オペルアストラCDの評判・スペック

オペルアストラ CDの燃費・価格・馬力・歴代モデルなど基本スペックを全て調べることができます😏


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オペル アストラ CD

アストラのフロント外観(98年(H10)7月、FMC時のCDのフロント)

アストラのリア外観(98年(H10)7月、FMC時のCDのリア)

アストラの内装・インパネ(98年(H10)7月、FMC時のCDのリア)

メーカー オペル
車種 アストラ
グレード CD
販売期間 1999年10月から 2000年10月
価格 2,930,000円
エンジン エンジン: 直列4気筒DOHC
排気量: 1795cc
型式: GF-XK180
馬力: 115ps
トルク: 17.3/3400
ミッション: 4AT バッテリー:
タイヤ 前輪: 195/60HR15
後輪: 195/60HR15
ホイールサイズ: /
駆動: FF
最小回転: 5.1m
タイヤサイズ
燃費 燃費(JC08): -
燃費(10•15): 13.5km/L
燃料: ハイオク
実燃費: 8.35から 9.16
ボディサイズ 高さ: 1420 車幅: 1710 全長: 4110
乗車定員 5人
評価・レビュー 外観: 0点
内観: 0点
スペック: 0点
エンジン: 0点
乗り心地: 0点
燃費: 0点
価格: 0点
中古車 台
買取価格相場
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オペルアストラとは

オペルが誇るコンパクトカー、アストラ。1991年に初代モデルが登場して以来、その洗練されたデザインと快適な乗り心地でユーザーから絶大な支持を受けています。価格帯は比較的手頃でありながら、高い品質と性能を誇ります。グレードは豊富で、ベーシックなエントリーモデルからスポーティーなハイパフォーマンスモデルまで幅広く揃っています。 アストラの1.6Lエンジンは、コンパクトながらも力強い走りを実現し、快適なドライブを提供します。また、エコモード搭載で燃費の面でも優れており、長距離ドライブでも経済的です。パワフルな馬力とスムーズな加速感は、ドライバーの心を掴みます。 タイヤサイズはシーズンやモデルによって異なりますが、安全性と快適性を両立させた設計が施されています。様々な路面条件に対応するため、確かなグリップ力が魅力です。カタログではそのスペック情報を詳しく確認できます。 アストラの人気の秘密は、そのバランスの取れた性能とデザインにあります。都会の街中から郊外のワインディングロードまで幅広いシーンで活躍できる汎用性の高さが魅力です。長年にわたり進化を遂げ、ドイツのエンジニアリングの粋を集めた一台と言えます。 アストラはオペルの象徴とも言える車種であり、その歴史は長く栄光に満ちています。その名に相応しい高い評価と信頼を得るに至った要因は、ただ一言にまとめることはできません。しかし、まさにそれがアストラの魅力でもあります。是非、その走りを体感してみてください。

より詳しいスペックやオプションの情報を見ることができます。

詳細項目 スペック
型式GF-XK180
最小回転半径5.1m
駆動方式FF
全長×全幅×全高4.11m×1.71m×1.42m
ドア数5
ホイールベース2.62m
ミッション4AT
前トレッド/後トレッド1.46m/1.45m
AI-SHIFT-
室内(全長×全幅×全高)-m×-m×-m
4WS-
車両重量1210kg
シート列数2
最大積載量-kg
乗車定員5名
車両総重量-kg
ミッション位置フロア
最低地上高0.15m
マニュアルモード-
標準色ポーラーシーブルーマイカ、クラシックグリーンメタリック、ジャングルグリーンマイカ、マグマ レッド、スターシルバーIIメタリック、ミッドナイトブラックメタリック
オプション色-
掲載コメント-
エンジン型式X181
環境対策エンジン-
種類直列4気筒DOHC
使用燃料ハイオク
過給器-
燃料タンク容量52リットル
可変気筒装置-
燃費(10.15モード)13.5km/L
総排気量1795cc
燃費(WLTCモード) -
燃費基準達成-
最高出力115ps
最大トルク/回転数kg・m/rpm17.3/3400
福祉車両-
大型ガラスルーフ-
片側電動スライドドア-
サンルーフ△
両側電動スライドドア-
ルーフレール-
ドアイージークローザー-
Tバールーフ-
電動バックドア-
ルーフ系装備-
ディスチャージドランプ-
タルガトップ-
フロントフォグランプ◯
ハードトップ-
リアフォグランプ◯
ソフトトップ-
ヘッドライトウォッシャー-
キャンバストップ-
フロントスポイラー-
メタルトップ-
リアスポイラー-
マグネシウムホイール-
ローダウン-
アルミホイール-
UVカットガラス-
片側スライドドア-
プライバシーガラス-
両側スライドドア-
寒冷地仕様-
ステアリング位置右
ステアリングステアリングギア方式パワーアシスト付ラック&ピニオン式
ステアリングパワーステアリング◯
ステアリングVGS/VGRS-
サスペンション形式前ストラット式
サスペンション形式後トーションビーム式
高性能サスペンション-
タイヤサイズ前195/60HR15
タイヤサイズ後195/60HR15
ブレーキ形式前Vディスク式
ブレーキ形式後ディスク式
ソナー◯
駐車支援システム-
センターデフロック◯
横滑り防止装置-
トラクションコントロール◯
フロントカメラ-
LSD(リミテッドスリップデフ)-
サイドカメラ-
ダウンヒルアシストコントロール-
バックカメラ◯
AYC(アクティブ・ヨー・コントロール)-
頸部衝撃緩和ヘッドレスト-
SH-4WD-
ABS-
ISOFIX対応チャイルドシート固定バー-
ブレーキアシスト-
ビルドインチャイルド-
アイドリングストップシステム-
バケットシートEBD付きABS(△)
ランフラットタイヤ-
後退時連動式ドアミラー-
エアサスペンション-
レインセンサー-
ブレーキ系装備-
インテリジェントAFS-
衝突軽減装置-
盗難防止装置-
ナイトビジョン-
セキュリティアラーム-
レーンアシスト-
ロードサービス-
車間距離自動制御システム◯
パワーウィンドウ-
オットマン機構-
フルフラットシート-
チップアップシート-
本革シート
電動サードシート◯
フロントベンチシート-
床下ラゲージボックス-
シートリフター-
エンジンスタートボタン-
シートポジションメモリー機能分割可倒
キーレスエントリー-
運転席パワーシート-
ETC-
フロント両席パワーシート-

他の車種一覧やオペルの別グレードを探すことができます。

オペル アストラの知っておきたい情報

オペルとは?
アストラとは?

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オペルアストラの新車情報

オペルアストラの最新情報まとめ

オペル・アストラ

オペル・アストラ

アストラ (ASTRA)は、オペルが生産・販売している自動車である。

元々はイギリスのGM傘下のボクスホールブランドの1車種に対して使われていた名称であり、ドイツのオペルではボクスホール・アストラと同じプラットフォームから作られたものを最初オペル・カデット(Kadett)という名称で販売していた。1984年にはGMのオーストラリア子会社、ホールデンが、日産・パルサー(2代目、3代目)のOEMモデルとしてを発売していたことがあった。

1991年にGMのコーポレートアイディンティティ(CI)政策により、世界的に車名がアストラに統一された。そのとき、カデットF=アストラFとなり、その流れで現在でもアストラF、アストラG、アストラHと呼ばれている。なおイギリスでは逆にカデットの流れとして、アストラF=アストラMk-III、アストラG=アストラMk-IV、アストラH=アストラMk-Vと呼んでいるユーザも見られる。
「アストラ」とは、ラテン語で「星、新星」を意味する。

2009年にはGMグループ内のオペル(欧州・中国・台湾)、ボクスホール(イギリス)、ホールデン(オセアニア)、サターン(北米)、シボレー(南米)のブランドで販売されていたが、その後2009年8月にホールデンでの販売は終了。
2010年1月から中国で、上海GMビュイック・エクセル(英朗)XT(アストラJ)として販売開始。2010年10月サターン・ブランド廃止によりサターン・アストラの販売は終了。

1991年にドイツ・リュッセルスハイム本社工場(サルーン、ワゴン)、ボーフム(ワゴン)、ベルギー・アントウェルペン(ハッチ)で製造が開始された。
1994年にイタリア・トリノのベルトーネの工場でカブリオレの製造が開始された。南アフリカのデルタモーターズがライセンス製造、これにより世界80個所で270万台を販売し、GMグループで最高の販売台数になるとともに、カローラに次いで世界第2位の販売台数を誇る車種となり、1997年には西ヨーロッパにおける販売台数で第1位を記録した。

競合であるフォルクスワーゲン・ゴルフにはワゴンモデルが存在しなかったため、1994年からの欧州、日本のワゴンブームにのり、ワゴン車でもドイツでは第1位を記録した。この影響により、その後、フォルクスワーゲンはゴルフにワゴンモデルを投入するに至っている。

アストラGが登場してからも一部地域ではアストラ・クラシックとしてサルーンモデルを生産していた。

3ドアと5ドアハッチバック、4ドアサルーン、5ドアワゴン、2ドアカブリオレのガソリンエンジンのモデルが輸入された。1993年から1996年モデルまでは、全ボディともにC20NEと呼ばれる2.0LのSOHCエンジンに4速ATを組み合わせたものが基本となった。

1997年モデルより全車エコテック(ECOTEC )と呼ばれるDOHCエンジンを搭載した(シュポルトグレードのみ前年からの搭載)。エコテック搭載車はリヤエンブレムに16Vとあるのが外装からの判別ポイントになる。それまではスポーツモデルを除きグレードによるエンジンの違いはなかったが、この年よりGL系は1.6L、CDX/ワゴンクラブ/カブリオは1.8L、SPORT系は2.0Lとなった。1998年モデルは限定車のワゴンクラブスペシャルのみで、これを最後にアストラGにバトンタッチした。

なお外装が大きく変わったのは1995年モデルからである。フロントグリルや灯火類、サイドモール、エンブレムが全車変更され、ワゴン以外の車種にリヤガーニッシュ追加、ハッチバックはリヤスポイラーとリヤバンパー形状がそれぞれ変更された。

1994年モデルまでは、瞬間燃費などが表示されるマルチインフォメーションディスプレイ(MID)が装備(GL/ワゴンGLS/カブリオ除く)されたが1995年以降は時計やオーディオ情報のみ表示のトリプルインフォメーションディスプレイ(TID)に全車変更された。

運転席エアバッグは1994年モデルから、助手席エアバッグは1995年モデルより全車種に標準装備された。
なおABSは初年度(1993年)より全車標準装備である。
カブリオとコンフォートエディション(1997年の限定車)を除き、後席の窓は手動だった。

1997年に発表、1998年に発売開始。アルミニウム製のサブフレーム、シボレー・コルベットが採用した高水圧高張力ボディによりボディ剛性が2倍に引き上げられた。その他アクティブヘッドレスト(同じGMグループのサーブ・オートモービルが開発)、ブレーキペダル脱落装置(特許取得)など安全面の強化が図られた。

2001年以降のスポーツモデルに搭載されるサターン製の2.2LDOHCエンジン(Z22SE, L61)は実用本位に開発され、GMグループでもっとも成功したエンジンといわれ、スピードスターやトラヴィックなどにも搭載されている。

5ドアハッチバック、4ドアサルーン、5ドアワゴン、2ドアクーペ、2ドアカブリオレのガソリンエンジンモデルが輸入された。全車ニュートラルコントロール付き4速ATのみだった。

大きく分けて、1998-2000年モデルのXエンジン搭載車と2001-2003年モデルのZエンジン搭載車に分けることができる。

サルーンはCDのみ、クーペとカブリオはベルトーネエディションというサブネームが付くモノグレード。後期のLS(Z16エンジン)とCD(Z18エンジン)のみレギュラーガソリン仕様である。発表資料写真に1枚だけ5ドアのミニバンが発表されていたが、これはアストラベースのミニバン、ザフィーラであり、アストラG開発時からミニバン(EUではMPVと呼称)も同時開発していた。

クーペとカブリオはボディ部分をイタリアのベルトーネで組み立てられた。
アストラG同様に各国で販売され、ボディタイプは投入順にハッチバック、ワゴン、クーペ(GTC)、カブリオ(TwinTop)、セダン。1.7Lのディーゼルエンジンはいすゞから供給されている。
2009年のフランクフルトモーターショーにて発表される。シボレー・クルーズと同じGMデルタIIプラットフォームを採用する。
スタイリングは、前年に登場したインシグニアと強い共通性を持ったものになっている。
5ドアハッチバックが先行で、モデルチェンジを果たし3ドアハッチバックやカブリオなどは2011年中に登場する予定。
本来のモデル名は「I」であり、オペルオフィシャルティーザービデオでも「I」が使われていたが数字の1と紛らわしく、アストラ1stと混同されるのを危惧し、「J」となった。

同年11月、中国市場にてバッジエンジニアリング車がビュイック・エクセルXTとして、そして北米市場ではビュイック・ベラーノとして発表された。また、遅れてオセアニア市場においてもホールデン・アストラとして販売している。

2010年10月ワゴン登場。従来のワゴン、キャラバン、エステートという呼称は使わず、スポーツツアラーという呼称に変更している。ハッチのスタイリングを継承しながらも、リアゲートから操作できるリアシートアレンジ、チルトアップするトノカバーなど、細かい使い勝手の工夫が図られており、オペルのインサイドファースト設計は引き継がれている。

2010年10月、パリモーターショーにてASTRA GTC Paris Conceptを発表 コンセプトはエレガンス&スポーツ。290馬力のターボエンジンを搭載しつつ、カリグラフィックデザインを施した皮シート、ドアヒンジからリアに伸びる「ヒップアップライン」など美を追求している。それでいて5人乗車の空間を確保している。アストラF時代で人気のGSiグレードを彷彿させる。2011年には3ドアがアストラGTCとして投入され、2013年にはツイントップの後継がアストラシリーズから独立してカスケーダの名で投入された。

なお、日本国内では、2006年5月8日付けでオペルが撤退しており、このモデルも正規輸入はされていない。

2015年9月のフランクフルトモーターショーで公開。新開発の軽量モジュラープラットフォーム「D2XX」を採用し、先代比で全長を49mm、全高を26mm、ホイールベースを23mmそれぞれ短縮すると同時に、120kgから200kgの軽量化を実現。パワーユニットも大幅に見直され、1.0Lの3気筒直噴ターボエンジン、1.4Lと1.6Lの4気筒の直噴ターボエンジン、1.6L・4気筒ターボディーゼルエンジンと一層のダウンサイジングが図られる。

オセアニア市場においては、クルーズの後継車種としての役割も兼ねる。

2016年2月、「ヨーロッパ・カー・オブ・ザ・イヤー2016」をオペル車として初めて受賞した

なお、このモデルも日本においては、2006年5月8日付けでオペルが撤退したために、日本への正規輸入は行われていない。


オペル

オペル

1929年以降はゼネラルモーターズ(GM)の100%子会社となり、イギリスを拠点とするボクスホールとともにGMの欧州ビジネスを担ってきた。2017年、PSA・プジョーシトロエンによる買収が報じられ、同年3月6日、正式に買収を発表、8月1日に買収を完了した。

創業者はアダム・オペル(1837年-1895年)。ミシン、自転車の製造を経て、創業者没後、5人の息子達によって1899年に自動車製造を開始。ルッツマンやフランスのダラック車をライセンス生産して技術を修得し、1902年に独自開発車を完成した(一方でモーターサイクルも製造したが、後年に事業をNSUに売却している)。早くからフルライン化を進め、第一次世界大戦勃発以前の時点で、「ドクトルヴァーゲン」と呼ばれる小型車から、メルセデスに比肩する高級車・高性能レーシングカーを製造する有力メーカーであった。

第一次世界大戦後には、大量生産型の大衆車「ラウフプロッシュ」(通称で『雨蛙』の意。シトロエンから同社の先行モデル「5CV」に設計が酷似していると訴えられた)などの成功で、当時のドイツ国内最大手自動車メーカーの地位を確たるものにした。1920年代後期には、ロケット動力自動車による速度記録達成の試みも行っている。

しかし、不況下でドイツへのアメリカ資本流入が激化すると、1929年には欧州進出攻勢を強めていたGM資本を受け入れ、1931年にはGMの完全子会社となった。以後の中級車以上の製品にはアメリカ的な設計やデザインの要素が色濃くなり、1930年代のドイツにおいては比較的進んだ技術を導入するメーカーになった。第二次世界大戦初期にGMはナチスの圧力で権利を放棄し、軍需向けに中型トラック「ブリッツ」などを製造していたが、1948年にはGMが経営権を回復した。

第二次大戦後も、トラックと小型・中級乗用車の生産でドイツ市場での一定地位を保ち続けていたが、フォルクスワーゲン・タイプ1(通称ビートル)に競合する小型大衆車を永らく出現させていなかった。しかし1962年、新設のボーフム工場生産で新型「カデット(『士官候補生』。戦前にあった名称の復活)」を登場させ、ビートルとの販売競争を展開した。このカデットは、FRの極常識的な設計ながら、手頃な価格や広い室内とトランク、信頼性の高さで人気を得た。以後、オペルは小型車カデットから中型車「レコルト」とその上級仕様「コモドーレ」、大型高級車「アドミラル」/「ディプロマート」までを擁するフルラインメーカーとなった。

1970年代、親会社GMは『一つのプラットフォームから、世界中で販売出来る車種を設計する』「グローバルカー(世界戦略車)構想」を展開、“Tカー”として構想された第3世代のカデット(通称:カデットC)にはいすゞ・ジェミニや「シボレー・シェベット(アメリカとブラジルでは仕様が異なる)」などの派生車種が登場した。

1980年代、日本のメディアに「日本車の刺客」と騒がれたアメリカ製小型車シボレー・キャバリエ等のベース車となったのが、1983年「グローバルカー構想」の第2弾“Jカー”として登場したアスコナの第3世代(アスコナC)であり、この日本版はいすゞ・アスカである。イギリスでは、オペル車の一部が、同じくGMの完全子会社であるボクスホールのブランド名で販売されている。

2009年親会社であるGMは経営破綻、同年6月1日に連邦倒産法第11章の適用を申請した。これに先立ってオペルの売却が検討されており、フィアットなどいくつかの候補が挙がった後、同年5月30日にはカナダの自動車部品会社の大手マグナ・インターナショナルやロシア貯蓄銀行(ズベルバンク)などが参加する企業連合へ過半数株(発行済み株式の55%)が同年中に売却されることが決定した。しかし、同年11月にGMはオペル売却の決定を撤回し、自力再建を目指すことを発表した。これに対し、ロシアのウラジーミル・プーチン首相は「相手を馬鹿にした態度」「こうしたやり方をあらかじめ考慮しなければならない。これは教訓だ」とGMを痛烈に批判した。

2017年3月6日、グループPSAがGMから同社姉妹ブランドのボクスホールや欧州展開の金融事業を含め、計22億ユーロ(約2,600億円)で買収すると発表した。同年8月1日、買収を完了した。

第二次世界大戦前の時期においては1927年に大阪市大正区に工場とともに設立された「日本ゼネラル・モータース」が販売を行なった。しかし同大戦の勃発に伴い1941年に閉鎖となった。戦後は1950年代から東邦モーターズが日本総代理店となり、輸入、販売が行われた。1960年代には日本車に対する商品力が低下、さらに排気ガス規制への不適合から1976年末をもって輸入が中断された。

その後も東邦モーターズは輸入権を保持しており、1983年マンタの輸入販売を再開した。続いてアスコナ、レコルト、セネター、カデット、コルサ(日本名は異なる)などを導入したが、いずれも少数限定枠を利用しての輸入であり、この時期同社が輸入販売した車種に運輸省の型式認定を得ていたものはなかった。1989年からは当時GMグループであったいすゞ自動車も輸入販売を開始したが、取り扱い車種はベクトラ、オメガ、セネターに限られていた。

1993年輸入権はヤナセに移行し、東邦モーターズといすゞによる輸入販売は終了した。ヤナセは1992年末をもってフォルクスワーゲン、アウディの輸入、販売から撤退しており、それに代えてオペルの販売を行う格好であった。販売はベクトラ、オメガ、アストラから開始され、1994年にはカリブラが発売された。1995年には、コンパクトカー「ヴィータ(現地名 コルサ)」が発売され、エアバッグやABSなどを装備しながらも、輸入車としては低価格の150万円台から販売されて人気を得た。また同年には自動車メーカーとして初めて日本語の公式ウェブサイト(www.opel.co.jp、2019年現在サイトは閉鎖)を開設した(日産自動車がオペルに続いた)。1996年にはオペル車の年間登録台数は3万8,339台に達していたが、日本車などと比べて燃費が悪い上に、故障の多さがユーザーに敬遠されるなどして販売台数は急減、1999年には登録台数2万台未満となった。

2000年に輸入権は「日本ゼネラルモーターズ」に移管された。2001年、GMは日本での直営ディーラー網「GMオートワールド」を設立、オペルの販売を巡ってヤナセとの間に確執が生じた。GMは、タイで現地生産されているザフィーラを当時の富士重工業(現在のSUBARU)に供給。タイ製ザフィーラは「スバル・トラヴィック」の名称で、ヤナセで販売されるザフィーラより低価格で販売された。ヤナセはオペルから他社ブランドに販売の力を移し、オペル取扱店を削減した。一方の日本GMは販売網の確立に失敗し、結果的にオペルの販売台数は激減した。日本GMは低価格モデルである「ヴィータ(現地名 コルサ)」の輸入を打ち切り、それまでの低価格路線を変更して値上げしたが、メルセデスやBMWに価格帯が近づいたことでオペルの販売台数はさらに低迷。故障が多く修理費用も割高であること、それによる中古車市場での人気低迷とリセールバリューの低さ、さらには折からの輸入車ブームにより目が肥えた日本のユーザーから「他のドイツ車と比較して地味であり、信頼性や高級感も劣りプレミアム性にも欠けるブランド」と認知されてしまったことなどから、オペルの日本での販売は激減した。

ブランド価値が崩壊し、もはや日本でのオペル車販売を維持することが難しくなり、加えて親会社であるGMの経営悪化も深刻化したことから、GMアジア・パシフィック・ジャパン(GMAPJ)は2006年5月8日に、在庫限りでオペル車すべての新車販売を終了すると発表した。GMAPJは「オペルはGMの欧州地区限定ブランドとして生き残っていく」と発表した。

グループPSAは2019年12月に、2021年の夏に日本市場でオペルブランドを再展開する事を決定した。

1983年から2007年の日本におけるオペル新車登録台数の推移は以下の通りである。

経営破綻前のGMは前述の通りオペルを欧州地区限定ブランドに位置づけており、2010年時点で欧州以外でのオペルブランド車の販売は中東諸国、南アフリカ共和国、アジアの一部(中国、台湾、香港、マカオ、シンガポール)のみとなっている。

オペルの一部車種はオセアニアではホールデン、アジアやラテンアメリカなどではシボレーにリバッジされて販売されてきたが、これらは2000年代に順次GM大宇車ベースへ代替が進められていった。

その一方で、2000年代にはサターンとの車種統合が進められた。サターンはベルギー・アントウェルペン工場からアストラを輸入して北アメリカ地域で販売を行い、逆にオペルはアメリカ合衆国・デラウェア工場からサターン・スカイを欧州に輸出してオペル・GTとして販売した。また、アンタラとサターン・ヴューは兄弟車となった。しかし、経営破たん寸前だったGMはつなぎ融資獲得のため2008年12月に経営再建計画を発表し、サターンはリストラ対象とされた。これと前後して今度はビュイックブランドへのリバッジが進められ、インシグニアが中国市場に(後に北アメリカ市場にも)ビュイック・リーガルとして、またアストラが中国市場にビュイック・エクセルXTとして、それぞれ導入された。

2010年8月、オペルが中国やオーストラリアなど、欧州以外の地域へのブランド展開を検討していることが報じられた。翌9月にはチリへの輸出が2011年から開始されることが正式に発表された。続いてイスラエルにも2011年春に進出を果たした。

一方、オーストラリア市場には2012年8月に進出したものの、価格競争への追随やブランド認知度の向上のための投資が要求されるなど採算が取れないことから、わずか1年で撤退が決定した。

※は過去、日本に導入されたことのある車種
第二次世界大戦後に発表された車種を列記する。
※は日本に導入されたことのある車種