーミュラ・アトランティックにTRD USAのチューニングした4A-GEエンジンを供給したり、1991年から2007年までフォーミュラ・トヨタを、2005年から現在までオセアニアでトヨタ・レーシング・シリーズを開催するなど、育成としてのフォーミュラには特に積極的である。またトヨタは関わってはいないが、ユーロフォーミュラ・オープンでも前身であるスペイン選手権の2001年以来現在までトヨタエンジンが使用されている。
トヨタ初のビッグフォーミュラ参戦は1996年(平成8年)アメリカのチャンピオンシップシリーズ (CART) である。エンジン供給の形で、IMSAでもジョイントしていたAARと参戦したが、当初は戦闘力も信頼性も無くエンジンの熟成には時間を要した。しかし2000年(平成12年)にはファン・パブロ・モントーヤのドライブでCART初勝利を達成。2002年(平成14年)にはドライバーズ(クリスチアーノ・ダ・マッタ)、マニュファクチャラーズのダブルタイトルを獲得した。
2003年(平成15年)からはホンダと共にインディカー・シリーズへ転身し、世界3大レースのひとつであるインディ500を日本メーカーとして初めて制覇。さらに参戦初年でドライバーズ(スコット・ディクソン)、マニュファクチャラーズのダブルタイトルを獲得した。しかし2005年にNASCARに集中するとして撤退した。
F1にはシャーシ・エンジンとも自製するフルコンストラクターとして2002年(平成14年)から参戦。エンジンはウィリアムズにも供給された。しかしリーマン・ショックの影響で2009年(平成21年)シーズン終了後に撤退を表明した。ポールポジション3回と13回の表彰台を獲得したが、コンストラクターズランキングは最高4位に留まり、優勝は一度も達成できなかった。
国内では2006年(平成18年)より現在までフォーミュラ・ニッポン・スーパーフォーミュラにエンジンを供給している。2018年現在までトヨタ勢はホンダ勢を圧倒し続けており、13年間のうちにドライバータイトル10回・チームタイトルを12回獲得している。
1963年(昭和38年)に初開催された日本GPにパブリカ、コロナ、クラウンが出場。「レースには積極的に関与しない」という国産メーカー間の紳士協定の裏で、トヨタ自工は密かにチューンした「裏ワークスマシン」を投入して出場3クラスを制覇した。その成績を大々的に宣伝したことがプリンスなど他メーカーを刺激し、ワークス対決のきっかけとなる。
市販車ベースのレースでは、2000GTと1600GTやS800が活躍した。1966年の鈴鹿1000kmレースでは二台の2000GTでワンツーフィニッシュ、翌年も鈴鹿500kmレースで優勝、1967年の富士24時間レースではスポーツ800とともに3台揃ってデイトナフィニッシュする完勝を収めた。1600GTのプロトタイプは「RTX」の名で自工ワークスが使用し、ツーリングカーの公認を得てからはプライベーターにも愛用され、日産スカイライン2000GTの牙城を崩した。
1970年代はカローラ / スプリンター、セリカ、スターレットなどが活躍。ワークス活動休止後はプライベーターに放出され、マイナーツーリングレースで激戦を展開した。1982・1986・1987年にはイギリスツーリングカー選手権(BTCC)でカローラがドライバーズ王者マシンになった。1991年から1995年にはワークスで参戦し、多くの勝利を挙げたもののタイトル獲得はならなかった。
1994 - 1998年には全日本ツーリングカー選手権 (JTCC) に参戦し、ドライバー部門で2度、チーム部門で1度タイトルを獲得。1994年(平成6年)第4戦からは全日本GT選手権(JGTC:現・SUPER GT)に参戦。GT500クラスでは2005年までスープラで4回、2006~2013年はレクサスSCで3回、2014~2016年はRC Fで1回、2017~2018年はLC500で1回ドライバーズチャンピオンを獲得している。
GT300クラスにもレクサスISやMR-Sで参戦、MR-Sではaprの運用により3回のドライバーのドライバーズタイトルを獲得した。2009年からはカローラアクシオ、2012年よりプリウスに車両が変わっている。また2015年よりLM corsaによってRC F GT3が参戦している。また開発・生産には関わってはいないが、2015年から導入されたマザーシャシーに86の外観が用いられている。
2017年からはレクサス RC-F GT3で海外にも戦場を求め始めており、IMSAのGTDクラスと欧州のGTオープンにセミワークス参戦を開始。2018年にIMSA及びブランパン耐久で初優勝を挙げている。
2000年(平成12年)、アメリカのストックカーレースであるNASCARのグッディーズダッシュシリーズにV6エンジンのセリカで参戦したのが最初である。2001年、2002年と総合2位になった後、2003年には初めてNASCARの主催するシリーズでドライバーズタイトルを獲得した。
2004年(平成16年)にはNASCAR三大シリーズの一つであるクラフツマントラックシリーズ(現・キャンピング・ワールド・トラック・シリーズ)にタンドラでステップアップ。三年目の2006年(平成18年)にはドライバーズ、マニュファクチャラーズのダブルタイトルを獲得。その後2017年に至るまで当シリーズで最もマニュファクチャラーズタイトル獲得数の多いメーカーとなって猛威を振るっている。
トヨタ北米進出50周年でもある2007年には、最高峰にあたるネクステルカップシリーズ(現・モンスターエナジー・NASCARカップ・シリーズ)とブッシュシリーズ(現・エクスフィニティ・シリーズ)へカムリでデビュー。翌年の第4戦アトランタで、外国車メーカーとしては1954年(昭和29年)のジャガー以来、日本車メーカーとしては初となる最高峰カテゴリーでの優勝を果たした。
2015年にはカムリを駆るカイル・ブッシュが骨折により開幕戦から11戦目まで欠場という絶望的な状況を大逆転し、日本車初の最高峰でのドライバーズタイトルをもたらした。2016年にはデニー・ハムリンがやはり日本車初となるデイトナ500優勝、シリーズでも日本車初(アメリカ以外の自動車メーカーとしても初)のマニュファクチャラーズタイトルを獲得した。なお2016年はエクスフィニティ・シリーズでドライバー・マニュファクチャラー・オーナー・ルーキー、キャンピング・ワールド・トラック・シリーズでもマニュファクチャラー・オーナー・ルーキータイトルを獲得しており、三大シリーズ戦のマニュファクチャラー部門全てをトヨタが制す大成功の年となった。また同年トヨタのマーティン・トゥーレックス・ジュニアがコカ・コーラ600で全400周中392周、588マイルというリードラップ最長記録を達成している。
2017年はシーズン前半は苦労したが、後半からトゥーレックス・ジュニアとブッシュが2人で13勝(トヨタ全体では19勝)を挙げる活躍を見せた。最終戦ではトゥーレックス・ジュニアが優勝し、ドライバー・マニュファクチャラー・オーナー・ルーキーの四冠を同時に達成した。
ドラッグカー最大のシリーズであるNHRAに2002年からTRD USAの開発したセリカベースのマシンで、ファニーカークラスから参戦を開始。2004年に初勝利を挙げ、2008年にソアラ、2015年にカムリでクラスタイトルを獲得した。最高峰のトップフューエルクラスにはマルコ・ツールズとジョイントして2010年に転向、その年にタイトルを獲得。その後2011年・2012・2015・2016年にもドライバーズタイトルを勝ちとった。
パイクスピーク・インターナショナル・ヒルクライムにも参戦しており、TRD USAが開発したセリカGT AWDターボをロッド・ミレンがドライブし、1994・1996・1997年に総合優勝。1998~1999年はタコマにマシンを替えてこれも連覇、合計5度の総合優勝を成し遂げている。なお1994年のコースレコードは、2007年に破られるまで最速タイムであった。2012年にもTMGの開発したEVユニットを搭載した『EV P002』が哀川翔率いるチームのもと参戦し、EVクラス優勝(総合6位)を果たし、コースレコードも樹立した。
フォーミュラ・ドリフトでは若者向け北米限定ブランドサイオンのチーム『サイオン・レーシング』を組織して2008年から参戦。マシン開発及びらの支援をして、4度のマニュファクチャラーズカップを獲得した。サイオンブランドが廃止になって以降もトヨタ・レーシング名義で参戦している。
日本のD1グランプリではワークスでは関わってはいないが、OTGモータースポーツは2013年から86にTRD USA製のNASCARのV8エンジンを搭載している。
ダートオーバルにも参画しており、2006年からUSACの主催するミジェットカー・スプリントカーレースにエンジンを供給している。
2018年11月に初開催された第1回グランツーリスモ選手権マニュファクチャラーシリーズに参戦し、レクサスとトヨタで1-2フィニッシュを飾った。
2019年にTOYOTA GAZOO Racingはe-Motorsportsに本格的に参入することを表明し、手始めにグランツーリスモSPORTとの協力により、新型GRスープラを用いたe-Sportのワンメイクレース『GR SUPRA GT Cup』を開催するとしている。
アマチュアおよびモータースポーツ入門者向けのカテゴリとして、大規模なワンメイクレースの運営を行っている。1981年には国内初のワンメイクレースとして「スターレット・グランドカップ」を創設。2000年にはこれを引き継いで、ヴィッツやアルテッツァで参加する「ネッツカップ」を開催。ヴィッツレースは趣味で参加できる「ナンバー付き車両レース」として2018年現在も人気を博している。
2013年には86及びスバル・BRZによって争われる「GAZOO Racing 86/BRZ Race」もスタートさせ、多数のプロドライバーやタイヤメーカーが参入する一大カテゴリに成長している。
フォーミュラカーでは1991年(平成3年)より2007年(平成19年)までジュニア・フォーミュラシリーズとしてフォーミュラ・トヨタを主催。2006年(平成18年)~2013年(平成25年)には日産・ホンダと共同でフォーミュラチャレンジ・ジャパン(FCJ)を運営していた。また若手レーシングドライバー育成プロジェクトとしてフォーミュラトヨタ・レーシングスクール(FTRS)やトヨタ・ヤングドライバーズ・プログラム(TDP)を運営。中嶋一貴、小林可夢偉をF1ドライバーとしてデビューさせた。また2004年からニュージーランドで、若手育成のためにF3相当のを開催し、ブレンドン・ハートレイ、アール・バンバー、ニック・キャシディらを輩出している。
またラリーでも2000年から、ワンデイ開催の初心者向けラリーシリーズである「ラリーチャレンジ」を自動車メーカーで唯一開催している。2015年にWRC復帰を発表した後はWRCのための育成プログラムを立ち上げ、全日本ラリー王者の息子勝田貴元と新井大輝、コ・ドライバー王者の足立さやかを欧州で修行させている。
豊田章男が社長になって以降は特にモータースポーツを広報活動に積極的に用いており、地上波でTOYOTA GAZOO RACINGのCMが流れることが一般的になった。豊田自身も「モリゾウ」名義でGRラリーチャレンジや新城ラリーに参戦してファンと交流したり、TV番組やトークショーにも出演してモータースポーツをアピールするなど、顔の見える経営者として知られる。またJスポーツと提携して、GAZOO RACINGのホームページ上でル・マン24時間やニュルブルクリンク24時間レースを無料ライブ配信している。
社員の研修にモータースポーツを用いることにも熱心で、全日本ラリー選手権に選りすぐったメカニックたちで組織した「凄腕技能養成部」を送り込んだり、5大陸走破プロジェクトで社員にステアリングを握らせて様々な道を経験させている。