トヨタエスティマルシーダ2.2 X ジョイフルキャノピー ディーゼルターボ 4WDの評判・スペック
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トヨタ エスティマルシーダ 2.2 X ジョイフルキャノピー ディーゼルターボ 4WD
エスティマルシーダのフロント外観(92年(H04)1月、新型時の2.4 Xのフロント)
エスティマルシーダのリア外観(92年(H04)1月、新型時の2.4 Xのリア)
エスティマルシーダの内装・インパネ(92年(H04)1月、新型時の2.4 Xのリア)
| メーカー | トヨタ |
| 車種 | エスティマルシーダ |
| グレード | 2.2 X ジョイフルキャノピー ディーゼルターボ 4WD |
| 販売期間 | 1993年08月から 1994年12月 |
| 価格 | 2,655,000円 |
| エンジン |
エンジン:
直列4気筒SOHC 排気量: 2184cc 型式: Y-CXR20G 馬力: 100ps トルク: 22/2600 ミッション: 4AT バッテリー: |
| タイヤ |
前輪:
185SR14 後輪: 185SR14 ホイールサイズ: / 駆動: 4WD 最小回転: 5.6m タイヤサイズ |
| 燃費 |
燃費(JC08):
- 燃費(10•15): -km/L 燃料: 軽油 実燃費: から |
| ボディサイズ | 高さ: 1910 車幅: 1690 全長: 4690 |
| 乗車定員 | 8人 |
| 評価・レビュー |
外観:
0点 内観: 0点 スペック: 0点 エンジン: 0点 乗り心地: 0点 燃費: 0点 価格: 0点 |
| 中古車 |
台 買取価格相場 車を売る |
トヨタエスティマルシーダとは
トヨタが製造したエスティマルシーダは、1990年に初代モデルが登場し、2000年に生産を終了するまでの間に2代目までが販売されました。フルモデルチェンジを重ねながら、快適性と実用性を追求したミニバンとして、長年にわたり人気を博してきました。価格帯は中古車市場でも手の届きやすいレベルであり、幅広い層に支持されています。 エスティマルシーダは、グレードによって様々な仕様が存在しますが、快適設備や安全装備が充実しており、長距離ドライブやファミリーでの利用に適しています。エンジンには様々な排気量のものが用意されており、走行性能と燃費のバランスが良いのが特徴です。燃費面でもエコモードやハイブリッドモデルが登場し、環境に配慮した走りを楽しめます。 エスティマルシーダの人気の秘密は、その使い勝手の良さにあります。広々とした室内空間やスライドドアの便利さ、上質なインテリアデザインなど、快適な車内環境が魅力となっています。また、ミニバンながらもスムーズな走行を実現する高いパフォーマンスと、安全面においても高評価を受けています。 エスティマルシーダは、タイヤサイズも幅広いラインナップが用意されており、走行状況や用途に合わせて選択することができます。歴史あるトヨタの技術と品質を受け継ぎつつ、時代のニーズに合った進化を遂げてきたエスティマルシーダは、多くのユーザーに愛され続けています。より詳しいスペックやオプションの情報を見ることができます。
| 詳細項目 | スペック |
|---|---|
| 型式 | Y-CXR20G |
| 最小回転半径 | 5.6m |
| 駆動方式 | 4WD |
| 全長×全幅×全高 | 4.69m×1.69m×1.91m |
| ドア数 | 4 |
| ホイールベース | 2.86m |
| ミッション | 4AT |
| 前トレッド/後トレッド | 1.45m/1.44m |
| AI-SHIFT | - |
| 室内(全長×全幅×全高) | 2.89m×1.52m×1.29m |
| 4WS | - |
| 車両重量 | 1780kg |
| シート列数 | 3 |
| 最大積載量 | -kg |
| 乗車定員 | 8名 |
| 車両総重量 | 2220kg |
| ミッション位置 | コラム |
| 最低地上高 | 0.16m |
| マニュアルモード | - |
| 標準色 | ダークティールグリーンマイカ、ウォームグレーオパール、ブルーイッシュグレーメタリック、ライトターコイズマイカメタリック、ディープレッドマイカ、ホワイト |
| オプション色 | - |
| 掲載コメント | ※このクルマの燃費は発売当時の資料により、60km/h定地走行燃費の数値を表示しております。燃費=18.4km/l |
| エンジン型式 | 3C-TE |
| 環境対策エンジン | - |
| 種類 | 直列4気筒SOHC |
| 使用燃料 | 軽油 |
| 過給器 | ターボ |
| 燃料タンク容量 | 60リットル |
| 可変気筒装置 | - |
| 燃費(10.15モード) | -km/L |
| 総排気量 | 2184cc |
| 燃費(WLTCモード) | - |
| 燃費基準達成 | - |
| 最高出力 | 100ps |
| 最大トルク/回転数kg・m/rpm | 22/2600 |
| 福祉車両 | - |
| 大型ガラスルーフ | - |
| 片側電動スライドドア | - |
| サンルーフ | ◯ |
| 両側電動スライドドア | - |
| ルーフレール | - |
| ドアイージークローザー | △ |
| Tバールーフ | - |
| 電動バックドア | - |
| ルーフ系装備 | - |
| ディスチャージドランプ | - |
| タルガトップ | - |
| フロントフォグランプ | ◯ |
| ハードトップ | - |
| リアフォグランプ | - |
| ソフトトップ | - |
| ヘッドライトウォッシャー | - |
| キャンバストップ | - |
| フロントスポイラー | - |
| メタルトップ | - |
| リアスポイラー | △ |
| マグネシウムホイール | - |
| ローダウン | - |
| アルミホイール | △ |
| UVカットガラス | - |
| 片側スライドドア | ◯ |
| プライバシーガラス | - |
| 両側スライドドア | - |
| 寒冷地仕様 | △ |
| ステアリング位置 | 右 |
| ステアリングステアリングギア方式 | パワーアシスト付ラック&ピニオン式 |
| ステアリングパワーステアリング | ◯ |
| ステアリングVGS/VGRS | - |
| サスペンション形式前 | ストラット式 |
| サスペンション形式後 | 4リンク式 |
| 高性能サスペンション | - |
| タイヤサイズ前 | 185SR14 |
| タイヤサイズ後 | 185SR14 |
| ブレーキ形式前 | Vディスク式 |
| ブレーキ形式後 | ドラム式 |
| ソナー | △ |
| 駐車支援システム | △ |
| センターデフロック | - |
| 横滑り防止装置 | - |
| トラクションコントロール | - |
| フロントカメラ | - |
| LSD(リミテッドスリップデフ) | - |
| サイドカメラ | - |
| ダウンヒルアシストコントロール | - |
| バックカメラ | - |
| AYC(アクティブ・ヨー・コントロール) | - |
| 頸部衝撃緩和ヘッドレスト | - |
| SH-4WD | - |
| ABS | - |
| ISOFIX対応チャイルドシート固定バー | - |
| ブレーキアシスト | - |
| ビルドインチャイルド | - |
| アイドリングストップシステム | - |
| バケットシート | ABS(△) |
| ランフラットタイヤ | - |
| 後退時連動式ドアミラー | - |
| エアサスペンション | - |
| レインセンサー | - |
| ブレーキ系装備 | - |
| インテリジェントAFS | - |
| 衝突軽減装置 | - |
| 盗難防止装置 | - |
| ナイトビジョン | - |
| セキュリティアラーム | - |
| レーンアシスト | - |
| ロードサービス | - |
| 車間距離自動制御システム | - |
| パワーウィンドウ | - |
| オットマン機構 | - |
| フルフラットシート | - |
| チップアップシート | - |
| 本革シート | |
| 電動サードシート | ◯ |
| フロントベンチシート | 可 |
| 床下ラゲージボックス | - |
| シートリフター | - |
| エンジンスタートボタン | 可 |
| シートポジションメモリー機能 | 分割可倒 |
| キーレスエントリー | - |
| 運転席パワーシート | 分割可倒 |
| ETC | - |
| フロント両席パワーシート | - |
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トヨタ エスティマルシーダの知っておきたい情報
エスティマルシーダとは?
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トヨタエスティマルシーダの新車情報
トヨタエスティマルシーダの最新情報まとめトヨタ・エスティマ
エスティマ(ESTIMA)は、トヨタ自動車が1990年から2019年まで生産、1990年から2020年まで販売していた大型ミニバンである。
初代は、トヨタ自ら「天才タマゴ」というキャッチコピーを用い、印象的な丸みを帯びた外観を強調するプロモーションを行った。
1989年に幕張メッセで初開催された第28回東京モーターショーにコンセプトモデルとして出展。「動くカットモデル」の展示は大きな話題となった。それから約半年後の1990年5月12日に市販化され、その卵をイメージさせる未来的なスタイルで「高性能ニューコンセプトサルーン」として注目を集めた。従来のワンボックスカーでは前輪前・運転席下に位置しているエンジンを、横に75°寝かせることにより平床化に成功、前輪も運転席の前方に置くことにより、世界でも例を見ない(発売当時)アンダーフロア型ミッドシップレイアウトが採用され「ミッドシップは室内が狭く実用性に欠ける」という常識を覆した。
元々のコンセプトは、当時トヨタが開発中であった2ストローク「S2」エンジンを搭載した新時代のMPV(マルチパーパスビークル)というものであり、このエンジンのおかげでエンジンルームをコンパクトにまとめられる目算であったが、排ガス対策の解決ができずエンジン開発に失敗したため、急遽ハイエースの部品を流用した一般的な直列4気筒2.4リットルエンジンを傾斜搭載することで、何とか日の目を見ることができた。
商用グレードを用意しない独立モデルであり、サスペンションも前軸はマクファーソンストラット式、後軸はダブルウィッシュボーン式の4輪独立懸架を採用。発売当時はモノグレード体系・7人乗りの1種類のみで、駆動方式はミッドシップと四輪駆動。搭載されたエンジンは2TZ-FE型・直列4気筒2438 cc(135馬力)の1種類であった。
驚きを持って迎えられたエスティマではあったが、横幅が5ナンバー(小型乗用車)サイズに収まるキャブオーバー型ミニバンが主流だった(この当時は、1991年6月発売のバネットセレナが人気を博していた)、当時の日本では、対抗馬としてのエスティマは大柄で高価すぎた(296.5 - 335万円)ため、また北米市場(アメリカ・カナダ)では2.4リットルエンジンが非力、ヨーロッパ市場では高価だという理由で支持を得られなかった。欧米市場では「プレヴィア」(Previa )、オセアニア市場では「タラゴ」(Tarago )として販売された。競合他車がV型6気筒エンジンを搭載する中で、エンジンパワーで劣りエンジンが座席の下にあるため振動・騒音が多く、エスティマは価格に比して静粛性、ひいては高級感に劣ると評された。
翌1992年1月にはバネットセレナの対抗車種として、車幅および全長の短縮によって車体を5ナンバー枠に収め、前後デザインの変更を施したエスティマエミーナ(トヨタ店取り扱い)とエスティマルシーダ(カローラ店取り扱い)を発売開始した。自動車雑誌などでは、単にエスティマの幅を縮めたモデルと表現されているが、元々エスティマ開発当初から小型版のナローモデルは想定されていた。前述の日産バネットセレナの好調を見て、廉価グレードを増やし発売された。エスティマがシングルグレードであった反面、エミーナ/ルシーダは、ビニールシート仕様の廉価版から、エスティマと同様の豪華版まで幅広いグレード体制とした。
1993年2月、廉価グレードとして「X」を追加。トップグレードの「エスティマ」は発売当初からのように7人乗り・4輪独立懸架を採用しているが、こちらは8人乗り・リアサスペンションに4リンク式を採用したものとなった。また、1994年8月の改良ではかねてからの動力不足の解消のため、「エスティマ」のエンジンにスーパーチャージャーが装着(2TZ-FZE型、160馬力)されたが、過給機付きエンジンに付き物の燃費に関する不満に悩まされることになる。1996年8月には、それまでの2グレード体系から、上から「G」「V」「X」となる。「V」は「X」のスーパーチャージャー付きモデルとして設定され、「G」は「エスティマ」と同様のものである。
1998年1月、マイナーチェンジを行い外装デザインを一新。また、新たにエアロパーツを装着したグレード「アエラス」を設定。全てのグレードでスーパーチャージャー付きとなった。しかし、1994年10月に登場し大ヒットを記録していたホンダ・オデッセイの存在により、低下した売り上げの回復には至らなかった。この頃から街中の燃費は従来通りだが、高速走行などでは燃費向上が図られており、10年排気ガス規制に伴って排ガス記号もE-からGF-に切り替わっている。実際の販売状況は、エンジンルームの狭さゆえにエンジンの大型化に対応できず、オデッセイやエルグランドをはじめとするライバルがV型6気筒の3リットルや3.5リットルへと移行するなかで苦戦を強いられた。なお、北米で販売されたモデルはこの代のみで、以降はカムリをベースとした、コンベンショナルなFFレイアウトのシエナがその座を引き継いでいる。
そもそもコンパクトな2ストロークエンジンを搭載した新時代のMPV(マルチパーパスビークル)というコンセプトの肝であるエンジンが完成しなかったために、エスティマは非常に不幸なモデルライフを送ることとなった。販売台数を稼いでくれたエミーナ/ルシーダでは前席足元スペースが狭く、その乗り味も本来の親エスティマが持っていた大らかな乗り味ではなく、開発陣が目指していたものとは違う方向となり、戦略の転換を余儀なくされた。
2代目、3代目にモデルチェンジされて以降もその際立ったスタイルからカスタムカーのベースとなることが多かった。特にセルシオ (2代目後期)のフロントを移植可能にした社外品が販売され、この移植を行った車両は通称セルティマと呼ばれ、他にも多数のメーカーが同車用のエアロパーツやアフターパーツを販売するなどしたことも、カスタムベースとしての人気を博した要因と言える。さらにバランスのよいハンドリング、MRであるがゆえの安定性から一部の愛好家にはこの車を何台も乗り継ぐという例も多かった。
1999年12月、生産終了。在庫対応分のみの対応となる。
2000年1月、2代目と入れ替わる形で販売終了。
2代目は2000年1月11日に発売された。目標月間販売台数はTとL合わせて6,000台。
後にヨーロッパ市場向け(プレヴィア)とオセアニア向け(プレヴィアもしくはタラゴ)も発売されたが、北米向けは発売されなかった(初代を参照)。また、エミーナ/ルシーダは、本モデルに統合された。
卵型の丸みを帯びた車体を踏襲しつつも、ミッドシップエンジンを改めカムリをベースとしたFF(前輪駆動)に変更となり、更に乗用車のイメージが強くなった。駆動方式をFFに変えたため、エンジンの大型化が可能となり、エンジンラインナップはV型6気筒2,994 ccが先に登場し、2ヶ月遅れで加わった直列4気筒2,362 ccの2本立てとなる。2001年6月にはハイブリッドモデルが追加された。
車体寸法は初代とほぼ同一であったが、駆動方式の変更による低床化により着座位置を下げヘッドクリアランスに余裕を持たせるなど室内スペース減少は最低限に抑えたと共に居住性を向上。また、このモデルより両側スライドドア、センターメーターを採用。スライドドアに関しては、一部グレードで電動化された。
初代エスティマが失敗で終わったことでの反省を踏まえ、様々な改良を加えた結果、販売面ではカローラ、ヴィッツに次ぎ、2000年新車乗用車販売台数第3位(約12万2,400台)と初代の雪辱を果たす大ヒットを記録。その後も勢いは衰えず、3代目へモデルチェンジした後も中古車市場において人気モデルとなった。
トヨタモデリスタインターナショナルが制作する特装車として、本来7-8人乗車であるエスティマを4人乗りに変更し、木目調カウンターや各種AV機器を装備、冷蔵庫やテーブル、ファクシミリ台等を装備した「エスティマ・モバイルオフィス」という名の商用モデルも発売されている。後にハイブリッドモデルも発売されたが、価格は700万円と高価であった。
取扱いは「エスティマT」がトヨタ店、「エスティマL」がトヨタカローラ店、「エスティマ・ハイブリッド」は両店での扱い。TとLの外観上の違いは、前期型はリアウインカーレンズ(T:クリア、L:オレンジ)、フロントエンブレムの色(T:赤、L:青)。後期型では両車共にクリアーとなったため、違いはエンブレム色のみである。なお、ハイブリッドは販売店による違いはない。
タクシーにも用いられ、保安基準の都合上キャプテンシートの設定があるGグレードが多く、Xグレードの3列目シートを撤去し5人乗りとして使用する例もある。
エスティマハイブリッドは、2001年6月に登場したトヨタ自動車ではプリウスに次いで二番目、ミニバンでは初となる市販のハイブリッドカーである。重量がおよそ1.85トン、排気量2.4リットルのガソリンエンジンを搭載する車両ながら10・15モードで18.0 km/L(マイナーチェンジ後は18.6 km/L)の低燃費を達成している。1999年東京モーターショーに「HV-M4」の名前で出展。
エスティマハイブリッドに搭載されているハイブリッドシステムTHS-C(Toyota Hybrid System-CVT )は、前輪を駆動させるアトキンソンサイクルの2AZ-FXE型、排気量2,362 cc、131 馬力/5,600 rpm、19. 4kgm/4,000 rpmガソリンエンジンを13 kW/1,130 - 3,000 rpm、11.2 kgm/0 - 1,130 rpmのジェネレータ兼モータでアシスト、エンジン動力は効率の良いCVTを通して前輪のみに伝えられる。
後輪への動力伝達はプロペラシャフトを用いず、ジェネレータを兼ねる18 kW/1,910 - 2,500 rpm、11 kgm/0 - 400 rpmのモータをリアアクスルに搭載し、このモーターのみで駆動される世界初の電気式四輪駆動システムE-Fourを搭載する。またベルト駆動によってエンジンスタートを行い、スタート後はエンジン動力によって回されオルタネーターの役割をするスタータージェネレータを搭載することもTHS-Cの特徴である。
ブレーキシステムは、旋回時の横滑りを抑えるVSC、発進時などのタイヤの空転を抑えるTRC、ブレーキ時のタイヤのロックを抑えるABS、急ブレーキなどの際にブレーキ量を上げるブレーキアシストを統合制御するECB(Electronically Controlled Brake system、電子制御ブレーキシステム)により四輪を独立して制御、油圧ブレーキと回生ブレーキの比率を適切にコントロールして運動エネルギーの回収能力を上げているほか、各機構を統合制御により、従来の機構では車両の安定性が限界に来る直前に制御を始めるものを、車両がより安定しているうちから制御を始めることで各機構の効果を高めて車両の安定性を上げている。
運転制御については、停車時にはエンジンを停止してガソリンの消費を抑え、発進時はバッテリ残容量が少ない時などを除いてモータのみで発進、全開加速など必要に応じて後輪も駆動させる。通常走行時はエンジンのみで走行する他、高負荷時はエンジンをモータがアシストする。バッテリ残容量減少時にはエンジン動力を走行とジェネレータの駆動に二分し、走行しながら充電することも可能である。また、上記のスタータージェネレータを併用することでさらに充電量を増やすことも可能である。エスティマハイブリッドはプリウスと比べモータよりもエンジンがメインとなっている。
減速時には前後のモーターを使った回生ブレーキにより運動エネルギーを電気エネルギーに変え、Ni-MHバッテリーに貯める。回生ブレーキ使用時はエンジンに動力が伝わらないように切り離すことで、効率良く回生が行われるようにしている。
また、ハイブリッドシステムを搭載したことにより、室内に備えられているAC100Vのコンセントから最大1,500Wの電力を供給することができるようになった。
グレード構成は、THS-C、E-Four、ECBなど装備する標準グレードと、標準グレードの装備の他にディスチャージヘッドライトやアルミホイール、クルーズコントロールを装備するGエディション、それぞれにシートが7人乗りの物と8人乗りの物の全4タイプになる。
外装はプロジェクタータイプのヘッドライトを搭載するなど主に前後の灯火類が変更され、THS-Cを搭載しない通常のエスティマと差別化がされている。
2003年7月に行われたマイナーチェンジではTHS-Cを改良して10・15モード燃費を向上させたほか、エアコンコンプレッサをエンジンが作動時にはエンジン出力で、エンジンが停止時にはコンプレッサに内蔵されたモータで駆動する世界初の「2Wayコンプレッサー」を採用し、エアコン使用時の燃費を向上させている。
ハイブリッド化の欠点として、バッテリーを三列目シート下部に設置するために通常のエスティマと比べ荷室が狭くなる他、三列目シートのシートアレンジが制限されている。マイナーチェンジと同時に登場した、同じTHS-Cを搭載するアルファードハイブリッドではバッテリーの設置位置が前席下部に変更されこの点が改良されている。
プリウスやエスティマのガソリンエンジン車が、初代から現行モデルにおいて日本国外でも発売されているのに対し、エスティマハイブリッドは日本国内のみの展開となっている。
2005年12月に生産終了。在庫対応分のみの販売となる。
2006年1月に3代目への移行に伴い販売終了。
2005年の東京モーターショーにてコンセプトモデルが発表され、市販仕様はこのコンセプトモデルに準じたデザインで2006年1月16日より市販された。追ってオセアニア向け(現地名:タラゴ)やアジア向け(現地名:プレヴィア)にも展開されたが、欧州向け販売は今回から中止された。また、北米での投入もされなかった。
先代のような販売店による区別(カローラ店ではエスティマL、トヨタ店ではエスティマT)がなくなり、車名が「エスティマ」に統一されたが、車両型式の末尾に付される車種グレードごとの細分記号は販売店で異なる。価格は376万円(税込)からと一般的なミニバンより割高であるが、VDIMを標準装備するなど安全面も充実している。
エクステリアデザインは2代目の正常進化型ではあるが、ヘッドランプは涙目風のデザインを採用し、より精悍な印象となった。また、三角窓を継続して採用したほか、全てのピラーをブラックアウトし、ルーフが浮いているようなイメージの「フローティングルーフ」となっている。また、リアランプユニット(テールランプ/ブレーキランプ)にはLEDが採用され、またドアミラーにもLED式の方向指示器(ドアミラーウインカー)が装備された。
インテリアデザインはセンターメーターこそ継承したものの、2代目とはうって変わり、直線基調で広がり感のあるデザインとなっている。また、シーケンシャルシフトマチックも搭載された。
エンジンは新開発の2GR-FE型3,456 ccV型6気筒DOHCの280 PSと国産ミニバン、および前輪駆動車で初の280 PS達成。
また2,362 cc直列4気筒はモデルチェンジを機に170 PS・22.8 kgmとパワーアップした。ハイブリッドの燃費は20 km/Lに向上した。
プラットフォームは、フロントがRAV4などに採用の新MCプラットフォームを使用し、リアは専用設計である。なお、このプラットフォームは2代目アルファード/初代ヴェルファイアと共通である。
シートタイプはこれまで通り7人乗りと8人乗りが設定されるが、3列目シートは2代目の前後スライド+チップアップ式とは異なり、スライド機能を廃した床下収納式となっている。また、7人乗りならスーパーリラックスモードが使える。これは3列目のシートを収納した状態で2列目のシートを最後尾までスライドさせれば、リムジンのような広大なスペースが生まれるというもの。一方の8人乗りには2列目シートにチップアップ機能を備え、床下に収納できる3列目シートを活用して広大な積載スペースを確保することができる。
トランスミッションは3.5リットルV型6気筒車がシーケンシャルシフト機能付き6AT、2.4リットル直列4気筒車が7速シーケンシャルシフト機能付きSuper CVT-iが採用される。シフトレバーは1・2代目ではコラムシフトとなっていたが、3代目からはゲートタイプのインパネシフトとした。
装備ではG-BOOK ALPHA対応のHDDナビゲーション、インテリジェントパーキングアシスト、プリクラッシュセーフティシステム、スマートエントリー&スタートシステムなどの先進設備を充実させている。なお、クラウンでも採用されたスマートキー機能付き腕時計(キーインテグレーテッドウォッチ)がディーラーオプションで設定される(MOPナビ480,000~660,000円)。
なお、同年6月12日にハイブリッドモデルが追加設定された。ハイブリッドシステムは前モデルのTHS-Cから、2代目プリウスなどにも採用されているTHS-IIに変更された。エンジンとモーターの合計出力が190馬力となり、先代で不満だった動力性能を今回のモデルチェンジにより解消している。燃費にも優れており、JC08モード走行で18.0 km/L(平成27年度燃費基準+20%達成)と、同排気量クラスでは世界トップレベルの低燃費を達成している。また、実用燃費の向上を狙い新たに「排気熱再循環システム」を搭載し、これまで捨てていた排気の熱エネルギーを回収し、エンジン暖機やヒータの暖気に利用している。
ハイブリッド用バッテリーの搭載位置は、前モデルでは3列目下部だったが、前席左右間のコンソールボックス下に移された。このため前席から2列目以降へのウォークスルーはできないが、シートアレンジ制限については改善された。
また、1列目の「ハイブリッドコンソールボックス」後面に、ハイブリッドカー特有の大容量エネルギーを生かして最大1,500Wの電源供給を可能にするAC100Vアクセサリーコンセントが標準装備されているが、2011年3月11日に発生した東日本大震災では、災害時の緊急用電源として被災者の携帯電話の充電や湯沸かしなどに活躍された。これは当時ミニバンにおいては初代アルファード・ハイブリッドを除けばエスティマハイブリッドのみの機能であったが、これをきっかけに、各社で電源供給機能を備えた車種が次々と登場した。
なおベネッセコーポレーションが保有する、同社の教材である「こどもちゃれんじ」のキャラクター、しまじろうを模した「426(=しまじろう)GT しまじろうカー」は当モデルのハイブリッドをベースとしているが、構造変更を申請し、公認車検を受けているため、市販モデルと同様に公道走行が可能になっている(ただし、尻尾や目など一部アイテムは走行時に外すことになる)。
青森県の知事及び第1副知事の各公用車として導入されている。
2007年4月25日独立行政法人「自動車事故対策機構」より2006年度の自動車アセスメントで自動車アセスメントグランプリを受賞した。
2008年12月24日、マイナーチェンジ。外装のデザインを変更してより個性を強めた外観となったほか、「アエラス」とハイブリッドの「G」に本革シートを採用した「レザーパッケージ」を追加設定。また、ステアリングスイッチの全車標準装備化、快適温熱シート(一部グレードを除く)、エコドライブインジケーターランプを採用し機能面を向上したほか、アクティブヘッドレストを前席シートにも採用したり、2.4リットル車にはS-VSC(ステアリング協調車両安定性制御システム)のオプション設定を追加するなど安全面も向上された。なお、2代目ist以降、フルモデルチェンジ、マイナーチェンジ、および新型車として発売される全てのトヨタ車にサイド・カーテンエアバッグが標準装備化されるとの発表があり、このエスティマのマイナーチェンジによりサイド・カーテンエアバッグの標準装備化が行われると思われたが、最終的に見送られた(メーカーオプションで選択可能)。
2009年8月3日、「アエラス」をベースに、上級グレード「G」で採用されているシート表皮(ダブルラッセル)やバーズアイメイプル木目調の内装を採用し高級感をもたせると共に、デュアルパワースライドドア(イージークローザー、挟み込み防止機能付)・ETCユニット・マルチインフォメーションディスプレイを特別装備し利便性も向上させた特別仕様車「アエラスG-EDITION」を発売。ボディカラーは専用色の「グレーメタリック」を含む4色を設定し、内装色も「ダークグレー」か「グレージュ」を選択できる。
2009年12月14日、一部改良。最新の排出ガス試験モード(JC08モード)において、2.4リットル車が冷間時の測定モードで、3.5リットル車が温間時の測定モードで「平成17年基準排出ガス75%低減レベル(☆☆☆☆)」認定を取得(3.5リットル車の冷間時及びハイブリッド(冷間時・温間時共)は既に取得済)。また、ハイブリッド「G」に搭載(他のグレードでもオプションで搭載可能)のHDDナビゲーションを最新モデルに変更し、新たに目的地の目の前まで案内する機能とETCカード挿入時に有効期限を音声案内する機能を追加。ハイブリッドのパワースイッチを「シナジーブルー」に変更した。なお、同年8月発売の特別仕様車「アエラスG-EDITION」も上記改良を行った。
2010年9月30日、誕生20周年を記念し、初代のイメージカラーであったレッドを随所に施したほか、ハイグロス塗装の専用アルミホイールや20thロゴの専用エンブレムなどを装備した特別仕様車「2.4アエラス20th Anniversary Edition」を発売。ボディカラーは専用色のボルドーマイカメタリックやグレーメタリックを含む5色を設定した。
2012年5月8日、2度目のマイナーチェンジ。外観では「アエラス」のフロントデザインと前後ランプのデザイン(レンズ色)を変更し、18インチアルミホイールを採用(サイドリフトアップシート装着車を除く)。「G」「X」はホイールデザインを変更(「G」及びハイブリッドの「G」および「X」は2008年改良型「アエラス」用17インチアルミホイール、「X」は8代目カムリ後期型用16インチフルホイールキャップ)し、2008年改良型まで装着されていたグレードバッジを廃止。一方、ハイブリッドには専用リアエンブレムを新たに装着した。ボディカラーは上記の「2.4アエラス20th Anniversary Edition」で設定された「ボルドーマイカメタリック」の他、新色の「グレイッシュブルーマイカメタリック」、「アイスチタニウムマイカメタリック」を含む全6色を設定した。内装はインテリアカラーをブラックと新色シェルの2色展開とし、インパネやフロントドアアームレストにサテン調シルバー加飾モールを追加。パネル色をブラックメタリックに変更するとともに、「G」・「アエラスレザーパッケージ」には深みのある木目調加飾を採用した。装備面では「G」・「アエラスレザーパッケージ」及びハイブリッド全車にナノイーとスーパーUVカットガラス(フロントガラス)を、「アエラス」にはデュアルパワースライドドア、ロングスライドコンソールボックス(「アエラス(7人乗り)」・「アエラスレザーパッケージ」のみ)、マルチインフォメーションディスプレイ付きオプティトロンメーターを、「G」にパワーバックドアをそれぞれ標準装備。さらに、3.5リットル車にはS-VSC(ステアリング協調車両安定性制御システム)、ハイブリッドには車両接近通報装置を追加して安全面も強化。ハイブリッドにはスポーティーグレードの「アエラス」を新設した。なお、「X」の2WD車及び「アエラス」の2WD車・8人乗り仕様を除く2.4リットル車は「平成27年度燃費基準」を達成している(「アエラス」の2WD車・8人乗り仕様についてはオプション装着により車両重量が1,770 kgを超えた場合は同様に「平成27年度燃費基準」を達成する)。
2013年5月7日、一部改良。クリーンエアフィルターに脱臭機能を追加して全車に標準装備したほか、運転席からの目視だけでは確認しにくい車両周辺の状況をシフト操作と連動して真上から車両を見下ろしたような映像としてナビゲーション画面に表示し、安全確認を支援するパノラミックビューモニターやクリアランスソナー&バックソナーをオプション設定に追加した。併せて、特別仕様車「アエラス Premium Edition」を発売。「アエラス」の2.4リットルガソリン車、ハイブリッド車の各7人乗り仕様をベースに、バックドアガーニッシュにメッキ加飾を施すとともに、内装にはブラックパネルの専用加飾を施し、インパネやフロントドアアームレストにはサテン調シルバー加飾モールを組み合わせた。シート表皮は合成皮革+トリコットの専用コンビシート(シルバーステッチ付)とするなど高級感を演出し、フロントパフォーマンスダンパーも装備した。2.4リットルガソリン車は前述の特別装備に加え、ハイブリッド車ではベース車に標準装備されているめっき加飾のアウトサイドドアハンドル、メッキモール、電動マルチアジャスタブルフロントシート(運転席8ウェイパワーシート)も特別装備した。
2014年9月2日、一部改良。ハイブリッド車のエスティマハイブリッドを含む全車にリバース連動・オート電動格納機能付ドアミラーを採用し、ガソリン車のエスティマ全車にS-VSCを標準装備した。併せて、雑誌「VERY」とコラボレーションした特別仕様車「アエラスVERY Edition」を発売。「アエラス」の2.4リットルガソリン車、ハイブリッド車の各7人乗り仕様をベースに、フロントバンパーモール、サイドメッキ、フロントエンブレム、バックドアガーニッシュ、フロントフォグランプにスモークメッキを、インパネとフロントドアアームレストにサイバーカーボン調(ブラック)の専用加飾をそれぞれ施し、ルーフやピラーにブラックを、シート表皮はベージュの合成皮革をそれぞれ採用。フロントドアガラスにスーパーUVカット・IRカット機能を追加したほか、「ナノイー」、快適温熱シート(運転席・助手席)、リアオートエアコンなどの快適装備をプラス。さらに、オールブラック塗装のディスチャージヘッドランプ、LEDスポットランプ・ドアカーテンランプ(フロントドア左右、LEDスポットランプはスライドドア左右にも装備)、脱着式デッキボードなども装備した。なお、2013年5月に発売された特別仕様車「アエラスPremium Edition」はベース車と同様の改良を受け、販売を継続した。
2016年6月6日、3度目のマイナーチェンジ。外観はフロントデザインが一新され、ヘッドランプ(LEDクリアランスランプを内蔵したBi-Beam LEDヘッドランプを採用)はアッパーグリルから連続してサイドまで回り込んだ薄型に変更するとともに、アッパーグリルを大口化し、バンパーコーナーを張り出した造形とした。リアのコンビネーションランプは立体的に造形した赤基調にするとともに、ストップランプはLEDライン発光、テールランプを面発光にした。ボディカラーはミニバンで初めて、ブラックルーフと組み合わせたツートーン仕様3色を設定したほか、モノトーンについても新規色3色を含む7色展開とし計10色とした。併せて、全色に小さなすり傷を自己修復するクリア塗装「セルフリストアリングコート」を採用した。
装備面においては衝突回避支援パッケージ「Toyota Safety Sense C」を全車に標準装備したほか、リアドア・リアクォーター・バックドアにスーパーUVカットプライバシーガラスを採用。これにより、既採用のフロントドアガラスとウインドシールドグリーンガラスと合わせ、トヨタ車で初となる360度全方位(三角窓を除く)にUVカットガラスの採用を実現した。
グレード体系は大幅に整理してパワートレインはV6 3.5 Lを廃止して2.4ハイブリッドと2.4ガソリンの2種類に、2016年の改良型からエスティマ・エスティマハイブリッド共通のグレード体系に変更し、「AERAS」・「AERAS PREMIUM」・「AERAS PREMIUM-G」に「AERAS VERY Edition」の装備を引き継いだ「AERAS SMART」を加えた計4グレード(サイドリフトアップシート装着車は「AERAS」と「AERAS PREMIUM」の2グレード)となった。レザーパッケージ廃止により、本革シート仕様は廃止となった。この変更で全車アルミホイールが標準装備となるが、ガソリン車に限りホイールの17インチアルミへのスペックダウン及び16インチスチールホイール+フルホイールキャップへの変更が可能となっている。スチールホイールへの変更適用で、サイドリフトアップシート車は約7万円弱、それ以外のガソリン車は約10万円弱安くなる。追って、同年登場した香港仕様「プレヴィア」も国内向け4期とほぼ同じ外観に変更されたが、こちらは2.4 Lガソリンのみとなった。なお、他方のプレヴィア、タラゴは2017年11月現在においても国内向け2/3期をベースとした外観を踏襲し、V6 3.5 Lエンジンも引き続き採用している。
2016年、第3回Yahoo!検索大賞 プロダクトカテゴリ 車部門賞を受賞。
2018年4月、衝突回避支援パッケージの名称を「Toyota Safety Sense C」から、「Toyota Safety Sense」に変更(公式発表なし)。
2019年10月、2020年5月に予定されている販売チャネル制度の廃止を見据えた車種整理に伴い、生産終了。その後、2020年3月末までに流通在庫分の新車の登録を全て完了し名実共に販売終了。3代・約30年(正確には29年10か月)の歴史に幕を下ろした。なお、販売終了(ブランド廃止)に伴って、東京都以外では2020年5月より、それまでトヨペット店専売車種だったアルファードとそれまでネッツ店専売車種だったヴェルファイアをトヨタ店とカローラ店でも、エスティマの代替車種として取り扱いを開始している。
初代はルシーダがトヨタカローラ店、エミーナがトヨタ店、親エスティマは両店で、2代目はTがトヨタ店、Lがトヨタカローラ店で販売されていたが、3代目は名称が「エスティマ」に統合され販売店による区分はなくなった。大阪地区では大阪トヨペットで販売されたが、同社の社名変更により2006年8月8日をもって大阪トヨタ自動車の取扱いとなった。
トヨタ自動車のモータースポーツ
では、活動の歴史について記述する。レクサス、サイオン、GRなどの同社のブランドや豊田自動織機などトヨタグループの企業の活動に関してもここで述べる。
活動の最大の特徴は、ジャンルを問わない幅広さである。1960年代から今日に至るまで、プロトタイプカー・ツーリングカー・GT・ラリー・フォーミュラカー・オフロード・ストックカー・ダートオーバル・ドラッグレース・ヒルクライム、ドリフトなどあらゆる四輪競技に競技者あるいは支援者の形で関わり、数多の勝利とタイトルを収めてきた。
世界選手権においてはWRCで3度、WECで1度マニュファクチャラーズタイトルを獲得。また北米ではデイトナ500、インディ500、デイトナ24時間、セブリング12時間、パイクスピーク・ヒルクライム、バハ1000といった主要レース全てで総合優勝したことがあり、インディカー、NASCAR、IMSA、フォーミュラ・ドリフトなどシリーズ戦でもマニュファクチャラーズチャンピオンにも輝いた。
自らもドライバーとしてニュルブルクリンク24時間レースなどに参戦する豊田章男が社長に就任して以降は、トヨタのモータースポーツ活動はTOYOTA GAZOO Racing(TGR)のブランドのもとに「もっといいクルマづくり」「クルマファンづくり」の象徴として市販車開発とも強く関連づけられるようになった。その姿勢の原点として、創業者である豊田喜一郎の言葉が引用されている。
1960年代の体制はトヨタ自動車工業(自工)とトヨタ自動車販売(自販)の2系列に分かれていた。自工では第一回日本グランプリをきっかけに、自工・自販・ダイハツ・ヤマハ発動機・日本電装(現デンソー)のレース好きが集まる第7技術部(通称「ナナギ」)が発足。第7技術部は市販車の改造に加えてスポーツプロトタイプを開発し、ワークス格の「チーム・トヨタ」が日本グランプリなどの主要イベントに参戦した。自販はトヨペットサービスセンター特殊開発部(通称「綱島」)がツーリングカーのチューニングを行い、若手ドライバー主体のセミワークス的な活動を行った。
1971年にはワークス活動からクラブチームのTMSC-Rを支援するセミワークスに切り替えたが、オイルショックの影響で1974年に国内のレース活動を休止する。一方で海外では世界ラリー選手権 (WRC) に参戦する「トヨタ・チーム・ヨーロッパ (TTE) 」への支援を継続した。
2000年には富士スピードウェイを買収し、約200億円を投じて近代化改修を行い、2007年と2008年にはF1日本グランプリを開催。2012年からはWECを招致している。
なお1981年にレース活動を再開してからは、系列3部門が各地域のモータースポーツ活動を担当した。これらの部門の統括は従来本社のモータースポーツ部 (MSD) が担当していたが、2014年の組織改編でMSDは「モータースポーツユニット開発部」と名称を変更して技術系の業務に専念することになり、マーケティングについてはトヨタ全体のマーケティングを担当するトヨタモーターセールス&マーケティング(TMSM)に移管され分裂。
しかし2015年には組織改編で再びモータースポーツ活動全般の機能をトヨタ本社に集約することになり、新たに設けられた「モータースポーツ本部」が開発・マーケティングの双方を統括、「GAZOO Racing」の統一名称で活動を行うことになった。
1957年(昭和32年)、オーストラリア1周ラリーに招待され、クラウンで出場して完走、総合47位(外国賞3位)となった。これがトヨタのモータースポーツ活動の原点であるとされる。
その後、1973年(昭和48年)から1999年(平成11年)まで世界ラリー選手権(WRC)にトヨタ・チーム・ヨーロッパ (TTE) がカローラレビン、セリカ、スープラで参戦していた。1975年(昭和50年)の1000湖ラリー(フィンランド)での、カローラレビンによるWRC初制覇に始まり、TA64型セリカで1984年(昭和59年)、1985年(昭和60年)、1986年(昭和61年)とサファリラリー3連覇を達成した。
1988年(昭和63年)、WRC王座獲得を目指すべくツール・ド・コルス(フランス)でグループA規定のST165型セリカをデビューさせ、当時最強を誇っていた王者ランチアに挑み、熾烈な戦いを繰り広げることになる。そして1990年(平成2年)、ついにランチアを打ち破ってカルロス・サインツ/ルイス・モヤ組が日本車初のドライバーズチャンピオンを獲得する(スペイン人としても初)。またST185型セリカにスイッチした1992年(平成4年)にもサインツはチャンピオンになる。
1993年(平成5年)には日本の自動車メーカーとして初めてマニュファクチャラーズタイトルを獲得(ドライバーズとの2冠)、1994年(平成6年)も続けてダブルタイトルを制覇した。1994年(平成6年)のサンレモ・ラリーでは、ユハ・カンクネン/ニッキー・グリスト組により、ST185型セリカに変わってST205型セリカがデビューした。
1995年(平成7年)はST205の開発がうまくいかず、わずか1勝と苦戦。そしてラリー・カタルーニャでエンジンの吸気量を制限するリストリクターに意図的に細工を施すという行為が発覚した。エアリストリクターが装着されたトランペット状の部品単体では問題ないが、エンジンに取り付けると吸気の負圧でパーツがスライドして隙間ができ、その隙間から空気を吸入しパワーを上げるというものだった。国際自動車連盟 (FIA) は1995年(平成7年)シーズンのドライバー及びマニュファクチャラーの全ポイント剥奪と1996年終了までの出場停止処分を発表した。トヨタ側はこの処分を重く受け止め、さらに一年間活動を自粛したが、後にトヨタ復帰を願う声を受けて1997年の終盤にテストを兼ねて参戦を再開した。
このときセリカ譲りの3S‐GTEエンジンを搭載した、よりコンパクトなカローラWRCへとスイッチしており、このWRカーはすぐにタイトルを争う戦闘力を発揮。1998年(平成10年)はオリオールに加えて、サインツがフォードから移籍。サインツが開幕戦で優勝を飾るなど2勝をマークし、マニュファクチャラーズランキング2位でシーズンを終えた。最終戦はサインツがタイトルまであとわずか数百メートルというところでエンジンブローという悲劇的なものだった。
1999年(平成11年)は優勝こそチャイナ・ラリーのみだったもののコンスタントに上位入賞を繰り返し、5年ぶり3度目のマニュファクチャラーズタイトルを獲得。しかし、サンレモラリーの直前にTTEはWRC撤退とF1参戦を発表、27年にも及ぶ日本最大のマニュファクチャラーのラリーへの挑戦は7度のタイトルと43度の勝利を持って幕を閉じた。
2015年(平成27年)1月30日にトヨタはWRCへの復帰を表明し、2017年(平成29年)からヤリスWRCで参戦開始。シャーシ開発とオペレーションをトミ・マキネン・レーシング、エンジン開発はTMGが担当する。開幕前はマシン開発の遅れが懸念されていたが、フォルクスワーゲンから移籍してきたヤリ=マティ・ラトバラ/ミイカ・アンティラ組が復帰初戦ラリー・モンテカルロで2位表彰台、2戦目のラリー・スウェーデンで早くも優勝を果たした。2018年には後半にオィット・タナック/マルティン・ヤルヴェオヤ組が3連勝を達成して終盤にマニュファクチャラーズランキング首位に浮上し、そのままタイトルを手中に収めた。
2018年終了時点の通算成績はドライバーズタイトル4回、マニュファクチャラーズタイトル4回、勝利数50勝である。
1983年にカール・ウェルズのPPI(Precision Preparation, Inc.)を支援する形で、北米のラリーレイド及びクローズドで開催されるオフロードレースに参戦。初年度でのドライバー・メーカータイトルを獲得した。以降1984年から1999年までオフロード界を席巻し、のマニュファクチャラーズタイトルを11連覇した。その後もタンドラ・タコマがトラックを用いたオフロードレースで現在に至るまで圧倒的な活躍を見せ、MTEG、、などの各団体で圧倒的な数の総合タイトルをさらっていった。また1992年と1999年にはバハ1000で総合優勝を果たしている。
北米以外では、1995年からはトヨタ車体がTLC(チーム・ランドクルーザー)を組織してランドクルーザーでダカールラリーに挑戦しており、市販車無改造のディーゼル部門において1996年から2018年までの21回の開催中、6連覇を3度含む18回のクラス優勝を手にしている。
2012年からは南アフリカ法人のトヨタが改造したハイラックスで最高峰クラスに挑戦、2019年に8台体制を敷いてきたMINIのワークス勢を破ってナッサー・アル=アティヤ/マシュー・バウメル組が念願の総合優勝を果たした。。このハイラックスはクロスカントリーラリー・ワールドカップにも参戦しており、2016・2017年にアル=アティヤ/バウメルによってドライバー・チームタイトルを獲得している。
耐久性の高いトヨタ車はプライベーターチームの間でも人気があり、ランドクルーザー、ハイラックス、スターレット、カリーナ、カローラレビンなどが古くから参戦した。1982年には久保田勝/内田正洋組がカリーナ1500で市販車無改造・2輪駆動・バギー・マラソンの4部門において優勝するという快挙を成し遂げた。
また2017年のダカールは、四輪車部門79台のうち36台がトヨタ車という人気ぶりであった。
ヴィッツの生産を担当している豊田自動織機がチームを組織して、ヴィッツによるラリー活動を行っている。同社の社員でもある天野智之/井上裕紀子組が猛威を振るい、同チームは9年連続でクラスチャンピオンを獲得している。
また「凄腕技能養成部」を編入したTOYOTA GAZOO Racingが2015年から参戦し、スポーツCVTの研究やヴィッツGRMNによる挑戦をしている。
トヨタが初めてスポーツプロトタイプのレースに参加したのは1966年(昭和41年)の第3回日本グランプリである。ただしマシンは市販前の2000GTで純粋なレーシングカーではなく、プロトタイプカーのポルシェ906やプリンスR380に後れを取っていた。
トヨタは1967年の第4回日本グランプリを欠場して、翌1968年(昭和43年)に自社初のプロトタイプレーシングマシン、3リッターV型8気筒エンジン搭載のトヨタ・7をデビューさせる。5月の'68日本グランプリでは日産・R381に敗れたものの、その他のレースで勝利を収める。日産が日本グランプリ以外に消極的であったのに対して、トヨタは耐久レースに積極的に参戦したため「耐久のトヨタ」と呼ばれた。
翌1969年(昭和44年)には5リッターV型8気筒エンジンを搭載するトヨタ・7の第2期モデルが登場する。このマシンもデビュー戦の7月の富士1000kmで勝利を収め、続く8月のNETスピードカップも日産R381を破り優勝。また11月の第2回日本Can-Amも制するが、肝心の10月の日本グランプリでは6リッターV型12気筒エンジンを搭載する日産・R382の前にまたも涙を飲んだ。
翌年に向けてトヨタは日本初の5リッターV型8気筒エンジンにターボチャージャーを装着した第3期モデルのトヨタ・7を開発するが、日産が1970年の日本グランプリの欠場を表明したため、トヨタも欠場することとなる。トヨタの目は世界に向けられ、トヨタ・7ターボでのCan-Amへの挑戦を決意するが、それが決定したまさにその日、鈴鹿サーキットでトヨタ・7ターボをテスト中の川合稔が事故死、これによりトヨタ・7のプロジェクトは白紙にされてしまう。以降1980年代までトヨタはプロトタイプカーのレース活動を中断することになる。
1975年(昭和50年)にはシグマ・オートモーティブ(SARDの前身)にエンジンを供給し、シグマ・MC-75がル・マン24時間レースに参戦した。また、1973年にマツダのロータリーエンジンを搭載したシグマ・MC-73のリアウィングには「TOYOTA」のスポンサーロゴが書かれている。
1982年(昭和57年)に世界耐久選手権(WEC)の日本ラウンド (WEC-JAPAN) が初開催されると、童夢とトムスが共同開発したグループCカー、トムス童夢・セリカCにWRC用エンジンをベースにした4気筒ターボエンジンを供給した。
1983年(昭和58年)から始まる全日本耐久選手権(1987年(昭和62年)より全日本スポーツプロトタイプカー耐久選手権=JSPC)にも参戦。童夢とトムスの共同開発によるトムス・83C(1983年) - 88C(1988年(昭和63年))を経て、8気筒ターボエンジンを新開発し、88C-V(1988年) - 92C-V(1992年(平成4年))を送り込む。1987年(昭和62年)からはトヨタの名を冠した「トヨタチームトムス」として参戦を開始。TRDが開発を主導することになり、マシン名も「トムス」から「トヨタ」となり、オイルショック以降中断していたワークス活動の事実上の再開となった。
1985年(昭和60年)からはル・マン24時間レースにも参戦を開始し、1989年にはイギリスのトムスGBを拠点として世界スポーツプロトタイプ選手権 (WSPC) にもフル参戦する。ル・マンには1990年(平成2年)まではターボエンジン車で参戦し、1992年、1993年には当時のF1と同じ規定で造られた自然吸気3.5リッター10気筒エンジンを搭載したTS010で参戦。1992年のスポーツカー世界選手権 (SWC) 第1戦のモンツァで、日本人の小河等が優勝している。同年のル・マンでは関谷正徳が日本人で初めて総合2位表彰台に上がった。
1993年にはサードの93C-VがC2クラス優勝を獲得している。1994年にはサードが92C-Vを改造した94C-Vで出場、しかしポルシェ962CをGTとして改造した掟破りとも言えるダウアー962GTの前にまたも2位に終わる(LMP1/C90クラス優勝)。1995・1996年には続けてサードがスープラでGT1クラスに参戦したが、クラス8位・15位に終わった。
1998年(平成10年)から1999年(平成11年)にかけては、TTEを中心に開発したToyota GT-One (TS020)でル・マンに参戦。マシン性能は他社に比べて優れていたが、マシントラブルのために最高成績は1999年の総合2位止まりに終わる(LMGTPクラス優勝)。
その後10年以上はF1参戦のため途絶えていたが、2012年にハイブリッドエンジンを搭載するTS030 HYBRIDで、ル・マン24時間を含むFIA 世界耐久選手権に復帰。オペレーションはTMGとオレカがジョイントして行うことになった。日本人ドライバーとして石浦宏明が参戦する予定であったが、腰を痛めていたこともあり中嶋一貴が代わりに参戦、そのままレギュラーとなった。
TS030はル・マンでは途中首位を奪うシーンもあったものの、2012年は2車ともリタイヤ、翌2013年のル・マンは2位と4位に終わった。しかしWECでは活躍し、2012年のFIA 世界耐久選手権6戦と2013年のFIA 世界耐久選手権全8戦の計14戦中5勝を挙げた。
2014年からはトヨタ初の四輪駆動LMP1であるTS040 HYBRIDを投入した。ル・マンでは中嶋一貴が日本人で初めてPPを獲るものの、豪雨でのクラッシュとマシントラブルで3位に終わった。一方WECでは全8戦に出場し5戦で優勝したことによりマニュファクチャラーズランキングとドライバーズランキング(トヨタ2車が同点優勝)の両方で悲願のスポーツカーの世界選手権タイトル獲得を果たした。
2015年は、大量の開発費を投入してル・マンで5秒ものタイムゲインをしたポルシェ・アウディについていくことができず、良いところ無く一年を終えている。
2016年はル・マンで勝利することのみを主眼に置いたTS050を、突貫で開発し一年前倒しで投入。その甲斐あってル・マンでは終始有利な展開で進めたが、残り数時間で2位争いをしていた小林可夢偉がスピンし、ポルシェに2位を盤石にされる。さらに残り6分でトップ快走中の中嶋一貴のマシンに駆動系トラブルが発生、ホームストレート上にストップし、ル・マン制覇の悲願は露と消えた。またWECでは苦戦を強いられたが、富士では戦略とこの年デビューした小林可夢偉の頑張りによって2秒差でアウディから逃げ切って約二年ぶりの勝利を挙げた。
2017年のル・マンは三台体制となり、3台目に前年スーパーフォーミュラ王者の国本雄資がエントリーした。ル・マンでは小林可夢偉がコースレコードを更新する走りで予選ポールポジションを奪取。決勝も最初の6時間を1-2体制でレースを支配したものの、3台ともトラブルに見舞われた。特にトップを快走していた7号車のトラブルは、夜間のSC中のピット出口の赤信号で止まっていたところ、マーシャルと同じ橙色のレーシングスーツを着たアマチュアドライバーが応援のためにサムアップしに来たのを、発信可の合図と勘違いした結果起きたという信じられないアクシデントによるものだった。結局この年は8号車が総合8位(クラス2位)に入るにとどまった。WECシリーズを通してはル・マン以降は劣勢であったもののその後挽回し、タイトルには届かなかったが、優勝回数でポルシェを上回った。
2018年のル・マンはTS050二台体制で出場し、セバスチャン・ブエミ、フェルナンド・アロンソ、中嶋一貴の8号車が優勝、小林可夢偉らの7号車が2位となり、20回目の挑戦にして初めてル・マン総合優勝を成し遂げた。日本メーカーとしてはマツダ(マツダ・787B)以来27年ぶり2度目、日本人ドライバーとしては荒聖治(チーム郷、アウディ・R8)以来14年ぶり3度目のル・マン総合優勝であり、日本メーカーの車両に日本人ドライバーが搭乗して優勝するのは初めてであった。
1968年SCCAに2000GTが参戦したのが、トヨタの北米スポーツカー初参戦となる(年間クラス4位)。その後はトヨタ・7での北米進出を目論んだが、前出の通り頓挫した。
1981年にIMSAのGTUクラスにセリカを投入。1983年にはダン・ガーニー率いるオール・アメリカン・レーサーズ (AAR) と提携し、1985年にGTOクラス初優勝を経て、1987年に日本メーカーとして初めてGTOクラスタイトル獲得した。
1989年よりIMSA最高クラスのGTPクラスにステップアップ。1991年にはトヨタの2.1リッター直4ターボエンジン(3S-G改)を搭載するイーグル・マークIIIを投入。ライバルが戦意喪失して撤退するほどの勝ちまくりぶりで、1992年と1993年にドライバーズ(ファン・マヌエル・ファンジオ2世)とマニュファクチャラーズタイトルを連覇、1993年デイトナ24時間レースと1992・1993年セブリング12時間レースでも勝利を収めた。なお1993年のタイトルは全戦全勝で収めている。
2004年から2009年にもレクサスのエンジンを供給する形でグランダムのロレックス・スポーツカーシリーズに参戦、チップ・ガナッシとともにデイトナ24時間を3連覇、2008年のドライバーズタイトルを獲得している。
ニュルの耐久レースに始めて参戦したのは、1973年のセリカ1600GTが初であった。6時間耐久であったこのレースには、後に豊田章男の人生の師となる成瀬弘もドライバーとして参戦していた。ピットのガレージを用意してもらえず、傘をさして屋外で作業するなど過酷な環境の中2リットルクラスで優勝(総合6位)し、会場から拍手が巻き起こった。なおこのセリカは同年スパ24時間にも参戦し、クラス優勝(総合9位)を獲得している
2005年にはハイブリッドカーのレクサス・RX400hで参戦。完走させることに成功した。
2007年にはTeam Gazooとして当時のトヨタ副社長である豊田章男が社員だけで構成されたチームを率いて、SP3クラスにアルテッツァRS200二台で参戦。当初は「トヨタ」を名乗ることが許されなかったというが、豊田が社長に就任してからも差別化のためかあえて「トヨタ」を名乗らずに活動を続けた。なお、現在も用いられている黒と赤の「GR」のロゴは2010年から使われている。
2008年には発売前のLFAがSP8クラスに参戦。以降2009~2011年にLFAの2台体制で参戦、2010年にクラス優勝した。なお、このとき同じピットであったアストンマーティンのCEO・ベッツと章男は親交を深め、2012年のVLNのコラボレーション参戦や、トヨタ・iQをベースにしたアストンマーティン・シグネットの誕生が実現している。
2012~2013年はLFAを1台に減らし、代わりにこの年発売となった86を2台採用した。2013年にLFAがSP8、86がSP3クラスで優勝を飾った。
2014年はLFA、86各1台に加えてLFAの特別仕様車「LFA Code X」がSP-PROクラスに参戦。3クラス全ての参戦車両がクラス優勝を収めた。
2015年はLFA Code XとレクサスRCの二台体制で、LFA Code Xが前年に引き続きクラス優勝した。
2016年はレクサス・RCとRC-Fに加え、2005年以来となるSUVのC-HR Racingが参戦。これに市販車C-HRの開発責任者も乗り込み、燃料計算のミスなどはあったものの完走。半年後の発売に向けて実りあるテストになった。
2017年はSP3TクラスにRC一台のみで参戦。スバル・WRX、アウディTT RS2との三つ巴の戦いの中、スバルを上回るクラス2位を獲得した。
2018年はSP-PROクラスに研究開発目的のレクサス・LCを投入。トラブルに見舞われながらも完走を果たした。
フォーミュラにおけるトヨタは、1974年にイタリアのノバ社がチューニングしたトヨタ2T-GエンジンがヨーロッパのF3界を席巻したことに始まる。特にイギリスF3では9年連続でチャンピオンエンジンになる強さを見せた。このエンジンは日本にも逆輸入され、1979年から始まった全日本F3選手権でも他メーカーを圧倒した。そのため中嶋悟が1978年にイギリスF3に参戦した際もトヨタエンジンを用いている。
1980年代にはトムスがチューニングした3S-GEエンジンが登場し、こちらもライバルの無限を圧倒して多くのタイトルを獲得している。またマカオGPでも通算7勝を挙げる活躍を見せており、1983年にアイルトン・セナがマカオGPを制したときのマシンもトヨタエンジンを搭載していた
。全日本F3へのエンジン供給は現在まで続いており、最もチャンピオンを輩出しているエンジンとなっている。また1989年から2005年までフォーミュラ・アトランティックにTRD USAのチューニングした4A-GEエンジンを供給したり、1991年から2007年までフォーミュラ・トヨタを、2005年から現在までオセアニアでトヨタ・レーシング・シリーズを開催するなど、育成としてのフォーミュラには特に積極的である。またトヨタは関わってはいないが、ユーロフォーミュラ・オープンでも前身であるスペイン選手権の2001年以来現在までトヨタエンジンが使用されている。
トヨタ初のビッグフォーミュラ参戦は1996年(平成8年)アメリカのチャンピオンシップシリーズ (CART) である。エンジン供給の形で、IMSAでもジョイントしていたAARと参戦したが、当初は戦闘力も信頼性も無くエンジンの熟成には時間を要した。しかし2000年(平成12年)にはファン・パブロ・モントーヤのドライブでCART初勝利を達成。2002年(平成14年)にはドライバーズ(クリスチアーノ・ダ・マッタ)、マニュファクチャラーズのダブルタイトルを獲得した。
2003年(平成15年)からはホンダと共にインディカー・シリーズへ転身し、世界3大レースのひとつであるインディ500を日本メーカーとして初めて制覇。さらに参戦初年でドライバーズ(スコット・ディクソン)、マニュファクチャラーズのダブルタイトルを獲得した。しかし2005年にNASCARに集中するとして撤退した。
F1にはシャーシ・エンジンとも自製するフルコンストラクターとして2002年(平成14年)から参戦。エンジンはウィリアムズにも供給された。しかしリーマン・ショックの影響で2009年(平成21年)シーズン終了後に撤退を表明した。ポールポジション3回と13回の表彰台を獲得したが、コンストラクターズランキングは最高4位に留まり、優勝は一度も達成できなかった。
国内では2006年(平成18年)より現在までフォーミュラ・ニッポン・スーパーフォーミュラにエンジンを供給している。2018年現在までトヨタ勢はホンダ勢を圧倒し続けており、13年間のうちにドライバータイトル10回・チームタイトルを12回獲得している。
1963年(昭和38年)に初開催された日本GPにパブリカ、コロナ、クラウンが出場。「レースには積極的に関与しない」という国産メーカー間の紳士協定の裏で、トヨタ自工は密かにチューンした「裏ワークスマシン」を投入して出場3クラスを制覇した。その成績を大々的に宣伝したことがプリンスなど他メーカーを刺激し、ワークス対決のきっかけとなる。
市販車ベースのレースでは、2000GTと1600GTやS800が活躍した。1966年の鈴鹿1000kmレースでは二台の2000GTでワンツーフィニッシュ、翌年も鈴鹿500kmレースで優勝、1967年の富士24時間レースではスポーツ800とともに3台揃ってデイトナフィニッシュする完勝を収めた。1600GTのプロトタイプは「RTX」の名で自工ワークスが使用し、ツーリングカーの公認を得てからはプライベーターにも愛用され、日産スカイライン2000GTの牙城を崩した。
1970年代はカローラ / スプリンター、セリカ、スターレットなどが活躍。ワークス活動休止後はプライベーターに放出され、マイナーツーリングレースで激戦を展開した。1982・1986・1987年にはイギリスツーリングカー選手権(BTCC)でカローラがドライバーズ王者マシンになった。1991年から1995年にはワークスで参戦し、多くの勝利を挙げたもののタイトル獲得はならなかった。
1994 - 1998年には全日本ツーリングカー選手権 (JTCC) に参戦し、ドライバー部門で2度、チーム部門で1度タイトルを獲得。1994年(平成6年)第4戦からは全日本GT選手権(JGTC:現・SUPER GT)に参戦。GT500クラスでは2005年までスープラで4回、2006~2013年はレクサスSCで3回、2014~2016年はRC Fで1回、2017~2018年はLC500で1回ドライバーズチャンピオンを獲得している。
GT300クラスにもレクサスISやMR-Sで参戦、MR-Sではaprの運用により3回のドライバーのドライバーズタイトルを獲得した。2009年からはカローラアクシオ、2012年よりプリウスに車両が変わっている。また2015年よりLM corsaによってRC F GT3が参戦している。また開発・生産には関わってはいないが、2015年から導入されたマザーシャシーに86の外観が用いられている。
2017年からはレクサス RC-F GT3で海外にも戦場を求め始めており、IMSAのGTDクラスと欧州のGTオープンにセミワークス参戦を開始。2018年にIMSA及びブランパン耐久で初優勝を挙げている。
2000年(平成12年)、アメリカのストックカーレースであるNASCARのグッディーズダッシュシリーズにV6エンジンのセリカで参戦したのが最初である。2001年、2002年と総合2位になった後、2003年には初めてNASCARの主催するシリーズでドライバーズタイトルを獲得した。
2004年(平成16年)にはNASCAR三大シリーズの一つであるクラフツマントラックシリーズ(現・キャンピング・ワールド・トラック・シリーズ)にタンドラでステップアップ。三年目の2006年(平成18年)にはドライバーズ、マニュファクチャラーズのダブルタイトルを獲得。その後2017年に至るまで当シリーズで最もマニュファクチャラーズタイトル獲得数の多いメーカーとなって猛威を振るっている。
トヨタ北米進出50周年でもある2007年には、最高峰にあたるネクステルカップシリーズ(現・モンスターエナジー・NASCARカップ・シリーズ)とブッシュシリーズ(現・エクスフィニティ・シリーズ)へカムリでデビュー。翌年の第4戦アトランタで、外国車メーカーとしては1954年(昭和29年)のジャガー以来、日本車メーカーとしては初となる最高峰カテゴリーでの優勝を果たした。
2015年にはカムリを駆るカイル・ブッシュが骨折により開幕戦から11戦目まで欠場という絶望的な状況を大逆転し、日本車初の最高峰でのドライバーズタイトルをもたらした。2016年にはデニー・ハムリンがやはり日本車初となるデイトナ500優勝、シリーズでも日本車初(アメリカ以外の自動車メーカーとしても初)のマニュファクチャラーズタイトルを獲得した。なお2016年はエクスフィニティ・シリーズでドライバー・マニュファクチャラー・オーナー・ルーキー、キャンピング・ワールド・トラック・シリーズでもマニュファクチャラー・オーナー・ルーキータイトルを獲得しており、三大シリーズ戦のマニュファクチャラー部門全てをトヨタが制す大成功の年となった。また同年トヨタのマーティン・トゥーレックス・ジュニアがコカ・コーラ600で全400周中392周、588マイルというリードラップ最長記録を達成している。
2017年はシーズン前半は苦労したが、後半からトゥーレックス・ジュニアとブッシュが2人で13勝(トヨタ全体では19勝)を挙げる活躍を見せた。最終戦ではトゥーレックス・ジュニアが優勝し、ドライバー・マニュファクチャラー・オーナー・ルーキーの四冠を同時に達成した。
ドラッグカー最大のシリーズであるNHRAに2002年からTRD USAの開発したセリカベースのマシンで、ファニーカークラスから参戦を開始。2004年に初勝利を挙げ、2008年にソアラ、2015年にカムリでクラスタイトルを獲得した。最高峰のトップフューエルクラスにはマルコ・ツールズとジョイントして2010年に転向、その年にタイトルを獲得。その後2011年・2012・2015・2016年にもドライバーズタイトルを勝ちとった。
パイクスピーク・インターナショナル・ヒルクライムにも参戦しており、TRD USAが開発したセリカGT AWDターボをロッド・ミレンがドライブし、1994・1996・1997年に総合優勝。1998~1999年はタコマにマシンを替えてこれも連覇、合計5度の総合優勝を成し遂げている。なお1994年のコースレコードは、2007年に破られるまで最速タイムであった。2012年にもTMGの開発したEVユニットを搭載した『EV P002』が哀川翔率いるチームのもと参戦し、EVクラス優勝(総合6位)を果たし、コースレコードも樹立した。
フォーミュラ・ドリフトでは若者向け北米限定ブランドサイオンのチーム『サイオン・レーシング』を組織して2008年から参戦。マシン開発及びらの支援をして、4度のマニュファクチャラーズカップを獲得した。サイオンブランドが廃止になって以降もトヨタ・レーシング名義で参戦している。
日本のD1グランプリではワークスでは関わってはいないが、OTGモータースポーツは2013年から86にTRD USA製のNASCARのV8エンジンを搭載している。
ダートオーバルにも参画しており、2006年からUSACの主催するミジェットカー・スプリントカーレースにエンジンを供給している。
2018年11月に初開催された第1回グランツーリスモ選手権マニュファクチャラーシリーズに参戦し、レクサスとトヨタで1-2フィニッシュを飾った。
2019年にTOYOTA GAZOO Racingはe-Motorsportsに本格的に参入することを表明し、手始めにグランツーリスモSPORTとの協力により、新型GRスープラを用いたe-Sportのワンメイクレース『GR SUPRA GT Cup』を開催するとしている。
アマチュアおよびモータースポーツ入門者向けのカテゴリとして、大規模なワンメイクレースの運営を行っている。1981年には国内初のワンメイクレースとして「スターレット・グランドカップ」を創設。2000年にはこれを引き継いで、ヴィッツやアルテッツァで参加する「ネッツカップ」を開催。ヴィッツレースは趣味で参加できる「ナンバー付き車両レース」として2018年現在も人気を博している。
2013年には86及びスバル・BRZによって争われる「GAZOO Racing 86/BRZ Race」もスタートさせ、多数のプロドライバーやタイヤメーカーが参入する一大カテゴリに成長している。
フォーミュラカーでは1991年(平成3年)より2007年(平成19年)までジュニア・フォーミュラシリーズとしてフォーミュラ・トヨタを主催。2006年(平成18年)~2013年(平成25年)には日産・ホンダと共同でフォーミュラチャレンジ・ジャパン(FCJ)を運営していた。また若手レーシングドライバー育成プロジェクトとしてフォーミュラトヨタ・レーシングスクール(FTRS)やトヨタ・ヤングドライバーズ・プログラム(TDP)を運営。中嶋一貴、小林可夢偉をF1ドライバーとしてデビューさせた。また2004年からニュージーランドで、若手育成のためにF3相当のを開催し、ブレンドン・ハートレイ、アール・バンバー、ニック・キャシディらを輩出している。
またラリーでも2000年から、ワンデイ開催の初心者向けラリーシリーズである「ラリーチャレンジ」を自動車メーカーで唯一開催している。2015年にWRC復帰を発表した後はWRCのための育成プログラムを立ち上げ、全日本ラリー王者の息子勝田貴元と新井大輝、コ・ドライバー王者の足立さやかを欧州で修行させている。
豊田章男が社長になって以降は特にモータースポーツを広報活動に積極的に用いており、地上波でTOYOTA GAZOO RACINGのCMが流れることが一般的になった。豊田自身も「モリゾウ」名義でGRラリーチャレンジや新城ラリーに参戦してファンと交流したり、TV番組やトークショーにも出演してモータースポーツをアピールするなど、顔の見える経営者として知られる。またJスポーツと提携して、GAZOO RACINGのホームページ上でル・マン24時間やニュルブルクリンク24時間レースを無料ライブ配信している。
社員の研修にモータースポーツを用いることにも熱心で、全日本ラリー選手権に選りすぐったメカニックたちで組織した「凄腕技能養成部」を送り込んだり、5大陸走破プロジェクトで社員にステアリングを握らせて様々な道を経験させている。