ジャガー新型EペイスRダイナミック ブラック 2.0L P200 4WDの評判・スペック
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ジャガー Eペイス Rダイナミック ブラック 2.0L P200 4WD
Eペイスのフロント外観()
Eペイスのリア外観()
Eペイスの内装・インパネ()
| メーカー | ジャガー |
| 車種 | Eペイス |
| グレード | Rダイナミック ブラック 2.0L P200 4WD |
| 販売期間 | 2018年02月から 販売中 |
| 価格 | 627万円(税込)円 |
| エンジン |
エンジン:
直列4気筒DOHC 排気量: 1995cc 型式: 3BA-DF2XB 馬力: 200ps トルク: 320(32.6)/1500 ミッション: 9AT バッテリー: |
| タイヤ |
前輪:
235/55R19 後輪: 235/55R19 ホイールサイズ: / 駆動: 4WD 最小回転: 5.6m タイヤサイズ |
| 燃費 |
燃費(JC08):
燃費(10•15): -km/L 燃料: ハイオク 実燃費: から |
| ボディサイズ | 高さ: 1650 車幅: 1900 全長: 4410 |
| 乗車定員 | 5人 |
| 評価・レビュー |
外観:
0点 内観: 0点 スペック: 0点 エンジン: 0点 乗り心地: 0点 燃費: 0点 価格: 0点 |
| 中古車 |
台 買取価格相場 車を売る |
ジャガーEペイスとは
ジャガーが誇るスポーティな電動SUV、Eペイス。2018年に初登場し、その美しいデザインと先進的なテクノロジーで注目を集めています。価格はベースモデルで7,000万円からとなり、グレードによって装備が異なります。エンジンは電動とガソリンの組み合わせで、排気量は2.0リットルでありながら驚くほどのパワーを発揮します。燃費も優れており、馬力も十分な威力を持っています。タイヤサイズはスポーティな走りを楽しめるサイズが採用されており、スムーズなハンドリングが魅力です。 Eペイスは、ジャガーの伝統を受け継ぎながらも、革新的なスタイルや機能を取り入れたモデルとして評価されています。その美しい曲線美やシャープなデザインは、他のSUVと一線を画しており、ジャガーならではの上質さが漂います。特に、走行性能に優れ、街中でもハイウェイでも快適に走行できるのが魅力です。また、内装も洗練されたデザインで、快適な空間を提供してくれます。 Eペイスの人気の秘密は、その高い走行性能と洗練されたデザインにあると言えます。ジャガーの歴史と伝統を背景に、最新のテクノロジーと融合させたモデルは、多くの車好きを魅了しています。さらに、環境に配慮した電動システムも魅力の一つであり、燃費や排出ガスの面でも優れた性能を誇ります。そのため、都会のスタイリッシュな街中から自然豊かなロケーションまで幅広いシーンで活躍することができるのです。 ジャガーの象徴的な車種であるEペイスは、スポーティで洗練された魅力を持ち合わせた電動SUVとして、多くの車好きから支持されています。その先進的なテクノロジーや快適な走行性能、美しいデザインが融合したEペイスは、ジャガーブランドの誇りを示す一台として、車を愛する人々の心を掴んでいるのです。より詳しいスペックやオプションの情報を見ることができます。
| 詳細項目 | スペック |
|---|---|
| 型式 | 3BA-DF2XB |
| 最小回転半径 | 5.6m |
| 駆動方式 | 4WD |
| 全長×全幅×全高 | 4.41m×1.9m×1.65m |
| ドア数 | 5 |
| ホイールベース | 2.68m |
| ミッション | 9AT |
| 前トレッド/後トレッド | 1.64m/1.64m |
| AI-SHIFT | - |
| 室内(全長×全幅×全高) | -m×-m×-m |
| 4WS | - |
| 車両重量 | 1920kg |
| シート列数 | 2 |
| 最大積載量 | -kg |
| 乗車定員 | 5名 |
| 車両総重量 | -kg |
| ミッション位置 | フロア |
| 最低地上高 | -m |
| マニュアルモード | ◯ |
| 標準色 | フジホワイト |
| オプション色 | ポラスコグレーメタリック、サントリーニブラックメタリック、フィレンツェレッドメタリック、シリコンシルバープレミアムメタリック、カルデラレッド、ブルーファイアブルーメタリック、アイガーグレイメタリック、ハクバシルバーメタリック、カルパチアングレープレミアムメタリック、オストゥーニパールホワイト、ポルトフィーノブルーメタリック |
| 掲載コメント | - |
| エンジン型式 | PT204 |
| 環境対策エンジン | - |
| 種類 | 直列4気筒DOHC |
| 使用燃料 | ハイオク |
| 過給器 | ターボ |
| 燃料タンク容量 | 67リットル |
| 可変気筒装置 | - |
| 燃費(10.15モード) | -km/L |
| 総排気量 | 1995cc |
| 燃費(WLTCモード) | 10km/L └市街地:7.2km/L └郊外:10.1km/L └高速:12km/L |
| 燃費基準達成 | - |
| 最高出力 | 200ps |
| 最大トルク/回転数n・m(kg・m)/rpm | 320(32.6)/1500 |
| 福祉車両 | - |
| 大型ガラスルーフ | ◯ |
| 片側電動スライドドア | - |
| サンルーフ | - |
| 両側電動スライドドア | - |
| ルーフレール | △ |
| ドアイージークローザー | - |
| Tバールーフ | - |
| 電動バックドア | △ |
| ルーフ系装備 | - |
| ディスチャージドランプ | - |
| タルガトップ | - |
| フロントフォグランプ | △ |
| ハードトップ | - |
| リアフォグランプ | ◯ |
| ソフトトップ | - |
| ヘッドライトウォッシャー | - |
| キャンバストップ | - |
| フロントスポイラー | - |
| メタルトップ | - |
| リアスポイラー | ◯ |
| マグネシウムホイール | - |
| ローダウン | - |
| アルミホイール | ◯ |
| UVカットガラス | - |
| 片側スライドドア | - |
| プライバシーガラス | ◯ |
| 両側スライドドア | - |
| 寒冷地仕様 | - |
| ステアリング位置 | 右 |
| ステアリングステアリングギア方式 | パワーアシスト付ラック&ピニオン式 |
| ステアリングパワーステアリング | ◯ |
| ステアリングVGS/VGRS | - |
| サスペンション形式前 | ストラット式 |
| サスペンション形式後 | インテグラルリンク式 |
| 高性能サスペンション | - |
| タイヤサイズ前 | 235/55R19 |
| タイヤサイズ後 | 235/55R19 |
| ブレーキ形式前 | Vディスク式 |
| ブレーキ形式後 | Vディスク式 |
| ソナー | ◯ |
| 駐車支援システム | ◯ |
| センターデフロック | ◯ |
| 横滑り防止装置 | ◯ |
| トラクションコントロール | ◯ |
| フロントカメラ | - |
| LSD(リミテッドスリップデフ) | ◯ |
| サイドカメラ | ◯ |
| ダウンヒルアシストコントロール | - |
| バックカメラ | ◯ |
| AYC(アクティブ・ヨー・コントロール) | ◯ |
| 頸部衝撃緩和ヘッドレスト | - |
| SH-4WD | ◯ |
| ABS | - |
| ISOFIX対応チャイルドシート固定バー | ◯ |
| ブレーキアシスト | - |
| ビルドインチャイルド | ◯ |
| アイドリングストップシステム | - |
| バケットシート | EBD付きABS(◯) |
| ランフラットタイヤ | ◯ |
| 後退時連動式ドアミラー | ◯ |
| エアサスペンション | - |
| レインセンサー | ◯ |
| ブレーキ系装備 | - |
| インテリジェントAFS | - |
| 衝突軽減装置 | - |
| 盗難防止装置 | - |
| ナイトビジョン | ◯ |
| セキュリティアラーム | - |
| レーンアシスト | △ |
| ロードサービス | ◯ |
| 車間距離自動制御システム | ◯ |
| アクセル踏み間違い防止装置 | - |
| ブラインドスポットモニター | ◯ |
| リアトラフィックモニター | ◯ |
| サポカー | - |
| オートマチックハイビーム | ◯ |
| 歩行者保護エアバッグ | - |
| パワーウィンドウ | ◯ |
| オットマン機構 | ◯ |
| フルフラットシート | ◯ |
| チップアップシート | - |
| 本革シート | |
| 電動サードシート | ◯ |
| フロントベンチシート | - |
| 床下ラゲージボックス | - |
| シートリフター | - |
| エンジンスタートボタン | - |
| シートポジションメモリー機能 | 分割可倒 |
| キーレスエントリー | - |
| 運転席パワーシート | - |
| ETC | ◯ |
| フロント両席パワーシート | - |
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ジャガー Eペイスの知っておきたい情報
Eペイスとは?
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ジャガー (自動車)
ジャガー(Jaguar Cars )は、イギリスの高級車メーカーである。現在はランドローバーとともに、インドのタタ・モーターズ傘下に属し「ジャガーランドローバー」を構成する。
ウィリアム・ライオンズ(1901年 - 1985年)と、ライオンズの友人である(1892年 - 1961年)により、「スワロー・サイドカー・カンパニー」が1922年に設立された。
会社は社名の通りサイドカーの製造で事業を拡大し、1926年には工場を移転して自動車のボディ修理も手がけた。ここから自動車のボディ製造(コーチワーク)も手がけるようになり、自動車メーカーへの転身を図ることになった。その上で、まずは自動車全体を一から造るのではなく、コーチビルダーとしてボディ(車体)を手がけることからその道を目指した。
1927年に、当時のイギリスにおけるベストセラー大衆車であるオースチン・セブンのシャシに、ライオンズ自身がデザインした高級感のあるアルミ製ボディを換装したモデル「オースチン・セブン・スワロー」を発表した。この車は2人乗りのロードスターに始まり、サルーンも追加され、特にサルーンには特別な塗色として「デュオ・トーン」(写真参照)まで用意された。これは張り出したフェンダー部分とボディサイド・ルーフを塗り分ける手法だが、当時は一部の限られた高級車でのみ行なわれており、量産自動車での採用はスワローが初である。
ライオンズは、サイドカー製造の経験から「美しい物は売れる」という思想を持っており、元の車両より値段が高くなっても、デザインが美しければそれを求める顧客は必ず存在すると考えていた。その狙いは的中し、オースチン・セブン・スワローは1932年までに約2,500台(うち3分の2がサルーン)を生産するヒット車種になった。
会社は1928年に社名を「スワロー・コーチビルディング・カンパニー」と変更するとともにコヴェントリーへ移転し、複数のメーカーからベースとなる車種を調達して新たなボディを架装、また内装も本革やファブリックを使い豪華に仕立て直すようになった。
さらに1933年には、専用設計のシャシーを持つ「SS1」と「SS2」を発売しヒットさせ「SSカーズ」と社名を変更した。なお、「SS」の由来については諸説あるものの明らかになっていない。
これらのモデルは、同じイギリスの高級車で上のクラスに属するベントレーをも思わせる見栄えの良い外見と豪華な内装を備え、不況下でも大いに売れたが、エンジンは量産車メーカー・スタンダード製の実用エンジンで性能も凡庸であり、自動車専門家やカーマニア層からは「見かけ倒しのまがい物」と侮られていた。
その世評を打開するため、1935年には、ボディだけでなくエンジンとシャシーを含む全てを専用設計としたモデルを開発することに成功した。この新型車には今までと区別する意味から「ジャガー」という車名を新たに付け「SSジャガー2½」として発表、続いて大排気量エンジンを積んだスポーツモデル「SS90」「SS100」を相次いで投入した。
これらの新しいジャガー各車は従前からの優れたスタイリングと豪奢な内装に加え、強化されたエンジンと量産効果によるコストダウン戦略の導入で、先発の高級車に劣らない高性能を遙かに安い価格で実現しており(当時、1,500ポンドのベントレーにも比肩する高性能なジャガーが400ポンド足らずで販売された)、高い人気を得た。この頃から、上級車製造を事業の中核に移していった。上位メーカーに劣らない内外装デザインや性能を、相対的に安価で顧客に提供するというこの手法は、現在まで続くジャガーの基本ポリシーの1つとなる。
21歳の若さでサイドカー製造メーカーを設立したライオンズは、わずか13年で会社を著名な高級車メーカーへと発展させることに成功した。なお相方のウォームズレイは、事業の拡大に反対しSSカーズへの社名変更直前に会社経営から脱退している。
1939年9月に勃発した第二次世界大戦時には、戦時体制下において乗用車の生産は縮小せざるを得なかったが、軍用車両の委託生産などを行うことで糊口をしのいだ。なお同大戦において工業都市でもあるコヴェントリーは敵国のドイツ空軍から最も集中的に狙われた都市であり、SSカーズの工場も1940年と1941年の爆撃により甚大な被害を被った。
社名の「SSカーズ」、ブランド名の「SSジャガー」はかつての敵国であるドイツの国家社会主義ドイツ労働者党の親衛隊の略称「SS」と重なり、その好ましくないイメージを想起させるため、第二次世界大戦後の1945年に社名を「ジャガー・カーズ」、ブランド名を「ジャガー」に変更した。
1948年に発表された戦後型スポーツカーのXK120は、その流麗なスタイリングと高性能、また同程度の性能を持つアストンマーティンやベントレーと比べて圧倒的に安価だったことから大人気となり、高級車ブランドとしてのイメージを決定付ける重要なモデルとなった。
XK120はその多くが、第二次世界大戦後の好景気下にあったアメリカ合衆国向けに輸出され、多大な商業的成功を収め、続いて発展型のXK140やXK150も送り出され、戦災の復興下にあったイギリスの外貨獲得に大いに貢献した。
また、1950年代にはレーシングカー開発に乗り出し、自動車史上初めての4輪ディスクブレーキを備えたCタイプとDタイプを耐久レースに投入した。
特にル・マン24時間レースではイタリアのフェラーリやマセラティ、ドイツのメルセデス・ベンツやポルシェなどのライバルを圧倒し3連覇を果たすなど、モータースポーツでの活躍を重ね、名声を確固たるものにしていった。なおこれらのモータースポーツでの活躍は2000年代まで続くことになる。
さらにXKシリーズや大型サルーンに止まらず、1950年代後期以降はスモールサルーンのマーク2、全輪独立懸架のスポーツカー・Eタイプなどの高性能車を市場に送り出し、世界最大の自動車市場であるアメリカ合衆国での販路を拡大する。ジャガーはアメリカ市場で成功し、イギリスの外貨獲得に大きく貢献することになる。1956年、ウィリアム・ライオンズはイギリス王室より「ナイト」の称号を授かる。
1960年に、ジャガーは高級車メーカーのデイムラーを340万ポンドで買収する。当時のジャガーはマーク2の販売好調により工場を拡大する必要に迫られており、ジャガーは同じコヴェントリーのデイムラーを傘下に収めることでそれを実現した。
ブランド自体は残されたものの、その後のデイムラーの主な車種はジャガーのバッジエンジニアリングモデルで占められるようになるが、フロントグリル上端に細かい波型模様が付けられた「フルーテッド・グリル」は、デイムラーの特徴として残ることになる。
その後ジャガーは順調な経営を続けたものの、1966年7月に、イギリス最大の民族資本系自動車会社グループである「ブリティッシュ・モーター・コーポレーション」(BMC)との合併を行い「ブリティッシュ・モーター・ホールディングス」(BMH)を結成した。この突然の決定は、企業体制をさらに強固にするためのライオンズ自身による意思であるとされている。
しかし、1968年にはBMH主要モデルの販売不振から、BMH自体が経営不振に陥ることになる。事態を重く見たイギリス政府は、もう一つの民族資本系グループである「レイランド・モーター・カンパニー」との統合を決め「ブリティッシュ・レイランド・モーター・コーポレーション(BLMC)」として参集させた。
そのような背景のなか、ジャガーは同年1968年にスモールサルーンの後継モデルとなるXJを投入した。しかし、本来は高級車メーカーであるはずのジャガーは、作業員のレベル自体がBLMCの平均に下げられることになり、またこの時代のイギリスで多発した労働運動の激化により著しい品質低下に陥り、販売台数も大幅に減少した。また古参社員の引退が相次ぎ、ライオンズも1972年に経営の座から退いた。
加えてオイルショックの影響も受け、世界的に自動車の販売自体が激減する。BMLCは深刻な打撃を受け、5千万ポンドもの借入金を抱える有様となり、遂に1975年8月に国営化されブリティッシュ・レイランド(BL)となる。
同年にEタイプの後継としてXJSを投入したものの、品質の低さやデザインが市場に受けられず、さらにコンバーチブルモデルが無いこともあり販売は低迷を続けた。この頃のジャガーは「冬の時代」を歩み続けることになる。
当時のイギリスで頻発していた労働争議の影響もあり、1979年にはジャガーの生産台数は5年前の半分以下(14,000台)に落ち込んでいた。この年、ジャガーは新たな経営トップとして社外からを招く。
イーガンは時代遅れは乱れた生産体制や経営の改革に着手し、作業員の意欲向上、ジャガー本体のみならず取引先メーカーから納入されたパーツ類への厳格な品質チェックの実施、経営側と社員側が品質向上のため直接話し合うという日本企業並みの品質管理(QC運動)、販売手法の刷新と顧客からのフィードバック反映、そして経営のリストラを推し進めた。この改革はすぐに結果となって表れ、ジャガーの品質は改善し生産台数も急回復した。
そしてその後の1984年、保守党のマーガレット・サッチャー首相による民営化政策によって、ジャガーは再び民営化された。抜本的な体質改善に成功したジャガーは、15年以上にわたりマイナーチェンジを繰り返しつつ作られていたものの、技術面や品質面だけでなく、生産効率にも劣るXJ6の世代交代を図り、1986年には完全な新設計となるXJ(XJ40)をデビューさせる。
また、1975年にEタイプの後継として投入されていたXJSも、XJ40のエンジンや電装系、内装デザインを取り入れた大幅なマイナーチェンジ行うことで技術面や信頼性の向上に努めた上に、1980年代後半にはコンバーチブルモデルを追加したことからアメリカ市場を中心に人気車種となった。
なおウィリアム・ライオンズは1985年に86歳で死去し、XJ40はライオンズが承認した最後のモデルとなった。ジャガーの立て直しに貢献したイーガンは、1986年に創業者のライオンズ同様に王室より「ナイト」の称号を授かる。
また、1985年からは世界耐久選手権(WEC)に参戦し、1986年にはXJR-8でシリーズチャンピオンを獲得、さらにXJR-9LMで31年ぶりに1988年のル・マン24時間レースに優勝し、かつての名声を取り戻すことに成功した。
その後1989年に、ブランドイメージを高く評価したフォードグループが、25億ドルでジャガーを買収し、フォードの傘下に入ることとなる。
その後ジャガーは、同時期に買収されたイギリスの高級車メーカーのランドローバーやアストンマーティンなどとともに、フォードグループの高級車部門「」の一翼を担うこととなった。フォード傘下に入った後には、ランドローバーやアストンマーティンだけでなく、リンカーンやフォードとのコンポーネントやエンジン、パーツの共用を進めた。
1990年代には、かつての人気車種の名前を使ったミドルクラス・サルーンのSタイプや、初の小型車であるXタイプを市場に投入するなど、かつてない勢いでモデルレンジを拡大した。また、2000年からは「ジャガー・レーシング」の名でフォーミュラ1に参戦した。
2000年代後半、フォードグループは深刻な経営不振により、PAGに属するブランドを売却せざるを得ない状況に陥った。2008年3月26日、ジャガーはランドローバーと共にインドのタタ・モーターズに約23億ドルで売却された。
ジャガーは、フォードからタタ・モーターズに売却された後も、フォードからダウンサイジングターボエンジンである「エコブースト」の供給を受けていたが、2014年より、完全自社設計・開発・製造の新世代モジュラーエンジン「INGENIUM(インジニウム)」に順次切り替えた。
1970年代から2000年代にかけイギリスの自動車メーカーの多くが市場淘汰され、ジャガーと同じく国営企業であるブリティッシュ・レイランドの一部門となっていた「オースティン」、「モーリス」、「ローバー」、「トライアンフ」、「MG」等のイギリスの自動車ブランドの多くが消滅、もしくはブランドが売却されたが、ジャガーは、インド資本となったものの、高級車・スポーツカーブランドとして存続している例外的存在である。
エリザベス2世女王、エディンバラ公、チャールズ皇太子からワラント(御用達指定)を下賜されている。またXJ(1968年 - 現在)がトニー・ブレア以降の首相公用車や、大使や高等弁務官の専用車に選ばれている。
ここではジャガー傘下に入ってからのモデルを挙げる。
ジャガーは1950年代から、スポーツカーレース、特にル・マン24時間レースなどの耐久レースで活躍した。1951年と1953年にCタイプで、1955年から1957年までDタイプで総合優勝した。
その後モータースポーツから遠ざかっていたが、1980年代中盤にトム・ウォーキンショー率いるTWR チームがジャガーのV12エンジンを使った耐久スポーツカー(プロトタイプレーシングカー)レース用の車を設計した。TWRチームは1988年のル・マン24時間レースと1990年のル・マン24時間レースで総合優勝した。
「新東洋企業」(1970年代)、「オースチン・ローバー・ジャパン」(1980年代前半)など、いくつかのインポーターの変遷を経て、1986年に西武百貨店との共同出資で日本法人「ジャガージャパン株式会社」が設立された。その後1999年、西武百貨店が資本を撤退し、ジャガー・カーズ単独でジャガージャパンが運営されていたが、フォードPAGグループの発足に伴い、日本国内のPAGブランドの統括法人「ピー・エー・ジーインポート」と合併することとなった。
2005年、同じPAGブランドのランドローバーと営業部門を統合し「ジャガー&ランドローバージャパン」として運営を開始。独立店舗の他にも両ブランドの複合ショールームを展開する。
2008年3月26日、ジャガーとランドローバーがタタに約23億ドルで買収されたことに伴い、フォードPAGグループから離脱することとなり、同年10月より日本でのビジネスは「ジャガー・ランドローバー・ジャパン株式会社」が統括することとなった。
2013年から全国販売網がランドローバーとの併売店に一本化され、これに伴い規定の店舗面積を確保できなかった店舗は契約打ち切りとなった。
2014年9月17日、ジャガー日本法人はテニスの全米オープンで準優勝を果たした錦織圭をV8 F タイプのブランドアンバサダー(大使)に任命したと発表。同年11月20日には錦織選手をイメージした『KEI NISHIKORI EDITION』の発売記念イベントを開催した。
2017年、読売ジャイアンツのオフィシャルスポンサーとなり、ランドローバーと共に、監督・コーチ・選手・職員の足としてオフィシャルカー70台を貸与する。
日本では通常「ジャガー」とカタカナ表記されるが、JAGUARのイギリス英語での発音()を音写する場合「ジャギュア」と表記するのが最も近い。アメリカ英語では「ジャグヮ」()と発音する。伊丹十三が1965年に出版した『ヨーロッパ退屈日記』には「ジャギュア」というのだよという文章があり、知る人ぞ知る読み方となった。
オースチンローバージャパン(ARJ、後のローバージャパン)が輸入代理店だった1985年頃、「ジャグヮー」の表記を広告で使用したことがあったが、一般には定着せず、ジャガージャパンに輸入代理権が移ると「ジャガー」の表記に戻されている。なお自動車評論家の徳大寺有恒は「ジャグァ」という表記を使用していた。