スバル新型サンバー660 VCターボ 4WDの評判・スペック
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スバル サンバー 660 VCターボ 4WD
サンバーのフロント外観(12年(H24)4月、FMC時のフロント。仕様はグレードにより異なります)
サンバーのリア外観()
サンバーの内装・インパネ()
| メーカー | スバル |
| 車種 | サンバー |
| グレード | 660 VCターボ 4WD |
| 販売期間 | 2012年04月から 2014年03月 |
| 価格 | 1,257,381円 |
| エンジン |
エンジン:
直列3気筒DOHC 排気量: 658cc 型式: EBD-S331B 馬力: 64ps トルク: 103(10.5)/2800 ミッション: 5MT バッテリー: |
| タイヤ |
前輪:
145R12-6PR LT 後輪: 145R12-6PR LT ホイールサイズ: / 駆動: 4WD 最小回転: 4.2m タイヤサイズ |
| 燃費 |
燃費(JC08):
- 燃費(10•15): 16.2km/L 燃料: レギュラー 実燃費: から |
| ボディサイズ | 高さ: 1875 車幅: 1475 全長: 3395 |
| 乗車定員 | 4人 |
| 評価・レビュー |
外観:
3.56点 内観: 3.67点 スペック: 4点 エンジン: 4.22点 乗り心地: 3.78点 燃費: 3.25点 価格: 3.67点 |
| 中古車 |
2台 買取価格相場 車を売る |
スバルサンバーとは
スバルが製造するコンパクトバン「サンバー」は、1973年に初代モデルが登場し、現在も続く人気車種の一つです。サンバーは、輸送用途に特化した小型トラックやバンとして、日本国内で多くのファンを持つ実用的な車両として知られています。 サンバーの価格設定はリーズナブルであり、手ごろな価格で新車を購入することができる点が魅力の一つです。各モデルごとに異なるグレードが用意されており、用途や装備に合わせて選択が可能です。 エンジンには様々な排気量の選択肢があり、ユーザーのニーズに応じて選択が可能です。燃費面でも優れており、低燃費で経済的な運転が可能です。また、小型ながらも十分な馬力を持ち、日常の移動や荷物の積載にも問題なく対応可能です。 サンバーの特徴として、コンパクトなボディサイズが挙げられます。狭い道でも運転しやすく、駐車場の確保も比較的容易です。また、日常使いから商用車としても重宝される汎用性の高さが人気の秘密と言えるでしょう。 タイヤサイズも適切に設計されており、安定した走行性能を提供します。サンバーの歴史は古く、長い間多くのユーザーに愛されてきました。進化を重ねながらもその実用性や信頼性は変わらず、多くの車好きから支持されています。 以上、スバル「サンバー」は実用性や経済性に優れたコンパクトバンであり、その小回りの利く走行性能や信頼性から多くのユーザーに支持され続けている魅力的な車種です。より詳しいスペックやオプションの情報を見ることができます。
| 詳細項目 | スペック |
|---|---|
| 型式 | EBD-S331B |
| 最小回転半径 | 4.2m |
| 駆動方式 | 4WD |
| 全長×全幅×全高 | 3.4m×1.48m×1.88m |
| ドア数 | 5 |
| ホイールベース | 2.45m |
| ミッション | 5MT |
| 前トレッド/後トレッド | 1.31m/1.3m |
| AI-SHIFT | - |
| 室内(全長×全幅×全高) | -m×-m×-m |
| 4WS | - |
| 車両重量 | 970kg |
| シート列数 | 2 |
| 最大積載量 | 200kg |
| 乗車定員 | 4名 |
| 車両総重量 | 1280kg |
| ミッション位置 | インパネ |
| 最低地上高 | 0.16m |
| マニュアルモード | - |
| 標準色 | ホワイト、ブライトシルバー・メタリック、ブラック・マイカメタリック |
| オプション色 | パール・ホワイトII |
| 掲載コメント | - |
| エンジン型式 | KF |
| 環境対策エンジン | - |
| 種類 | 直列3気筒DOHC |
| 使用燃料 | レギュラー |
| 過給器 | ターボ |
| 燃料タンク容量 | 40リットル |
| 可変気筒装置 | - |
| 燃費(10.15モード) | 16.2km/L |
| 総排気量 | 658cc |
| 燃費(WLTCモード) | - |
| 燃費基準達成 | H22年度燃費基準達成車 |
| 最高出力 | 64ps |
| 最大トルク/回転数n・m(kg・m)/rpm | 103(10.5)/2800 |
| 福祉車両 | - |
| 大型ガラスルーフ | - |
| 片側電動スライドドア | - |
| サンルーフ | - |
| 両側電動スライドドア | - |
| ルーフレール | - |
| ドアイージークローザー | - |
| Tバールーフ | - |
| 電動バックドア | - |
| ルーフ系装備 | - |
| ディスチャージドランプ | - |
| タルガトップ | - |
| フロントフォグランプ | - |
| ハードトップ | - |
| リアフォグランプ | - |
| ソフトトップ | - |
| ヘッドライトウォッシャー | - |
| キャンバストップ | - |
| フロントスポイラー | - |
| メタルトップ | - |
| リアスポイラー | - |
| マグネシウムホイール | - |
| ローダウン | - |
| アルミホイール | - |
| UVカットガラス | ◯ |
| 片側スライドドア | - |
| プライバシーガラス | ◯ |
| 両側スライドドア | ◯ |
| 寒冷地仕様 | ◯ |
| ステアリング位置 | 右 |
| ステアリングステアリングギア方式 | パワーアシスト付ラック&ピニオン式 |
| ステアリングパワーステアリング | ◯ |
| ステアリングVGS/VGRS | - |
| サスペンション形式前 | ストラット式 |
| サスペンション形式後 | トレーリングリンク車軸式 |
| 高性能サスペンション | - |
| タイヤサイズ前 | 145R12-6PR LT |
| タイヤサイズ後 | 145R12-6PR LT |
| ブレーキ形式前 | ディスク式 |
| ブレーキ形式後 | ドラム式 |
| ソナー | ◯ |
| 駐車支援システム | - |
| センターデフロック | ◯ |
| 横滑り防止装置 | - |
| トラクションコントロール | - |
| フロントカメラ | - |
| LSD(リミテッドスリップデフ) | - |
| サイドカメラ | - |
| ダウンヒルアシストコントロール | - |
| バックカメラ | - |
| AYC(アクティブ・ヨー・コントロール) | - |
| 頸部衝撃緩和ヘッドレスト | - |
| SH-4WD | - |
| ABS | - |
| ISOFIX対応チャイルドシート固定バー | - |
| ブレーキアシスト | - |
| ビルドインチャイルド | - |
| アイドリングストップシステム | - |
| バケットシート | ABS(◯) |
| ランフラットタイヤ | - |
| 後退時連動式ドアミラー | - |
| エアサスペンション | - |
| レインセンサー | - |
| ブレーキ系装備 | - |
| インテリジェントAFS | - |
| 衝突軽減装置 | - |
| 盗難防止装置 | - |
| ナイトビジョン | - |
| セキュリティアラーム | - |
| レーンアシスト | - |
| ロードサービス | - |
| 車間距離自動制御システム | - |
| パワーウィンドウ | - |
| オットマン機構 | - |
| フルフラットシート | - |
| チップアップシート | - |
| 本革シート | |
| 電動サードシート | ◯ |
| フロントベンチシート | - |
| 床下ラゲージボックス | - |
| シートリフター | - |
| エンジンスタートボタン | - |
| シートポジションメモリー機能 | 分割可倒 |
| キーレスエントリー | - |
| 運転席パワーシート | - |
| ETC | - |
| フロント両席パワーシート | - |
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スバル サンバーの知っておきたい情報
サンバーとは?
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スバルサンバーの新車情報
スバルサンバーの最新情報まとめスバル・サンバー
サンバー(SAMBAR)は、SUBARU(旧・富士重工業)が販売する軽商用車である。1961年(昭和36年)2月1日に発売された初代から2012年(平成24年)4月1日まで販売されていた6代目モデルまで同社が自社開発、および自社生産を行っていた。7代目以降はダイハツ・ハイゼットのOEMとなり、ダイハツ工業が生産している。
2020年(令和2年)8月現在、「スバル」それ自身を除く、スバルブランドにおける最も古い商標であり、軽自動車及び軽トラック及び軽バン全体の商標としても現在のOEM元たるハイゼットに次いで2番目の長寿車種であり、更に日本車全体でも7番目の長寿車種である。
1961年から2012年までの自社生産時代は、モデルチェンジを繰り返しつつも、リアエンド床下にエンジンを横置きに搭載した「リアエンジン」レイアウトを採用してきた。特に積空差の大きい軽トラックにとっては、荷台の床下にあるエンジンは恰好のバラスト役を果たすことから、空車時でも十全なトラクションが確保され、安定した走行、登坂能力を得ている。さらに日本においては乗用車でも普及していなかった四輪独立懸架を1961年の発売当初から採用しており、この2つは軽トラック・軽キャブオーバーバン市場において長くサンバーのみが持つ特徴であった。これらの構成ゆえ、「農道のポルシェ」などとユーザーから冗談混じりに、時には敬意を込めて評されることもある。これらの特徴は、初代モデル開発にあたって先行した乗用車のスバル・360の技術を応用した結果の産物であったが、富士重工が通常型軽乗用車のカテゴリーで前輪駆動方式に移行した1980年代以降も、サンバーではリアエンジン方式が踏襲され続けた。
特記すべき事項として、1980年に通常型軽トラック・軽キャブオーバーバンとして初めて四輪駆動方式が一部を除き設定され、以後他社も追随したことで、軽トラックと軽キャブオーバーバンの実用性の向上に大きく寄与した。全車前輪ベンチレーテッドディスクブレーキ、直列4気筒エンジンの採用も早く、エアバッグの2センサー化は、同世代の普通乗用車にも採用例は少なかった。
更に4気筒エンジン導入後の1990年代からは、日本でも数少ないルーツ式スーパーチャージャー装備モデルが設定された。58馬力(ネット値。6代目モデルでの場合)を発生するモデルであり、高速道路での走行も多い赤帽便用などに重用された(いわゆる「赤帽サンバー」。後述。)。なおインタークーラーはスペースやレイアウトの制約から非搭載である。ライバル車種のスズキ・エブリイ/キャリイ、ダイハツ・アトレー/ハイゼットなどは後に乗用ワゴン系と共通のインタークーラーターボエンジンに移行したが、その後軽トラックの過給機付モデルは相次いでラインナップから消滅し、自社生産時代末期には軽トラック市場において唯一過給機付エンジンが選べるモデルとなっていた。
これらのユニークな特徴により重用するユーザーも多く、軽トラック市場でも独自の地位を保ってきた存在であったが、スバルの軽自動車事業撤退により、先立って生産が終了した乗用モデルのサンバーディアスワゴンに続いて2012年2月28日を以って商用モデルのトラック、バンともに生産が終了した。2012年4月2日よりダイハツからハイゼットトラック、およびハイゼットカーゴのOEM受給へ切替られた(ダイハツはすでにトヨタ自動車へピクシストラック、ピクシスバンとしてOEM供給を行っており、これにより3兄弟車種となった)。現在サンバーの生産ラインは、BRZと兄弟車であるトヨタ・86へと切り替わっている。
衝突安全基準の厳格化により、1990年代から一時、同種の他社の軽ワンボックス/軽トラックの多くがセミキャブオーバー型採用に至ったのに対し、サンバーは初代から一貫してワンボックス・トラックとも全てフルキャブオーバー型を採用してきた。このため、トラックでは荷台、バンでは荷室長を他社製品よりも大きく確保しており、一時期、ガラス屋や畳屋などが一般家庭に配達する際はサンバーでないと運べないというケースも少なくなかった。こうした理由も、赤帽など軽貨物事業者需要と併せてサンバーの『固定客』として根強い人気・需要を保った一因であった。
ただし、前輪が前席下に存在するため、衝突時に前輪が衝撃を吸収するセミキャブオーバー車と比べると前席の乗員保護性能(パッシブ・セーフティ)はどうしても劣る。また、6代目ではフロントにクラッシャブルゾーンを設けた分オーバーハングが大きくなったため、フロントバンパーにリップスポイラーのある車両では特に実効アプローチアングルが狭く、水平に近い路面から急勾配に進入する際など、進入角度によってはスポイラー下部分を擦る可能性があった。6代目の中頃までは、フロントナンバープレートがバンパー下に位置していたが、のちに改善された。
エンジンの点検口は、上蓋である荷台のサービスハッチと、リアバンパーを兼ねたエンジンカバーの2箇所。大掛かりな整備で荷台のサービスハッチを開く場合には積荷を降ろさねばならないので、常時荷物を積載する・荷台に何か設営する等の使い方をする場合は注意を要するが、主なメンテナンス(オイルレベルの確認や給油、ベルトの張り具合、プラグの状態確認等)はリアバンパーを開けば支障なく行えた。
初代モデルはスバル360の開発主任でもある富士重工業の百瀬晋六をチーフエンジニアとして、スバル360の完成直後から開発着手され、1960年(昭和35年)10月の東京モーターショーで発表、翌1961年(昭和36年)2月1日に市販された。
軽トラックとしては早い時期にキャブオーバーレイアウトを採用したモデルの一つで、このレイアウトの採用では1959年(昭和34年)発表のくろがね・ベビーの後塵を拝したものの、商業的にはそれをはるかにしのぐ成功を収めた。キャブオーバーレイアウトについては当初から社内で衝突安全性への不安視意見もあったが、当時のソ連の自動車研究文献に、ボンネット車とキャブオーバー車の事故率比較研究から前方視認性(による事故予防能力)においてキャブオーバーが有利、という研究結果があったことで、積載能力確保のためこの方式を採用した。
シャシは一般的な低床式のラダーフレームを用いているが、ドライブトレーンやサスペンションレイアウトは既存のスバル360の基本構成を流用し、リアエンジン方式、横置きトーションバースプリングとトレーリングアームを組み合わせた四輪独立懸架であった。過積載への危惧もあってスプリングレートはスバル360より上げられてはいたが、商用車が四輪ともリーフスプリング支持の固定軸主流であった当時では異例のソフトな乗り心地を誇った。このソフトなサスペンションは荷痛み防止にも優れた効果があり、壊れやすい品物を扱う中小零細事業主のユーザーたちからはディーラーを通じて「ガラス(板ガラス)が割れない」「豆腐の角が崩れない」といった好意的な報告が寄せられたという。
バックギアの位置が1速の横(左斜め上)にある(なお、550cc化後の車両(4WDを除く)では4速の右になっている)。
デザインはバンパーからドア見切り線、そしてホイールハウスに至るナックルラインが特徴で、その出っ張り具合から通称「クチビルサンバー」と呼ばれる。個性的なスタイルは、スバル360のデザインを手がけた佐々木達三の指導の下、富士重工の若手社内デザイナーが参画してデザインされたものであった。運転席周囲の空間が狭いことあり、スバル360同様に後部ヒンジドアとして乗降性に配慮されていた。
当初はエンジンルームが階段状になり、床面積を十分活用できない低床2方開のみだったが、すぐに3ドアのライトバン、さらに二段広床式荷台(エンジンルームと面一のパネルをキャビン背後まで張り、高床3方開にした仕様。もともとの低い荷台部分は鍵付ロッカーとなる)など、バリエーションを広げた。
リヤエンジンに低床2方開と、応用車種としてのワンボックスバンという展開は、フォルクスワーゲン・タイプ2に始まるリアエンジンの小型汎用車でのバリエーション展開を踏襲したもので、のちには高床3方開が標準となった。
1966年(昭和41年)登場。通称「ニューサンバー」。初代よりもすっきりとしたフロントマスクを採用し、デザインが洗練されている。オプションで副変速機を装備した、前進6段・後進2段のオーバートップ付を選ぶこともできた。1968年(昭和43年)には3段+オーバートップ付に変更される。
1970年(昭和45年)にはダミーグリルが装着され、エンジンもR-2用のリードバルブ付2サイクルに変更される。このモデルは通称「ババーンサンバー」と呼ばれる。インパネもR-2から流用されたフルパッドのものになり、安全性と見栄えが向上した。フロントドアが「スーサイドドア」から、通常の前ヒンジ・後ろ開きになったのもこのモデルからである。
さらに1972年(昭和47年)に再度マイナーチェンジを受け、ダミーグリルが大型化。このモデルは通称「すとろんぐサンバー」と呼ばれるが、後期型R-2同様、あまりにもアクの強いデザインに変貌したことと、競争力を増した競合他車の台頭により、人気は下火となった。
1973年(昭和48年)2月登場。宣伝コピーから「剛力(ごうりき)サンバー」という通称で呼ばれる。初代以来の空冷エンジン(EK31型)から、前年にデビューしたレックスに搭載していた水冷エンジン(EK34型)に換装される。その中でライトバンシリーズの最上級モデル、「カスタムL」には電動式ウインドーウォッシャーが初めて採用された。この代からは先代まで採用されていた、リアのテールランプにおけるワンテールをやめて、リアのウインカーランプをブレーキランプと独立させて、橙色とした。
1973年10月、バックミラーがメッキタイプから樹脂でカバーされたタイプに変更。
1974年(昭和49年)末には現在の黄色いナンバープレートに対応した改良を実施。同時に車幅灯がクリアからアンバー(ウインカーと同色)となった。
1976年(昭和51年)2月、長らく続いた2サイクルエンジンを捨て、水冷4サイクル2気筒SOHCエンジン(EK21型)に換装される。同年5月、スバルにとって550cc規格は急だったため、360cc用のボディにバンパーのみ延長させて500ccエンジン(EK22型)に積み替え、新たに「サンバー5(ファイブ)」として生まれ変わった。
1977年(昭和52年)には完全に新規格車体幅を拡大して550cc(EK23型エンジン搭載)となる。
1979年(昭和54年)にマイナーチェンジが行われ、外側のドアアウターハンドルがプッシュ式からフリップ式に変更されるとともに、ライトバンにはハイルーフやマルチフラットもラインナップされるようになった(サンルーフも後に追加)。さらにこの頃から電動式ウィンドーウォッシャーが全グレードに標準装備されるようになった。
1980年(昭和55年)より走破性に優れた四輪駆動モデルが軽トラックおよび軽キャブバンとして初めて設定され、日常的に悪路や急勾配での走行を強いられる農業従事者から特に高い評価を受けた。以後競合他社も追随し、軽トラックや軽キャブバンにおける四輪駆動方式の設定は21世紀前半の今日では一般化している。なお、この型のサンバーは商用車には珍しく今井科学により1/24スケールにて模型化されている(現在は青島文化教材社より発売中)。
1982年(昭和57年)にはバンにチェック柄のファブリックシートを装備した最上級グレードの「エクストラ」が設定された。
1982年(昭和57年)9月登場。ワンボックスタイプが「サンバートライ」となる。4輪独立懸架というサスペンションはこれまでどおりだがこの4代目からは4WD車のフロントサスペンションがこれまでのセミトレーリング式からマクファーソン・ストラット式(2WD車はセミトレーリングアーム式を継続)に変更された。タイヤは2WD全車が10インチ、4WD全車は12インチ(ただしブレーキは全車、大径4輪ドラム)を採用する。4WDには超低速ギアのELが設定された。トラックにも2WD・4WDを問わずハイルーフが登場。ATは設定されなかったが、トライのFL、FXにはクラッチペダルレスのオートクラッチが用意されていた。トラック版のCMキャラクターは柳沢純子。なお、トラックのCMソングはCM本編に出演した柳沢純子の「あなたに片思い」が起用され、一方のトライのオリジナルCM曲は、小林亜星作曲・ザ・ベンチャーズ演奏の「RIDE ON TRY」が起用されていた。なお、海外専売車種を除く直列2気筒エンジンを搭載した日本車はこのサンバーが最後となった。
1986年(昭和61年)5月一部改良。TX-Gが廃止される代わりにTGが追加され、「サンサンウインドゥ」が設定された。また、全車に前席ELRシートベルトが装備された。
1987年(昭和62年)9月のマイナーチェンジでは「サンバートライ」からハイルーフ下級モデルおよび標準ルーフ車が「サンバーバン」として分離。スバルは4代目サンバーではワンボックスタイプ全てに「サンバートライ」の名を冠していたが、ここからは他社同様、RV志向のサンバートライと、純商用のサンバーバンという構成になる。
「サンバートライ」上位モデルに3バルブエンジン車(「サンバートラック」の上位モデルも)が登場。同時にフリーランニングクラッチ型フルタイム4WDが追加された。これに伴い4WD車は全てフロントブレーキがこれまでの大径2リーディング・ドラム式からベンチレーテッド・ディスク式(当時の既存の軽貨物車としては業界初の採用)に変更。なお、レックスに搭載されたEN05型4気筒SOHCエンジンは設計上の理由で設定はなし。一部グレードに電子チューナー式AMラジオが装備されたほか、フロント回転対座シートを装備したTSが追加された。
また、4代目をベースに1000cc3気筒SOHCエンジン(EF10型)を搭載したドミンゴが1983年(昭和58年)に派生している。
1990年(平成2年)3月登場。新規格に対応し排気量が660ccとなる。サンバートライの上位グレードとして「ディアス」が登場(後にサンバートライに替わる正式名称として「サンバーディアス」となる)。CMキャラクターは当初、山田邦子が起用された(サンバーディアスのみ)。
エンジンは直列4気筒のEN07型で、スーパーチャージャー車は最高出力55psのEN07Y型、NA車は最高出力40psのEN07C型(キャブレター仕様)を搭載。フロントの足回りは、ベンチレーテッド式ディスクブレーキ、マクファーソンストラット式サスペンションに統一された。トランスミッションにはEL付き5速MTに加え、本格的な無段変速機であるECVTを新たに採用。4WDはパートタイム式とビスカスカップリング式フルタイム4WDの2種類。
1992年(平成4年)9月のマイナーチェンジ以降、赤帽向けを除くトラックおよびバンが全車、丸型シールドビームヘッドランプからディアスと共通の異形角型ハロゲンヘッドランプに変更。
また、1994年(平成6年)にドミンゴが同様のボディにフルモデルチェンジ。前後バンパーを大型化し、エンジンを1200ccのEF12型(直列3気筒SOHC9バルブ)に変更、乗車定員も最大7名となった。
1995年(平成7年)10月の一部改良では、AT車の変速機が、貨物用途での耐久性に難があったECVTから、燃費性能では劣るものの信頼性・耐久性で優る一般的なトルクコンバータ式3速ATへ変更され、軽ワンボックスやトラックとしては最初で最後のCVTであった。また、NAエンジン車に最高出力46psのEMPi仕様(EN07F型)を追加。廉価グレード以外の全車にトリップメーターを標準装備。バンのロールーフ仕様がなくなり、トラックの荷台の一部(鳥居とアオリの部分)が競合車種であるダイハツ・ハイゼットと共通部品となった。
乗用ワゴンのディアスシリーズには、1990年代の軽自動車におけるクラシックカー風デザインブームのさきがけとなった、「ディアスクラシック」が設定されている。そもそもは長崎県のテーマパーク「ハウステンボス」向けに製作された特別仕様車であったが、1993年(平成5年)の東京モーターショーで展示され、市販化を望む声が多かったことから設定されたモデルである。そのコンセプトを援用したヴィヴィオビストロがヒットした事により、他社からも多種のレトロ風モデルが発売されることとなった。このクラシック仕様は後にサンバートラックにも展開された。
95年にはバンSDX、クラシックをベースとした電気自動車仕様が販売されている。リアエンジンをモーターに換装し、その上にバッテリーセルを搭載している。駆動方式は2WDのみで型式はKV3改となり、足回りも強化された専用品となっている。最高速度は90km/h、満充電での航続距離は約150kmであった。
1999年1月に前年の軽自動車規格改正に伴い生産終了。在庫対応分のみの販売となる。
1999年2月に6代目と入れ替わる形で販売終了。
1999年(平成11年)2月発表。1998年(平成10年)度の軽自動車規格変更によって、ボディサイズが拡大した。他メーカーのバン・トラックが軒並みセミキャブ化されたが、サンバーは、トラック・バンともにフルキャブの車体形状を維持し、トラック、バン、ディアス(4ナンバー)のラインナップで登場する。エンブレムは当時の他のスバル車同様に専用のエンブレムが装着された。スーパーチャージャー車の出力が58psに向上。NAはキャブレター仕様が廃止された。
1999年10月、ディアスワゴンクラシック(5ナンバー)追加。3速ATのみ。
2000年(平成12年)12月にはサンバーEVが販売開始。先代同様に駆動方式は2WDのみのリアモーターで、型式はTV1改となり、バッテリーセルは後席下にレイアウトされた。生産数35台/年で販売された。
2001年(平成13年)8月、一部改良。フロントターンシグナルランプのレンズをアンバーからクリアーに変更、NAエンジンの出力を48psに向上。これに伴い全車がシリンダーヘッド内のロッカーアームがニードルローラーベアリングを用いたローラーロッカーアームに変更され、フリクションロスが低減した。ディアスワゴンクラシックのNA車にMTを設定。
2002年(平成14年)9月、最初のマイナーチェンジ。フロントマスクのデザインを変更しヘッドランプがマルチリフレクター化され、六連星エンブレムを再び装着した。バックドアガラスが拡大され、Hゴム支持から接着式へ変更。「ディアスワゴンクラシック」が廃止され、5ナンバー仕様はバンと同じフロントマスクの「ディアスワゴン」となる。
同時にスーパーチャージャー車にもMTを設定。バンシリーズのスーパーチャージャー車を廃止。
2003年(平成15年)11月、一部改良。バンシリーズの「ディアス」を廃止、「VC plus」を追加。トラックに「TC Professional」を追加。VC Plusは4ナンバーディアスの代替的要素を持ち、基本的にはバンの「VC」準拠であるがフロントシートがローバック、リクライニング、スライド可能、ヘッドレスト分離式、リアシートが分割可倒、ヘッドレスト付きなどディアスと同等のシートが装備された。
2005年(平成17年)11月、2度目のマイナーチェンジ。フロントマスクのデザインが再び変更され、メーターパネルのデザインも変更。オドメーターが液晶化され、全車に液晶式のツイントリップメーターが標準装備。ハンドルコラム上に有ったハザードランプスイッチがエアコンパネル下部に移動した。バンシリーズの「ディアス」が復活。ただし、最大積載量が2人乗り時350kg、ドア内貼りがセミトリムであるなどVC Plusに近かった。(2003年までのディアスはそれぞれ200kg、フルトリムである)
2007年(平成19年)6月、5ナンバーのディアスワゴンは新法規対応による一部設計見直しのために一時生産停止。
2007年12月6日、ディアスワゴンの販売再開。あわせてマイナーチェンジを実施し、UV&IRカットガラスや消臭ルーフトリム、クリアーターンレンズなどを採用。新カラー追加や内装色の変更、後席居住性の向上などが施された。また、新規排ガス規制に対応させた。
2008年(平成20年)7月18日、一部改良。ディアスワゴンにメッキタイプのフロントグリル、運転席&助手席乗降用グリップ、パワーウインドゥ、フューエルリッドオープナー、ミスト付2速フロントワイパー、フロントバンパープロテクタ、ビニールレザー素材の新シート表皮、アンサーバック機能付電波式リモコンドアロック、CDプレーヤー&AM/FM電子チューナー一体オーディオ、シートベルトリマインダー、デュアルSRSエアバッグなどを採用(エクステリア、インテリアとも採用装備は車種やグレードによって違いあり)。
そのほか、全車が「平成19年排出ガス規制認可」を取得、新ボディ色「スターリングシルバー・メタリック」を新設定など。
2008年8月、SUBARU発売50周年記念としてディアスワゴン特別仕様車が発売。特別装備としてスマートキーレスシステム(ハザードランプ&オフディレイルームランプ連動)、13インチアルミホイール、ルーフスポイラー(ハイマウントストップランプ付)が装備された。ボディカラーはオブシディアンブラック・パール、シャパン・メタリック、スターリングシルバー・メタリックの3色が選べた
2009年(平成21年)9月3日、4ナンバー車(商用グレード)のみのマイナーチェンジ。フロントマスクがグリルレスのデザインとなり、インパネ周りの意匠も変更された。バンの「ディアス」と「トランスポーター」にスーパーチャージャー仕様が復活。ディアスバンでは大型の電動ドアミラーとドアトリムを標準装備とし、同じくディアスバンのスーパーチャージャー仕様にはタコメーターも標準装備となった。(5ナンバー車(乗用グレード)の「ディアスワゴン」については、ダイハツからのOEM供給に移行したスバル・ディアスワゴンの項を参照)。
2009年12月、ディアスワゴンの生産・販売終了。ダイハツからのOEM供給に完全移行した。
2011年(平成23年)4月、トラックのTBクリーン、TCハイルーフおよびバンのVBクリーン、VB2シーター、トランスポーター スーパーチャージャーの計5つのグレードを廃止しラインアップを縮小。
2011年7月27日、発売50周年記念特別仕様車「WR BLUE LIMITED」を発売。トラック「TC」とバン「ディアス」をベースに、専用ボディカラー「WRブルー・マイカ」と2トーンフロントカラードバンパー(バンはエアダム一体型)、イエローステッチ付の専用ブラックシートを採用。さらに、トラックにはクロームメッキのホイールナットとクリアタイプのターンレンズを、バンにはハイマウントストップランプ付ルーフスポイラーとマフラーカッターを装備した。2タイプ合計1,000台の限定販売である。
2012年(平成24年)3月、トラック、バンともに生産終了。これにより、富士重工業の軽自動車生産は54年の歴史に幕を閉じた。なお、サンバーを生産していたラインは現在、BRZ及び姉妹車のトヨタ・86の生産ラインとなっている。
2012年4月1日、ダイハツ・ハイゼットのOEM兄弟車となる7代目と入れ替わって販売終了。自社製造としてのサンバーは50年の歴史に幕を閉じた。
同時に唯一無二だったフルキャブオーバーの軽ライトバンの生産が終了した。
2012年4月2日、6代目の生産終了から約1か月のブランクを経て、トラックと共に7代目にフルモデルチェンジ。7代目は前述のとおり、ダイハツからOEM供給を受けるモデルで、10代目ハイゼットカーゴがベースとなる。
外観は姉妹車であるトヨタ・ピクシスバン同様に、CIマーク(サンバーの場合は六連星(むつらぼし))や車名エンブレム変更に加え、「VBクリーン」と「VB 2シーター」の2WD車及び全グレードの4WD車でトラック同様に寒冷地仕様を標準装備し、「VC」と「VCターボ」はオーディオレス化される。さらに、メーカーオプションの「ビジネスパック」は「VCターボ」のみの設定となる。
自社生産されていた6代目からの変更点として、荷室フロア長、荷室幅、荷室高を拡大したことで荷室が広くなるとともに、荷室フロア地上高を下げ、大型リアゲートを採用したことで積載性の作業効率を向上。さらに、ユースフルナット&ホールも装備し、使い勝手も高めた。キャビンもインパネセンターシフトの採用やインパネのレイアウトをコンパクトにまとめたことで室内空間にゆとりを持たせ、トラック同様に運転席周りに収納スペースを多数配置。さらに、3リンク・リヤサスペンションの採用とロングホイールベース化によって乗り心地の良さと走行時の直進安定性を向上。オートマチック車は4速に変更した。デュアルSRSエアバッグを標準装備し、ABS(グレードにより、標準装備又はオプション設定)は電子制御制動力配分システム(EBD)を採用した。また、伝統の「リアエンジン」や「4輪独立懸架サスペンション」、「フロントベンチレーテッドディスクブレーキ」も廃止となった。
グレード体系は「VB(ハイゼットカーゴ「スペシャル」相当)」・「VBクリーン(同「スペシャルクリーン」相当)」・「トランスポーター(同「デラックス」相当)」・「VC(同「クルーズ」相当)」・「VCターボ(同「クルーズターボ」相当)」・「VB 2シーター(同「2シーター ハイルーフ」相当)」の6グレードが設定される。なお、「VCターボ」の最大積載量は2名乗車時で200kgとなっている(その他のグレードは2名乗車時で350kg)。
ちなみに、リヤコンビランプは三菱・ミニキャブバン(2011年のマイナーチェンジ以降)/日産・NV100クリッパー(初代)と共通品であった(そのため、ダイハツ、トヨタ、スバル、三菱、日産の5社で、同一部品の装着された車を扱うという現象が発生した。その後、日産がフルモデルチェンジに伴ってスズキからのOEMのみに切り替えたことでこの現象はなくなる)。
2012年7月4日、ハイゼットでの「デッキバン」に相当する、バンの荷室には積みにくい背の高い荷物でも積み込める荷台を備えた「オープンデッキ」を発売(S321Q/S331Q型)。グレード体系は標準グレードの「オープンデッキ(ハイゼット「デッキバン」相当)」とフロントドアパワーウィンドゥ、アームレスト一体ドアポケット、電波式リモコンドアロック、12インチフルホイールキャップ、濃色ガラス(スライドドア・リア)を追加装備した「オープンデッキG(同「デッキバンG」相当)」の2グレードが用意される。オープンデッキタイプのバンはサンバーシリーズでは初となった。なお、「オープンデッキ」では寒冷地仕様が標準装備される代わりにオーディオレス仕様(10cmフロント2スピーカー付)となる。
2012年12月17日、トラックと共に一部改良(仕様変更扱い)。触媒の変更により全車がJC08モード燃費に対応し、このうち、「VCターボ」を除く2WD・4AT車及び「VC」のAWD・4AT車は平成27年度燃費基準を達成した。
2014年12月19日、特別仕様車「ブラックインテリアセレクション」を発売。「トランスポーター」・「VC」・「VCターボ」をベースに、撥水加工を施したフルファブリックシートとドアトリムにブラックを採用し、インパネ(センターパネル・メーターフード)にシルバー加飾を施した。また、トラック同様に3層塗装を施して防錆性能を強化し、ボディ外板の表面サビ保証をベース車の1年から3年に、穴あきサビ保証をベース車の3年から5年にそれぞれ延長した。そのほか、「VC ブラックインテリアセレクション」と「VCターボ ブラックインテリアセレクション」はオーディオスペースをワイドサイズに対応する200mmに拡大し、フロントウインドゥトップシェードの色をベース車のグリーンからブルーに変更。カーゴルームランプはLED化した。「トランスポーター ブラックインテリアセレクション」はフロントウインドゥトップシェード(ブルー)と4センサー4チャネルABS(EBD付)を特別装備した。ボディカラーはトラックの「カラーパック」での設定色である「ブルー・マイカメタリック」、「トニコオレンジ・メタリック」、「オフビートカーキ・メタリック」の3色の専用ボディカラーを設定し、軽キャブバンでは異例の7色(「トランスポーター ブラックインテリアセレクション」は6色)展開となった。
2015年4月3日、一部改良。電子制御スロットルを新たに採用し、AT車には電子制御式4ATを採用。さらに、NAエンジンの圧縮比向上による燃焼効率向上による燃費改良を行ったことで、平成27年度燃費基準達成車を全車に拡大し、NA・2WD・4AT車及び「VC」のAWD・4AT車は「平成27年度燃費基準+5%」を達成。さらに「VBクリーン」は「平成17年基準排出ガス75%低減レベル(☆☆☆☆)」を達成した。「VC」・「VCターボ」はフロントウインドゥトップシェードを特別仕様車「ブラックインテリアセレクション」と同じブルーに変更。ボディカラーの「ホワイト」も特別仕様車「ブラックインテリアセレクション」と同じ3層塗装仕様の「ホワイトIII」に変更した。併せて、オーディオスペースを200mmに拡大したほか、特別仕様車「ブラックインテリアセレクション」の装備内容をパッケージ化した「ブラックインテリアパック」を「トランスポーター」・「VC」・「VCターボ」にメーカーオプション設定した。
2015年11月30日、一部改良(仕様変更扱い)。「VC」・「VCターボ」・「オープンデッキG」に装備されているフロント2スピーカーのスピーカーサイズを10cmから16cmに拡大し、リアシートにオートロックを追加。併せて、純正ナビ・ドライブレコーダー・リアビューカメラ(オープンデッキGを除く)装着用プリワイヤーハーネスを追加した。「トランスポーター」・「VC」・「VCターボ」に設定の「ブラックインテリアパック」装着時のみ選択できる特別ボディカラーの一部入れ替えを行い、「ブルー・マイカメタリック」と「オフビートカーキ・メタリック」に替え、「ミストブルー・マイカメタリック」と「アーバンナイトブルークリスタル・メタリック(オプションカラー)」を新たに設定。また、グレード体系の一部変更により「オープンデッキ」を廃止した。
2016年10月3日、一部改良(仕様変更扱い)。「VCターボ」に「ブラックインテリアパック」を標準装備化(「ビジネスパック」装着時を除く)。
2017年11月13日、マイナーチェンジ。新たに、「スマートアシストIII」搭載グレードを設定。外観はフロントマスクやリアバンパー周りのデザインが変更されたほか、リアコンビネーションランプのテールランプとストップランプをLED化。LEDヘッドランプとメッキベゼル付LEDフォグランプも採用された。フロントバンパーはサイドカバーが追加された。内装はグレードによりオプション又は標準設定となっていたブラック基調インテリアが全車標準設定となった。アイドリングストップや電動パワーステアリングが採用され、タイヤを145/80R12に変更した。AT車は全グレードで燃費性能が向上されたため、NA・2WD・AT車は「平成27年度燃費基準+15%」、NA・4WD・AT車と「VCターボ スマートアシスト」の2WD車は「平成27年度燃費基準+10%」、「VCターボ スマートアシスト」の4WD車は「平成27年度燃費基準+5%」をそれぞれ達成した。
ボディカラーは既存の「ブライトシルバー・メタリック」が「VB」系グレード(VBクリーンを含む)にも設定が拡大され、また、トラックで設定されていた「カラーパック」がバンでも設定されるようになり、「ブラック・マイカメタリック」と「パール・ホワイトIII(有料色)」は「カラーパック」専用色に移行し、「カラーパック」専用色として、「ブラックインテリアパック」で設定されていた「ミストブルー・マイカメタリック」、トラックにも設定されている「ライトローズ・マイカメタリック」、新規色の「ファインミント・メタリック」の3色が追加された。なお、「スマートアシストIII」搭載に伴い、「VC」と「VCターボ」がMT専用グレードとなったほか、「オープンデッキG」は「スマートアシストIII」の標準装備化に伴い「オープンデッキ スマートアシスト」に改名され、4AT専用グレードとなった(ハイゼットカーゴの「デッキバンGSA III」相当。ハイゼットカーゴではスマートアシストIIIなしの「デッキバンG」や、5MT車が継続設定されている)
「スマートアシストIII」搭載グレードには、リヤコーナーセンサー、エマージェンシーストップシグナル、VDC(ハイゼットカーゴ、ピクシスバンのVSC&TRCに相当)が装備された。また、EBD機能付きABSを全車に、ヒルホールドシステムをAT車にそれぞれ標準装備とした。
2018年12月17日、一部改良。スマートアシストIII搭載グレード「VB 2シーター スマートアシスト」、「VB スマートアシスト」、「トランスポーター スマートアシスト」、「VC スマートアシスト」、「VCターボ スマートアシスト」に5MT車が追加設定された(なお、5MTのスマートアシストIII搭載車はAT誤発進抑制制御機能(前方誤発進・後方誤発進)が非装備となる)。追加設定に伴い、5MT専用グレードの「VC」と「VCターボ」は「VC スマートアシスト」と「VCターボ スマートアシスト」への統合により廃止された。
2019年11月7日、一部改良。「VB 2シーター スマートアシスト」・「VB スマートアシスト」・「VBクリーン スマートアシスト」・「トランスポーター スマートアシスト」・「VC スマートアシスト」・「VCターボ スマートアシスト」において、従来は「VC スマートアシスト」と「VCターボ スマートアシスト」に「LEDパック」としてオプション設定されていたLEDヘッドランプを標準装備化された。
2020年9月3日、トラックと共に一部改良。オートライトを全車に標準装備。また、WLTCモードによる燃料消費率及び排出ガスに対応(燃料消費率はJC08モードの数値も併記)し、「VBクリーン スマートアシスト」は「平成30年排出ガス基準50%低減レベル(☆☆☆☆)」認定を取得した。
2012年4月2日、6代目の生産終了から約1か月のブランクを経て、バンと共に7代目にフルモデルチェンジ。7代目は前述のとおり、ダイハツからOEM供給を受けるモデルで、9代目ハイゼットトラックがベースとなる。
外観は姉妹車であるトヨタ・ピクシストラック同様に、CIマーク(サンバーの場合は六連星(むつらぼし))や車名エンブレム変更に加え、専用デザインのフロントグリル(実際はフロントガーニッシュ)が全車に装備される。装備面についてはハイゼットや姉妹車のピクシストラックと異なり、運転席SRSエアバッグを全車に、寒冷地仕様を「TB」を除く全グレードにそれぞれ標準装備するほか、オーディオは「TB」にはFM/AMラジオを、「TC」には1DIN CD・AM/FM付ステレオをそれぞれ標準装備する。一方で、メーカーオプション設定の「ストロング防錆パック」はカタログモデル全グレード未設定となる(ただし、JA専売モデルである「JAサンバートラック TCプロフェッショナル」では設定される)。
自社生産されていた6代目からの変更点として、荷台のフロア長を80mm拡大。内装も運転席周りに大型グローブボックスや大型インパネセンターポケット等収納スペースが多数配置された。また、最小回転半径を0.2m小さく(3.9m→3.7m)して取り回しをよくしているほか、デュアルSRSエアバッグとABSをまとめたセイフティパックをオプション設定した。
グレード体系は「TB(ハイゼット/ピクシストラックの各「スペシャル」に相当)」・「TC(同「エクストラ」相当)」・「ハイルーフ(同「ハイルーフ」相当)」・「グランドキャブ(同「ジャンボ」相当)」・「パネルバンハイルーフ(同「パネルバンハイルーフ」相当)」・「三方開ダンプ(同「ローダンプ エアコン・パワステ装着車」相当、特装車)」の6グレードを設定する。なお、ハイゼットトラックやピクシストラックを含めた他メーカー製の軽トラックで設定されている農家向けグレードは、後述するJA専売モデルの「JAサンバートラック TCプロフェッショナル」が設定されている関係で、一般向けのカタロググレードには設定されない。
2012年12月17日、バンと共に一部改良(仕様変更扱い)。2013年1月から施行される灯火器および反射器等に関する法規に対応するため、全車に後方反射板を追加装備し、夜間の積み降し作業時や乗降時の安全性を向上。併せて、防錆鋼板の採用範囲拡大(一部改良前の約90%から約95%にまで拡大)、およびボデーシーラーの塗布範囲拡大を実施し耐蝕性の向上が図られると共に、触媒の変更により全車がJC08モード燃費に対応した。
2013年10月28日、「TB」を仕様変更。運転席SRSエアバッグを非装備化し、メーカーオプション設定に変更した(他の装備とのセットオプションが基本となるが、MT車は単独のオプションも設定される)。
2014年2月、特別仕様車「タフパッケージ」を発売(本特別仕様車は先に発売したハイゼットトラック「VS」に相当する)。「TB」のエアコン・パワステ・エアバッグ装着車および、「TC」・「ハイルーフ」をベースに、3層塗装の採用、ガードフレームとヒンジにフルメッキ防錆処理(側面のヒンジには一部防錆剤も追加)を施し、荷台下フレームの外面と下面にアンダーコートと防錆ワックスを塗布することで防錆対策を徹底し、サビ保証もボディ外板穴あきサビ5年・ボディ外板表面サビ3年に延長。装備面は共通で歩み板対応リアアオリを装備したほか、「TBタフパッケージ」、「ハイルーフタフパッケージ」はベース車の「TC」に標準装備されている大型荷台作業灯、格納式リアアオリチェーン、カラードバンパーの3点も特別装備した。これらの追加装備を行いながらも、車両本体価格はベース車と同価格(据え置き)とした。ボディカラーはカタロググレードに設定されている「ホワイト」の3層塗装仕様「ホワイトIII」と、カタロググレードでは「TC」「グランドキャブ」のみに設定されている「ブライトシルバー・メタリック」の2色を「タフパッケージ」全グレードに設定した。なお、「タフパッケージ」の発売に伴い、同年1月31日をもって「TC」と「ハイルーフ」の生産を終了し、同時に「TB」のセットオプションの一部も廃止となった。
2014年8月、生産終了。在庫対応分のみの販売となる。
2014年9月1日、8代目と入れ替わる形で販売終了。
2014年9月2日、トラックをフルモデルチェンジ(バンは7代目を継続販売)。エンブレムやデカールの変更を除く外観や基本仕様は10代目ハイゼットトラック、および2代目ピクシストラックに準じる。先代からの変更点として、最小回転半径を3.6mに縮小(13インチタイヤ装着車を除く)し、エンジンは高圧縮比化、メカニカルロス低減、電子制御スロットルなどを採用。MT車は5速をハイギア化。AT車は電子制御式4速ATを採用。併せて、充電制御と省電力型のフューエルポンプを採用したことで燃費を向上し、4AT車は「平成27年度燃費基準+10%」、5MT車は「平成27年度燃費基準」をそれぞれ達成した。安全面では、ボディ骨格の見直しに加え、高張力鋼板を採用したことにより衝突時のエネルギーを効率よく分散・吸収する骨格構造となり、2016年4月から実施された最新法規56km/hオフセット衝突に対応。防錆面ではアッパーボディの表面の100%を防錆化し、フレームの防錆鋼板の範囲拡大、3層塗装(カチオン電着塗装・中塗り・表面塗り)の標準化に加え、フロントパネルを樹脂化し、飛び石などの直撃が原因で塗装が傷つき剥がれることによる錆も防止した。なお、グレード体系は「TB(ハイゼットトラックおよびピクシストラックの各「スタンダード“エアコン・パワステレス”」相当)」と「TC(同「エクストラ」相当)」の2グレードのみで、ハイゼットトラックおよびピクシストラックの「スタンダード」相当は「TB エアコン・パワステ装着車」としてメーカーオプション扱いでの設定となる。農繁仕様については先代同様、JA専売モデルの「JAサンバートラック TCプロフェッショナル」が設定されている関係で、一般向けのカタロググレードには設定されない。
2014年10月14日、先代に引き続き、「ハイルーフ」・「グランドキャブ(ハイゼットトラック「ジャンボ」相当)」・「パネルバンハイルーフ」・「三方開ダンプ(同「ローダンプ」相当)」を追加発売。4グレードで「TC」同様にハイゼットトラックの各グレードではメーカーオプション設定となっている寒冷地仕様を標準装備したほか、「ハイルーフ」・「グランドキャブ」はリア牽引フックと「セイフティパック」を、「グランドキャブ」は「スタイリッシュパック」をそれぞれ標準装備しており、その分価格が上乗せされている。
2015年4月、一部改良(仕様変更扱い)。燃費基準の区分変更に伴い、「TB」・「TC」の2WD・4AT車は「平成27年度燃費基準+15%」、「TB」・「TC」のAWD・4AT車は「平成27年度燃費基準+10%」、「TB」・「TC」の5MT車、「ハイルーフ」・「グランドキャブ」の4AT車は「平成27年度燃費基準+5%」をそれぞれ達成した。
2016年10月3日、一部改良(仕様変更扱い)。「カラーパック」専用色の一部入れ替えを行い、「ブルー・マイカメタリック」を廃止する代わりにアーバンナイトブルークリスタル・メタリック(有料色)」と「マスカットグリーン・メタリック」を新たに設定した。
2017年11月13日、一部改良(仕様変更扱い)。LEDヘッドランプを「グランドキャブ」に標準装備、「TC」にメーカーオプション設定されたほか、「パネルバン ハイルーフ」を除く全車に装備されている鳥居にT字フックが追加された。なお、今回の一部改良により「TB」はエアコン・パワステが標準装備となり、「ハイルーフ」が廃止された。また、ABS(EBD付)も全車標準装備となり、「カラーパック」専用色は「アーバンナイトブルークリスタル・メタリック(有料色)」と「マスカットグリーン・メタリック」を廃止する代わりに「ファインミント・メタリック」が追加され、「ブライトシルバー・メタリック」は標準設定色に変更。
2018年5月14日、一部改良が発表された(5月17日受注開始、6月1日販売開始)。バンに採用の「スマートアシストIII」をベースに、軽トラックの特性に合わせて対車両の衝突回避支援ブレーキの作動速度域を変更した「スマートアシストIIIt」が新たに採用され、スバルの「スマートアシスト」搭載車で初めてMT車にも設定された(MT車ではAT誤発進抑制制御機能(前方誤発進))が非装備となる)。また、グレード体系が変更となり、「TB」に「スマートアシストIIIt」搭載車の「TB スマートアシスト」が追加され、「TC」と「グランドキャブ」は「スマートアシストIIIt」が標準装備されたことで、「TC スマートアシスト」と「グランドキャブ スマートアシスト」にそれぞれ改名された。また、「スマートアシストIIIt」搭載車にはVDC(ハイゼットトラックのVSC&TRCに相当)、エマージェンシーストップシグナル、ヒルホールドシステム(AT車のみ)、UV&IRカット機能付ガラス(フロントウィンドウ)、フロントウインドゥトップシェード、運転席バニティミラーも装備された。
そのほか、フォグランプがLED化され、それに伴ってベゼル意匠も変更された。
2019年10月17日、一部改良された。「グランドキャブ スマートアシスト」に装備されていたLEDヘッドランプを「TB スマートアシスト」と「TC スマートアシスト」にも拡大して標準装備された。
2020年9月3日、バンと共に一部改良された。オートライトを全車に標準装備されたほか、「TB スマートアシスト」、「TC スマートアシスト」、「グランドキャブ スマートアシスト」にはバックソナーを追加し、さらにAT車はAT誤発進抑制制御機能が後方にも対応した。架装車の「三方開ダンプ」と「パネルバンハイルーフ」には「スマートアシストIIIt」も標準装備され、「三方開ダンプ スマートアシスト」、「パネルバンハイルーフ スマートアシスト」にそれぞれ改名した。なお、OEM元のハイゼット トラックや姉妹車のピクシス トラック同様、燃料消費率並びに排出ガスのWLTCモード対応化に伴って燃費基準未達成となり、従来リアウインドゥ右下に装着されていた「燃費基準達成車」ステッカーが装着されなくなった。
全国赤帽軽自動車運送協同組合連合会(以降、「赤帽」)が使用する車はごく一部の例外を除き全てサンバーが使用されていた。これは赤帽が開業当時、軽自動車がまだ非力な車で耐久性もあまり高くなかった為、赤帽の組合員から「普通のエンジンでは赤帽の業務に耐えられない」という声があがり耐久性能や出力を上げた赤帽専用車両の製作を国内の自動車メーカーに打診したが、赤帽が小規模であった為にどこにも取り合って貰えなかった中、唯一前向きな姿勢を見せたのが富士重工業であった為とされている。以来30余年を経て2万台を超える車両が数年でリプレースされていく巨大な市場になったが、2011年にサンバーの生産が中止されるまでスバル以外のメーカーに参入の機会が与えられることは遂になかった。
赤帽専用サンバーは国土交通省の型式指定を受けた車輌(類別区分番号あり)である。赤帽車で使用されているエンジンは、各部に設計変更と強化部品の組み込みが施されており、耐久性が大幅に向上している。小排気量車による貨物輸送という、高負荷かつ長距離を走る過酷な使用状況でありながら、一般的なシビアコンディション整備のみで20万kmまで特段のオーバーホール不要で使用できるよう設計されている。なお、赤帽車のエンジンはロッカーカバーも専用品で、赤色の結晶塗装により見た目通り「赤帽」となっていて、赤帽専用の表記も入るなど一般のエンジンとは差別化されている。最高出力などのスペックに関しては一般仕様のエンジンと同等である。その他、以下に代表される多数の専用部品が装備されていた。
スバルの軽自動車撤退により、2011年よりダイハツ・ハイゼットやホンダ・アクティが併用されるようになったが、2012年のフルモデルチェンジにより、7代目ベースの赤帽専用サンバーが発売された。2014年にフルモデルチェンジされた8代目ベースの赤帽専用サンバー専用部品は以下の通りである。
赤帽車の殆どは個人事業主による運行であり、オーナーによってカスタマイズがなされている個体も多い。
かつては農協系の専売仕様車として「JAサンバートラック」(旧「営農サンバー」)が販売されていたが、現在は農協が実質的に車両販売から撤退しているため、専売仕様車としては一旦消滅したものの、2012年5月より7代目サンバートラックをベースとした「JAサンバートラック TCプロフェッショナル」が販売開始された事で事実上、専売仕様車が復活する形となった。
スズキ・エブリイと同様にサンバーをベースとしたカスタムカーが存在し、なかでも初代VWバス風(同車もリアエンジンである)に改造されたモデルは有名である。
これは5代目サンバーに、フォルクスワーゲンタイプII風のフロントマスクを装着したモデルであり、スバルから新車で発売されているものではなく、ベース車を業者に持ち込み、キットを装着して2トーンカラーに塗り替えている。当然ベースのグレードや業者が多数存在するので同じワーゲンバス仕様でも異なるものが多く存在する。
多くのモデルにVWのオーナメントが付いていることから、フォルクスワーゲンの販売車両と勘違いした外国人等から、ヤナセなどのフォルクスワーゲンの販売店に「街中でフォルクスワーゲンの軽自動車を見たので同じ車が欲しい」という問い合わせが相次いで関係者を困惑させ、一時期ヤナセの公式ウェブサイトのよくある質問の項目に「フォルクスワーゲン製の軽自動車は販売しておりません。お問い合わせにある車両は、おそらく日本の軽自動車をフォルクスワーゲン風に改造した車両のことかと思われます。」という旨の文章が掲載されていたことがあった。
また、ロシアのUAZ 452をモデルにしたカスタムカーや、メーカー系のスバルカスタマイズ工房がリリースした「サブロクサンバー」も存在する。
一方で外装はフィアット・500、中身はサンバーというクルマもあり、エアコンやATが標準で装備されている。
日本郵便の郵便事業がゼロスポーツから、サンバーバンを電気自動車仕様に改造した「ゼロEVセラビューバン」1,000台を調達することを2010年8月16日に発表した。2011年度に更新予定の集配用車両のうち3分の1にあたる1,000台をEVにする方針を事前に発表しており、それが実現する運びとなる。
三菱自動車のi-MiEVや同じスバルのプラグイン・ステラなどの競合車が存在するが、ゼロスポーツによる改造車は他社よりも2 - 3割安くなると見られている。また、上記の競合車が乗用車ベースなのに対して、ゼロEVセラビューバンは商用バンベースで、なおかつ走行用バッテリーを床下に搭載しているため積載面でも有利である。
しかし、2011年1月に納期が遅れる見込みになったため、郵便事業から契約を解除され、ゼロスポーツが破産の見込みになったため、この話は立ち消えとなった。
「サンバー」のネーミングは、インド産の水鹿に由来する。
SUBARU
株式会社(スバル、)は、日本の自動車などを製造する重工業の会社である。
かつての商号は、「富士重工業株式会社」(ふじじゅうこうぎょう、略称:富士重(ふじじゅう)・富士重工(ふじじゅうこう)、、略称:FHI)であったが、2017年4月1日に自動車のブランド名として広く浸透していた「(スバル)」に由来する「株式会社」に商号を変更した。
日本の自動車メーカーとしては古い歴史を持ち、国内規模は小さいながらもレガシィシリーズ、フォレスター、インプレッサシリーズなどで世界的人気・知名度の高い自動車メーカーの一つである。特に同社のアイデンティティである4輪独立懸架や水平対向エンジンの技術は北米を始めとする海外で高く評価されており、中古車の輸出も盛んに行われている。なお、愛媛県四国中央市に本社を置く紙加工メーカーのスバル株式会社とは社名が似ているが無関係である。
1917年(大正6年)5月、中島知久平(元海軍機関大尉)によって群馬県新田郡尾島町(現:太田市)に設立された民営の飛行機研究所を前身とする。太平洋戦争(第二次世界大戦)終戦後、GHQにより財閥解体の対象となった中島飛行機(1945年(昭和20年)に富士産業と改称)がプリンス自動車工業と共に解体されたのが 、富士重工業のルーツである。
軍需から非軍需産業への転換、スクーターやバスなどの輸送用機器開発、企業分割などを経て、旧中島系の主要企業の共同により1953年(昭和28年)に富士重工業を設立。1955年(昭和30年)に参画各社が富士重工業に合併されることで企業としての再合同を果たした。
1958年(昭和33年)発売の軽乗用車「スバル・360」と、その派生型である1961年(昭和36年)発売の軽商用車「スバル・サンバー」が技術的・商業的に大きな成功を収めたことで、以後「スバル」ブランドの自動車メーカーとしての地位を確立。その他の分野にも多角的に進出しながら現在に至っている。
中島飛行機は、主として太平洋戦争敗戦まで陸海軍の需要に応え、軍用機および航空用エンジン開発・製造に取り組んだメーカーである。三菱重工業、川崎航空機と並ぶ、日本最大規模の航空機製造会社であった。
特に技師長小山悌の指揮下、陸軍(陸軍航空部隊)の歴代主力戦闘機・九七式戦闘機、一式戦闘機「隼」、二式戦闘機「鍾馗」、四式戦闘機「疾風」など、多数の著名な軍用機を送り出した。実戦投入は成らなかったが、日本初のジェットエンジン搭載機「橘花」の機体製造も中島の手に依っている。
航空発動機部門では、軍用ゆえの生産性や戦闘における生存性、前線での整備性などから空冷星型エンジンにほぼ特化しており、一式戦「隼」や零式艦上戦闘機(零戦)に搭載された「榮(ハ25)」、四式戦「疾風」や「紫電改」に搭載された「誉(ハ45)」などを開発した。
日本の敗戦とともに、GHQより航空機の研究・製造の一切が禁止され、中島飛行機は新たに富士産業と改称された。戦時中、最先端の航空機開発に取り組んだ技術者たちの生活は、各工場毎に、自転車、リヤカー、自動車修理、果ては鍋や釜、衣類箱、乳母車などの金属製品を作って糊口を凌ぐ日々へと一変した。
このような状況の中、太田と三鷹工場の技術者たちは、進駐軍の兵士たちが当時移動に利用していたアメリカ製のスクーター「パウエル」に着目する。軽便な移動手段としての販路を見込めると考えられたことからスクーターの国産化が計画され、早速、敗戦後も残っていた陸上爆撃機「銀河」の尾輪をタイヤに利用して試作、1947年(昭和22年)に「ラビットスクーター」として発売した。ラビットは運転が簡易で扱いやすかったことから、戦後日本の混乱期において市場の人気を博し、会社の基盤を支える重要な商品となった。ラビットシリーズのスクーターは、モデルチェンジを繰り返しつつ富士重工業成立後の1968年(昭和43年)まで生産された。
また航空機製造で培った板金・木工技術を活用し、1946年(昭和21年)からバスボディ架装にも進出、特に従前のボンネットバスより床面積を大きく取れるキャブオーバー型ボディの架装で、輸送力不足に悩むバス会社から人気を得た。さらに1949年(昭和24年)にはアメリカ製リアエンジンバスにならい、得意の航空機製造技術を生かした、日本初のモノコックボディ・リアエンジンバス「ふじ号」が完成。フロントエンジン型キャブオーバーバスより更にスペース効率に優れることから成功を収め、以降、日本のバスボディ・シャーシの主流はリアエンジンへ移行していった。
このようにして非軍需産業へ転進した富士産業であったが、1950年(昭和25年)8月、当時の政策によって財閥解体の対象となり、工場毎に15社以上に分割されてしまった。
1950年(昭和25年)6月に勃発した朝鮮戦争は、戦後不況にあえぐ日本に「朝鮮特需」をもたらしただけでなく、GHQの日本の占領政策を一変させた。1952年(昭和27年)4月、サンフランシスコ講和条約が発効すると、旧・財閥から民間賠償用としてGHQに接収されていた土地・建物の所有者に返還が始まった。富士工業(太田、三鷹工場)、富士自動車工業(伊勢崎工場)を中心とした旧・中島飛行機グループ内での再合同の動きがにわかに活発化、1952年(昭和27年)12月、大宮富士工業(大宮工場)、東京富士産業(旧・中島飛行機・本社)を加えた4社が合併同意文書に調印した。
同じ頃、1953年(昭和28年)の保安庁(現:防衛省)予算に練習機調達予算が計上され、航空機生産再開に向けて、ビーチ・エアクラフトT-34 メンターの製造ライセンス獲得に国内航空機メーカー各社は一斉に動き出した。当時、再合同の途上にあった旧・中島飛行機グループも再合同の動きを加速させた。1953年(昭和28年)5月には、鉄道車両メーカーとなっていた宇都宮車輛(宇都宮工場)が新たに再合同に参加することが決まり、1953年(昭和28年)7月15日、5社出資による航空機生産を事業目的とする新会社富士重工業株式会社が発足した。因みに丸の中に6つの星が描かれたのロゴマークは、この「5社が集まって1つの大きな会社になった」ことを示している。
1954年(昭和29年)9月、6社が合併契約書に調印。1955年(昭和30年)4月1日、富士重工業は、富士工業、富士自動車工業、大宮富士工業、宇都宮車輛、東京富士産業の5社を吸収し、正式に富士重工業株式会社としてスタートした(当時の資本金:8億3050万円、従業員:5,643名)。ロゴは「富士重工」で、「重」の1画目がない形になっており、長らく使用された。
旧・中島飛行機の発動機開発の拠点で、荻窪工場と浜松工場を引き継いだ富士精密工業は、中島飛行機再合同の動きが本格化した1952年(昭和27年)には、事実上、既にタイヤメーカーのブリヂストンの資本下に入っており、再合同には参加しなかった。また、この時再合同に加わらなかった、富士機械工業など3社は、後に富士重工業の関連会社として加わっている。
富士重工業は、1966年(昭和41年)に東邦化学株式会社と合併し、存続会社を東邦化学株式会社とした。この存続会社の東邦化学株式会社は1965年(昭和40年)に商号を富士重工業株式会社と改めた上で合併しているため、一貫して継続した同一名称ではあるが、法律的には従来の富士重工業は1965年(昭和40年)に一旦消滅している。これは株式額面金額変更が目的の事務的なものである。
1966年(昭和41年)、それまで東京・丸の内の内外ビルディングに所在していた本社機能が新宿駅西口(新宿区西新宿)に自社建設した「新宿スバルビル」に移転する。
この節では自動車部門について述べる。
レオーネを発売した1970年代初頭から、本格的なアメリカ市場への進出を開始。オイルショックや排気ガス規制などの消費者の自動車に対する要求の変化や、当時の円安を背景とした廉価性を武器に、国産他メーカーと同じくアメリカ市場での販売台数を飛躍的に伸ばすことに成功した。
1968年(昭和43年)から1999年(平成11年)まではメインバンク(日本興業銀行/現: みずほ銀行)が同じ日産自動車と提携、日産・チェリー、パルサー、サニーなどの委託生産を請負い、工場稼働率のアップを図っていた。しかし、これら横置きエンジンの受託車両とスバル車とはボディ骨格からが大きく異なるため、設計や部品の共用化などが本格的に行われることはなかった。
一方、水面下では、インプレッサの企画段階において直列4気筒を横置きした試作車が作られ、水平対向の制約から逃れて「広い意味での汎用性」に重きを置く商品政策に舵を切る動きもあった。
1968年2月に(スバル・オブ・アメリカ)設立、同年イスラエル進出を皮切りに(エピソード欄も参照)、1970年代中盤から、南米、オーストラリアを中心としたアジア・オセアニア地方、中東、ヨーロッパなどにも進出。1970年代以前には年産10万台にも満たなかった生産台数を、1970年代後半には20万台規模にまで増やし、順調に企業規模を拡大した。
1985年(昭和60年)9月のプラザ合意以降の急激な円高とアメリカ市場との「共生」が求められるようになった時代背景の中で、北米市場での深刻な販売不振に直面。1987年(昭和62年)、いすゞ自動車との共同出資で、スバル・イスズ・オートモーティブ (SIA)を設立して現地生産も開始したが、主に魅力的な車種展開が図れなかったことや、企業規模から他国産メーカーと比べ製造コストを劇的に下げることができなかったことなどから、1989年には300億円もの営業赤字に転落。深刻な経営危機が報じられるまでになった。
しかし、折からの「バブル景気」によって資金調達のめどが順調に立ったことや、1989年1月、レガシィの発売以来、順調に国内市場、北米市場での販売を回復することに成功。1990年(平成2年)には日産ディーゼル(現UDトラックス)の経営再建に手腕を発揮した川合勇の下で地道なコスト削減努力が続けられた。WRCへの出場など、CI(コーポレーテッド・イメージ)の積極的な訴求効果とあわせ、年産100万台規模の世界的に見て比較的小規模なマスプロダクツ・メーカーとして現在に至っている。
バブル崩壊後、日産自動車が経営不振に陥り、経営再建の一環として日産自動車保有の富士重工業株の売却を決め、2000年(平成12年)に放出株全てがゼネラルモーターズ(GM)に売却された。
2005年(平成17年)10月5日にはGMの業績悪化に伴い、GMが保有する富士重工株20%を全て放出。放出株のうち8.7%をトヨタ自動車が引き受けて筆頭株主となり、富士重工業とトヨタ自動車が提携することで合意した。トヨタとの資本提携によるスバルの恩恵は大きく、稼働率の下がっていたスバルの北米工場で「トヨタ・カムリ」の生産を請け負ったり、品質管理やコストダウンの方法を学んだりするなどして利益率を高めた。また北米特化の車作りに転換する一方で、風力発電事業や軽自動車生産から撤退するなどの「選択と集中」を進めた。軽自動車保有層の受け皿としてダイハツ工業車のOEMを受け、販売を継続することとした。こうした努力が2015年の利益率業界1位に繋がっている。また2012年の「86/BRZ」の生産・販売も、トヨタとの提携を生かそうと模索していたことがきっかけであった。
2010年(平成22年)8月、東京都新宿区の本社ビル(新宿スバルビル)が老朽化したことなどに伴い、建物を小田急電鉄に売却した上で、本社機能を東京都渋谷区恵比寿の東京スバルの本社が入っていた「エビススバルビル(旧)」の跡地に新たに建て替える「エビススバルビル(新)」へ移転させることを発表。2014年(平成26年)8月18日、本社移転が完了した。なお、エビススバルビル(新)の一角はスバル恵比寿ショールーム(スバル スター スクエア)および東京スバル恵比寿店として機能する。
2013年(平成23年)1月、ロボット開発で国からの補助金を不正受給していたことが判明し、経済産業省と新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)から計8億250万円の返還処分及び補助金交付停止処分を受ける。
2016年(平成28年)5月、2017年(平成29年)4月1日付で社名を「富士重工業株式会社」から「株式会社」に変更することを臨時取締役会で決議した。
2016年10月1日、産業機器部門が自動車部門に統合された。その後、12月7日に「2017年9月30日をもって事業を終息し、一部技術資産と米国販売子会社10月1日付けでヤマハ発動機へ譲渡する契約を締結した」と正式に発表した。これにより、は今後自動車生産と航空関連に特化した企業となり、商号変更とともに新時代を迎えることとなる。
米紙『シカゴ・トリビューン』では、スバルの北米市場での成功は、四輪駆動と安全性が裏付ける確かな商品群を、適正価格で販売できるからだと指摘している。『東洋経済』によると、米国における在庫回転期間は、他社が概して2か月のところスバルは半月程度に過ぎず、販売奨励金は570ドルであり、1000ドル以下は異例と報じている。
2019年にはトヨタが出資比率を20.00%に増加させて持分法適用会社(=関連会社)となり、同時にスバルもトヨタの株を持ち合って連携を強化した。また、EVのSUVのプラットフォームをトヨタと共同開発することも発表されている。
1953年(昭和28年)9月、富士重工業はビーチ・エアクラフト社と「T-34 メンター」の製造ライセンス契約に調印。1955年(昭和30年)10月、国産1号機を完成させ、防衛庁への納入を開始した。さらに1957年(昭和32年)11月、戦後初の国産ジェット機「T-1 (練習機)(初鷹)」の開発に成功。中等練習機として1963年(昭和38年)までに66機を防衛庁(現: 防衛省)に納入した。
1965年(昭和40年)8月、民間向け軽飛行機FA-200「エアロスバル」の初飛行に成功。翌1966年(昭和41年)10月から販売を開始。低翼式の機体を採用したFA-200は低速時の安定性に優れ、アクロバット飛行なども可能な万能機として好評を博し、298機を生産した。
戦後初の国産旅客機「YS-11」の開発にも参加。主翼桁と尾翼を担当。この経験はのちに、1973年(昭和48年)12月、アメリカ・ボーイング社とボーイング747の生産分担契約に結実し、1974年(昭和49年)には新世代旅客機ボーイング767の国際共同開発プロジェクトに参加。国際分業に大きな役割を果たした。
一方で1974年(昭和49年)、富士重工業は米国のロックウェル・インターナショナル社と双発ビジネス機FA-300の共同開発を開始。1975年(昭和50年)11月に初飛行に成功、1977年(昭和52年)から販売を開始した。しかし、オイルショックの打撃によりロックウェル社が軽飛行機事業から撤退し計画は頓挫。FA-300は僅か42機で生産を打ち切り、富士重工業も小型機の自社開発を断念する結果となった。
以上のように民需(民間機)については限定された実績にとどまるが、官需(もっぱら陸海空の各自衛隊機)については「T-34」や「T-1」の後も順調に実績を重ねてきた。詳細は#航空宇宙部門の節を参照。民間機についても、1990年代以後の潮流として増えてきている国際・複数企業による共同開発にいくつか関与している。
主力の群馬製作所とその矢島工場がある群馬県太田市と、大泉工場がある同県大泉町は周辺を含めて下請け企業も多く、企業城下町となっている(「太田市#産業」「大泉町#産業」参照)。そこで働くために南米日系人らが多く移り住み、太田市と大泉町は外国人集住都市会議のメンバーとなるなど地域社会への影響は大きい。群馬製作所の本工場所在地は地名もスバル町となっている。
太田市と同じ両毛エリアには、研究開発部門としてスバル研究実験センター(栃木県佐野市)を有する。同センターの美深試験場(北海道美深町)には、走行試験や運転支援技術などの開発に使うテストコースを備えている。
日本と並ぶ主要市場であるアメリカ合衆国では、現地生産を行っている。
日本航空業界の草分けである中島飛行機の後身で、現在も日本の航空宇宙業界で第三位であり、防衛省向け航空機の製造・開発及び定期整備やボーイング社向け分担生産を中心とし、その他 海上保安庁、消防や警察向けのヘリコプターの生産・整備も広く行っている。中でも固定翼機の主翼製造には業界屈指の技術と品質を誇り、ボーイングからボーイング787の開発に関わる企業の中で特に高度な能力を持つサプライヤーとして高く評価する表彰を受けているほか、対潜哨戒機P-1や輸送機C-2など(主に主翼を製造)の国内開発でも大きく貢献している。
40m超の主翼製造能力・設備は世界でもボーイングやエアバスに次ぐレベルである。
複合材製品についても、世界屈指の技術力を持つ。複合材料の実機適用は国内メーカーの先駆的役割を果たしている。
民間分野ではYS-11開発参加やFA-200販売で国産機の実績を積んでいる。
無人航空機の開発にも積極的であり、標的機や無人偵察機など自衛隊向けの機体を主とし、将来の無人機の活躍を見据えた複数の新型無人機開発に関わっている。任務多様化、機能高度化に向け、様々な技術を研究・開発中である。
さらには宇宙航空研究開発機構(JAXA)の超音速実験機D-SENDの製造・開発や航空自衛隊の先進技術実証機(後のX-2)の主翼・尾翼製造・開発など日本の航空宇宙産業発展のための高度な先進技術の研究開発にも数多く参加し、実績を残している。
現在は各種環境用プラント設備のみを生産している。それ以外の製品については後述。
1946年(昭和21年)に小泉ボデー製作所(当初別会社)でスタートし、日本で初めてのフレームレスモノコック構造によるリヤエンジンバス「ふじ号」(1949年(昭和24年))の開発に成功。後に富士自動車工業となり、「スバル360」等の開発を行ない、現在の主力であるスバルブランドの乗用車にも発展した事業である。この分野では「スバル」ブランドを使っておらず、エンブレムとしてもプレアデス星団をあしらったスバルのエンブレムではなく、カタカナの「フ」の字をあしらったエンブレムを使用している(右の写真を参照)。一時期は民生デイゼル→日産ディーゼル(現・UDトラックス)を中心に大型自動車メーカー5社のバス車体を架装し、バス車体シェア1位を誇っていたが、シャーシメーカーのバス車体メーカーの系列化(子会社での生産)で生産台数が減少した。
ピークとなる1980年(昭和55年)には1日12台を製造、年間では2,393台を生産したが、バス事業の環境変化から1993年(平成5年)以降は赤字状態となっていた。1998年(平成10年)に三菱ふそうと日野自動車の架装から撤退、2002年(平成14年)1月に日産ディーゼルがバス車体の架装を西日本車体工業(西工、福岡県北九州市小倉北区)に集約することを決定したため、同年5月に事業存続は困難と判断し、伊勢崎製作所で行なっていたバス車体架装事業を終了する決定をした。
このため、バス車体架装事業は日産ディーゼルとごく少数のいすゞ自動車を最後に2003年(平成15年)3月31日で生産を終えた。3月28日には「バス最終生産車出荷式」が執り行われ、東濃鉄道納入の日産ディーゼル大型観光バスを送り出し、バス車体事業部門の解散式となった。1946年(昭和21年)以来、57年間続いたバス車体事業は累計生産数8万1,292台もって終止符を打った。なお、国内向けだけではなく、海外向けにも6,000両以上が出荷された。
またABボルボのシャシーを輸入し、アステローペシリーズと連節バスを製造していたが、これらも2000年(平成12年)に生産が終了している。なお、伊勢崎製作所はその後スバルカスタマイズ工房(現:桐生工業伊勢崎工場)となり、販売済みの車両に対するアフターサービスを行なっている。
1950年(昭和25年)頃から主に客車と気動車を旧国鉄やJR、私鉄、第三セクター向けに、また、群馬・栃木県内に路線を持つ東武鉄道向けには電車を生産していた。生産両数の減少により2002年(平成14年)5月に事業存続は困難と判断し、宇都宮車両工場(現在のエコ宇都宮工場)で行っていた鉄道車両事業を終える決定をした。2003年(平成15年)2月に新潟トランシス新潟事業所(新潟県北蒲原郡聖籠町)へ事業譲渡。JR四国2000系気動車などの振り子式気動車は大半が富士重工製。
鉄道車両事業の最終製造車は甘木鉄道AR300形AR303号車となった。最後に製造された電車は東武30000系電車(31406Fの4両)。
なお、先述の伊勢崎事業所でも、東京都電2500形8両のうち昭和34年製造分の6両製造していた。この2500形は、当初軌間1,067mmの第14系統杉並線専用に杉並電車営業所へ配属された電車で、台車はD-10Nという戦前の車両のものを再利用している。1963年(昭和38年)11月23日の都電杉並線・杉並電車営業所廃止後は荒川電車営業所へ移送され、しばらく留置の後に改軌のうえ営業復帰。さらに事故廃車の1両を除く7両が早稲田電車営業所に転属し、昭和43年9月に除籍・廃車となった。
他、も参照。
他、も参照。
も参照。
他、も参照。
なお、富士重工業は、2016年10月1日をもって自動車部門の競争力強化のため、産業機器カンパニーをスバル自動車部門に統合し、既存商品の製造、販売、サービスに特化した上で、開発案件の停止による人員の自動車部門への配置転換など、将来的には事業縮小・撤退の意向であると発表した。
そして2016年12月7日、「2017年9月30日付けで事業終了とし、一部技術資産と米国販売子会社を10月1日付けでヤマハ発動機へ譲渡する契約を締結した」旨を正式に発表した。
では、建設現場向けの仮設ユニットハウス、小型のプレハブ住宅を製造していた。以前は通信販売で名高いセシールでも扱っていたことがある。
2004年に富士ハウレン株式会社へ分社化し、2011年に社名を富士重工ハウス株式会社に変更されたが、2020年3月2日付で子会社のスバルファイナンス保有分も含めた全株式がユアサ商事へ譲渡されたと同時に、富士クオリティハウス株式会社へ商号変更された。
1998年、富士重工会長・社長の川合勇と専務取締役の小暮泰之が、海上自衛隊の救難飛行艇開発をめぐり賄賂を提供していたとして逮捕され、辞任する事件が起きた。賄賂を受け取った国会議員は富士重工の前身「中島飛行機」の創業者の一族、中島洋次郎元衆院議員であったが、2000年9月に懲役2年の実刑判決を受けた。しかし精神不安定に陥っていた中島は2001年に首を吊り自殺した。富士重工側の2人は2006年に執行猶予つきの懲役刑が言い渡された。
1996年(平成8年)、滋賀県にて「レガシィ」がブレーキの故障によって正面衝突する事故を起こした。警察は捜査の結果、同様のトラブルが1994年1月、岡山・千葉両県で発生し、本社に苦情が寄せられたが内密に処理されていたことが判明。1997年(平成9年)には工場を取り調べた警察によって欠陥隠しが判明。ブレーキ以外にも多岐にわたる不具合が発覚し、警察から警告を受けたスバルは11車種147万台についてリコールを届け出た。1998年(平成10年)、東京地方裁判所は富士重工業に過料140万円(7件分)の支払いを命じた。また、事故発生の危険性を十分認識しながら運輸省(当時)にリコールを届けなかったため事故が起きたとして、富士重工業の当時の品質保証本部の幹部2人を業務上過失傷害容疑で大津地方検察庁に書類送検した。2000年(平成12年)に大津地検は業務上過失傷害罪で同社の品質管理責任者だった2人を略式起訴、一週間後に罰金各50万円の略式命令が下った。
2017年(平成29年)9月には「サンバー」62万台がリコールとなったが、リコール対象は1999年2012年生産(6代目)と古くに及ぶことに加え、多数の不具合報告と2013年(平成25年)、2015年(平成27年)と2度の行政指導があったにも関わらず遅いリコールとなったため、サンバー所有者の不信を招いた。これについてスバルは「プーリーが外側に出ない構造であった」「対応に時間がかかった」としている。
2012年、クリーンロボット事業部において不正経理が行われていたと共に、経済産業省や行政法人からの委託事業・補助金事業について不正が行われていたと発表した。不正経理は2004年から2011年の間に行われ、架空発注の元に2億円以上の資金を不当にスバルから引き出し、主にクリーンロボット部部長が私的に流用していた。スバルは元クリーンロボット部部長を栃木県に刑事告訴した。
1984年に運輸省での「レオーネ」の型式認定試験の際、事前の提出書類の数値よりも実際の車重が軽くなってしまったため、密かに重りとなる鉛数十kgを前後バンパーに詰めていたことが発覚。これにより「レオーネ」の販売開始が遅れ、生産計画に混乱が生じた。
2017年9月に日産自動車が起こした無資格検査問題に伴い、自動車企業各社で調査がされた結果、スバルは群馬工場で30年以上にわたって無資格で検査をしていたことが判明した。「BRZ」の兄弟車でスバルが生産を担当する「トヨタ・86」を含めて直近3年間の25.5万台がリコールとなった。
問題になった完成検査は日本国内車のみに適用されるもので、大別して①保安基準検査と②型式検査に分かれる。②型式検査の方法は各企業で異なるものの、国土交通省に申請し認可を受けた方法である必要があり、また①保安基準検査の基準と手法は全社共通である。完成検査員は、各企業内で「当該検査に必要な知識及び技能を有する者のうちからあらかじめ指名された者(=資格取得者)」が行う必要があった。スバルでは、まず有資格者の監督下で無資格者が検査を行う→独り立ちして一定期間業務→筆記試験受験→資格取得という流れであったが、この「独り立ち」の時点では誰も監督していなかったことが問題とされた。また独り立ち期間中に完成検査員の印章を借りて押印することも常態的に行われていたという。また同年12月に国土交通省に提出された調査報告書によると、研修自体が十分な時間に満たなかったことや、筆記試験で試験官が答えを教えるなどの不正をしていたことも判明。さらに国土交通省の立ち入り検査の際は、無資格者を意図的に現場から外すなどの隠蔽工作も慢性化していたことが分かった。日産の不正と合わせて日本の完成検査制度の信頼が崩れたことで、貿易自由化交渉や経済連携への悪影響が懸念される。
佃モビリティ総研の佃義夫所長は国内の販売が減少状況で、メーカーは国が定めた点検手順を費用のみがかかる形式的な行為だとしていたと分析している。また韓国の『中央日報』は他国には無いもので、十分に監督されるわけでもない規制が問題の一端を提供したのだと日本が不要な規制を設けていたことを批判した。ジャーナリストの井元康一郎は、既に完成検査の基準を凌駕する品質が確保されているため実際の検査を修業に使う行為や、現場の意見が強くルールも工場ごとの流儀で決まり経営側も改革を進められないなど、自動車製造など日本の古典的な製造業に由来する現象だと指摘している。
上述の無資格検査が発覚した際、燃費の不正もあるという報告を受けて外部弁護士に調査を依頼したところ、同検査の一部である、抜き取りによる燃費検査と排ガス検査においてデータ書き換えが行われていたことが2018年3月に発覚した。燃費の検査行為は道路運送車両法の保安基準の対象外(=自主的なもの)である一方、排ガスの検査は対象内であるため同法に抵触する可能性がある。いずれも基準値の範囲内であるとして、リコールは行わない見込みであるが、これらの一連の問題を受けて吉永社長は会長職へ退いた。
翌4月に提出された報告書によると、少なくとも2012年12月から2017年11月までの間に903台において検査員および班長によるデータの書き換えがあった。また同期間以前のデータは既に無いが、「2002年から不正が行われていた」という証言もあり、同報告書はその可能性は否定できないとした。
同年9月には、加えてブレーキ検査でのデータ改ざんも発覚。こうした不正の一部は1990年代前半から行われていたとされる。さらに同年11月に、これらの検査不正は発覚後も一年の間(同年10月まで)行われていたことが判明。追加で10万台のリコールが発表され、一連の不正によるリコールは53万台に膨れ上がった。
2018年10月25日にエンジンの部品が壊れる恐れがあるとして、複数の車種について大規模なリコール(回収・無償修理)を近く国土交通省に届け出ることが明らかとなり、国内のみならず、海外で販売した車種にも影響が及ぶ可能性があるとしている。対象は少なくとも数十万台にのぼる模様となる見込み。バルブスプリングというエンジン部品が不具合を起こし、エンジンの作動に影響が出る恐れがあり、日米の市場で販売した戦略車種が対象になるとみられる。また、トヨタ自動車と共同開発したスポーツカーの「BRZ」、およびその同型車種となる「トヨタ・86」もリコール対象に含まれる。
2019年1月16日から国内唯一の完成車工場である群馬製作所(群馬県太田市)の操業を全車種で停止した。部品メーカーから調達している電動パワーステアリングに、不具合が見つかり、原因の究明を優先した。28日からの操業再開を準備しているが納車の遅れや新たなリコール対策などの影響が懸念される。
2019年1月28日から、不具合の恐れがある電動パワーステアリング(EPS)について対策を施したEPSの調達に一定のめどをつけたため工場を再稼働した。当面は1日の生産台数を減らして品質優先での操業となる。出荷済みの車については、リコールの有無などを検討する。
2019年1月31日、生産停止の原因となった電動パワーステアリングの不具合で「フォレスター」など3車種計約780台をリコールすると国土交通省に届け出た。リコール対象は他に「 XV」と「インプレッサ」で、2018年(平成30年)12月28日~2019年(平成31年)1月16日製作分。また、国内向け約780台のリコールに加え、海外向けに生産した計約1万4千台についても、リコールや部品交換を検討すると明らかにした。
2019年1月24日に、2016年に過労自殺した男性社員の代理人が会見し、2015年から2017年にかけて、社員3421人に計7億7千万円の残業代を払っていなかったことが判明した。過労自殺の社内調査で2018年1月までには判明していたが、「(調査結果を)隠すような意図はなく、公表すべきだとは認識していなかった」(広報)としている。1年間にわたり問題を公表しなかったことになり、企業姿勢が問われる事態になっている。
作詞は富士重工業の元社員。作曲は團伊玖磨。富士重工業時代に創立10周年記念として制定された社歌である。
への社名変更に際して「社歌を変えないでほしい」という従業員の声を受けて、社名変更後も社歌として使われることとなったが、富士重工業時代の歌詞には「富士重工」を連呼するパートがあるため、その部分は作詞者の了承を得た上で「わがスバル」に置き換えられた。
トヨタとの資本提携が決まった時、トヨタの豊田章一郎や渡辺捷昭から言われた言葉である。また「これ以上、(トヨタの得意ゾーンの)円に入ってくれば即座にたたきつぶしますから、そのつもりで」とも言われたという。
軽自動車生産からの撤退についてスバルの吉永は「ウチの規模で軽に開発リソースを割くよりも、世界で売れる車に特化する。勇気ある決断でも何でも無い。合理的に考えれば軽は撤退しかなかった」と語っている。
1967年に勃発した第三次中東戦争を受け、国連安保理はイスラエルに対し占領地区の開放を勧告する決議を採択した。世界中の企業がこれに呼応して貿易ボイコットを開始、翌1968年にはトヨタ・日産・本田技研が出荷停止するなど日欧の自動車メーカーも追随した。一方、時を同じくしてラビットスクーターが生産終了することとなり、以前からラビットをイスラエルへ輸入していた業者はこれを受けてスバル360に着目し、さっそく同1968年より取扱い始めた。彼らは翌1969年に現地企業(英)Japanauto Israel Auto Corporating Ltd.を設立、同年からff-1も販売開始。後にレオーネが主力商品となった。こうした経緯から、(非公式にではあるが)富士重工業は海外初進出国として
同国への輸出を開始することとなった。加えて、当時は輸入車の多くが排気量やボディ形状の関係で高額な関税が課せられており庶民向けの選択肢が小型車に限られていた中、小排気量ながら比較的大きな車体を備えたスバル車は同国民の需要にも合致した。この結果、ダイハツ工業が1983年に輸出解禁するまでの10年以上に渡り、同国の乗用車市場において大きなシェアを獲得する結果となった。1988年、三菱自工が現地法人を設立したのを皮切りに輸出再開が相次いだのに加え、90年代には韓国車の輸出攻勢も始まった結果、富士重工業のシェアは非常に小さいものとなっている。なお、本エピソードを下敷きとして、映画「ピンク・スバル」が2010年に製作された。
詳細は「スバリスト」を参照
スバリスト(英語:Subie)は自動車メーカーが製造する自動車の愛好家のこと。スバル主義者。