スズキ新型アルト550 lb スライドスラム 4WDの評判・スペック

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スズキ アルト 550 lb スライドスラム 4WD

アルトのフロント外観(88年(S63)9月、FMC時の550 peのフロント)

アルトのリア外観(88年(S63)9月、FMC時の550 レジーナ Sのリア)

アルトの内装・インパネ(88年(S63)9月、FMC時の550 レジーナ Sのリア)

メーカー スズキ
車種 アルト
グレード 550 lb スライドスラム 4WD
販売期間 1988年09月から 1989年09月
価格 818,000円
エンジン エンジン: 直列3気筒SOHC
排気量: 547cc
型式: M-CM11V
馬力: 42ps
トルク: 4.4/6000
ミッション: 5MT バッテリー: 標 準:38B19R(※例外有) 寒冷地:38B19R(※例外有)
タイヤ 前輪: 155/70R12
後輪: 155/70R12
ホイールサイズ: (F)4.5Jx15+45/(R)4.5Jx15+45
駆動: 4WD
最小回転: 4.6m
タイヤサイズ
燃費 燃費(JC08): -
燃費(10•15): -km/L
燃料: レギュラー
実燃費: 11.91から 29.02
ボディサイズ 高さ: 1410 車幅: 1395 全長: 3195
乗車定員 3人
評価・レビュー 外観: 3.7点
内観: 3.36点
スペック: 3.99点
エンジン: 4.04点
乗り心地: 3.64点
燃費: 4.41点
価格: 4.33点
中古車 台
買取価格相場
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スズキアルトとは

スズキが生み出したコンパクトカー「アルト」は、走行性能や燃費効率など、小回りの利く都市部での利便性を追求した快適なモデルです。軽自動車として登場し、そのコンパクトなボディによる取り回しの良さが、多くのドライバーから支持される人気の秘密となっています。アルトは、歴史を重ねるうちに多彩なユーザー層に愛され、そのシンプルさと使い勝手の良さが特徴となりました。 製造時期によって異なりますが、アルトの価格帯は比較的手頃な範囲に収まっており、購入しやすい車種として広く受け入れられています。グレードによって装備が異なりますが、基本的な仕様としては標準的なものがそろっており、使い勝手の良さを重視した設計となっています。 アルトの排気量はコンパクトカーらしい軽快な走りを実現するために適切に設計されており、燃費効率も高いのが特徴です。エンジンの出力は十分な馬力を確保しつつ、燃費を重視した設計となっており、街中や長距離走行など、幅広いシーンで快適なドライブを楽しむことができます。 また、アルトのタイヤサイズはコンパクトカーとして適切なサイズとなっており、路面との接地感を確保しつつ、快適な乗り心地を提供しています。タイヤのグリップ力や耐久性にも配慮された設計となっており、安心して運転を楽しむことができます。 アルトは、スズキのヒット作として多くの愛好家を魅了し続けており、その使い勝手の良さや経済性、信頼性が多くのユーザーに支持されています。都市部の交通事情に適したコンパクトなボディや燃費効率の良さ、使いやすさが、アルトの魅力となっており、日常の移動において心強い相棒として活躍してくれることでしょう。

より詳しいスペックやオプションの情報を見ることができます。

詳細項目 スペック
型式M-CM11V
最小回転半径4.6m
駆動方式4WD
全長×全幅×全高3.2m×1.4m×1.41m
ドア数3
ホイールベース2.34m
ミッション5MT
前トレッド/後トレッド1.22m/1.2m
AI-SHIFT-
室内(全長×全幅×全高)-m×-m×-m
4WS-
車両重量640kg
シート列数2
最大積載量200kg
乗車定員3名
車両総重量-kg
ミッション位置フロア
最低地上高0.16m
マニュアルモード-
標準色スペリアホワイト、サンジェルマンレッド、ダークシルバーメタリック、ポタージュイエロー
オプション色-
掲載コメント※このクルマの燃費は発売当時の資料により、60km/h定地走行燃費の数値を表示しております。燃費=27.1km/l
エンジン型式F5B
環境対策エンジン-
種類直列3気筒SOHC
使用燃料レギュラー
過給器-
燃料タンク容量30リットル
可変気筒装置-
燃費(10.15モード)-km/L
総排気量547cc
燃費(WLTCモード) -
燃費基準達成-
最高出力42ps
最大トルク/回転数kg・m/rpm4.4/6000
福祉車両-
大型ガラスルーフ-
片側電動スライドドア-
サンルーフ-
両側電動スライドドア-
ルーフレール-
ドアイージークローザー-
Tバールーフ-
電動バックドア-
ルーフ系装備-
ディスチャージドランプ-
タルガトップ-
フロントフォグランプ-
ハードトップ-
リアフォグランプ-
ソフトトップ-
ヘッドライトウォッシャー-
キャンバストップ-
フロントスポイラー-
メタルトップ-
リアスポイラー-
マグネシウムホイール-
ローダウン-
アルミホイール-
UVカットガラス-
片側スライドドア-
プライバシーガラス-
両側スライドドア◯
寒冷地仕様-
ステアリング位置右
ステアリングステアリングギア方式ラック&ピニオン式
ステアリングパワーステアリング-
ステアリングVGS/VGRS-
サスペンション形式前ストラット式
サスペンション形式後アイソレーティッド・トレーリング・リンク式
高性能サスペンション-
タイヤサイズ前155/70R12
タイヤサイズ後155/70R12
ブレーキ形式前ディスク式
ブレーキ形式後ドラム式
ソナー-
駐車支援システム-
センターデフロック-
横滑り防止装置-
トラクションコントロール-
フロントカメラ-
LSD(リミテッドスリップデフ)-
サイドカメラ-
ダウンヒルアシストコントロール-
バックカメラ-
AYC(アクティブ・ヨー・コントロール)-
頸部衝撃緩和ヘッドレスト-
SH-4WD-
ABS-
ISOFIX対応チャイルドシート固定バー-
ブレーキアシスト-
ビルドインチャイルド-
アイドリングストップシステム-
バケットシート-
ランフラットタイヤ-
後退時連動式ドアミラー-
エアサスペンション-
レインセンサー-
ブレーキ系装備-
インテリジェントAFS-
衝突軽減装置-
盗難防止装置-
ナイトビジョン-
セキュリティアラーム-
レーンアシスト-
ロードサービス-
車間距離自動制御システム-
パワーウィンドウ-
オットマン機構-
フルフラットシート-
チップアップシート-
本革シート
電動サードシート-
フロントベンチシート-
床下ラゲージボックス-
シートリフター-
エンジンスタートボタン-
シートポジションメモリー機能一括可倒
キーレスエントリー-
運転席パワーシート-
ETC-
フロント両席パワーシート-

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スズキ アルトの知っておきたい情報

スズキとは?
アルトとは?

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スズキアルトの新車情報

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スズキ・アルト

スズキ・アルト

アルト(ALTO)は、スズキのハッチバック型軽自動車(日本国外仕様車においてはAセグメント)のブランド(商標)、および車名である。

初代はフロンテの商用車版姉妹車として1979年に発売され、軽ボンネットバンブームの火付け役となって大ヒットし、以後、ワゴンRの登場まで、同社を代表する軽自動車であった。また、ダイハツ・ミラとは長年のライバルであり2018年まで競合が続いていた。アルトシリーズ累計生産台数は480万台以上で2019年(令和元年)5月に初代モデルの発売開始から40周年を迎えており、同年6月現在においてもハッチバック型の主力車種として生産・販売され2016年12月12日に、国内累計販売台数(ラパンを除く)がスズキ車で初となる500万台を達成した。

本稿での型式は各世代の中から例を記す。仕様により型式が異なるものもある。型式末尾「S」はセダン、「V」はバン。

また、本稿では以下のモデルについても便宜上記述する。販売戦略上、滅多に正式名称で呼ばれない派生車種「ラパン」については、当該項目を参照。
1979年(昭和54年)5月、発売。軽乗用車フロンテの商用版姉妹車である。型式はH-SS30V。「軽ボンネットバン」と呼ばれる「節税型軽乗用車」ジャンルを創成し、その後の軽自動車市場に大きな影響を与えた。当時、鈴木自動車工業社長に就任して間もなかった鈴木修が、社長就任後初めて陣頭指揮を執って製品化にあたった新型車であり、鈴木修自身にとっても自らの地位を確固たる物とした記念すべきモデルとなった。

1970年代中期以降、日本の軽乗用車市場は排出ガス規制対策と550 cc 規格移行前後の混乱・低迷期の最中にあり、各社は在来モデルの排気量・車幅拡大などでお茶を濁す停滞に陥り、新たな展開が模索される状態にあった。スズキでは排出ガス対策エンジンの開発が不調で、トヨタ自動車からの伝手によって競合するダイハツ工業製のエンジンを購入して自社の軽乗用車に搭載するなど、苦しい状態に置かれていた。1978年6月に社長就任した鈴木修がその打開策として企画したのが、ベーシックカーの原点に立ち返った廉価な新型車の開発であった。

この時点で次期フロンテとなるべき新型軽乗用車の開発が相当に進んでおり、1978年中には発売される予定であったが、鈴木修は「新車発売の1年延期」と「企画の全面的見直し」を敢えて断行し、修の意向によって新型車のコンセプトには大幅な方向修正が図られることになった。

当時の日本で、軽乗用車には15%を上回る高税率の物品税を課されていた。だが軽ボンネットバンを含む商用車は物品税が非課税で、税制面では格段に有利であった。スズキではこの税制のギャップを逆手にとって合法的に節税できる「実質前席2人乗り軽乗用車として機能する軽商用車(軽ボンネットバン)」という商品設定を企画、主に買い物や子供の送り迎えなどに自動車を使う主婦層の需要喚起を新たに狙った。スズキでは開発に際しての市場リサーチで、当時“軽自動車の基本乗車人数は1 - 2名”というデータを得ており、前席の居住性が乗用車並みに確保できるバンの市場商品性に裏付けを持っていた。

価格設定も大胆なものとなった。同時期の一般的な軽乗用車は新車で60万円を超える価格帯で、これに高率の物品税が上乗せされた。一方、市場調査で当時の日本の中古車市場では40万円から50万円程度の中古車の売れ行きが良好であると判明、鈴木修はそのクラスの需要を狙い、市販価格45万円程度の廉価な新車を提供することを目論んだ。この価格設定で利益を確保するには、製造原価を当時としても極度に低い35万円程度に抑えなければならなかった。「目標達成のためなら灰皿やスペアタイヤ、エンジンまでも外せ」とまでの叱咤と共に、鈴木修から過酷な目標を課された開発部門責任者の稲川誠一(当時常務。のちスズキ会長)ら技術陣は、コストダウンを最優先に、安全上問題ない範囲での製造原価見直しを徹底追求した。

基本構成は、前輪駆動方式を採用した2ボックススタイルであり、車内容積はそれなりに広く、当時としてはそこそこ近代的な外観であった反面、機構的には従来モデルの旧型エンジン(T5A)から基本設計を流用した2ストロークエンジン(T5B)、リアサスペンションには廉価でコンパクトであるが旧弊なリーフリジッドを採用するなど、簡素な低コスト構造に徹していた。排出ガス規制が緩い商用車であるため、コストやトルクの面で有利な2ストロークエンジンの採用が容易であった。後部座席は商用車としての規制(荷台スペースを後部座席のスペースと同等以上にする必要がある)から折り畳み式のごく小型なものであったが、実質2人乗りと割り切られていたため大きな問題ではなかった。前輪駆動だがパワーステアリングが小型車で一般化する前の車種であり、プレート型の2本スポークステアリングは径を大きめとして、ラックアンドピニオン式の操舵機構ともども操縦性に配慮している。ブレーキは前輪ディスク式が普及してきていた当時、ややグレードの低い4輪ドラム式であったが、軽量車であったため、性能に見合った制動力は確保されていた。

その随所が、従前のデラックス化しつつあった軽乗用車とはまったく正反対な、機能最優先に徹した簡潔な仕様であった。少ない点数の大型プレス部材を組み立てたシンプルなボディの装備は、内外装とも極めて簡素に仕立てられていた。一体成形された単純な造形の樹脂製ダッシュボードやインパネ、ヘッドレスト一体型のフロントシート、見栄えはしないが廉価に必要な機能を満たせるゴム製フロアマット、ベニヤ板を背板に使った後部座席、廉価なグレー塗装のスチール製バンパー、電気モーターを全く使用しない手押しポンプ式ウィンドウウォッシャーなどが特徴である。ドア等の内張りを省略できる部分は鉄板塗装処理、ドア開閉用の鍵穴は運転席側のみで、なくとも済む助手席側鍵穴は省略している(キーシリンダーをはめ込む凹みは残してあった。キーシリンダーを装着する仕様のモデルとドアパネルを共用して量産効果を上げるためである)。リアの跳ね上げ式大型ハッチゲートは、アルトの利便性の一つとしてPRされており、リアハッチダンパーを全車に装備していたが、このゲート上のヒンジは露出した外付け構造としてやはり簡略化してあった。

また当初はモノ(単一)グレードで車種内の装備差別化をせず、標準装備はヒーターのみで、ラジオやシガーライターをはじめ追加装備一切は多くがディーラー施工となる50種類以上のオプションで補う設定とした。

これらの取り組みの結果、当初計画の45万円は達成できなかったが、本体価格「47万円」という、1979年当時の新車の軽自動車としては驚異的な低価格が実現された。フロンテの最廉価グレード車での物品税課税前価格より約10万円も安かったのである。この価格は、それまでの慣例を破って戦略的に、自動車業界初の全国統一車両本体価格(ワンプライス)とされた点でも画期的であった。日本全国の顧客に平等な価格を提示できると共に、全国の媒体で等しく「アルト47万円」と銘打った効果的宣伝が可能となったのである。さらに物品税非課税のメリットが加わり、競合車種となる他社軽乗用車との実質価格差は著しいものとなった。

女性ユーザーへのアピールを念頭に赤をイメージカラーに採用したアルトが発表されると、その異例な低価格は市場に衝撃を与えた。発売後の販売台数は当初目標の月間5,000台を軽く凌駕して1万8,000台を記録、ほどなく大量のバックオーダーを抱える人気車種となった。増産のため、工場増築が緊急に行われたほどである。「アルト」の成功を受け、他の軽自動車メーカーも追随して同様のコンセプトの軽商用車を発売し、「セカンドカー」需要を開拓した。またアルト売り上げによる着実な収益で、日本の自動車メーカーでも唯一2ストロークエンジンを主力としていたスズキは、工場設備投資による4ストロークエンジン生産体制拡充に取り組み、アルトも含めた主力車種エンジンの4ストローク切り替えを早めることができた。

ゼネラルモーターズは、後のサターンとして結実する未経験の小型車開発にあたり、世界各社の小型車を徹底的に分解し、研究していたが、その中の一つであったこのアルトの設計に驚愕し、スズキとの提携を決めたと言われている。スズキはOEM契約を結び、GMのロワエンドにあたるジオ(GEO)ブランド向け車種(ジオ・トラッカー、ジオ・メトロ)の生産を担当した。
1984年9月、71V型にフルモデルチェンジ。全車4ストロークエンジン(F5A)を搭載。一部車種に回転ドライバーズシートを採用した。また、スポーティーグレードの「S」には12インチラジアルタイヤ(135SR12)&ハーフホイールカバー付12インチスチールホイール、およびアルトとしては初となるフロントディスクブレーキ、およびタコメーターがそれぞれ標準装備となる。CM出演者は小林麻美。

1984年12月、四輪駆動を追加。発売当初は「スノーライナー」シリーズと呼ばれていた。プッシュボタン式のパートタイム方式で、今回から四輪駆動車にフロントディスクブレーキおよびオートフリーホイールハブが採用された。1986年7月にマイナーチェンジを受け、72V型となる。異形ヘッドランプの採用と、フロント周りおよびインパネの変更を行い、軽自動車初の気筒あたり4バルブ化された3気筒DOHCエンジンを搭載した「ツインカム12RS」シリーズを追加。これと同時に既存の「アルトターボ」はグレード名を「ターボSX」に改名。リアサスペンションには新開発の「アイソトレーテッド・トレーリング・リンク(I.T.L.)」式リジッドコイルサスペンションを四輪駆動車およびスポーティーグレードを含む前輪駆動車の一部の上位グレードに採用。上記の「ツインカム12RS」の登場に伴い、既存の3気筒SOHC・シングルキャブレター仕様のエンジンを搭載したスポーティー風グレードの「S」が廃止。
1988年9月にフルモデルチェンジを受ける。初期のCM出演者は浅香唯(標準モデル)、ポパイとオリーブ(ワークス)。

3代目はホイールベースを一気に伸ばし、当時の軽自動車の中で一番長くすると共に、モデルバリエーションに従来のレジーナなどに加えて、国産車初の両側スライドドアを持つ「スライドスリム」を回転ドライバーズシートと併せて新たに加えた。
エンジンは先に3代目セルボに搭載されたF5B型直列3気筒SOHC12バルブを一部のグレードに採用した。
このモデルからは2代目以降のマツダ・キャロルのベースモデルにも採用された。
「ワークス」は独立車種として標準モデルのアルトとは異なるデザインになり、丸形2灯のヘッドランプにエアロパーツで武装した外観を持ち、スペックに関してはF5B DOHCターボのRS系は従来の過激さそのままだったが、マイルドなF5A SOHCターボ(S系)も設定された。

1989年4月、消費税施行に伴い、物品税が廃止されると、ボンネットバンのメリットが薄れたためアルトにも5ナンバー車を設定し、フロンテはアルトに統合される形で生産・販売ともに終了となった。これによって従来のモデルの大半が5ナンバーに切り替わったため、グレード名称の最後に「-S」が付加、さらに、5ドアバンを廃止する代わりに5ドアセダンを4車種設定するなど、セダン重視のラインナップとなる。

1990年3月にマイナーチェンジを受ける。CM出演者は井森美幸に変更。新規格化に伴い、エンジンを550ccのF5B型から660ccのF6A型へ変更、さらにフロント部分を大幅変更、前後バンパーも大型化して新規格に対応。ワークスも、バンモデルから乗用5ナンバーモデルへと変化。軽自動車初の運転席SRSエアバッグと同時期のダイハツ・ミラTR-XX同様、4輪ABSがメーカーオプション設定される。レジーナに5ドアを追加設定し、スライドスリムは右側(運転席側)のみをスライドドアとし、左ドア(助手席側)を5ドアのボディパネルに変更して、1:2ドアの形をとった。スライドドアにパワークロージャー機構を採用し、使い勝手を向上させている。

1991年11月、5ドアのBピラー以降の全高を1,600 mm まで高め、荷室容積を拡大した「ハッスル」を追加。コンパクトカーが大きな荷箱を背負った、フランス車に多く見られるフルゴネットスタイルは欧州ではポピュラーな存在だが、日本ではこのハッスルを含め数例の市販車があるものの主流となり得なかった。ハッスルのボディーは全て3ドアで、バンの「Hu」、ワゴンの「St」と「Le」の各グレードがあり、定員(バン「Hu-2」のみ2名)、トランスミッション、駆動方式(前輪駆動と四輪駆動)の違いで計10車種からなる。通常のアルトを改造して生産する特装車扱いとなる。また、ワークスには青色のボディーカラーの設定があったがこれは1990年の1年間の限定生産であった。型式からわかるように、このモデルは後に登場したセルボとプラットフォームが共通である。
1994年11月にフルモデルチェンジを受けた。特に3ドア車はデザイン的に先代からのキープコンセプトでホイールベースを含むボディサイズは先代から据え置かれたが、「レジーナ」や「スライドスリム」などのバリエーションはなくなり、3ドアと5ドアの標準モデル、そしてスポーツモデルの「ワークス」のみとなる。先代後期型のオーディオスペースは2DINであったが、こちらは1DINとなっている。先代はベスト・アルトのコンセプト通り大ヒット作となったが、コスト削減のためか4代目は身内であるワゴンRの影響によってやや影の薄れたモデルとなってしまった。フルモデルチェンジで「ワークス」の上級グレードの「RS/Z」のエンジンは新開発のオールアルミ製3気筒DOHC12バルブインタークーラーターボのK6A型660ccエンジンを搭載し、ECUが16ビットへ変更。最高出力64ps/6,500rpm、最大トルク10.5kgm/3,500rpmを発生。なおF6A SOHCインタークーラーターボの「ie/s」は制御用コンピューターは従来どおり8ビットを採用。ただし最高出力が64ps/6,000rpm、最大トルクが10.0kgm/4,000rpmと、先代のSOHCモデルよりも性能が向上している。標準モデルのCM出演者は鷲尾いさ子。
1998年10月7日、軽自動車規格改正と共にフルモデルチェンジ。初期のCM出演者は小泉今日子(標準モデル)。

この型からマツダへキャロルとしてOEM供給が開始される。(エンブレムとグレード体系・装備設定の有無、ターボ車グレードの設定がないなどの違いはあるが、機構・機能面などの基本部分は両車とも共通。)改正に伴い当然ながらサイズはアップしたが車両重量は極力押さえ最小回転半径も4.2メートルにするなどの改良も行われている。最上級グレードの「エポP2」はオートエアコン、後席分割シート、シートベルトアジャスターを装備した。また、「Sc」にはDOHCリーンバーンエンジン搭載車(電子制御スロットル搭載)を設定し、10・15モード測定値で29km/Lの低燃費を実現。スポーツ仕様の「ワークス」はエンジンに可変バルブ機構・ドライブ・バイ・ワイヤを採用し軽自動車としては究極ともいえる高性能化を図った。ただし今回は競技仕様車である「ワークスR」の設定はなくなった。コスト削減のため、前輪駆動車・四輪駆動車ともボディ(フロア)構造が同一となったため、従来は異なっていた前輪駆動車・四輪駆動車の型式が同一となる。なお2シーター、「Va」・「Sc」の4MT車はニーズの少ない可能性が高いためこの代より受注生産となる。先代モデルのパワーウィンドウなし仕様やバンはドアにベニヤ板とビニールを貼っただけの仕様であったがプラスチックながら全グレード成形ドアトリムになるなど内装の質感も向上した。またバンのエアコン装着車やセダンにはエアコンの装置にエアコンフィルター挿入口が実装され標準でフィルターが付属するようになった。安全装備は登場当初はすべて標準装備ではなかったものの一部の廉価グレードを除き運転席エアバッグのみならず助手席エアバッグ、シートベルトプリテンショナー、ABS(これらの安全装備はセットでメーカーオプション)が選べるようになり販売店独自の特別仕様車の一部では全て装備される場合もあった。

2000年12月5日にマイナーチェンジを受ける。フェイスリフトを行い、エンジンは全車、オールアルミ製のK6A型DOHCエンジンに統一されワークスを含むターボモデルは廃止される。これにより、国土交通省の「優-低排出ガス車(☆☆)」認定を軽自動車で初めて取得(リーンバーンエンジン搭載車を除く)。「ワークス」、「アルトC」、「エポP2」が廃止され、オーソドックスな実用モデル(3ドア「エポ」、5ドア「エポ」、5ドア「エポエクストラ」、バン・3ドア「Vs」)のみの設定となる。また、上級仕様を装備しつつ、価格を抑えた新グレード「21世紀記念スペシャルLx」を新設定。なお「ワークス」の名称は生産終了から約2年のブランクを経てクロスオーバーモデルの「Kei ワークス」へ引き継がれ、2005年1月の生産終了まで約6年10か月間にわたって生産・販売された。またこの型のバンは車重が特に軽量であることから改造ベースとしてよく用いられる。

5代目の累計生産台数は54万2000台。

2004年9月13日にフルモデルチェンジを受ける。このモデルより長年ラインナップされていた3ドア車や2シーター、エアコン・パワステ無しの仕様が廃止される。また、グレード体系も見直し、「E」・「G」・「X」となる。変速機は「E」・「G」は5速MTと3速ATの2種類、「X」は電子制御式4速ATのみの設定。室内高は5代目に比べ30mm高くなっている。ボディカラーのムスクブルーメタリックはオートカラー・アウォード2005でオートカラーデザイナーズ賞のエクステリアカラー部門を受賞している。5代目に引き続きマツダにキャロルとしてOEM供給している。エンジンは先代に引き続き全車K6A型DOHCエンジンを搭載するが、先代に存在していたVVT仕様とリーンバーン仕様、液晶付きフルオートエアコンはこの代ではそれぞれ廃止されている。
キーレスエントリー未装着車はキーシリンダーが先代同様3か所(運転席ドア・助手席ドア・バックドア)設けられているが、キーレスエントリー装着車は運転席ドアのみとなり、バックドアにドアハンドルが設けられたことで室内用バックドアオープナーは廃止された。

2005年1月12日、バンもフルモデルチェンジ。この代からバンも5ドアとなり、16年ぶりに5ドアバンが復活する。ボディカラーはスペリアホワイト(26U)1色のみの設定で前後バンパーには同社のキャリイ同様、塗装はがれの心配がない白色樹脂を使用している。
先代ではメーカーセットオプション扱いとなっていた運転席・助手席SRSエアバッグは標準装備となったが、4輪ABSはメーカーオプションでも用意されない。

6代目の累計販売台数は約27万台。
2009年(平成21年)12月16日フルモデルチェンジ、同日より販売開始。月間販売目標は7000台と発表されている。

グレード体系は乗用グレードは「E」・「F」・「G」・「X」の4グレード、バンは先代同様「VP」のみを設定する。本代でもK6A型エンジンを引き続き搭載するが、6代目で一旦廃止となっていたVVTが再搭載され、インテークマニホールドの形状変更により給気効率を高めた。また、トランスミッションも5代目以来となるCVT車が再設定されたが、パレットで採用されたジヤトコ製の副変速機構付CVTへ変更された。AT車は全車4速(ジヤトコ・JF405E)に多段化されるとともに、ロックアップ領域の拡大を行った。ボディも空力特性に配慮した形状と板厚の見直し、高張力鋼板の使用拡大などにより軽量化を図ったことで、バン「VP」の前輪駆動・5MT車を除く全車で平成27年度燃費基準を達成。バン「VP」は「平成17年基準排出ガス75 %低減レベル(☆☆☆☆)」認定を同時に取得した。

より丸みを帯び、ヘッドランプが紡錘形となったフロントフェイスは「F」以上のグレードと「E」・バン「VP」で異なる2種類のデザインを採用している。「F」以上のグレードに標準装備されるCDプレーヤーはインパネ中心部の造形に合わせた専用デザインとなった。また、シンプルな大型スピードメーターは白地となり、インフォメーションディスプレイは瞬間燃費・平均燃費・走行可能距離の表示機能を追加した。フルモデルチェンジに合わせて復活した最上級グレードの「X」はアルトでは初となるキーレスプッシュスタートシステムやイモビライザーが装備されたが、コスト削減のためにリアワイパーは四輪駆動車のみ装着となった。

2011年(平成23年)11月24日、低燃費仕様の派生モデルアルトエコ(DBA-HA35S)を追加。初期のCM出演者は香里奈・小林星蘭・西田敏行。2014年よりベッキーに変更。

グレード体系は「ECO-L」と「ECO-S」の2グレードを設定する。エンジンを3代目MRワゴンで採用されたR06A型へ変更し、9 km/h以下でエンジンを自動停止する停車前アイドリングストップシステムを搭載。省電力化を図るため、リアコンビランプとハイマウントストップランプをLED化し、燃料ポンプを軽自動車では初となる省電力型に変更。エンジンの変更に伴ってエンジンルーム周りの骨格も一新し、燃料タンク容量を20 Lに変更するなど、各種部品の軽量化を徹底したことで「G」のCVT車に比べて20 kgの軽量化を達成するとともに、車高を15 mm低くし、フロントバンパーの形状を変更して空力性能の向上を図り、足回り部品やタイヤを変更することで走行抵抗を低減した。これらにより、JC08モードで30.2 km/L(平成27年度燃費基準+20%達成)を実現した。アイドリングストップシステムにはスズキ車初となる新機構スターターモーターが搭載されており、停車前アイドリングストップ作動中でもブレーキを緩める、ハンドル操作をする、などの操作で瞬時にエンジンが再始動し、スムーズな再加速ができる。このほかエンジンの再始動は、トランスミッションのSモードスイッチ入、ドア開でも行われる。また、坂道発進の際の後退を抑制するヒルホールドコントロールを追加装備している。

なお、燃費性能は改良を重ねるたびに向上しており、2013年2月のマイナーチェンジで33.0 km/Lに向上、同年11月の一部改良で35.0 km/Lに向上されている。

このアルトエコは株式会社イードが運営する登録会員がそれぞれの実生活で得られた愛車の実燃費をインターネットを介して入力・管理する燃費管理サービス「e燃費」が主催する「e燃費アワード2013-2014」の「軽自動車部門」において22.6 km/Lを記録し、同部門で1位になった。なお、この数値は、同アワードで「新型車部門」と「ハイブリッド車部門」の2冠を獲得したトヨタ・アクア(2013年11月改良モデル、22.4km/L)の記録を上回って当年度のアワード全部門の中でもトップの実燃費を記録し、ハイブリッド車を上回る実燃費の高さが証明される結果となった。2015年2月16日に発表された「e燃費アワード2014-2015」では前年を上回る23.2 km/Lを記録して「軽自動車部門」で2連覇を達成するとともに、総合部門でも「ハイブリッド車部門」で1位となったトヨタ・アクア(22.6 km/L)を上回り、「総合部門」でも2連覇を達成した。

ボディカラーは「アルト」・「アルトエコ」共通で6色を設定するが、「アルトエコ」ではホワイト系が「アルト」のスペリアホワイトに代わり、緑味を帯びた専用色のリーフホワイトが設定される。なお、スペリアホワイトは2013年(平成25年)5月の仕様変更により「アルトエコ」にも設定されるようになった。また、同年11月のアルトエコの一部改良に伴い、ミルクティーベージュメタリックとブルーイッシュブラックパール3をアルト専用色に移行するとともに、アルトエコには赤系のフェニックスレッドパールとピンク系のシャンパンピンクパールメタリックの2色を追加し、専用色を3色に増やした(どちらも他のスズキ車に設定されているボディカラーである)。

OEM車種については発表翌日にキャロルも本代ベースにモデルチェンジされ、2012年(平成24年)11月には低燃費仕様の派生モデルであるキャロルエコが追加された。
2014年12月12日にフルモデルチェンジを予告するプロモーションサイトを開設したのち、同年12月22日にフルモデルチェンジされ、同日より発売を開始。OEM車種のマツダ・キャロルについてもアルトから遅れて3日後にフルモデルチェンジを発表し、1か月遅れで販売を開始した。

2015年3月11日には、5代目以来約14年3か月ぶりとなるターボ車「ターボRS」を追加発売。同年12月24日には「ワークス」が約15年のブランクを経てモデルチェンジし、復活発売した。

これにより、セダン・バン・ターボRS・ワークスの4つのバリエーションに増え、特に、ホットハッチモデルに関しては歴代初の2モデル体制となったが、後にターボRSは2018年11月をもって廃止され、結局ワークスに統一化された。

日本国外で販売されてきたアルトは日本仕様とは異なる部分がある。

日本国外向けの初代はSS80型となる。これはSS40型フロンテをベースに40psを発揮する直列3気筒796ccエンジンを搭載したもので、ヨーロッパでは1981年から1984年まで販売された。インドではマルチ・ウドヨグ(現:マルチ・スズキ・インディア)によってマルチ・800として、パキスタンではによってスズキ・FXとして製造が行われた。

日本国外向けの2代目はCA91/92/CB91/92型(SB308型とも)。CA71/72型フロンテをベースに796ccエンジンを搭載した。インドでは2代目マルチ・800として、パキスタンではメヘラン (Mehran) として生産された。また、中華人民共和国では長安汽車、吉林江北機械廠、湖南江南汽車によって生産された。ヨーロッパでは1984年から1993年まで販売されたが、日本市場向けがCL11型にモデルチェンジしてからはインドからの輸入に切り替わった。

CL11型は大宇国民車(現:韓国GM)が大宇・ティコとして大韓民国、ポーランド、ルーマニア、ウズベキスタンで生産した。中国ではティコが安徽安馳汽車によって「安馳 (Anchi)」(MC6330) のネーミングで1994年から2003年まで、および親会社の哈飛汽車によって「百利 (Baili)」(HFJ6330E) のネーミングで1999年から2004年まで生産された(エンジンは直列4気筒870cc)。また、エジプトのスペランザ社でもライセンス生産(1996年-2008年)された。

1994年から2002年にかけてはセルボモードをベースに1Lエンジンを搭載した車種がヨーロッパ向け3代目アルトとしてインドから輸出された。なお、この車種はインドでは「ゼン」の車名で販売された。

インド市場で最初に「アルト」の車名を冠した車種は2000年に登場した。HA12型をベースに直列3気筒 F8D型 796ccエンジンを搭載しており、新興国向けにはこちらが輸出された。ヨーロッパ向け4代目アルトは直列4気筒 F10D型 1061ccエンジンを搭載したモデルがインドから輸出され、2002年から2009年にかけて販売された。1.1L車はインド向けにも上級グレードとして設定されたが、やがてカタログから落とされ、2010年8月に直列3気筒 K10B型 998ccエンジンを搭載した車種が「アルトK10」としてデビューした。アルトK10もまた新興国向けに輸出されている。HA12型はパキスタンでも製造が行われていたほか、コロンビアではゼネラルモーターズによって現地組立が行われてシボレー・アルトとして販売された。

ヨーロッパ向け5代目アルトは2009年から2014年にかけて販売された。インドでマルチ・スズキ・Aスターとして販売された車種の日本国外版であり、ラテンアメリカなど一部地域では「セレリオ」として販売された。なお、同車種の後継は全世界でセレリオの車名に統一される。

2019年6月15日にパキスタン向けアルトが発売された。スズキの海外拠点で初めて、現行の日本における軽自動車規格と同一のボディー・排気量を採用したモデルで、8代目アルトをベースに、ボディーとエンジンは日本仕様と同じだが、最低地上高を高く(全高は日本での「F」・「L」・「S」よりも15mm高い1,490mm)するなどパキスタンの道路事情に合わせて仕様が変更されている。トランスミッションは5MTとAGSの2種類が設定されている。

マルチ・スズキ・インディアで製造・開発され、フィリピン、ラテンアメリカ諸国など新興国向けに輸出されている。

2012年10月16日、マルチ・スズキ・インディアはアルト800を発表した。コードネームYE3として開発されたこの車種は、2000年9月から販売されているマルチ・アルトの後継車種であり、2014年1月18日にマルチ・800が製造を終了した後はマルチ・スズキのエントリーモデルともなっている。エンジンはF8D型を引き継いでいる。製造はグルガーオン工場にて行われる。

2014年11月3日、マルチ・スズキ・インディアは新型アルトK10を発表した。新しいK10はアルト800をベースとしながら、新デザインのフロントマスク、テールライトおよびダッシュボードが与えられている。エンジンはK10B型1.0L 直列3気筒で最高出力68ps、最大トルク90Nmを発揮する。CNG仕様も設定されており、CNGモードでは最高出力59ps、最大トルク78Nmとなる。トランスミッションは5速MTに加えて、オートギヤシフト (AGS) と呼ばれる5速AMTが用意される。AGSが設定されるのはインドではセレリオに続いて2車種目となる。


スズキ (企業)

スズキ (企業)

スズキ株式会社()は、日本の四輪車及び二輪車のメーカーである。

四輪車の世界販売台数は第10位、国内販売台数は第3位、二輪車の世界販売台数は第8位、国内販売台数は第3位、船外機では販売台数世界第3位である。

大工から身を起こした鈴木道雄により、1909年に織機メーカー「鈴木式織機製作所」として創業。当初の木製織機からのちには金属製自動織機の生産へ移行し、企業規模を拡大すると共に、精密機械の加工ノウハウを蓄積した。
しかし、近代化された力織機はいったん織物工場に納入されると長年の稼働が可能な耐久商品で代替需要が小さく、将来の販路飽和が予見されたことから、機械技術を活かした多角化策として、早くから自動車産業への進出検討を始めていた。

創業者の鈴木道雄は120以上の特許ー実用新案を取得した発明者でもあった。その名前がそのまま社名になった。ロゴの制定は1958年で、美術系の大学生に呼びかけて候補を募った。300余点の候補のなかから手銭正道のデザインが選ばれた。

戦前から自動車開発の企図を持ち、オースチン・セブンのコピー車製作などを試みていたものの、本格的な参入は1950年代初頭の自転車補助エンジンブームを機にオートバイ開発に乗り出した1952年からである。更に1955年には四輪軽自動車分野にも進出し、以後、小型オートバイと軽自動車分野をメインに、日本の小型自動車業界での地歩を築いた。

四輪車は軽自動車や小型車などを主力としている。軽自動車の分野では、1973年から2006年までの34年間にわたり販売台数日本一を誇り、マツダや日産自動車、三菱自動車工業へのOEM供給も行っている。社団法人全国軽自動車協会連合会の発表した2006年度(2006年4月 - 2007年3月)軽四輪車新車販売台数速報 によれば、長年競い合ってきたダイハツ工業に1位の座を譲った(ダイハツ61万6206台、スズキ60万5486台)、なお同社は2006年にスイフトやSX4などの小型車の強化を表明しており、生産能力確保の為には軽No.1にはこだわらず、軽生産の縮小も辞さないという姿勢を打ち出している、しかし、2014年は同年1月に発売を開始したクロスオーバーSUV型のハスラーが発売初年で10万4233台とヒット車種となったことで軽乗用車販売台数の大幅アップ(2013年比15.9%増)に貢献し、同協会による2014年の軽四輪車新車販売速報 ではダイハツ工業(70万6288台)を2795台上回る70万9083台となり、8年ぶりに軽自動車年間販売台数No.1の座を奪還した。
2014年度における四輪車の販売台数は国内では第3位で、世界では第10位。特にインド市場で強みを発揮しており、インドにおける自動車シェアの(年間販売シェアのうち)54%はスズキが占めている。2002年にインド政府との合弁会社マルチ・ウドヨグをマルチ・スズキ・インディアとして子会社化し、連結経常利益の4割を占めている。

東京商工リサーチ浜松支店が2016年5月18日に発表したところによると、日本国内の仕入れ先は5372社で、そのうち一次仕入れ先は1154社、二次仕入れ先は4218社であり、一次仕入れ先の約半数である506社が静岡県内の企業で、数としては一位を占めている。またそれとは別に、一次仕入れ先の過半数は資本金5000万円未満の企業である。

メーカー出資の子会社ディーラーは「スズキ自販○○」(○○には都道府県名が入る。例:スズキ自販東京)という社名になっているケースがほとんどである。

自動車以外ではモーターサイクル、モーターボート(スズキマリン)、船外機、発電機、リース/クレジット事業(スズキファイナンス)、住宅(スズキハウス)、マジャール・スズキからの縁によるハンガリー産ワイン・はちみつ、保険の販売やカー用品事業(オートリメッサ)、ガソリンスタンド、ゴルフ場の経営なども手がける(これらのほとんどは関連会社のスズキビジネスが担当)。

取引銀行は、三菱UFJ銀行、静岡銀行、りそな銀行である。

またTOPIX Large70の構成銘柄の1つでもある。

2014年3月現在の本社所在地である静岡県浜松市南区高塚町300番地は、1991年5月1日の自治体合併前まで浜名郡可美村であったが、各種広報では「浜松市外高塚」と記していた時期も有った。

現在の大手自動車メーカーでは珍しく、起業から現在に至るまで創業家一族が、経営の中枢を担う役職で世襲制を引いている。

スズキ株式会社は2020年に創立100周年を迎える国内自動車メーカーの中でも歴史の長い名門企業である。
日産自動車とは2002年4月からMRワゴンを日産・モコとしてOEM供給を開始した事を皮切りに、2007年1月には6代目アルトを日産・ピノ(2010年1月まで販売)として2009年12月にはパレットを日産・ルークス(2013年3月まで販売)として、2013年12月には2代目エブリイワゴン/5代目エブリイ/12代目キャリイを2代目日産・NV100クリッパーリオ/NV100クリッパー/NT100クリッパーとしてそれぞれOEM供給を行なっている。反対に、日産自動車からミニバンの日産・セレナ(3代目以降)のOEM供給を受け、ランディとして販売されている。

三菱自動車工業とは2011年3月から、3代目ソリオをとして、2014年2月には2代目エブリイワゴン/5代目エブリイ/12代目キャリイを2代目タウンボックス及び7代目ミニキャブバン/ミニキャブトラックとしてそれぞれOEM供給が行われている。

マツダには1989年5月から軽自動車及び軽商用車のOEM供給を行っている。1989年10月にはスズキが乗用車用基幹部品(エンジン等)の供給を開始し、1998年10月の新規格軽乗用車の発売以降は、スズキがマツダの軽自動車全モデルをOEM供給している。

トヨタ自動車とは歴史的に縁が深く 2017年には次世代のエコカーや自動運転車の技術など幅広い分野で業務提携を結ぶことで基本合意している。2019年にはトヨタは約九百六十億円でスズキの株式の約4・9%を取得し、スズキも四百八十億円相当のトヨタの株式を持つ資本提携に合意。
「人と同じ事はやらない。やるなら世界一を目指すのがスズキ」の企業風土がある。

小少軽短美(小さく少なく軽く短く美しく) スズキの生産品及び生産設備に求められる指標である。

二輪車の分野では1980年代に爆発的な人気となったレーサーレプリカの第1号としてRG250ガンマ(2ストローク)を発売した。

50ccのレーサーミニとしてGAG(4ストローク)を発売した(ジョーク・バイクとして発売されたGAGの後追いとして他社から出たものは、完全な「レーサーミニレプリカ」として発売されたため、レーサーミニの第1号であるGAGは短命に終わる)。

今日、特に欧州で人気の400ccや650ccのビッグスクーターの第一号もスズキによって発売された。それ以前にも250ccのスクーターはホンダなどにより既に発売されていたが、それはあくまで(高速道路も走る事ができる、50ccや125ccの標準的な排気量のスクーターから見れば)「巨大化したスクーター」としてのみ認知されていた。それをスクーターとしては異例な400ccの大排気量エンジンを搭載し、さらに巨大な650cc(スクーターとしては、発売当時世界最大の排気量であった)というエンジンを載せてビッグスクーター=プレミアム・スクーター(高価格ではあるが、四輪車の十分な代用となり高性能である、といったような複合的要素)という図式を作り上げた。これによりビッグ・スクーターは上記の1980年代のレーサーレプリカと同じように人気となる。

馬力競争にも積極的に参加し、スズキの車種の出力が後の業界自主規制値の発端となった例も多い。例として、二輪車250ccクラスの45馬力(RG250ガンマ)、同400ccクラスの59馬力(GSX-R)、軽自動車の64馬力(アルト ワークス)、欧州のバイクにおけるスピードリミッター装備とスピードメーターの300km/h目盛自粛(ハヤブサ)が挙げられる。

その一方でジムニーやキャリイの各2ストロークエンジンを1980年代中半頃まで使用し続けたり、Keiは登場から11年間程発売され、ジムニーは登場から10年程(3代目は20年程)経過した車種でありながら改良を重ねつつ生産・発売し続けたり、ソリオ(旧・ワゴンR+ → ワゴンRソリオ)は2010年にフルモデルチェンジされるまで11年間も生産・販売し、ワゴンRとスイフトは3代続いてキープコンセプトである(前者は初代から3代目、後者は2代目から現行型となる4代目)など、4輪に関しては保守的な面もある。しかし、初代ワゴンRの「居住性を確保するために背を高くした軽乗用車」というコンセプトは当時は非常に革新的で、軽トールワゴンという新たなジャンルを開拓した。またスズキの四輪車は、日産・セレナのOEM供給車であるランディを除き、全て寒冷地仕様となっている。

日本国内の自動車の販売網は「スズキ店」と、小型車をメインに扱う「スズキアリーナ店」(2000年4月より発足)の2ディーラー体制であり、更にその下に「副代理店」「業販店」というサブディーラーが存在している。副代理店・業販店は、町の自動車整備工場や中古車販売店が大部分を占めている。

日本国内のサブディーラーは各地域ごとの「スズキ自販」会社が統括しており、日本に5万店ある「業販店」の中でも販売実績の多い店を「副代理店」としている。スズキでは、それらサブディーラーの販売比率が7割以上を占めている。各地域ごとの「スズキ自販」会社は、一般顧客向けの販売と同時にサブディーラーへの卸会社としての機能も持っている。

インド市場においては、マルチ・スズキ・インディア主導により、2015年より上級車チャネル「NEXA(ネクサ)」が立ち上げられ、既存のマルチ・スズキディーラーよりも上質感と高級感を訴求し、高価格帯車種を中心に取り扱っている。

他ブランドとの併売店舗の「SBS」(スズキバイクショップ)と、スズキ車専売店舗の「スズキワールド」の2つに分かれている。

また、大阪府の自動車部品商社SPKが一部海外販売車種の逆輸入・販売を行っており、「モトマップ」の名称で全国販売網を統括している。

を参照。
☆印は一社提供。

60秒以上

30秒
※2020年10月からはカラー表記(日本テレビ制作分のみ。一部番組を除く)。
テレビ

ラジオ

2012年、名古屋国税局の税務調査で2011年3月期までの2年間で約12億2千万円の申告漏れを指摘された。スズキはアジアのバイク販売代理店数社に支払った販売促進費を11年3月期に計上したが、国税局は実際に支払った時期より前倒しして計上したことで利益が圧縮され、法人税の支払いが減ったと判断した。

また2016年には 名古屋国税局の税務調査で2015年3月期までの2年間で計約12億円の申告漏れを指摘された。スズキは余ったレース用のオートバイ部品について、仕入れ費用を経費に計上して利益を圧縮し、約3億円の所得を隠していたとされる。

2016年(平成28年)5月三菱自動車の燃費偽装にともなう調査で、スズキもマツダへのOEMを含む26モデル(販売台数214万台)の測定を、国の定める「惰行法」で行っていなかったことが判明した。スズキが走行抵抗データを取得する相良テストコースは海の近くの丘の上にあり、風の影響を受けやすく、データの取得が天候に左右され、試験が困難になるケースがあった。そのためスズキの担当者は車両開発のため風洞試験室で測定した空気抵抗やタイヤの転がり抵抗など、要素ごとの抵抗値を積み上げて車両全体の走行抵抗データとして公式に活用していた。そして国に提出する書類には惰行法で測定した測定日、大気圧、天候、気温などの虚偽情報を記入し、かつデータを正規な方法で取得したように惰行時間を偽装していた。また、本来ならカーライン、エンジン設計部、法規認証部が立ち会いのもとで走行抵抗データを決定しなければならないが、法規認証部は走行抵抗データの取得に関与していなかったという。

これにより鈴木修会長兼CEOはCEO職を辞任し、技術担当の本田副社長も辞任となった。なおこの事件についてTwitterでは、『スズキの不正計測では規定重量の3倍になる180キロの荷物を載せて行っていた模様。社長「車は1人だけでなく家族で乗るものだから実は三人で計測してた」』というツイートが拡散されネットメディアも報道、各所でスズキを賞賛する声が上がったが、実際にはデマであったことが判明している。なお、国土交通省に再提出された正しい測定方法(惰行法)で取得した燃費は、全ての車種で、不正を行っていた時期の届出値より向上した。

問題発覚の際、5月下旬のテレビCMについては一部番組を除きPT扱いに格下げ、6月はテレビCMはすべて自粛し見合わせ(ただし、グループローカル自販を除く)てACジャパンの自己啓発に差し替えられて放送されていたが、7月以降はテレビCMの放映を再開した。

日産自動車やSUBARUの完成車検査や排ガスにおける不正が発覚する中、2018年8月9日にスズキはマツダ・ヤマハ発動機とともに会見を開き、排ガスの抜き取り検査で、有害物質量の測定に失敗しながら、やり直しをせず有効として処理する不正を行っていたと認めた。対象は2012年6月~18年7月に対象12819台の自動車のうち49%に当たる6401台で、うち7割を湖西工場が占めていた。

また9月にはスズキ単独で会見を開き、同検査でデータ書き換えもあったことを認めた。実際に書き換えがあったのは湖西、相良、磐田の3工場で2009年5月~今年7月に検査をして測定データが残っていた自動車1万8733台のうち、全体の14.6%に当たる合計2737台。

一連の不正を受けて2019年4月18日には1回あたりの台数として国内では過去最多となる約202万1500台のリコールを国土交通省に届け出た。この中には三菱自動車工業、日産自動車、マツダの車種も含まれる。
対象車は29車種。